2008年7月12日 (土)

蛍の季節になった。暇があれば、観に行きたい。
蛍は昔から好きだけど、オシレーションと同期を体現する蛍は、僕にとってはとても親近感のもてる虫だ。

Edelman風に脳の中の小人になってみた気分で、脳内の1000億個のニューロンがバチバチ!と発火している様を眺めてみると、さぞかしきれいな風景だろう。一個一個のニューロンは瞬いては消えてゆく刹那的な事象だ。それぞれが、せいぜい近くのニューロンと同期して、バチ、バチと発火する。にわかに一つ、二つと離れたニューロン同士がシンクロし始める。局所的なシンクロは全体に波及して、ついに閾値を超えてパーコレーションを起こす。そして、いつしか大規模な共同現象が生起する。時々刻々と明滅するニューロンの大集団は、じっとみているとしばしば同じパタンが立ち現れては消えるというような過渡的な相転移をみてとることができるだろう。ここで、僕らは1000億個の蛍が互いに同期しながら瞬いたりしているのをみて、何かが起きているということを体感する。

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2008年7月 7日 (月)

無事に

認知運動療法研究会での講演も無事に終了。

僕自身は、今後の研究についての所信表明だったので、指定された時間を超過してまでかなり好き勝手にしゃべらせてもらった。前日まではかなり緊張していたのだけれど、当日の本番になると言葉が出てくるから不思議だ。

講演後の森岡先生のご指摘については、僕としてもセラピストの方をまじえて色々と意見をうかがいたかったのでのだが、時間オーバーのため、今後に持ち越しとなった。

宮本先生は、相変わらず話が上手い。僕も、あのように真ん中に立って話せるようになりたいのだ。

また、河本先生には、意識の背後には広大な無意識の領域があること、意識化されたイメージが意識下に背景化していくプロセスがあるという点についても考えていく必要がある、とのご意見をいただいた。その通りだ。

レセプションで多くの方に質問を受けたが、このブログみてました、という声を聴けたのはうれしかった。皆がしっかりと前を向いている、良い学会だと感じた。

あと、いずれは、自分の実験データなども示せるとよいな、と思った。

今日の音楽:The Velvet Underground & Nico/S.T (mp3 dl from itunes store)

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2008年7月 3日 (木)

メモ

ちょっと気になった論文をメモ。

Gonzalez-Burgos G, Lewis DA.
GABA Neurons and the Mechanisms of Network Oscillations: Implications for Understanding Cortical Dysfunction in Schizophrenia.
Schizophr Bull. 2008 Jun 26

Tononi G, Massimini M.
Why does consciousness fade in early sleep?
Ann N Y Acad Sci. 2008

Achard S, Bassett DS, Meyer-Lindenberg A, Bullmore E.
Fractal connectivity of long-memory networks.
Phys Rev E Stat Nonlin Soft Matter Phys. 2008 Mar;77(3 Pt 2):036104.

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2008年6月28日 (土)

Uhlhaas

Schizophreniaとabnormal neural synchronous oscillationに関する最新の総説。

Uhlhaas PJ, Haenschel C, Nikolic D, Singer W.
The Role of Oscillations and Synchrony in Cortical Networks and Their Putative Relevance for the Pathophysiology of Schizophrenia.
Schizophr Bull. 2008 Jun 17

とりたてて新しいことはないのだけれど、Uhlhaasが9月に来日するので予習。Schizophreniaにみられる"vicious circle"に関する言及が興味深かった。ほんの少しだが、small-world networkに関する指摘もあり。

Schizophreniaにみられるneural synchronizationの異常が、発達過程のどの段階で出現してくるかという問いについてはまだはっきりとしたことは分かっていないのだが、neural synchronizationの異常はdrug-freeやfirst-episodeの患者さんでも確認されているので、少なくとも抗精神病薬に起因する二次的な病理ではないと考えられている。"vicious circle"とは、再燃を繰り返せば繰り返す程、症状が増悪または固定してゆくような慢性化のプロセスである。正確なタイミングでのneural synchronizationがネットワークのconnectivityのactivity-dependentなreconstructionにcriticalに関わっているとすれば、schizophreniaでみられるようなphase synchronizationの異常はネットワークに何らかの刻印をその都度残してゆく可能性がある。ちなみに、まだ原著論文は読んでいないものの、Uhlhaasらは発達過程でのneural synchronizationの変化を調べているらしく、θ、β、γ帯域の精細なsynchronizationは思春期から青年期への移行期にかけて安定化してくるというようなことも言っている。もしこれが本当ならば、従来から臨床的、社会学的に指摘されている発症するか否かという"bifurcation"の臨界期とも重なり、希望的観測に立てば、早期発見のbiomarkerとしての期待ももてるかもしれない。

このPeter J Uhlhaasという人、Mishara ALという精神病理学者とも一緒に論文を書いていたりして、schizophreniaにみられる病的体験の精神病理学的側面と、神経科学的な側面を同時にやろうという節があり、興味深い。

