2009年6月 4日 (木)

Apple tablet?

Itablet_2iTablet

たとえば、荷物が多くなりがちな長期の旅で大量の論文を読むのに適した携帯情報端末はないだろうか。

最近、Mekentosj社がPapersのipod toughあるいはiphone向けのアプリを出したので、僕もすぐに購入した。未読論文がたまるにつれて常に大量のA4論文紙を持ち歩くようになってしまったので、もしもipod touchで論文を読むことが出来れば非常に便利だと思い購入したのだけれど、実際のところはほとんど使用していない。当然予想はしていたことだが、ipodの小さな画面は論文を読むには小さ過ぎるのだ。ipodだと、現行のモデルの2倍くらいの画面でないと、論文や電子ブックを読むための端末としては使用しにくい。せいぜいカンファレンス中に調べものをしたり、あやふやな自分の記憶の根拠をときどき探したりする程度の使用頻度だ。しかし、後に書いたような、来るべき日を迎えるための参考経験にはなった。

それじゃあ、現時点でipod以外に論文を読むのに適した携帯情報端末はないだろうか?できれば、もっと大きな画面でストレスなく論文を読みたい。そして、長時間の連続使用に耐えうるものがいい。僕が今使っているMac Book Proは論文を読むには重すぎるし、目が疲れてしまう。可能ならばインターフェースはできるだけシンプルに、つまりキーボードは必要ない。ipodに採用されているようなタッチパネルでもいいし、ここで紹介されているようなマルチタッチインターフェースなんか採用されたら最高だ。いずれにせよ、現行のノート型PCは僕らが望むような携帯情報端末としては無駄が多過ぎる。一つの候補は大型の電子ブックだが、「電子ブック」というコンセプトは自由度が低くて僕はどうも好きになれない。

しかし、この何年か話題にのぼることが多くなった電子ペーパーの技術は気になるところだ。少し前にAmazonがKindleを、富士通がFLEPiaという電子ペーパーを採用したA4型カラー情報端末の販売を開始したことは、記憶に新しいという人も多いだろう。電子ペーパーだと動画は再生できないけれど、液晶やLEDのような反射光がないので目が疲れないし、画面の書き換え以外はほとんど電力を消費しないので連続使用時間が非常に長く、長時間のフライトなどで論文を読むには最適だ。しかも、とても軽い(FLEPiaだと、なんと360g)。残念ながら現時点では欠点も多い。例えば、書き換えの速度が遅くて快適に論文を読むにはほど遠い。デザインはこの上なく今イチな上に、値段も個人で購入するには10万円近くするし、OSは悲しいことにWindows CE 5.0だ。電子ペーパーが、僕らのセカンドマシンとしての情報端末にモニターとして搭載されるようになるには、まだまだ技術的な課題が多く残されているようだ。

以上は前置きで、以下が本命。僕が真剣に気になっているのはApple社の来るべき新製品、しかも従来のラインとは全く異なるコンセプトをもったマシンの発表がそろそろあるんじゃないかという噂。色々な憶測が飛び交っていて、眺めているだけでも楽しいのだが、僕がかねてから気になっているのは、"apple tablet"と呼ばれるtablet型の機種に関するだ。ipodやiphoneのチームから大量の技術者がこのプロジェクトに移動したとか、ASUSという会社が商品開発に協力しているとか、最近tablet PCに関する特許を取得したとか、なかには500〜700$の価格帯が想定されているなど、とにかく色んな噂が飛び交っている。web上では、apple tabletのデザインコンテストも勝手に行われていて、なかなか興味深い。少なくともこの何年かにわたってAppleがtablet pcの研究を行っていることは間違いないようだけれど、注意すべきは、apple tabletに関する噂は以前から出ては消えたを何度も繰り返してきたということだ。過去にNewtonで大きな挫折を味わっていることもあり、商品化に対しては非常に慎重にならざるを得ないのだろう。しかし、AmazonがKindleを出し、SONYがLIBRIEを出したことで、そろそろ機は熟しつつあるように思える。

仮に、apple tabletが発売されるとして、それがipodのハイエンド版のようなものとなるのか、それともmac bookのtablet版となるのか僕には予想もつかないけれど、いずれその日は来るだろう。既に多くの人がセカンドマシンやサードマシンをもつような時代になっている。Appleが出すであろう新たな情報端末は、革命的なものであってほしいし、そうなると期待している。楽しみだ。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2009年5月28日 (木)

The value of believing in free will

今回は、いつもと少し毛色の違った論文をメモ。moralとかdecision making関連の論文を読んでいる際にreferされていた論文だ。論文のテーマは、「自由意志」。しかし、自由意志の問題そのものではない。

自由意志は存在するか?volitionやmotivationについては色々と研究されているが、自由意志やtop-down causalityともなると、神経科学者や哲学者の態度は様々だ。因果的に閉じた世界を前提とするならば自由意志の余地は存在しないし、一方でVarelaやThompson、Freeman、Hakenのように対称ではないbidirectionalなcausalityを認めようと模索する立場もある。自由意志の問題は、それ自体疑似問題とする立場もある。しかし、僕らの行為には必ず何らかの神経活動パタンがともなっていることを神経科学が明らかにしてきたという意味では、極めて大局的に、しかも乱暴に言えば、自由意志は存在せず決定論な行為を支配するという世界観の方が優勢と言えるだろう(Libetが行った実験以降、無数の議論はあるが)。一方で、素朴心理学の上では、「少なくとも、行為主体の主観においては自由意志が存在する」という反論も可能だ。しかし、僕らの自由意志に対する主観的な態度は、考えられているほど堅固なものではない。科学的知見というのは少しずつ、ときに劇的に僕らの世界観を浸食していくものだ。実際、近年行われたmeta-analysisでは、「僕らの行為が自身の内的要因に起因する」という自由意志の存在を支持する信念から、「様々な外的要因による帰結だ」と考えるような決定論的な方向へとシフトしているそうだ(Twenge et al, 2004)。この調査研究は、"Locus of Control scores"という古い評価尺度を使って、僕らが経験する行為上の帰結が、internal(personal) factorsとexternal(situational) factorsのどちらに起因するのかという信念の経時的変化を調べている。1960年から1990年までの30年で、対象者がexternal factorsを選択する傾向が著しく増加しているという。当然ながら、このような行為観の変化をもたらした要因は神経科学の知見だけではない。しかし、1980年代以降、神経生理学やfMRI、EEGなどのneuroimaging methodを使ってありとあらゆる心理的なプロセスの神経機構が研究され、その中には従来のnaiveな信念を覆すような知見もあり、そのような知見が今後僕らの行為観や行為そのものにどのような影響を与えていくのかという予測は、それなりに興味深いものではある。

Vohs KD, Schooler JW.
The value of believing in free will: encouraging a belief in determinism increases cheating.
Psychol Sci. 2008 Jan;19(1):49-54

この研究は、自由意志もしくは決定論に対する信念が、僕らのmoral behaviorにどのような影響を与えるのかという問いを調べた心理学研究だ。

実験1では、被験者にまず決定論determinismを強く示唆するテキストかニュートラルなテキストのどちらかを読ませる。ここで被験者に読ませるテキストとして、なんとCrickの"Astonishing hypothesis"が採用されている(当然、こういう形で使用されるのはCrickの本意ではないと思うが・・)。"Astonishing hypothesis"のテキストの中から数ページを抜粋する形で、anti-free-will conditionでは「自由意志は錯覚に過ぎない」という内容が書かれた箇所を読ませ、neutral conditionでは意識について書かれているが自由意志の問題については触れられていない箇所を読ませる。その後、Free Will and Determinism scale(Free willに対する信念を測定する評価尺度)とPositive and Negative Affectivity Schedule(moodがpositiveかnegativeかを測定する評価尺度)という評価尺度をとった上で、被験者に算数の課題を解かせる(被験者には正答1問につき1ドルの報酬が割り当てられる)。この研究では、被験者が課題を解く際に、受動的もしくは能動的にcheatすることができるように実験環境が組まれている。具体的な手順は以下の通り。プログラムミスを装って本来は提示されないはずの解答がディスプレイ上に提示されるように仕組まれており、被験者は特定のキーを押すことによってこのようなミスを回避して、真面目に課題に取り組むよう実験者から指示される。つまり、被験者はキーを押すことで正直に課題に取り組むことができる一方で、キーを押さずに「ずる cheating」をして解答を不正に入手することも可能なのだ。また被験者は、「実験者は被験者がキーを押したかどうかは知り得ない」こと(実際はそうではない)や、「プログラムミスはあるものの"honestly"に課題に取り組むよう」に実験者から指示される。

結果としては、Crickの自由意志は存在しないというテキストを読ませたanti-free-will conditionにおいて、cheatingを行った回数が有意に多く、Free Will subscaleとcheatingの回数が逆相関していた。また、cheatingの回数とmoodとの相関はみられなかった。

上記の実験1では、被験者がキープレスという積極的なアクションを起こさなければcheating行為とみなされてしまうという意味において、"passive cheating"をみていると言える。これは、コンビニでおつりを多くもらったのに、申告せずそのままもらってしまうという行為に近い。これに対して、実験2では自由意志もしくは決定論的な信念が積極的なcheating behaviorにも影響を与えるかという点を調べている。ここでは、自由意志を支持する内容の短い文章(free-will condition)、決定論を支持する内容の文章(determinism condition)、どちらにも関係がない内容の文章(neutral condition)を複数の被験者からなるグループに読ませて、その後に文章理解、数学、推論課題からなる課題のセットを解かせる。ここでも正答1問につき1$の報酬が被験者に支払われる。それぞれのconditionに対して、cheatingが可能な場合とcheatingができないグループに分けられ、cheatingができないグループの報酬総額をbaselineとして、cheatingが可能なグループの報酬総額と比較している。手の込んだことに、cheatingが可能なグループでは、課題が開始される際に実験者の携帯が鳴り、急用のために実験者がその場をいったん離れてしまう。しかし、被験者はそのまま課題を解くように伝えられる。その後、被験者の回答は、実験者が所有することは認められていないとの理由で、シュレッダーにかけられる。これは、誰がcheatをしたかどうか特定できないようにするためだ。

cheatingが無ければ、被験者グループに与えられた報酬の総額は変化しないはずだ。実際にneutral conditionとfree will conditionでは報酬の総額に差がみられなかったが、determinsim conditionでのみ報酬総額が有意に増加しており、cheating頻度の増加が推測された。注意すべきは、解答用紙は実験者が目を通す前にシュレッダーにかけられてしまうので、個々の被験者のスコアは分からず、cheating行為は報酬総額から間接的に推測されていることだ。ただし、これはcheatingを行う上でのanonymityを維持するために必要な手続きだ。また、determinismがcheating行為に寄与しないのであれば、cheating可能なグループとそうでないグループに差はみられないはずなのだが、実際は有意な差が確認された。

