NikonのD70を購入してから訪れた地域を中心に。 インド、東南アジア、南米は近々のっけたい。
昔は人口が6000人を超えたこともあったが、挙家離村のため既に1000人を割っているという。今でも人口減少と高齢化が急激に進んでいる。村の入り口には「お帰りなさい」という垂れ幕があって、離村した人々を静かに迎え入れるのだが、何とはなく寂しい。何も無い村だけど、こういうところが田舎でよかった。
僕は、数人の日本人ツーリストとツアーをシェアして、天空の街Shaharaを訪れた。段々畑に囲まれた標高3000m以上の断崖の上に位置するこの街はPeruのMachu-Pichuを連想させるが、今もこの街には人々が変わらない生活を送っているのは驚くべきことである。日本人がYemenを旅すると必ずShaharaを訪れるというのはYemenでは有名な話。Shaharaへの道のりはこれまでの旅の中でも最も過酷なJumping Roadだったけど、苦労したかいがあった。
Sanaaの夜景。これほど異様な街を僕は見たことが無い。世界最古の街と言われるように、数百年前に建てられたイエメン伝統建築の中を人々は伝統衣装を身に纏い、古き良きアラビアの空気を今も残している。
西安で見つけた古代のAnorexia Nervosaとおぼしき土人形。一つだけ周囲から妙に浮いた人形がある。精神科医ならすぐに見つけられると思う。
幾度となく折れ曲がり、先の見えない薄暗い回廊を進んでゆくうちに、僕たちは次第に今が何時で何処にいるのかという確信を失うかもしれない。めまいを覚えながらたどり着いた部屋には一条の光が差し込み、複雑なタイル模様を照らし出していた。
エスファハンのエマーム広場に面したマスジェデ・エマーム。夜中にエスファハンの街を散歩していたところ、閉館したモスクの中に入ることができた。寂寞としたモスクはひっそりとして、微かな息づかいさえもが反響するほどであった。
1602年に建造されたスィーオーセー(33の意)橋のたもとにはチャイハネがあり、川と人の流れを眺めやりながら、水パイプを吸って茫とするのが心地よかった。
Persepolisの建立は紀元前512年にダレイオス1世の時代に始まり、紀元前331年にアレクサンダー大王によって陥落されたというから、とにかくすごく古い遺跡らしい。現在でも当時の栄華を物語る繊細なレリーフ群が残されていて興味深かったのだけれども、僕は公園のようにきれいに整えられたこの遺跡で時間の流れを感じることはなかった。
IbizaのCafe Del Marにて。このときのDJはBrunoだったらしい。この日はFrankie Knucklesも来ていた。Cafe del MarでChillしながらのSunsetを観たくて、スペインで急遽予定変更してIbizaに行ってみたものの、意外に(というか案の定というか)ヨーロッパの田舎若者が集まる堕落した退廃の島だった。ヒッピーが集まって平和なSunsetを楽しんでいたのは遠い昔のことらしい。
かつては世界で最も美しい夕陽が観られるとの誉れを得ていたイビザ島。避暑とダンスを求めてヨーロッパ中から集まる若者の喧噪で僕らはもはや静かに海を眺めることもできない。音楽も変わってしまった。変わらないのはこの夕陽だけ。
モロッコからジブラルタルを渡ってスペインを旅したときの写真。マラケシュの有名なフナ広場は昼間は大道芸人や演説おじさん、オレンジジュース屋が出ていて、夜は屋台が占領し、遅くまでにぎやかだった。マラケシュ滞在中は広場に面したカフェテラスでミントティーを飲みながら一日中フナ広場を眺めていたが、それだけで楽しかったな。
僕は新しい街に到着すると必ず高台に上り、夕陽を眺める。「○○は高いところが好き」とよく言うが、これは僕の短い旅の経験の中で完全に固定されたパターンである。昼間はひたすら街を歩き続ける。夕刻を迎える前に高台に上り、夕陽とともに風景や人の流れが刻々と変わっていく様をゆっくりと見届けた後、僕は街に漂い始めた匂いにつられて食事の場を探すのだ。