51xfbbn2uvl_sl500_aa280_今日の音楽:Kettel/Myam James part 1(CD)

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2008年6月26日 (木)

近況

朝3時半。

発表用のKey noteスライドを色々といじくっていたら、こんな時間になってしまった。
最近は、これくらいの時間まで起きていることもしばしば。
というのも、来週末に、日本認知運動療法研究会学術集会で75分(!)の講演を行うのだ。

これまで医学系の学会発表だって遊びに行くだけで、ほとんどろくにしてこなかったのだけれど、長丁場で話すこととなった。

他の演者には、哲学者の河本英夫氏も。

宮本省三先生、森岡周先生、中里瑠美子さんには色々なところでお世話になっており、お声をかけて頂いたのだ。参加者は若い方が多いので、同じ目線で話ができるのではないかと思う。

色々と作り込んでいると、何をどこまで話すべきか、何を提示すべきか、全体のストーリーをどのように通すか、などなど、なかなか悩ましい。

ただ、僕は話をするのが圧倒的に下手なのだ。でも、そういう僕の欠点にとってまたとない機会だと有り難く思っている。

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2008年6月23日 (月)

大脳皮質のハブへの選択的攻撃がもたらす影響

このところは、大学病院での臨床、後輩への指導、各種行事、学会の準備、実験の準備などで忙しくて、ほとんどブログを更新できず。数えてみたら、3ヶ月で6回しか更新していない。知人から「お前、大丈夫か?」との声も聞かれたが、心は折れていないので大丈夫だ。

とりあえず、家に帰ったらphotoshopで実験で使用する知覚刺激をひたすら作成し続ける。気がついたら、数時間が経過していたなんてこともあった。早く実際にデータをとりたいのだけど、もうちょっと先になりそうだ。

そんな中でも、気になった論文をピックアップ。

Honey CJ, Sporns O.
Dynamical consequences of lesions in cortical networks.
Hum Brain Mapp. 2008 Jul;29(7):802-9.

2007年の論文で、Sporns Oたちは、マカクザルとネコの大脳皮質におけるhubを、解剖学的データによって再構成されたネットワークのグラフ解析によって同定してみせた。脳内のhubは、クラスタリングのパタンからおおまかにprovincial hubとconnector hubという2種類に分類される。provincial hubとは、主に局所のノードと強く結合したhubであり、サルで言えばV4などが含まれている。また、connector hubとは、主に自身よりも他の脳領域と密に結合するhubであり、サルのFEFやarea 46などが同定されている。さらに、hub構造のヒエラルキーにはサルとネコとで種をまたいだ相同性が確認されている。

近年、大脳皮質は、hubが生成しやすいscale-free networkというよりも、small-world networkに近いのではないかと言われている。しかし、各領域の結合の密度には濃淡があり、脳内にもhubと言うべき領域が存在する可能性はあるだろう。

で、この論文はというと、前回の実験データをふまえて、これらの各種ノードが損傷された場合のネットワークレベルでの影響をシミュレートした実験である。古典的な蔵本モデルと、より現実的なBreakspearらのモデルを採用したシステムを作成しているが、ノード数は47なので比較的シンプルなモデルと言えるのだろう。そして、intactなシステムと、特定のノードが除去されたシステムとで、ランダムな外的撹乱を与えた際にシステムが定常状態(mutual entrainmentによりシステムがglobal synchronyを達成した状態)に戻るまでの時間(stabilization time:ST)や、各ノードの相互作用の強度(transfer entropy:TE)を比較して、局所への損傷がネットワークのふるまいに与える影響を調べている。このあたりの数学的な詳細は、よく理解できず。

シミュレーションの結果としては、parietal regionやfrontal regionなどのhighly connected areaは、visual cortexなどにおける同等の結合密度をもったノードに比べて、より早い時間に同期状態を達成することが示されている。そして、予想された通り、これらのhub的ノードの損傷はネットワーク全体のふるまいに強い影響を与えるが、その影響の度合いは各ノードのクラスタリングのパタンによって強い規定を受けている傾向が示されている。すなわち、provincial hubへの攻撃は、主にそれが属するクラスター内部における協調的ふるまいに影響を与えるが、connector hubへの攻撃の影響はシステムのより広域に及ぶのである。サルで言えば、parietal regionにおけるarea 5や7a、frontal regionにおけるarea 46やFEFなどの損傷は、ネットワークレベルの破綻を導きやすいということである。

臨床的には、局所の領域が既存の脳機能マッピングのデータだけでは説明できない症候を引き起こすことは確かに少なくない。このようにシンプルなシミュレーションから得られた知見を脳損傷の神経心理学的知見と安易に結びつけるわけにはいかないが、やはり局所の脳損傷例患者においても、機能局在的な脳観とともに、ネットワーク的脳観をあわせもつことが必要だと思われる。しかし、現時点では後者のデータは前者に比べて圧倒的に欠けているので、これからの課題と言えるだろう。

この実験をin vivoでやることも理論的には可能だ。僕が連想したのは、ZekiやKochらが提唱している脳内にessential nodeが存在するという作業仮説。fMRIやMEGを使って、何らかの課題の下で一定時間データを記録する。得られたデータからグラフを再構成し、グラフ解析によってhubを同定する。で、上位5個くらいのhubをTMSで一時的に抑制すると、何が起きるか?システム全体に撹乱が生じた場合、僕らの意識や主観的体験はどのように変容するのだろうか?