以下、感想。condition間の神経心理学学的な水準が正確にマッチされているかどうかはっきりしない点が気になるものの、神経科学の知見と行為もしくは行為観の関係を調べたという点は面白い。彼らが出した結果は、神経科学者にとって余り心地よいものではない。当然ながら、この研究は、自由意志が存在するかどうかという問題に答えるための研究ではない。また、考察でも触れられているが、決定論に対する信奉が、amoralな行為を因果的に導くのか、それとも単なる「言い訳」として正当化されているだけのかということも分からない。気になるのは、神経科学の知見が、誇張、煽動、ときに偽った形で伝えられていることだ。こういう問題は、精神医学の領域でもかなり目立つ。神経科学の研究で得られた知見が僕らの行為に何らかの「負」のインパクトを与える可能性があるという意味では、科学的知見をどのように伝えていくかという問題は、伝える情報の正確さとともに、慎重さも必要かもしれない。それにしても、Crickの本のインパクトの何と大きいことか。

今日の音楽:Monolake "Gobi" (MP3 dl from itunes store)
34分もの長いトラックは、noise + field recording +打楽器少々という組み合わせの中では、クオリティがかなり高い。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2009年5月 4日 (月)

consciousness and decision making

41ivwgbgll_ss500_最近、読んでいる本。

Engel C, Singer W ed. Better than conscious. Decision making, the human mind and implications for institutions (Strungmann forum reports). MIT press, 2009

Wolf SingerとChristoph Engel(この人は知らない)が主催したStrungmann forumの講演内容をまとめた本。僕はこのフォーラムについて詳しく知らないが、サイトをみる限り、学際的な対話を目指して各領域の研究者を集めて毎年ドイツで開催されているようだ。SIngerらが担当したこのフォーラムは、consciousnessとdecision makingがテーマで、implicitとexplicit processing、deliberationとintuition、heuristics、consciousnessとdecision makingの進化的な意義など、最近興味をもっていた内容だったので、すぐに購入した。"Better than conscious"とは、何とも意味ありげなタイトルだが、内容も未開拓の領域だけにspeculativeな内容が多いようだ。ちなみに、今年のフォーラムは、"Dynamic coordination in the brain"と題して、Wolf Singer、Olaf Sporns、von del Malsburg、Steve Silverstainなどが招聘されており、これまた興味深い名前が並んでいる。
前半は、神経機構について、その後、進化論的な側面、社会学的な側面と続いて行く。とりあえず、3章まで読んでみた。以下、目次。

1. Christoph Engel and Wolf Singer: Better than conscious? The brain , the psyche behavior, and institutions
thought process、decision makingと司法などについて述べたspeculativeな内容。

2. Stanislas Dehaene: Conscious and nonconscious processes
global workspace modelとdecision makingにおけるevidence accumulation modelとを包括的にモデル化しようという内容。両者はほとんど接点をもたずに発展したモデルだが、少なくとも perceptualなdecision makingにおけるdecision thresholdとconscious perceptionにおけるperceptual thresholdとの間に意外な整合性があり、興味深い。

3. Peter Dayan : The role of value systems in decision making
value systemの数理モデルとdecision makingに関する内容。数理系の人が書くモデルは抽象的であるため、僕にとっては難解で、1回読んだだけではよく分からなかった。

4. Michael N. Shadlen et al: Neurobiology of decision making

5. Tania singer et al : Brain signatures of social decision making

6. Micael Plass, Rapporteur Peter Dayan, Stanislas Dehaene, Kevin McCabe, Randolf Menzel, Elizabeth Phelps, Hilke Plassmann, Roger Ratcliff, Michael Shadlen and Wolf Singer: Neuronal correlates of decision making

7. Robert Kurzban: The evolution of implicit and explicit decision making

8. Roger Ratcliff and Gail McKoon: Passive parallel automatic minimalist processing

9. Merlin Donald: How culture and brain mechanisms interact in decision making

10. Lael J. Schooler: Marr, Memory and Heuristics

11. Christian Keysers et al: Explicit and implicit strategies in decision making

12. Andreas Glockner: How evolution outwits bounded rationality: The efficient interaction of automatic and deliberative processes in decision making and implications for institutions

13. Jeffrey R. Stevens: The evolutionary biology of decision making

14. Robert Boyd et al: Gene - Culture coevolution and evolution of social institutions

15. Richard McElreath et al : Individual decision making and the evolutionary roots of institutions

16. Paul W. Glimcher: The neurobiology of individual decision making, dualism and legal accountability

17. Conscious and nonconscious cognitive processes in Juror's decisions

18. Christoph Engel: Institutions for intuitive man

19. Mark Lubell et al: Institutional design capitalizing on the intuitive nature of decision making

今日の音楽:Tim Hecker/ An imaginary country (CD)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年4月22日 (水)

夜叉神峠

Dsc_0035_5

毎年、高校時代の友人と必ず山を登る。何週か前の週末の金曜深夜に僕の家で集合して、友人の車で出発。今年も木曽駒ヶ岳で雪と戯れようと厚着をしてコンロやら食材やらを買い込んで向かったのだが、現地情報によれば山頂付近の天候は下り坂とのことであり、急遽予定を変更して「夜叉神峠」に向かった。夜叉神峠は、南アルプスの入り口にある小さな峠で、峠からは日本第二の高峰である北岳を中心としたいわゆる白嶺三山を眺めることができる。1時間ほど登り続けると、小さく開けた小高い丘に出る。夜叉神峠の「夜叉」という言葉は、日本ではおそろしい鬼というイメージを喚起する言葉として使われているが、古代インドの夜叉(ヤクーシャ)の語源は、「すばらしい顕現、不思議な出現」というむしろポジティブな意味をもつ(中村元「仏教語源散策」より)ことから、ひるがえってこの眺望にうまく合っているようが気がする。ちなみに、日本では、夜叉に無病息災を祈願して子供を授かる伝統があり、「あぐり」はそのときの名前の代表的な例であるという。

最近は、色々と忙しく、久しぶりの更新。EEGを使った実験は、諸事情とタスクを練り直す必要があって、しばらく休止という形になり、今後しばらくはPETやfMRIの実験を行っていく予定だ。主観的知覚の神経機構を調べるためには、時間解像度が決定的に重要なので、fMRIで課題を作るのは困難(不可能ではない)だ。しかし、意識の機能的側面と別の心的プロセスを組み合わせた研究は上手くやればできそうなので、しばらくはこちらのタスクに取り組む予定だ。そんな中で最近読んだ論文。

Dijksterhuis A, Bos MW, Nordgren LF, van Baaren RB.
On making the right choice: the deliberation-without-attention effect.
Science. 2006 Feb 17;311(5763):1005-7

意識的な心的プロセスが存在するということによって、僕らは様々なモダリティの同時進行的な心的プロセスを束ね合わせることができる。これによって、単純な反射や条件付けを超えた複雑で臨機応変は行為(output)を産出することができる。しかし、意識的な心的プロセスが存在するということが、少なくとも「機能的」にみた場合、必ずしも状況に応じた最適な判断の産出に寄与するわけではないのだ。

これは、Amsterdam大学の心理学科で行われたbehavioral study。
80人の被験者に、mode of thought( conscious vs unconscious) x task complexity( simple vs complex)という2x2の4条件から構成された課題を課し、最終的に彼らが下した判断を評価するという手順だ。

study 1は、被験者に4つの架空の自動車のうちのどれかを購入させる課題である。それぞれの自動車は、4つの属性(simple)をもつものと12個の属性(complex)をもつものが存在する。
それぞれの属性は、positiveかnegativeのどちらかの値をとる。1台は75%がpositive、2台は50%がpositive、1台は25%がpositiveである。

各属性が8秒ずつ提示された後、4分間の思考時間が与えられる。ここで、conscious conditionでは、被験者は熟考することができる。unconscious conditionでは、anagramを解くというdisturbing 課題が与えられてしまい、どの自動車を購入するかについて熟考する余裕を与えられない。

結果としては、simple conditionではconscious thinkerの方がunconscious thinkerよりも最高の車を購入する割合が高かった。しかし、complex conditionでは、conscious thinkerよりもunconscious thinkerの方が最高の車を購入する割合が高かったのである。

study 2では、study1で使用された自動車を購入するのではなく、各自動車に対する被験者の態度を答えさせる。ここでも、simple conditionではconscious thinkerが良好な成績であるのに対して、complex conditionでは、unconscious thinkerの方が良好な成績を上げている。

study 3では、まずパイロット実験で40個の商品を、購入時に考慮する属性の数によって、購入時に必要な熟考の度合いをランク付け(simple vs complex)する。そして、本実験の被験者にこれら40個の商品の中から最近買ったものを選ばせる。そこで、購入時に要した熟考時間に応じて、conscious群とunconscious群とに分ける。各群で購入後の満足度をスケーリングしたところ、simple conditionの商品(シャンプーやCDなど)はconscious thinkerで満足度が高く、complex conditionの商品(カメラ、航空券、部屋)に対してはunconscious thinkerの方で満足度が高かったのだ。