このシミュレーションから言えるのは、局所の損傷だけでもネットワーク全体に及ぶダイナミックな変化をもたらす可能性があるということだ。今も根強い古典的なモジュール的な脳観においても、脳損傷を既存のintactなネットワークから損傷された領域を差し引いたものではなく、あらたなconnectivityをもった全く異なるシステムとして捉え直す必要があるだろう。

Drl196_2今日の音楽:Hammock/Maybe they will sing for us tomorrow(CD)
真夜中のアンビエンス

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2008年6月 3日 (火)

Pascual-Leone

関東地方も、いつもよりちょっと早い梅雨入りを迎えたらしい。

Pascual-Leone A, Walsh V.Fast backprojections from the motion to the primary visual area necessary for visual awareness.Science. 2001 Apr 20;292(5516):510-2.

久しぶりに取り上げるのは、少し古めのvisual awarenessに関する論文。
Pasucual-Leoneという名は、色んなところで耳にするが、この論文を読んで、やっぱり凄いな、と。

これは、TMSを使ってvisual awarenessの神経基盤について調べた実験だ。通常、TMSはある高次機能のlocusを探るために使われることが多いと思うのだが、この実験は巧妙な手法によって、visual awarenessのlocusだけでなく、各脳領域群の活動のタイミングもしくはcausalityまでを射程に入れている、というのが凄い点。

しかし、その手法はいたってシンプルだ。

前提として、visual cortex(V1など)にTMS刺激を与えると、phosphene(flashes of light)が知覚されることが知られている。また、MT/V5にTMS刺激を与えると、被験者はmoving phospheneを知覚することも。そして、この実験は、V1とV5における神経イベントの時間的関係を調べるために行われた実験だ。

まず、Pascual-Leoneらは、TMSを用いてヒト(最初にマカクザルと書いたのは、誤りです。ご指摘、ありがとうございました。)のV1とV5/MTを10msおきに設定した異なる時間間隔で刺激した。そして、各時間間隔での刺激後、被験者に知覚されたphosphene(flashes of light)がどのように変化するかを調べたのだ。

結果として、V5よりも先にV1にTMS刺激が与えられた場合には、phosphenesの知覚パタンに変化はみられなかった。しかし、V1よりも一定時間(5〜45ms)だけ先行してMT/V5にTMS刺激が与えられた場合にだけ、知覚されたphospheneの量と質(動き)に変化がみられたのだ。

これは、awareness of visual motionが成立するためには、MT/V5からV1への逆投射が必要であることを示している。しかも、その逆投射はV1の刺激後5〜45msというかなり早いタイミングで生じているのだ。consciousnessが生じるためのfeedback projectionというのはもっと遅いタイミングで生じるものと考えられていたので、この結果は驚きをもって迎えられた。また、Edelmanの言うreentryという概念は、双方向性の信号が"ほぼ同時に"相互伝達されるようなプロセスであった。したがって、Pasucual-Leoneが示した結果は、従来のfeedbackよりもreentryに近いタイミングだと言えるだろう。visual awarenessが生じるためには、V1とV5間のこのような短い時間的ラグがcriticalなようだ。

院生となり自分で実験デザインを考えるようになったが、これがなかなか難しい。どこから切り込んでいくか、実験パラメータをどのように設定するか、課題として何を選ぶか、などなど。実ところ、最適解はそう多くはないはずなのだが、先が見えないから、そこまでたどり着くのが大変なのだ。こういうシンプルながらも鮮やかな実験デザインをみると、自分も、と鼓舞されるところがある。

今日の音楽:Kettel/ Myam James Part 1(CD,Sending Orbs,2008)
何より、メロディが良い。そして、アレンジも完璧。控えめで抑制の効いたトラックは、梅雨の雨音にも良く合う、侘び寂びの効いた電子音楽だ。

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2008年5月16日 (金)

苦戦

このところ、忙し過ぎて、論文を読む時間もとりにくい。
新しい環境にやっと慣れたかと思うと、直後に色んなことが起きて、てんやわんやの状態。というわけで、このブログも更新ペースは大幅にダウン。

たるんでいたところもあるので、気を引き締めなきゃいけない。

今の生活で、実験なんてできるのだろうか?とちょっと不安に陥る。
やるべきことは沢山ある、ありすぎる。
まあ、やるしかないんだし、もう少しすれば、時間の使い方も効率的になってくるかと。

Tononi G, Koch C.
The neural correlates of consciousness: an update.
Ann N Y Acad Sci. 2008 Mar;1124:239-61

最近読んだ、総説論文。
TononiとKochが一緒に書いているなんて、仲が悪いと思っていたのに感慨深いというか。いや、むしろ何かあったのだろうかと勘ぐってしまう。

Nerural Correlates of Consciousness(NCC)という作業仮説のもとでの、意識の科学のこれまでの知見が分かりやすくまとめられており、読みものとしては勉強になった。どちらかと言えば、Tononiのinformation integration theoryについて重点的に解説されている。僕は、この理論、好きだ。 
グラフ理論を取り込めば、もっと説得力のある内容になるのかもしれない。
時間ができたら、詳しく書こう。

最近の音楽:なし

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2008年4月21日 (月)

network randomization in schizophrenia

ようやく大学での生活にも慣れてきた。この2週間は、過剰適応気味だったかもしれない。
月曜から土曜まで仕事をして、合間に実験の準備をするという生活だ。
要は、出力の配分だ。

Rubinov M, Knock SA, Stam CJ, Micheloyannis S, Harris AW, Williams LM, Breakspear M.
Small-world properties of nonlinear brain activity in schizophrenia.
Hum Brain Mapp. 2007 Dec 10

これは、前々回の記事で紹介したschizophreniaのニューロンネットワークでネットワークアナリシスを行った実験だ。

40人のschizophrenia群と、40人の健常被験者とでresting stateのEEGを130sec計測する。従来のネットワークアナリシスと同様に電極間のconnectivityを計測するわけだが、近隣の電極間電極間の擬似的なcoherenceと真のcoherenceの混同を避けるため、この実験では電極群を大きく7つのderivationに分けて、異なるderivation間のcorrelationだけを評価している。この実験では、correlationの尺度として、Breakspearらの"nonlinear interdependence"を採用している。nonlinear interdependenceは、「あるダイナミカルの現在の状態から、別のシステムの将来の状態をどれだけ確実に予測できるかの指標」と大まかに定義される尺度である。これらの結果として得られたcorrelationのmatricesは、閾値を超えたエッジだけを抽出して、重み付けされたグラフ(weighted graph)へと変換する。閾値は、最も強いエッジの10〜30%の範囲で設定する。最後に、この閾値を少しずつ変化させていった場合の、characteristic path length(L)、clustering coefficient(C)、centralityを計算することによって、ネットワークのトポロジーを調べる。被験者間のばらつきを標準化するため、これらの尺度は特定の手続きで作成されたsurrogateのランダムグラフとの比で表される。

この実験の新しい点は、binary graphではなく、weighted graphを採用している点であろう。弱いエッジの大部分はfluctuationを反映しただけのもので、ネットワークトポロジーにおいて有意ではないという報告がある。しかし、従来のbinary graphでは、弱いエッジも強いエッジも一様に重み付けをされるために、shortest pathとnon-clusterd neighborhoodの出現率を見かけ上押し上げてしまうという問題点があった。

結果としては、従来の知見通り、健常被験者、schizophreniaの両群で、グラフはsmall-world的特徴を示していた。すなわち、「大きなCと小さなL」である。また、ハブ的なトポロジーを示す電極も存在することが間接的に示されている。しかし、両群を比較すると、微妙な差が明らかとなる。すなわち、統合失調症群では、CとLがともに健常被験者に比較して、小さな値を示していたのである。これは、ネットワークのトポロジーという視点から、どのように解釈するべきだろうか?

CとLが小さくなるということは、元々small-world的特徴を示していたグラフが、ランダムグラフにより近づいていることを示している。つまり、schizophrenia患者の脳のマクロレベルの機能的ネットワークはなおsmall-world性を保ってはいるものの、健常者よりもランダムさを増しているということになる。

また、この実験では、ネットワークトポロジーの変化とPANSSなどの症状評価尺度との間に有意な相関は見いだされていない。ここで注意すべきは、Cが小さいから、あるいはLが短いからといって、特定の認知機能が特定の方向に変化するとは言えないという点だ。そのような推測を立てるには、僕らの知識は余りに不足している。しかし、そもそも、small-worldは、functional integration/segregationを両立させるために理想的なネットワ−ク構造だった。schizophreniaのニューロンネットワークでは、微妙なランダムさの増大によってこのようなバランスが部分的に破綻し、情報の生成、処理に何らかの障害を来しているのではないかと推測される。詳細なモデルは、これからだ。

今日の音楽:Little Creatures「ハイスクールララバイ」(細野晴臣トリビュートアルバム)
最近のヘヴィローテーション。細野晴臣作曲、イモ欽トリオのヒット曲をLittle Creaturesがカバー。Little Creaturesがカバーしているだけあって、オリジナルのエレポップ風味は完全に消え失せ、放課後ムードの気だるいフォーキーな歌謡曲となっている。

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2008年4月 7日 (月)

dayvan cowboy / boards of canada

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ネットワークの神経心理学

He BJ, Shulman GL, Snyder AZ, Corbetta M.
The role of impaired neuronal communication in neurological disorders.
Curr Opin Neurol. 2007 Dec;20(6):655-60.