最後のstudy 4では、IKEAとBijenkorfという二つの小売店を選択し、ここで買い物をした被験者に対してstudy 3と同じような課題を課している。IKEAは商品が複雑で高額になりやすく、上記のcomplex条件に当たるとし、Bijenkorfでは比較的安価の商品ばかりを取り扱っており、上記のsimple conditionに当たるとしている。ここでも、Bijenkorfではconscious thinkerの方が満足度が高く、IKEAでは逆にunconscious thinkerの方が満足度が高かったという。

上記の結果は、単純な課題ではconscious thoughtの方が客観的にも主観的にも良好な結果を産出する傾向が強く、複雑な課題では逆にunconscious thinkerの方が良好な結果を産出する傾向が強いということを示している。

このようなことは、僕らが生活する上で素朴に感じることだが、authorらは、conscious thoughtがhighly capacity limitedなプロセスであるのに対して、unconscious thoughtはenormous capacity をもったプロセスであることに起因するのではないか、と推測している。

この実験の問題点は、conscious thought vs unconscious thoughtで比較している点だ。この比較だと、unconscious conditionではanagramを解かせたために成績が向上したと言えなくもないので、厳密にはconscious process vs unconscious processの比較と言えない点であろう。

また、別の研究では、一部再現性が否定されているので、この実験の結果については慎重な判断が必要だ。

今日の音楽:Hammock/Black Metallic (from CD"Never lose that feeling vol. 2)
最近のシューゲイザー、音響系のグループの作品を集めたコンピレーション。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2009年3月19日 (木)

complex network

Bullmore E, Sporns O.
Complex brain networks: graph theoretical analysis of structural and functional systems.
Nat Rev Neurosci. 2009 Mar;10(3):186-98. Epub 2009 Feb 4

これは、先日、紹介した脳のネットワークとグラフ理論に関する総説だ。
論文の中に数式は全く出て来ないので、Stamの総説よりも分かりやすい。nhpを使ったデータやdiffusion tensor imagingなどのanatomical networkと、fMRIのlow-frequency fluctuationやEEG、MEGなどによるfunctional networkとに分けて、話が進んでいく。これまで書いてきた通り、脳のfunctional networkは、macroscopicにはsmall-world構造をとっているようであるが、scale-free性についてははっきりとした結論は得られていない。彼らは、ニューロンによって構成されるnetworkは、シナプス数や軸索の長さなどのコストという物理的制約によって規定されているため、degree distributionはpower-lawをとりにくく、むしろ天井値をもったexponentially truncated power-lawを示すのではないかと考察している。

あとは、hub region、motifやhyerarchyなど、networkの定性解析などについても触れられている。最後には、clinical implicationとして、Alzheimer diseaseやSchizophreniaなどのnetwork構造についても触れられている。

新しい発見はなかったものの、この領域に興味をもっているが、ほとんど知識が無いという人にとっては、最新の動向がよくまとめられていて、良い総説なのではないかと思う。

個人的見解で言えば、TMSなどのvirtual lesionがfunctional networkのconnectivityにどのような影響をもたらすかというのが興味深いところ。例えば、Spornsらによって同定されたhub region (provincial hubとconnector hub)に対してvirtual damageを加えた場合のnetworkのふるまいを調べるなんていうのも面白いと思う。

あとは、精神科医としての興味から言えば、dopamineなどのexperience-dependent plasticityなどが、networkの再編やhomeostasisにどのように寄与しているかなど。当然、dopamine blockerによる影響も。Kapurのsalienceという概念にもつながってくる可能性があると思う。schizophreniaの慢性増悪化というvicious circleは、この辺りに答えが隠されていそうな気がする。

今日の音楽:V.A/Variations of Silence
ポストクラシカルという動向があるようなのだが(はっきりとどういう音をさすのかは良く分からない)が、これはそのポストクラシカルのトラックを集めたコンピレーション。夜、家でたらたらと流すには良いかもしれない。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2009年2月26日 (木)

visibilityについて

Dsc_0032_2

今年の年始に訪れた讃岐の紫雲出山から眺めた瀬戸内海。
この辺りには浦島伝説があって、この山が浦島太郎が玉手箱を空けたときに上った煙に似ていることから、紫雲出(しうんで)山と名付けられたという。一年のうちに何度か、紫色の雲が見える日があったもという。それは、海賊の襲来を知らせるためのものか、はたまた何かの祝煙なのか。ここからは、遣唐使を乗せた船もよく見えたことだろう。僕らが訪れたこの日は、夕暮れ時の太陽が荘厳なベールをはっていた。

現在、visibilityをみる実験を考えているが、これは難しい問題を孕んでいて、なかなか思い通りにいかない。
何が問題かというと、ある視覚刺激知覚課題において、見えるか見えないかというような閾値すれすれの強度の刺激を提示すると、visibilityが評価の方法によって大幅に変わってしまうことだ。要するに、「見えたのか、見えなかったのか」という根本的な問題をどう扱うかによって、その実験で何をみているかも大きく変わってきてしまうのだ。

このような問題は、心理物理をやっている人たちにとってみれば、しごく当たり前かつ古典的な問題なのだろう。

従来の主観的知覚の成立/非成立をみるための実験では、%detectabilityや%discriminabilityが用いられることが多いが、この評価方法だと、ノイズやsubconsciousなdiscriminationがコンタミしている可能性が高く、主観的知覚そのものを見ているわけではなくなってしまう。

信号検出理論を応用すれば、ノイズ混入の問題をある程度まで除去することが可能だが、あれをtrialベースの脳機能画像にどうやって生かすかは難しい面がある。

同様に、提示された画像の特徴を答えさせるタスクも、同じ問題を抱える。

じゃあ、delayed matchingを使えば、どうだろうか?内的に把持されたイメージと照合すさせるわけだ。これだと、どうしてもworking memoryを介さざるを得なくなり、結果的にはvisiblityそのものを直接反映していない場合もある。また複雑な画像だと、working memoryの負荷の増大によって誤答が増加する。

それじゃあ、seen/unseenという二分法で答えさせるか、または見えたターゲットの個数を答えるという方法もあるだろう。DehaeneやSergentらは、conscious perceptionは、all or none的なふるまいを示すことを巧妙な心理実験で明らかにしている。しかし、このところ僕が行ってきた予備実験から、顔などの刺激は必ずしもall or none的なふるまいを示すわけではないようだ。つまり、DehaeneやSergentらが使った文字や図形などのシンプルな刺激とは異なり、顔刺激や風景などの複雑な画像ではconscious perceptionはgradualにbuild-upしていくのかもしれない。

僕らの意識のシーンは、必ずしも離散的な遷移を繰り返しているわけではなく、勾配(もしくは濃淡)の存在するgradualなbuild-upのパタンを示しているんじゃないかと。それを評価するためには、何らかの連続変数で評価することも必要だろう。

最終的には、visual analog scaleなどでvisibilityを連続的に評価させるしかないのかもしれない。そうなると、visibilityの内的尺度を構成させるための実験がさらに必要となるが。

以下、意識もしくは主観的知覚のvisibilityに関する論文。既に一読しているが、再読してみよう。

Sergent C, Dehaene S.
Is consciousness a gradual phenomenon? Evidence for an all-or-none bifurcation during the attentional blink.
Psychol Sci. 2004
Nov;15(11):720-8.

backward maskingとattentional blinkを使って、subjective visibilityとobjective visibilityを調べた心理実験。backward maskingではvisibilityがgradualなdistributionを示し、attentional blinkでは短いlagでdichotomousなdistributionを示す。

Reuter F, Del Cul A, Malikova I, Naccache L, Confort-Gouny S, Cohen L, Cherif AA, Cozzone PJ, Pelletier J, Ranjeva JP, Dehaene S, Audoin B.
White matter damage impairs access to consciousness in multiple sclerosis.
Neuroimage. 2009 Jan 15;44(2):590-9

これはなかなか面白い臨床研究。広範囲の白質線維が障害されるMSでは、神経伝導速度の遅延が報告されており、その結果conscious perceptionが成立するまでの時間も遅延すると予測される。この実験では、複数のSOAをとったbackward maskingを使って、健常郡とMS群のconscious thresholdを調べることによて、実際にMSでconscious thresholdの遅延がみられることを明らかにしている。

Persaud N, McLeod P, Cowey A.
ost-decision wagering objectively measures awareness.
Nat Neurosci. 2007 Feb;10(2):257-61. Epub 2007 Jan 21

上に書きつらねてきた問題に関して、非常にsimpleなbehavioral studyを使って、「見えた見えない」という問題に大きな一石を投じた研究。また、最近の活発な議論のきっかけたとなった論文だ。これは、これで衝撃的な内容だった。

以下、二つは主観的知覚の「見えた見えない」問題に関する総説。
Seth AK, Dienes Z, Cleeremans A, Overgaard M, Pessoa L.
Measuring consciousness: relating behavioural and neurophysiological approaches.
rends Cogn Sci. 2008 Aug;12(8):314-21. Epub 2008 Jul

Clifford CW, Arabzadeh E, Harris JA.
Getting technical about awareness.
rends Cogn Sci. 2008 Feb;12(2):54-8.

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年2月22日 (日)

nowness

気が早いが、夏はインド北部のヒマラヤ山麓にあるナンダデヴィか、ブラジルのマナウス辺りにでも行きたい。

ちょっと前に読んだ論文。

Bachmann T, Hommuk K.
How backward masking becomes attentional blink. Perception of successive in-stream targets.
sychol Sci. 2005 Sep;16(9):740-2

僕たちの意識(主観的体験)というのは、必ずしも外界のイベントをリアルタイムかつ正確に反映しているわけではない。それは、一定の時間的遅れをともなっていて、しかも脳によって恣意的に構成されている。例えば、DehaeneやKoivistらが行ったbackward maskingやattentional blinkを使った一連の電気生理学実験のデータは、ある刺激が提示されてから主観的知覚と相関する神経活動が生じるまでに、約200〜300msを必要とすることを示している。また、readiness potentialと主観的なタイミングを決定するための巧妙な時計を使ったLibetの古典的な実験は、能動的な行為を発動したという感覚ーつまり、volitionーが、脳の中で生じる活動から少なくとも150ms(だったか?)遅れて生じているという可能性を示している。意識のシーンが、外界や脳内のイベントから常に遅れる形で体験されることから、Edelmanは、このような意識の中での「今」という瞬間の立ち現れ方を、"remembered present"と呼んだ。

このように、常に外界のイベントと一定のずれを伴って生じる意識のシーンは、僕らの体験する「今 nowness」という体験に相当しているのかもしれない。「時間的意識の現象学」と題された論文でVarelaが詳細に論じているように、この「今」という体験が、一定の厚みをもった構造をもつことが現象学において既に指摘されている。近年、神経科学の領域でも、同様の仮説を支持する結果が得られている。例えば、Van Rullenのwagon wheel illusionを使った実験は、僕たちの意識のシーンが一定の時間的持続(13Hz)をもって、あたかもスナップショットのように時々刻々と異なる状態を遷移し続けているということの有力な証拠であろう。ただし、聴覚など他のモダリティにおいては、このような時間構造は確認されていないと思われる。

僕たちの体験するnownessの時間的厚みは、決して強固なものではなくて、一定のゆらぎを示し、さらに時間的に近接するイベントによって様々な干渉効果を受ける。このような干渉効果は、backward maskingやattentional blinkという心理現象として知られている。このような効果は、干渉刺激との時間的関係や強度などによって程度は様々だ。

以上からすると、意識のシーン(少なくとも、視覚的意識)は、外界のイベントから常に一定時間遅れて生じるtemporal windowの中で、常にゆらぎながら刹那的に成立している可能性が高いと言えるだろう。その過程には、外界のイベントを僕らの感覚器が捉えた直後に脳内に生じて、さらに広範囲を巻き込みつつ伝播してゆくような神経活動が背景的な機構として存在すると考えられるが、今のところ、意識的知覚の成立・非成立を決定づけるようなcriticalな脳内事象についてはほとんど明らかにされていない。ただ、上記のように主観的知覚の成立に関するタイミングに関することだけが、いくつかの実験データから間接的に類推されるだけだ。ちなみに、僕らが意識という現象を精細な時間的スケールで考えようとする場合に、どうしてもassertiveな表現ができないのは、僕らの主観的体験のタイミングを客観的に測定する方法が原理的に困難であるからだ。

ここまで、前おきが長くなった。この論文自体は、3ページ足らずの短いもので、RSVPを使ったとてもシンプルな心理実験だ。しばらく気にも留めずにiPapersの中に放置したままであったが、上のようなことを考えていたとき、たまたま手に取って面白いと感じた。具体的には、SOAを様々に変化させたRSVPの刺激系列を使って、文字のdetectabilityを測定。backward maskingからattentional blinkへの移行は、最初のターゲット刺激から約90ms後にあり、その後600msまでattentional blinkが起こり続ける。つまり、この実験は2つの連続する刺激の間に生じるbackwardおよびforwardな干渉効果をみているわけだ。この実験は、detectabilityをみているので、実際に「見えているかどうか」という問題(これが一番難しい)はどうしても回避できないものの、この実験のように、attentional blinkとbackward maskingを同一の枠組みの中で本当に発生させることができたら、ひょっとすると、主観的知覚の時間的構造を明らかにするための一端となる可能性があると思う。


Alone今日の音楽:Dakota Suite/Alone with everybody(CD)最近、聴き込んでいるUKのアーティスト。Karaoke Kalkから。Richard Hormbyは、元スペースマン3のメンバー。過去に思いを馳せるのに十分過ぎるくらいに隙間の多いインストゥルメンタルと唄は、ジャケットのようなモノクロの音景。ヴェンダース映画(実際に間接的つながりあり)を彷彿とさせる。僕的に同系列に聴こえるUSのElliot Smithとはまた違ったメランコリーをたたえている。うーん、英国人の闇は、奥が深い。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年2月15日 (日)

速報

4月から僕と同僚となる先輩とボスが行った仕事が、Scienceの最新号に掲載された。

Takahashi H, Kato M, Matsuura M, Mobbs D, Suhara T, Okubo Y.
When your gain is my pain and your pain is my gain: neural correlates of envy and schadenfreude.
Science. 2009 Feb 13;323(5916):937-9.

内容はまだ読んでいないので分からないが、envyやrewarding reaction, schadenfreudeなど、いわゆる「煩悩系」の情動群は、僕らが社会生活を営む中でも、中核的に重要な情動だ(と思う)。この実験の良さは、こういった情動群をうまくmanupulateすることのできたタスクの質の高さにあるのだろう。

僕が今行っている実験は、とにかく実験パラメータの設定の段階で、かなり苦しんでいるが、何とか目的の心理現象をmanipulateできそうだ。

今日の音楽Clare and the reasons/Movie(CD)

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2009年2月12日 (木)

Complex brain networks

このところ、実験の準備と臨床で忙し過ぎて、論文を読む時間がほとんどとれず。
現在行っている実験も、behavioralの段階でtrial and errorを繰り返しているが、少しずつ前進しているような気がする。

そんな中で、気になる総説が。

Bullmore E, Sporns O.
Complex brain networks: graph theoretical analysis of structural and functional systems.
Nat Rev Neurosci. 2009 Feb 4

現在、brain imagingにグラフ理論を応用したconnectivity研究は、イギリスのCambridge univ.のAchardやBullmoreのグループ(主にfMRI)、オランダのStamらのグループ(主に、EEGとMEG)、そして米国のIndiana univ.のSpornsらのグループ(主に、サルやネコなどのnhp)が先導している。前二者は、健常人だけでなく、SchizophreniaやAlzheimer's diseaseなどの病理的なネットワーク研究にも力を入れているのが特徴だ。これは、その中の2人が一緒に書いた総説。まだ読んでいないので、詳細は分からないが、Bullmore(Achardらのグループ)と、Spornsというpublishされるたびに必ず目を通していた2人だけに、内容は期待できるんじゃないかと思う。

最近読んだ本:「荒野へ」ジョン・クラカワー著
旅先で印象に残っているのは、バスに揺られながら茫と眺めていたアンデス山脈沿いの荒野だったり、カラコルムの険しい山々や、中央アジアの砂漠など、単純で終わりの無いような風景が多い。都市や遺跡では、せわしなく動きすぎるし、写真や旅行記のイメージが強過ぎて、それを超える記憶が刻まれにくいのかもしれない。最近は、都市を中心に旅することが多かったので、今年は人が少ないところに行こうかと考えている。

今日の音楽:Royksopp"Happy up here" (download from itunes store)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年1月14日 (水)

information integration theoryその後

最近、読んだ論文。

Tononi G.
Consciousness as integrated information: a provisional manifesto.
Biol Bull. 2008 Dec;215(3):216-42.

Tononiのinformation integration theoryに関するreview。

Biological Bulletinという雑誌(初めて知ったが、創刊は1899年というから、案外伝統のある雑誌だ)に掲載された26ページに及ぶかなり重量感のある論文。provisional manifestとあるように、シミュレーションなどによる実証可能な内容というよりも、彼自身が抱いている意識観の表明のようなものと言える。

前半は、主に数理モデルの解説にあてられている。彼自身が定義する情報とは、各ニューロンの発火という要素的な情報ではなくて、無数のニューロンの発火パタンからなるシステムのある時点での状態が、そのシステム内部において、また時間軸上でどのように差異化されているかという、メタ情報のようなものだ。Tononiはこれまで繰り返し、この仮説について述べているが、この論文の中で目新しい点と言えば、従来の彼の仮説が意識の量的側面(統合と複雑性)に焦点を当てたものであったのに対して、この論文では、qualia spaceという概念を用いて意識の質的側面に踏み込んだ点だろう。このqualia spaceとは、ネットワークのあらゆる可能的状態を軸とする多次元空間で、qualia space上の点はネットワークの可能的状態の確率分布を示す。また、ある点から別の点へのベクトル(q-arrows)は、ネットワークのconnectivityによって決定づけられるinformational relationshipを指し示しているという。また、ある体験は、complex内のinformational relationshipの組み合わせによって形成されるshape(Q)によってspecifyされるという。基本的な概念は、Edelmanとともに提唱していたdynamic core hypothesisでも顔をのぞかせていたが("Universe of consciousness"を参照)が、今回はそれを一挙に拡張したように思われる。freeの論文なので、詳細は実際に読んでみてほしい。

後半の内容は、何だかものすごくて、もはやエンピリカルな話はほとんど姿を消して、ひたすら思考実験とメタファーでもって「妄想」と言われかねないようなspeculativeな議論を展開している。たとえば、「photo-diodeやworld-wide-web、さらにはリンゴは意識をもつか?」という話や、「個体間で異なる体験を普遍的に記述するような言語は可能か?」というような話が出てくるのだ。従来から、Tononiは、information integrationという概念でもって、高い統合能(Φ値)をもつシステムは意識をもちうるということを言っているので、Ned Blockの「こうもりであるとはどのようなものか?」という問いにあるような、ヒトと全く異なる構造をもったシステム内に生じる体験でさえも、この仮説の枠組みで記述できるのだと主張している。

Tononiは、意識の科学においては、実証的な実験とともに、個々のデータを包括的に説明するための理論的枠組みが必要だと、主張している。彼自身の考えによれば、その枠組みとは数学に他ならないということだ。実際に、Tononiのグループには、睡眠やschizophreniaという方向性からMassiminiやFerrarelliなどのようにTMSやEEG、MEGを用いた実験を行う研究者たちと、Tononi自身やBalduzziのように数学に長けて、意識に関する概念的な理論展開を進めている研究者という二つの流れがあるように思える。