ネットワークの神経心理学とも言うべき内容のreview。

脳の構造学的損傷と行動学的障害との関係の解析は、昔から神経心理学的手法が用いられてきた。しかし、局在論的視野に立つ旧来の神経心理学では説明できないような臨床像がしばしば観察される。たとえば、皮質下の脳梗塞の急性期には、知覚・運動障害だけでなく、遂行機能や言語の障害が出現することがある。このような事態は、局所における損傷と行動学的障害を一対一に結びつけるという旧来のモデルでは、上手く説明することができない。今日の神経学では、このような局在論を逸脱した臨床像について、脳浮腫や血行動態の変化が非特異的な症候を引き起こすという説明がなされることが多いが、もう少し精細なモデルはないだろうか、というのがこのreview。
このような問題意識は、今に限ったことではなく、これまでにもGeschwindのdisconnection syndromeや、ジャクソニズムなどのモデルが提唱されている。このレビューでは、ネットワークの視点に立って、脳梗塞などの高次機能障害を考えるというパラダイムを提唱している。

読んだらくず箱に捨てる類いのレビューかと思って手に取ったら、内容もしっかりまとまっていて、具体的な実験データも色々と紹介しており、読み応えがあるではないか。と、思ったら、He BJ, Snyder AZ、Corbetta Mなどのそうそうたる面子が書いており、なるほどと。彼らは、これまでに、hemineglectやfunctional connectivityに関する実験を、Neuron、Natureなどで報告している強者だ。

「損傷した脳を、旧システムから損傷部位を差し引いたシステムと捉えるのではなく、旧システムとは新たなネットワーク構造をもったシステムと捉えるべきである」、というような表現が繰り返し出てくる。

He BJ, Snyder AZ, Vincent JL, Epstein A, Shulman GL, Corbetta M.
Breakdown of functional connectivity in frontoparietal networks underlies behavioral deficits in spatial neglect.
Neuron. 2007 Mar 15;53(6):905-18.

hemineglect(半側空間無視)の患者を11人集めて、attentional task下でfMRIをとり、functional connectivityと症状の重症度、改善度との相関を縦断的に調べた研究。ventral attentional network(VAN)と、dorsal attentional network(DAN)の二つのattentional pathwayにROIを置いて、領域内、半球間のfunctional connectivityを計測している。

ざっと目を通しただけだが、VANにおけるfunctional connectivityの破綻は症状の重症度と相関し、慢性期においても破綻したままだ。一方、DANをみてみると、急性期には両半球のpIPS間のfunctional connectivityだけが破綻しており、これは慢性期になると改善する。

今日の音楽:Boards of Canada "Olson" from album " Music has the right to children"(LP)
最近のboards of canadaのお気に入りは、このトラックだ。疲れているときは、このトラック。最近、何十回となく聴き続けている。元気のあるときは、1969とraygiv。変な気分のときは、peacock tail。

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2008年4月 5日 (土)

散文

Schizophreniaの中核的病理は存在するか?あるとしたら、それは何か?
この問いは、100年くらい前から精神医学が問い続けてきたもので、今日に至ってもなお、ほとんど答えらしい答えは得られていない。大げさに言えば、患者さんに対する治療的行為、僕たち精神科医がやっていること、精神医学の行く末を揺るがしかねない問題なだけに、「デルフォイの神託」などと仰々しく呼ばれることもある。むしろ、このような大胆な問いを立てること自体を潔しとせずに却下する精神科医も多い。そして、生物学的精神医学と心理主義的な精神医学への二分化が進み、ICD-10やDSM-IVなどの陳腐なお手軽マニュアルが隆盛となった今日にあたっては、もはやこのような問いを抱き続けるナイーブな精神科医は非常に少なくなったのではないだろうか。

schizophreniaの病的体験を記述し、さらに説明すべく、精神科医たちはさまざまな理論や概念を提唱してきた。当時の社会的潮流や時代を反映した哲学的な潮流の影響を間接的に受けながら、「自然な自明性の喪失」、「本質属性の突出」、「ファントム空間論」などなど、本当に様々な説明がなされている。そのどれも臨床的に示唆に富むものだと僕らは実感している。近年は、生理学的な知見に基づいて、ドパミン仮説のみならず、不均衡症候群仮説、視床フィルター仮説などが提唱されている。これらの理論もそれなりの説得力をもっているのだが、やはり昔の人は偉い、というか、Kraepelinの"loss of inner unity"(1919)や、Bleulerの"loosening of association"(1950)などの、理論や議論が現在のように細分化される以前の臨床的な経験に基づいた時代の仮説が、神経科学が隆盛を迎えている近年になって、さらに説得力を増しているように思えてならない。1990年代に相次いで提唱され、最近になってやっと認知されてきたFrisotonのdisconnection hypothesisや、AndreasenのCCTCC仮説(これは、個人的にはどうかと思う)は、KraepelinやBleulerらからの影響をはっきりと言明している。そして、それよりもずっと早い時期の、心理学におけるゲシュタルト理論や神経心理学における離断症候群という一連の概念は、今日の動向を予期させるものだったとも言えるかもしれない。ただ、当時は実証的なデータや、理論化が欠けていただけで、方向性としての違いは無いものと思われる。

話は飛ぶけど、この20年くらいの神経科学の実験的データは、脳内のニューロンの同期発火現象、非平衡相転移やパーコレーションなどの複雑系現象、ニューロンネットワークがもつ特徴的なconnectivityなど、ニューロン群の共同的な振る舞いを明らかにしてきた。脳の機能を、神経の発火パタンによって構成される情報現象としてみた場合に、脳は情報を局在的に処理する側面(information segregation)だけでなく、極めて効率的に統合するという側面(information integration)を持ち合わせているのだ。最近は、精神医学でも、特にschizophreniaの病因モデルにおいて、このような理論を適用したモデルが提唱されている。前々回に紹介したWang XJの論文や、Hoffmanの論文では、schizophreniaのworking memoryの障害をアトラクターダイナミクスという観点から考察しており、これからどのように発展していくか気になるところだ。

一概には言えないが、脳内の情報現象の上に述べたような共同的なふるまいは、神経科学において、まず機能的レベルから先に明らかとなり、解剖学的・構造的レベルでは、やや後回しにされてきたように思える。データの性質や、解析方法などの発展の差異も一因だろう。今でこそ、DTIなどの脳内のネットワーク構造を可視化する方法が確立しつつあるけど、解剖学で巨視的なネットワーク構造を明らかにするのは、以前ははなはだ困難であったと言わざるを得ない。Fristonのdisconnection hypothesisも一見構造レベルに立った理論のようだが、やはり基盤となるのはBOLD信号やEEGなどの機能的なデータであって、この意味では、機能レベルの理論というべきだろう。部分と全体、構造と機能とを異なる次元に分けるのは、むしろ一種のドグマみたいなもので、このようなドグマに拘束されつつ研究や理論化がなされてきたという事情がこのような経緯の背景にあるようにも思える。

いずれにせよ、統合と局在という一見矛盾するような特性を構造、機能という両レベルから説明したモデルは、近年までほとんどみられなかった。ここでまた、唐突に話を飛ばすのだけれど、アトラクターダイナミクスやグラフ理論などの数理的解析手法の神経科学や精神医学への応用は、単なる流行にとどまらず、脳の「機能」と「構造」を一元的な説明に向けた一筋の道になるんじゃないか、と僕は淡い期待をもっている。ただそれが言いたいだけなんだけど、どうだろうか?浅はかと言われるかもしれないが、精神病理学的な読みができるという側面もあると思う。

※断っておくが、理論や仮説はあくまで説明であって、病的体験そのものを直接的に可視化したり、複製するものではない。ただし、神経科学に対するそのような批判はもはや論外だろう。ただし、臨床に携わっている以上、何らかの説明言語や理論化は必要だと思う。それは、病理学でも、薬理学でも、心理学的理論でも、社会学的理論でも、神経科学でも本質的には変わらないはずだ。

Micheloyannis S, Pachou E, Stam CJ, Breakspear M, Bitsios P, Vourkas M, Erimaki S, Zervakis M.
Small-world networks and disturbed functional connectivity in schizophrenia.
Schizophr Res. 2006

schzophreniaで、small-world性が破綻している可能性を示した最初の報告。少ないチャンネルのEEGデータによって再構成された粗いネットワークだが、これが出たときはちょっと興奮した。schizophrenia群では、ネットワークのcharacteristic path length(L)が延びるだけでなく、clustering coefficient(C)も低下している。結果的に、small-world性は破綻する傾向を示している。

Liu Y, Liang M, Zhou Y, He Y, Hao Y, Song M, Yu C, Liu H, Liu Z, Jiang T.
Disrupted small-world networks in schizophrenia.
Brain. 2008 Apr;131(Pt 4):945-61. Epub 2008 Feb 25

精神医学の分野で、グラフ理論を応用した一番新しい実験の報告。ここでは、resting-state下でBOLD信号を記録し、各ROIにおけるlow-frequency bandのfluctuationどうしのpartial correlationをとって、thresholdを設定し、90個のノードからなるグラフを再構成している。ここでも、small-world性は破綻している。

Rubinov M, Knock SA, Stam CJ, Micheloyannis S, Harris AW, Williams LM, Breakspear M.
Small-world properties of nonlinear brain activity in schizophrenia.
Hum Brain Mapp. 2007 Dec 10

これは、まだ読んでいないのだけれど、Stamが絡んでいることから、EEGかMEGでsynchronization likelihoodをとって、再構成したグラフを解析した実験だと思われる。

Achard S, Bullmore E.
Efficiency and cost of economical brain functional networks.
PLoS Comput Biol. 2007 Feb 2;3(2)

抗精神病薬の投与前後でのネットワークの機能構造特性の変化を精細に調べた実験はまだ存在しないが、ここではD2antagonistであるsulpirideを投与した際のネットワークに生じた変化を精細なデータで報告している。

Sporns O, Honey CJ, Kötter R.
Identification and classification of hubs in brain networks.
PLoS ONE. 2007 Oct 17;2(10):e1049.