新たな汎心論ともとられかねない、かなりradicalな内容なので、意識の科学に関する厳密なデータに基づいた予測というよりも、一種のscience fictionという心構えで読むとよいと思われる。また、途中で時間を空けて再読し始めたら、全く内容が理解できなくなってしまったため、一挙に読むのがよいかと。

今日の音楽:New Order/Blue Monday

| | コメント (10) | トラックバック (0)

2009年1月 4日 (日)

四国の寺

年末年始は、徳島の実家に帰省。
猫も元気そうだった。
今回の滞在中は、香川の金比羅山、高知県の豊楽寺、愛媛の岩屋寺(45番)と大宝寺(44番)などの寺社を訪ねた。

Dsc_0009

金比羅山から眺めた讃岐富士と瀬戸内海。讃岐地方の景観は、このようなお椀型の山とため池が特徴的だ。しかし、南下して四国山地に入ると、風景は一変する。四方を囲む方向性を欠いた山に視界を遮られ、どこか紀伊山地を思わせる雰囲気が漂う。

Dsc_0188_2

今回訪れた寺社の中でも、岩屋寺は昨年の「ゆく年くる年」で放映されてから、一度は訪れてみたいと思っていた寺だ。
車で雪の四国山地を超え(途中、雪につかまって動けなくなり、地元の人に助けてもらった)、うっそうと生い茂る木々に囲まれた山道を登ること、20分。ここまでの苦労と雰囲気だけでも、期待が高まる。

Dsc_0157

深々とした杉林の参道を登りきると、奇岩を背後に控えた無骨な佇まいの寺が目に入る。同じく修験道の場でもあった鳥取の投入堂をどことなく連想させる景観だ。明治の火事で多くを焼失してしまったとのことだが、大正時代に再建された大師堂もなかなかのものだ。

Dsc_0192

境内のさらに奥から、雪の積もった山道が岩山の頂上へと続く。そこには、白山権現をまつる祠や空海の修行場と伝えられる場所があるという。僕らは何とか修行場の入り口である鎖場までたどり着くも、寺務所で鍵を借りなかったため中に入れず、今回は断念した。

Dsc_0086

こちらは、高知県の豊楽寺。四国最古の木造建築(1151年)で、国宝にも指定されている薬師堂をもつ。規模も小さく、素朴な寺なので、本当にこのような場所に国宝建築があるのだろうかと不安になるが、確かにあった。四国には珍しい重文の仏像も安置されているというが、お正月の祈祷のため、拝観できず。この日は雨まじりの雪だったが、この寺が、この日のような風雪に耐えてきた850年という気の遠くなるような時間の長さを考えると、驚かざるを得ない。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2008年12月28日 (日)

decision making (and free will)

年末年始は、徳島に帰省する予定だ。

最近は、decision making、もしくは、decision makingを可能たらしめるようなプロセス(曖昧だけど)に興味があって、色々と新しめのレビューを漁ってみた。
この辺りのテーマは、当然ながら、schizophreniaにみられるformal thought disorderなどとも関係が深いわけで、前々からちゃんと調べてみる必要を感じていたが、いつの間にやら膨大なデータが量産されているようだ。その中には、schizophreniaのいわゆる陽性症状と陰性症状を同じ土俵で説明を試みたモデルもあって、臨床的な印象からみてもあながち間違ったことを言っていないようにも思える。
特にFletcherらのreviewで提示されている、Kapurが提唱したsalinence仮説をベイシアン的に捉えるというモデル(説明)は、なかなか面白かった。

以下、詳細にまとめようとするときりがないので、最近読んだ論文のアブストラクトのメモ。

Bud Craig AD.
How do you feel--now? The anterior insula and human awareness.
Nat Rev Neurosci. 2009 Jan;10(1):59-70.

This paper reviews neuro-imaging and physiological data that showed the importance of anterior insular cortex in subjective feeling of entire body. Authors propose a speculative model linking activities of anterior insular cortex and various cognitive processes including decision making and consciousness.

Haggard P.
Human volition: towards a neuroscience of will.
Nat Rev Neurosci. 2008 Dec;9(12):934-46.

Pre-supplementary motor area, the anterior prefrontal cortex and parietal cortex constitute network underlying the intention and abstract representation of voluntary action, namely "volition". This paper reviewed ample evidences of behavioral and functional brain-imaging studies (including the famous experiments by Benjamin Libet). In the last part of the article, they attended the problem of free-will.

Fletcher PC, Frith CD.
Perceiving is believing: a Bayesian approach to explaining the positive symptoms of schizophrenia.
Nat Rev Neurosci. 2009 Jan;10(1):48-58. Epub 2008 Dec 3.

Fletcher and Frith attempted the first explanation about positive symptoms of schizophrenia (hallucinations and delusions) from Bayesian framework. They suggest a disturbance in lower-level and higher-level error-dependent updating of inference and belief about the world would result in hallucinations and delusions, respectively.

Bar M, Aminoff E, Mason M, Fenske M.
The units of thought.
Hippocampus. 2007;17(6):420-8.

The classical view in psychology about processes of human spontaneous thoughts (wandering-mind) is that they are essentially associative. Recent data obtained through f-MRI studies implied that the default-mode network - Medial prefrontal cortex, medial parietal cortex and medial temporal lobe - plays a key role in this processes.

今日の音楽:Neil Young/ Harvest(CD)
久しぶりに聴いてみたら、今の気分にぴったりと合っていて、これと「After the goldrush」ばかり聴いている。

最近の本:空海 著「秘蔵宝鑰」(宮坂 宥勝「空海コレクション」、ちくま学芸文庫)
人の心をhierarchical、比較宗教論的に分類した「十住心論」の要約。上記の論文を読んだ直後に、「水面が波打つように、人の心に自性なし」などというような表現に遭遇すると、ドキッとする。ちなみに、僕は10段階のどの辺りだろうかと興味本位に考えながら読んでみると、第一段階(異生羝羊心、要するに煩悩にまみれた心、ほぼ人間以下の存在)から第二段階(愚童持斎心、儒教的な道徳、倫理観の目覚め、人間になったばかり)に位置づけられることが判明。

最近の気に入り:Malin + Goetzのlip moisturizer

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年12月16日 (火)

wandering mind

忘年会やら何やらで、風邪気味。咳が止まらず。

最近読んだ論文。

Mason MF, Norton MI, Van Horn JD, Wegner DM, Grafton ST, Macrae CN.
Wandering minds: the default network and stimulus-independent thought.
Science. 2007 Jan 19;315(5810):393-5.


少し古い論文。stimulus-independent thoughts(SIT)とdefault-mode networkとの関係をfMRIで調べた実験。これは、何かと想像が膨らむテーマだ。

課題(この実験では、verbal working memory taskとvisuospatial working memory task)の練習(day 1-3)をこなしていると、課題中のcognitive loadが減少して、task-irrelevantなthoughtの出現頻度が増加する。day 4では、baseline、task(practiced、novel)の3つのブロックで、SITの頻度を検証し、day 5で、fMRIを撮影した。

fMRIの解析では、まず、baseline vs taskの比較で、aspects of the posterior cingulate and the precuneus , the posterior lateral cortices , the insular cortices, the cingulate , and aspects of both ventral and dorsal medial pre-frontal cortex (mPFC) などの領域群がdefault-mode networkと定義づけられた。

次に、practiced vs novelでBOLD activityを比較し、SITの出現頻度とdefault-mode networkとの相関を検証。結果としては、novel taskのブロックと比較して高頻度にSITが出現したpracticed taskのブロックにおいて、上記のdefault-mode networkを構成する領域群(aspects of the mPFC ; bilateral superior frontal gyri ; the anterior cingulate; bilateral aspects of the posterior cingulate and precuneus ; the left angular gyrus ; bilateral aspects of the insula; the left superior temporal , the right superior temporal and the left middle temporal gyri )のBOLD activityが有意に高かった。

被験者にSITをどのようにreportさせるのかはっきりしない点や、attentionなどの他の認知プロセスの影響が除外しきれていないなどの問題点がある。特に、vigilanceによる影響は、まず間違い無いように思える。しかし、task vs at restの対比というdefault-mode networkの大雑把な概念から、課題遂行の自動化とそれに伴うtask-irrelevantな思考の出現という一歩進めた観点で捉えた点が面白い。default-modeは将来性が無いのではと思っていたけど、decision makingを通り越してfree willなどの問題とも関わってくるだけに、興味深い。ただし、何でもdefault-mode networkと結びつけるのは危険なので、つっこんだ検証が必要だろう(既にされているだろうか?)。

以下、この実験とは関係の無い話。

もう一つ、僕らの意識が浮動して漂流しているときに突如として意識下のcognitive controlに引き戻される瞬間に脳の中でいったい何が起きているのかという問いが、電気生理学的な観点から非常に興味をそそられるところだけれど、そのような検証を可能にする課題設定が思い浮かばない。浮動する思考内容に僕らがアクセスしたその時点で、もはや漂流とは言えなくなってしまうからだ。

精神病理学的には、白昼夢とか、schizophreniaの自生思考(autochthnous thought)との関わりが気になるところ。schizophreniaでは、幻覚や妄想などの病的体験や思考障害が顕現する前段階で、思考が明確な対象を欠いたまま、ひとりでに出現するというような時期がみられる場合がある。あるいは、ある種の薬物でも、そのような思考の障害がみられる場合がある(いわゆる、トリップ)。精神病理学では、このような自生的に浮かんでは消える思考からagencyが希薄化していくと、最終的にさせられ体験や思考吹入などの病的体験に発展すると言われていたりするのだが、default-mode networkのような脳の内側面の活動との関係は、まだほとんど明らかにされていない。

結局のところ、僕らが過ごしている時間の大半は、cognitive controlを離れた、ふわふわと漂流する思考に費やされているように思う。外来など、1日8時間も連続で患者さんの話を聴いていると、「あ、アイドリングしていた」という感覚を覚えることがある。たいていは漂流するのもつかの間で、bottom-upなattentionによってふっと引き戻される瞬間はあるが、いつの間にかまた漂流している。ときには、幾分か創造的な考えが浮かんでくることも無いとは言えないが、大部分は少し未来の予定や比較的最近の過去の出来事を虚しく再生しているような場合が多いと思う。

Although the thoughts the mind produces when wandering are at times useful, such instances do not prove that that the mind wanders because these thoughts are adaptive; on the contrary the mind may wander simply because it can.