皮質および皮質下のネットワークのハブの特定を主眼においた解析。連合野がハブ的なconnectivityを示すのは当然の結果だけれど、面白い。

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2008年4月 1日 (火)

明日から

明日から大学院生となる。

と言っても、実状は、無給で働きながらごくわずかの空いた時間に実験を行うという生活だ。

メリットとして、

大学がライセンスを取得した論文にアクセスし放題。今までのように、図書館に行ったり、メールで送ってもらう手間がなくなる。
同じように研究をしている先生たちと、ディスカッションができる。
学会に参加しやすい環境になる。
大学では、僕の臨床能力について第三者的な批判が入る。こういう場所は、臨床人生の中で一度は必要だと感じていた。
ごくわずかの時間に、実験を行うことができる。

デメリットとして、、

うーん、メリットとデメリットは表裏一体だから、書くのはよそう。

最初の実験プロトコルは何とか方向性と大まかな手順だけは決まった。
Attentional blinkのERP studyだ。
ちょっとだけ、consciousnessに絡めてある。

また、MEGを使った実験のプロトコルも考えなければならない。
今のところ、schizophreniaにおける抗精神病薬服薬前と服薬後でネットワークアナリシスを行い、synchronizability、small-world propertiesなどの変化を調べることなどを考えている。

数理解析のプログラムはMATLABで組む(組んでもらう)必要があるが、これをどうするかが一番の問題だ。

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2008年3月29日 (土)

バリ島

本日、バリ島から帰国。

クタやレギャンは汚いし、どうってことの無い猥雑なリゾート地だったのだけれど、ウブドはやっぱり特別な場所だった。

僕が熱帯を訪れるのは今回の旅が初めてだ。どこをみても草花や奇妙な果実をつけた木々が辺り構わずに空間を占拠していて、これまでに訪れた地域と比較すると、この島に何か異様な場のエネルギーようなものを感じずにはいられない。

人もそうだ。長年にわたってバリ人が乱立させてきた寺院の意匠と色彩は、乱暴な熱帯の森に負けていない。彼らはバリヒンドゥーという独特の宗教文化をもち、どこかで毎日のように祭りを行っている。蜜のように濃くて重い何かが、島に充満している。

確かに、20世紀以降彼らが観光というものを意識するようになり、今日のバリ島を作り上げてきたのだといわれても、僕らにとってこの島はやっぱり異様だった。

雨期のバリ島では、昼過ぎから夕暮れまで必ず強い雨が降る。したがって、もっぱら昼間にいそいそと観光することになる。雨上がりの夕暮れには、木々が混沌と生い茂るジャングルと、重たい空に陰る夕陽を眺めながら、僕らはひたすら茫として過ごす。気が向けば、本や論文を読んだり、歩いたり、泳いだり、昼寝したり。熱帯特有の密度の濃い空気を感じながら、時間の流れもゆっくりと段々重くなる。

こういう場所でこういう時間の過ごし方を体験してしまうと、強い刻印を残してしまって、もはや後に引けなくなるなあなんて感じながら、気が付いたら辺りは暗くなっていて、蛍が舞っていたりする。
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バリ島では、バトゥール山(1700mくらい)への早朝登山に挑戦した。4時くらいから登り始め、3時間くらいで登頂。山頂の火口からは、小規模ながら今でも噴煙が上っている。
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この島では、毎日のようにお祭りが行われている。数が多いからといって、彼らは毎回真面目な気持ちで参加しているようだ。これは、島で最も神聖なブザキ寺院のオダラン祭。
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ウブド近くの棚田。ウブドから島の北部にかけてこのような棚田の風景が続く。棚田がリゾートだなんて、ちょっと普通じゃあないんじゃないか?


滞在中と行き帰りの飛行機で読んだ本、論文。

廣松渉「身心問題」(青土社、1989年)