今日の音楽413h1z9fiwl_sl500_aa240_最近は、Heliosばかり聴いている。ipodにはずっと入れていたのだが、朝の通勤電車でかかったとしても毎回スキップしていた。それがある日、ちょっとした仕事の山場を超えて、緊張を引きずったままなのに対象を欠いた変な精神状態でHeliosのトラックがかかったときに、突如として音景が浮かび上がるような体験があって、それ以来しっくりしてずっと聴いている。

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2008年12月 4日 (木)

time-varying connectivity

先週は、研究等の見学&相談で九州大学を訪問させてもらった。
博多での滞在時間に余裕があったので、同行した先生とひたすら美味しいものばかり食べ歩いていた。
うーん、良い街だ。研究室の雰囲気や施設もうらやましい限り。
音楽的な趣味も一致したりして、かなりローカルな話ができて驚いたとともに、うれしかった。

その夜の食事の席で、brain networkのconnectivityについて、特にstaticではなくflow(causality)を取り込んだconnectivityの経時的な変化やgranger causalityに関する話題があがった。

そのときは良く分からなかったのだが、東京に戻ってたまたま読んだ論文がEEGとgraph theoryを使ってネットワークのtime-varyingなconnectivityを調べるというものだったので、簡単にメモ。

De Vico Fallani F, Astolfi L, Cincotti F, Mattia D, Tocci A, Salinari S, Marciani MG, Witte H, Colosimo A, Babiloni F.
Brain network analysis from high-resolution EEG recordings by the application of theoretical graph indexes.
IEEE Trans Neural Syst Rehabil Eng. 2008 Oct;16(5):442-52.

simple motor task下でhigh resolution EEGによって脳波活動を記録し、得られたデータにグラフ理論を応用して、network analysisを行ったという実験。最終的には16個のROI、つまり16個のノードから構成されるネットワークの構造を調べている。この研究で解析されたパラメータは、network density、node stength、globalおよびlocal efficiency、motif(3個のノード)、reciprocityなど、見慣れないものもある。
おそらく、これはpreliminaryな研究で、特筆すべき結論は得られていない。また、networkのノードの少なさと、α帯域だけしか調べていないのが大きなlimitationだと言えるが、少なくともグラフ理論を使ってfunctional brain networkのgraph parameterの経時的変化を調べたという研究はみたことが無い。今後は、このような方向性の研究が増えてくるのだろう。
大脳皮質のマクロなnetworkのtime-varyingなconnectivityから、attractorのような収束的なパタンや、"cortical song"のように繰り返される自発活動のパタンなどがみえたらとても面白いと思うのだ。そのためには、少なくともノード数を大幅に増やす必要があるだろう。そうなると、やはりEEGでは不可能だろうし、MEGでも難しいかもしれない。そもそも、膨大な計算容量が必要となるようで、ノード数を増やすのはなかなか難しいようだ。

Alkire MT, Hudetz AG, Tononi G.
Consciousness and anesthesia.
Science. 2008 Nov 7;322(5903):876-80.

「麻酔と意識」と題された総論。
Alkireという人は、麻酔科で、意識関連の論文を大量生産しているようだ。
ここでも、麻酔薬による意識への影響は、脳幹や視床などの局在領域の神経活動のブロックではなく、諸領域の相互作用が妨げられることがではないかという話。fMRI、EEG、TMSなどを使った研究を紹介しながら、解説。
元々ほとんど論文を読んだことのない分野だけに麻酔薬関連から意識へのアプローチには懐疑的だったのだけれど、この総論の内容は(偏っているかもしれないが)非常に充実していて、こういうアプローチもありかと。最後は、Tononiの独壇場という感じで、information integration theoryの話に。

今日の音楽:Hakase-sun/Adult Oriented Reggae
元Fishmansのキーボーディストのソロ作品。producerはZAK。
Fishmans後遺症でずっと敬遠してきたのだが、聴いてみたら学生の頃に好きだったJackie Mitooの作品を彷彿とさせるようなアナログかつ牧歌的かつmellowな音色で、気に入っている。
今年上映された「人のセックスを笑うな」という映画のサントラにも携わっていて、そこではなんとMariMariとともにFishmansの「いかれたBaby」をカバーしていたので、驚いた。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008年11月18日 (火)

Olaf Blanke + criticality + 道後温泉

明日から学会で松山に行く予定。宿泊は、道後温泉の「ふなや」。
ちょっとした気分転換になればいいと思う。
来週は九州大学に見学に行く予定でちょっとした講演もあるので、その準備もするつもりだ。

最近読んだ論文

Poil SS, van Ooyen A, Linkenkaer-Hansen K.
Avalanche dynamics of human brain oscillations: relation to critical branching processes and temporal correlations.
Hum Brain Mapp. 2008 Jul;29(7):770-7.

脳に発生するoscillationsのamplitudeやdurationは、power lawに従う。そこには、いわば特徴的なスケールが存在しない。これを言い換えれば、僕らの脳はcritical stateにある、という表現になる。

統計物理において、criticalityとはある物質が相転移(液相→気相など)を起こすような、critical temperatureにあることを意味するという。このcriticalityの概念は、複雑系システム全般に一般化さる。それは、特に多数のnonlinearなユニットからなるシステムの自己組織化や集団的挙動の理解に重要であるという。先日のエントリーでも書いたが、criticalityを記述する重要なパラメータの一つが、branching ratio(σ)である。システムの挙動がscale-free性を示すのは、このbranching ratioが1付近にあるときである。大脳皮質のbranching ratio>1であれば、局所における発火はシステム全体に爆発的に広がり、branching ratio<1であれば発火は短時間で収束してしまう。どちらも、脳のcomputationにとっては、適切ではない。しかし、branching ratioが1にあるときには、局所の神経活動がたどる運命は非常な多様性を示し、様々なスケールで皮質内に伝播してゆく。

脳がこのような状態にあることは、撹乱に対するsusceptibilityやrobustnessにとって重要な要因であるという。つまり、僕らの脳がcritical stateにあるというのは、そのcomputationにとっても大きな意味をもつというのだ。

この辺りのことはまだ勉強不足なので、僕にははっきりしたことは言えないが、集団的挙動としての同期やoscillationだけでなく、これらの集団的挙動のダイナミクスを決定づける、さらにオーダーの高い因子が存在するということを意味している。集団的挙動を規定する少数のパラメータという意味で、これもorder parameterといるのだろうか。これは、MEGのデータを用いた研究であるが、例えばBOLDのslow-fluctuationでで同じような結果が出るのかどうかは分からない。
このcriticalityという概念はかなり面白そうなので、ちょっと調べてみよう。

ちなみに、先週の金曜日は、僕が所属する大学でOlaf Blanke博士の講演があった。彼は、out-of-body experience(幽体離脱)やnear-death experience(臨死体験)の神経学の権威で、臨床だけでなく、自分でも多くの実験も行っている。このようなテーマで、science級のものもいくつかあるというから驚きだ。

しかし、実際に彼の論文などを読んでみると、out-of-body experienceそのものではなく、multi-sensory integrationや、body awarenessなどの、現代の認知科学、神経科学のトピックを切り取るような臨床的事実に、取り組んでいるのだということが分かる。

その講演を楽しみんしいていたのでが、当日は今やっている実験の方法論のところでやや解決すべき問題が噴出していて、会場には講演終了間際に着いた。到着した瞬間にホールから拍手が聴こえ、ぞろぞろと人が出てきて・・・。
というわけでBlanke博士の講演は聴けずじまいだったのだけど、知り合いの先生の話では、今日は神経科学よりも臨床に重点を置いた話をしていたようだ。

Lenggenhager B, Tadi T, Metzinger T, Blanke O.
Video ergo sum: manipulating bodily self-consciousness.
Science. 2007 Aug 24;317(5841):1096-9.

講演は聴けなかったが、その後の食事会に同行させてもらった。
スイス人というのはこんなにいい人なんだ、と思わせる、何だか楽しい会だった。彼が行っている実験の苦労話や、Schizophreniaにみられるfeeling of presence(実体性意識)などの臨床の話、multi-sensory integrationと脳領域やγoscillationの話、はたまたWolf Singerの近況(Mind and Life instituteに移った?)も聴け、大変興味深かった。

今日の音楽:Heilos "Caesura"(mp3)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年11月 9日 (日)

The Neurology of Consciousness

51mo0pmyzcl_ss500__2最近、読んだ本。

Steven Laureys, Giulio Tononi ed.
The Neurology of Consciousness. Cognitive Neuroscience and Neuropathology.
Academic Press, 2008

LaureysとTononiの編集による、「意識の神経学」と題された本。やっと出た。各章の内容は、Shuzoさんのブログで詳しく紹介されている。購入する直前まで気付かなかったのだが、タイトルがNeuroscienceではなくNeurologyというだけあって、ハードな実験神経科学の話は少ない。むしろ、comaやout-of-body experience、dissociation、neglectなどの臨床的な記述や概念的な内容に富んでいる。そういう意味では、僕らのような「臨床をやりながら、研究もしたい」というどっちつかずの人間に向いていると言えよう。それでも、著者はこの分野を引っ張っている研究者および臨床家ばかりなので、全体を概観するには便利な内容だ。
Tononiは計3章に関わっていて、こちらは非常に勉強になった。

これまでに、僕が読んだのは、

1. Antonio Damasio and Kasper Meyer. Consciousness: An overview of the phenomenon and its possible neural basis.
Damasioが以前から言っていることから、それほどupdateされていない。

3. Steven Laureys , Melanie Boly and Giulio Tononi. Functional neuroimaging.
余りに総論的な内容で、ほとんど読み飛ばした。これから意識の神経科学を追っていこうという人にとっては、入り口として良いかもしれない。

4. Wolf Singer. Consciousness and neuronal synchronization.
うーん、Singerも片手落ちというか、10年前と書いてあることがupdateされていない。

5. Geraint Rees. Neural correlates of visual consciousness.
visual NCCという枠組みにおける、推論の様式という点で参考になった。

6. Naotsugu Tsuchiya and Christof Koch. The relationship between consciousness and attention.
2007年のreviewを踏まえた内容。このreviewは、相当な話題になって議論の方向を決定づけた感があり、僕も影響を受けた。

7. Marcul E Raichle and Abraham Z. Snyder. Intrinsic brain activity and consciousness.
Corbetta、Heらが属するラボのSnyderとRaichleによる、いわゆるdefault-mode networkなどに関する短いreview。

8. Gilulio Tononi. Sleep and Dreaming.

28. Giulio Tononi and Steven Laureys. The neurology of consciousness: An overview.
非常にintensiveな内容のreviewだ。ここまで読み終えた時点で言えば、他の章をスキップしても、この28章を読むだけで良いのではないかというのが僕の感想だ。

これから読もうと思うのは、

21.Lionel Naccache. Visual Consciousness: An updated neurological tour

23. Olaf Blanke and Sebbastian Dieguez. Leaving body and life behind: Out-of-body and near-death experience.
今月、来日するらしい。うちの大学にも講演にやってくるので楽しみにしている。

27. Pietro Pietrini, Maurice Ptito and Ron Kupers. Blindness and consciousness: New light from dark.

今日の音楽:Ulrich Schnauss/Quicksand Memory EP(DL from iTS)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年10月24日 (金)

reduced propagation of electrical activities in the brain of schizophrenia

cytoscapeというネットワークの解析ツールをいじってみた。ネットワークの視覚化という点では、最も優れたツールの一つだろう。しかも、無料。タンパク質の相互作用とか公共交通網などのネットワーク構造の情報はネット上に公開されているので、これらのデータで遊ぶこともできる。ただし、グラフ解析はできないようなので、Pajekもダウンロードしてみた。

最近、読んだ論文。

Ferrarelli F, Massimini M, Peterson MJ, Riedner BA, Lazar M, Murphy MJ, Huber R, Rosanova M, Alexander AL, Kalin N, Tononi G.
Reduced evoked gamma oscillations in the frontal cortex in schizophrenia patients: a TMS/EEG study.
Am J Psychiatry. 2008 Aug;165(8):996-1005. Epub 2008 May 15.

TMSを使ってcontrol群とschizophreniaの患者さんのright premotor cortexをstimulateし、結果として惹起されるoscillatory activityのamplitude、synchronizationを調べた実験。

これは、わりと重要。かつ、面白い。

TMSを用いるメリットはというと、(1)schizophreniaでは実験に対するmotivationやconcentrationがcontrol群と異なる可能性が否定できないこと、(2)peripheral afferent pathwayを経由しないため、脳(特にthalamo-cortical system)のintrinsicな障害が存在することをdirectに示すことができること、という二点だ。

schizophreniaでは、動的な認知障害がみられると言われている。動的な障害とは、つまり何らかの課題や認知的活動に参加しようとしたときにこそ、認知障害が顕在化するという意味である。しかし、これまで一般的であった課題を使って脳の活動を調べるという手法では、brain activityのoriginを正確に求めることはほとんど不可能である。したがって、ある脳内のイベントに対してその後のダイナミクスのどのような異常があるのかを純粋に調べるようとするのは、原理的に困難だ。

この実験では、TMSとEEGを組み合わせることによって、この問題をクリアしている。

ちなみに、刺激部位としてpremotor frontal cortexを選んだ理由は、この部位を刺激しても頭皮に筋電位を惹起しないからだという。

結果は、schizophrenia群では、TMSによってevokeされるgamma oscillation(刺激後、100ms以内)のamplitudeが、control群に比べて減衰していた。また、synchronization(この実験では、inter-trial synchronization)については、schizophrenia群はcontrol群に比較してfronto-central regionでのsynchronizationが低下していた。ちなみにschizophreniaでは、baselineのgamma oscillationsがcontrol群よりも低下している可能性が残るが、この実験ではevent-related spectral perturbationという手法を用いて、gamma oscillationsの障害がbaselineでの障害ではなく、TMS-evoked responseの障害であることを示している。これは、schizophreniaではbaselineのbrain activityよりも、あるイベントが起きたときのその後のダイナミクス(脳内での伝播パタン)に異常がみられるということを示唆している。さらに、current source analysis(curry 5.0)では、TMS-evoked brain activityがcontrol群に比較して脳の広域に伝播しにくいということが示されている。

ここから先は論文には書いていないことだが、この論文を読んで僕が連想したのは、neural avalanche(神経雪崩)などの文脈で出てくるbranching ratio(σ)というネットワークのパラメータだ。branching ratioは、あるイベントがネットワーク内を波及するか、もしくは減衰して消滅するかというbifurcationを決定づけるパラメータだ。簡単に言えば、ある瞬間にN個のニューロンが発火したとしたとする。次の瞬間には、σ>1だとNよりも多いニューロンが発火し、σ<1だとNよりも小さいニューロンをが発火する。これを一定のタイムスケールで繰り返せば、σ>1(super-critical network)の場合には、そのイベントはネットワーク内を波及してゆくし、σ<1(subcritical network)の場合には減衰してゆく。ちなみに、このどちらのネットワークも、optimalなinformation transmissionにとって不都合である。σ>>1だと、あるイベントは脳内で急激にpercolationを起こして固定してしまう。このようなhypersensitiveなネットワークはmetastableとは言えないであろう。また、σ<<1だと、あるイベントはネットワークに痕跡的な活動しか惹起できず、外界からの入力に対してhyposensitiveすぎる。つまり、σが1から大きく離れていると、脳は外界からの刺激もしくは内的なイベントに対して適切なsusceptibilityを保てないのである。最近言われているのは、僕たちの脳のbranching ratioは大体1に近いところにあるんじゃないかということだ。これは、critical stateと言われる状態だ。branching ratioが1に近いということは、あるイベントが惹起する脳活動が、広域に波及した後にrun-awayすることもなく、あるいはattenuateするこもなく、一定時間に渡って持続するということを意味する。

前置きが長くなったが、この実験の結果は、schizophreniaではbranching ratioが通常よりも低くなるようなネットワークのconnectivityの変化が起きているということになるのだろう。

今日の音楽:Geskia/Silent 77(CD)
今年は、例年に増して、ambientやchilloutの特集が雑誌で組まれていたように思う。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年10月14日 (火)

EEG slow fluctuations and stimulus detection

連休の間に、たまっていた総論をいつくか書き終えた。
で、あとは論文を読んだり、家の近くにある「邪宗門」というとんでもなく美味しいコーヒーの喫茶店でお茶しながら、また論文や本を読んだり。読書の秋だからというわけではなく、最近は仕事(こっちがメイン)と実験で平日は論文を読む時間がとりにくいからなのだ。

あー、僕は山に行きたい。

Monto S, Palva S, Voipio J, Palva JM.
Very slow EEG fluctuations predict the dynamics of stimulus detection and oscillation amplitudes in humans.
J Neurosci. 2008 Aug 13;28(33):8268-72.

最近、読んだ論文。ざっと、メモ。

0.01〜0.1Hzのかなり遅めのongoingなEEG fluctuation(infraslow EEG fluctuations; ISFs)がsomatosensory stimuliのdetectionのbehavioral performanceと非常に強い相関を示したという報告。これだけ読むと、「あ、そうなんだ」という感じもするが、これまでsensory awarenessについては主にhigh frequency oscillationsとの関係を調べた実験ばかりが行われていたので、このような報告は実は案外重要だったりする。
知覚閾値周辺のsomatosensory stimuliを与えると、知覚されたり(hit)、知覚されなかったりする(miss)のだが、一度hitするとしばらくhitが続き、missするとしばらくmissが続くというように、responseは、時間軸上で10〜100秒の範囲で連続するcluster("run")を構成する。実際のfigureをみてみると、このようなhitもしくはmissが連なったclusterが、ISFsのphaseにともなって互いに入れ替わっている(behavioral dataとISFsが1:1でsynchronizeしている)のが良く分かる。そして、IFSsのphaseに応じて、behavioral performanceは最大55%もの差が出ているのだ。
また、この実験では、1-40HzのoscillationsのamplitudeがISFsのphaseと相関しており、広い周波数帯域のfluctuation〜oscillationが"nested oscillation"として階層構造を構成していることも示されている。

著者らも考察で述べているように、このような非常に遅いongoingなfluctuationは、刺激に対するconscious perceptionに直接寄与しているというよりも、むしろネットワークの広い範囲のexcitabilityもしくはstate transitionを反映しているのではないかと思われる。

また、この実験から、conscious/unconsciousというbinaryなoutputを産出するようなtaskでは、trial-by-trial variabilityは単なるノイズではなくて、これまで余り目を向けられてこなかった非常に遅いbrain activityの変動を反映しているという可能性が現実味を帯びてくる。といっても、これはFox MDとSnyder AZらが、fMRIによるBOLDのslow fluctuationとresponse variabilityとの相関を既に報告しているようだ。

詳しく読み込んでいないので、評価し難いが、consciousnes(conscious perception)とhigh frequency oscillationsとの関係を調べた実験が一段落しつつあるように思われる中で、研究の流行はこの実験で報告されているようなslow oscillationsに向かっているように思われる。

最近読んだ本:ダン・シモンズ「極北の恐怖」(ハヤカワ)

ギリシャ神話とシェークスピアの戯曲をSF的にズタズタに切り刻んだ前作(「イリアム」と「オリュンポス」は、確か去年の今頃に睡眠を削りながら読んだんだっけ。その前作から矢継ぎ早に出版された今作は、SF的な要素はほとんどと言っていいほどみられない。ノンフィクション的な雰囲気もあり、あとがきによれば19世紀のフランクリン探検隊という北極で遭難した英国の探検隊に関する史実をモチーフにした作品とのことだ。謎の多い遭難であったらしく、ダン・シモンズはその空白部分を、またしても弄ぶかのように奔放に描いている。そこに執拗に描かれるのは、絶望とか、恐怖とか、「寒い」とか「冷たい」ばかりで、もはやハイペリオンシリーズやイリアムにみられた高揚感は無い。しかし、いつものようにカタストロフィックな破綻もみられない(これは、ダン・シモンズの作品の魅力ではあるが)。読んでいて覚えるのは「面白い」という感覚よりは、「苦しい」という感覚に近いが、それがまた何だか快感のように感じられる。結果的に、こちらは読んでいて痛みを覚えるようなリアリティがあるので、ハイペリオンやイリアムよりも早く読み終えた。(フィリエイトを使ってみることにしました。)

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2008年10月 5日 (日)

Small-world and scale-free organization of functional brain network

知らぬ間にダン・シモンズの最新作が邦訳されていたので、急いで購入した。
秋の夜の楽しみが一つ増えた。

最近読んだ論文。

van den Heuvel MP, Stam CJ, Boersma M, Hulshoff Pol HE.
Small-world and scale-free organization of voxel-based resting-state functional connectivity in the human brain.
Neuroimage. 2008 Aug 22.

グラフ理論関係の最新の論文。

StamらのAmsterdamグループによる、fMRIによる脳機能画像にグラフ理論を応用した研究だ。Amsterdamグループは元々EEGやMEGなどの電気生理に力を入れていたはずだが、ようやくfMRIによるネットワーク解析にも乗り出したようだ。この領域のfMRIを用いた研究では、以前からAchardやBullmoreのいるKembridgeのグループと、Spornsのグループが目下のところ先導していた(先日、非常に興味深い実験を報告している)が、このAmsterdamグループも含めて、三つ巴の様相だ。そして、最近は北京大学のグループやSingerのいるMax Plankのグループも脳のネットワーク解析に乗り出しているようだ。といういわけで、さらなる活況の予感。ちなみに、1998年にスモールワールドネットワークを提唱したWattsは、脳科学へのグラフ理論の応用の可能性を予見しており線虫の神経構造の解析を行っているが、それ以上は手をつかなかったことを振り返って、最大の失敗だったと述べている。

で、こんな前置きはいいとして、この実験のテーマも従来通り、脳の「機能的」ネットワークが、「スモールワールド構造」および「スケールフリー構造」を示しているかという問いだ。従来の報告では、皮質内には確かにhub-likeな機能的領域が存在するものの、degree distributionが明らかなベキ乗則を示すようなscale-free構造は今のところしっかりとは確認されていない。また、脳の機能的ネットワークがスモールワールド的でることを示したAchardらの研究はinter-regional connectivityを調べたもので、解析に使用したノード数は90個と少なく、そもそもregionの決定プロセスに恣意性が入っていることが問題だった。そのため、この実験では、volxe-basedの解析を行って、このような恣意的なプロセスを排除した上で、脳の機能的ネットワークがどのような構造を示すのかを調べている。

以下のような手順。

まず、彼らは3TのfMRIを使って、28の健常被験者でresting-state下のBOLDを記録した。次に、BOLDのcorrelationからconnectivity matrixを作成する。さらに閾値 (T)とaverage connection degree (k)を設定し、この二つのパラメーターを少しずつ変化させることによってできるグラフ(Gnet)に対するネットワーク解析を行う。ちなみに、Tを少しずつ増やすか、もしくはkを減らすと、エッジを一本ももたない孤立したノードが出現してしまうが、これらは最終的なネットワーク解析から除外するようにしており、またpost hocの解析で差がみられないことで、そのプロセスを正当化している(これは、Achardらが採用したefficiencyを用いれば解決する問題ではあるのだが)。その後のネットワーク解析に用いられるパラメーターは、C(Clustering coefficient)、L(Characteristic path length)などである。これらは、ランダムネットワーク(connectivity matrixをシャッフルして作成される)との比(λ、γ)で評価され、最終的にスモールワールド性の指標であるσを算出する。数学的には、このσが1より大きいと、グラフがsmall-worldnessを示すことを意味する。また、この実験では各ノードのdegree distributionを調べ、ネットワークがscale-free性を示すかどうかも解析している。ちなみに、これらの解析プロセスは、Stamらが普段からEEGやMEGを用いた実験で行っている解析プロセスとほとんど変わりがない。

結果としては、広い範囲のTおよびkに対して、γ(ランダムネットワークとのclustering coefficientの比)が1より大きく、λ(ランダムネットワークとのcharacteristic path lengthの比)がほぼ1であり、したがってσ(γ/λ)は1よりも大きかった。これは、脳の機能的ネットワークがスモールワールドを構成していることを示している。また、degree distributionに関しては、ベキ乗則(exponentは約2)に従うことが確認されており、scale-free構造をもつことが示されている。topography上は、両側のthalamus、superior temporal lobe、posterior cingulate cortex、precuneusなどがhub-like regionであった。これらの、parietalもしくはparieto-temporalが落ちていることを除けば、この実験で得られたhub-like regionはAchardらの報告と大部分重なってくるのは、興味深い。

脳の機能的ネットワークがscale-free構造を示すという結果は、Achardらの報告とは矛盾する。その理由として、Achardらはinter-regional connectivityを調べているが、この実験ではvoxel-balsedの解析を行うことによってinterおよびintra-regional connecitiyの双方を調べているという違いに起因しているのではないかと考察している。

僕らの脳がsmall-world構造とscale-free構造の双方をそなえているという予測は、直感的にいってとてもリーズナブルだと思われる。

スモールワールドネットワークは、ネットワークのinformation segregationとinformation integrationに最適な構造をもつ。つまり、僕らの脳のように多数の心的機能が局在化しつつも、大規模な統合を可能にするネットワークにとって、現在知られている中では最も最適な連結構造だ。

また、スケールフリーネットワークは、少なからぬhubの存在を介して情報の過剰な収束を回避することによって、infomational flowの効率化を実現する。また、ネットワークに対するランダムな攻撃に対して頑健であることもスケールフリーネットワークの大きな特徴である。一方で、hubを狙った攻撃に対しては脆弱性を示す。これらの特徴も、僕らの脳の機能や臨床的経験からすれば、至ってリーズナブルな結果と思われる。

最終的に、これらのスモールワールド構造およびスケールフリー構造の双方を兼ねそなえたネットワークは、"maximum communication efficiency and minimum wiring cost"を実現する、機能的観点、進化的観点からみて非常に魅力的なネットワークモデルであると言えるだろう。

ちなみに、僕の興味は、SchizophreniaやAlzheimer病、Autismでは、脳のマクロなネットワーク構造がどのように変化し、認知障害とどのような関係をもつかという問いだ。思いつくままに素朴に言えば、

Alzheimer病:ネットワークのノード数の減少(完全にランダムではない)→Clustering coefficientの低下、characteristic path lengthの増大、synchronizabilityの低下

Schizophrenia:shortcutやlong-range connectionの減少やdopamine dependentなspike-timing-depedent plasticityの障害などによるネットワークのrandomization→Clustering coefficientのわずかな低下、characteristic path lengthの低下/増大、synchronizabilityの低下/増大(おそらく病型によって異なる)

Autism:local connectivityの増大とpruningの障害によるノードおよびエッジ数の増加→Clustering coefficientの著明な増加、相対的にcharacteristic path lengthの増大、synchronizabilityの低下

というようなイメージだが、どうだろうか。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2008年10月 4日 (土)

中欧

Dsc_0602


スロヴェニア、クロアチア、ボスニア・ヘルチェゴビナ、オーストリア、ハンガリーを回る中欧の旅から帰国して、1週間がたった。

どの国も印象深かったのだけれど、旅の終わりに訪れたブダペストのブダ側から眺めた夜景は、僕がこれまでに見たものの中で最も美しいものだったかもしれない。ブダペストは街歩きが楽しくて、夜、薄暗い通りで野外ライブに遭遇し、不意に身も心も踊らされた。

ウィーンはのっぺりとしていて、街自体の印象はそれほど強くはなかったけれども、ここは住んでもいいかなと思わせる雰囲気があった。この街の雰囲気の良さは何とも表現しにくいけれど、強いて言えば、何気ない老人の凛とした仕草や気品がまぶしかった。カフェでコーヒーを飲みながら新聞を読んでいる姿でさえ、絵になってしまうような。ぶらぶら歩いていたら、図らずもウィトゲンシュタインの設計した家に上がらせてもらうことができて、うれしかった。

ボスニアは戦火の跡が生々しく陰鬱な気分に陥りそうになった。それでも、サラエヴォの街のノスタルジックな暖かさは、強い旅情を感じさせてくれた。そして、料理も美味しい。

クロアチアは、テーマパークのように見所がたくさん。ドブロヴニクは、人口密度も物価もまるでディズニーランド状態だったけれど、確かにこれほど絵になるような街並は他に思いつかない。ドブロヴニクには猫が多いという点も、好印象。ドブロヴニクは歴史のある街なのに、重苦しさがなく、みんな開放的な気分になっていたように思える。プリトヴィッチェの湖沼群の幻想的な雰囲気は、予想以上だった。

スロヴェニアは、最初に訪れたために、余り印象に残ってないのだけれど、牧歌的な雰囲気で、居心地のよいところではあったなあ、という印象。夜は、良く眠れた。

今週から、仕事と実験を再開。

グラフ理論関係で、気になる論文がいくつかあるが、また後日。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

«無事に