これは、持って行って正解。心脳問題ならぬ、身が先に来る「身心問題」。およそ20年前の本だが、今日の諸科学が意識の問題に取り組もうとする際に直面するおよそ全てのテーマが扱われており、しかも著者の洞察がいちいち全て的を得ていることに驚いてしまう。意識の神経相関、物理現象と心的現象の因果的関係、開放系システム、他者認識と自己意識の同時性、社会的認知などなど。難解な哲学用語も出てくるものの、対談形式になっているので、飽きずに最後まで読むことができる。
Varelaは、心的現象と物理的現象(特に脳内のニューロンの発火活動)を異なる二つの現象領域だとした上で、両者には非対称な双方向的な因果作用があると指摘し、そこに立ちはだかる説明的、方法論的断絶に対する救済策として神経現象学というアプローチを提唱した。一方、廣松氏は、身心問題という因果関係について正面から問うような議論はそれ自体不毛なもと位置づけている。このような立場に立った上で、脳、身体および環境における物理的現象という「可能態」から心的現象という「現実態」が対自的に「転化」するプロセスを、脳や身体というオープンシステムにおける一種の「状態関数」として位置づけている。現象学的視点に近いVarelaと異なり、因果的にみればあくまで起因作用をもつのは物理現象であるとされる。ここだけみれば、Edelmanの「伴立entailment」や「phenomenal transform」という概念に近い立場と言えるかもしれない。しかし、上述のように、氏は、心的現象を、身体や脳における可能態から現実態への転化という「対自的現成化」と位置づけており、この意味では心的現象そのものの存在論的な根拠がなはだ怪しいものに弱められている。むしろ、僕たちが、日常頂いている素朴な心理学を土台にして、このような「怪し気な因果関係」を前理論的に跳躍し、自己の身体や他者との相互的な関わりを通して「私という心的現象」と「心的現象をそなえた他者像」なるものをいわば構成的に作り上げ、心的現象という物理世界においては仮想的な現実態を最終的に自己や他者へと体験的に「帰属」させていくプロセスを置き去りにしてしまっていることが、身心問題のという不毛な議論の源泉になっているのだと指摘する。僕らが、このような著者の立場をどうとるかは別として、これから脳あるいは身体と意識との関係について考えようとする人は、是非読んでおくべき本だと思う。時間があれば、もう一回読み直してみたい。

Slagter HA, Lutz A, Greischar LL, Francis AD, Nieuwenhuis S, Davis JM, Davidson RJ.
Mental training affects distribution of limited brain resources.
PLoS Biol. 2007 Jun;5(6)

meditationのERP study。meditation(ヴィパッサナー瞑想など)の訓練によって、attentional blink/RSVP課題におけるT2の識別率が上昇するというbehavioralな結果と、これがT1に対するP3の振幅の低下と相関するというelectro-physiologicalな結果から、meditationの実践がattentive resourceの効率的なdistributionに影響を与えるのではないか、という内容。実験の解釈は微妙な気もするが、meditationによって、僕たちの知覚システムに何らかの痕跡を与えるということは言えると思う。

Sergent C, Dehaene S.
Is consciousness a gradual phenomenon? Evidence for an all-or-none bifurcation during the attentional blink.
Psychol Sci. 2004 Nov;15(11):720-8.

意識あるいは主観的知覚と無意識あるいは非主観的知覚とは、連続する(gradualな)現象なのか、あるいは非連続(all or none的)な現象なのかという問いは、未だ未解決だ。これは、attentional blink/RSVPとmaskingを用いた精細な心理物理実験であり、少なくともattentional blink/RSVPにおけるT2の主観的知覚が、all or none的なふるまいを示すことを報告している。

Dehaene S, Changeux JP, Naccache L, Sackur J, Sergent C.
Conscious, preconscious, and subliminal processing: a testable taxonomy.
Trends Cogn Sci. 2006 May;10(5):204-11. Epub 2006 Apr 17.

このレビューも、上のDehaeneらの実験と密接に関わる内容。Baarsのglobal workspace仮説をニューラルモデルに上手く落としこんでいる。前に一度読んでいたが、再び読む必要が生じたので、今回の旅に持参した。

Wang XJ.
Synaptic reverberation underlying mnemonic persistent activity.
Trends Neurosci. 2001 Aug;24(8):455-63.

In recent dynamical systems model, various attractor states of cortical neural activities are thought to contribute to specific working memory (mnemonic) states. Such attractor states depend on the synaptic reverberation in the cortical recurrent circuit which is largely mediated by activities of NMDA receptors. In this model, NMDA:AMPA ratio is a critical factor for the optimal working memory performance. This review summarizes recent studies and show new model of attractor dynamics of brain acitivity. An intriguing possibility is that working memory disturbance in schizophrenic patients may results from an abnormally low NMDA:AMPA ratio, which would give rise to dynamical instability of the mnemonic cortical circuit.

Fries P.
A mechanism for cognitive dynamics: neuronal communication through neuronal coherence.
Trends Cogn Sci. 2005 Oct;9(10):474-80.

neural synchronizationが脳内のbindingを可能とするという従来のbinding-by-synchronization仮説を一歩進めて、二つのneural asssemblyのoscillationの位相差が、両者の間におけるinput、outputの時間枠(communication window)を規定するのだという仮説。binding-by-synchronization仮説がrepresentational codeとして提唱されているのに対して、Pascal Friesは、およそあらゆるcognitionのダイナミクスにこのようなoscillationの位相差を介したcommunicationの原理が働いているのではないかと予測している。

今日の音楽:Clare and reasons/ The movie(CD、2007)

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2008年3月22日 (土)

チベット、大学院

昨日、今日は、僕の勤めている病院での仕事納めだった。
皆には色々と助けられて、何とか3年間やってこれたんだ、と思う。

4月に入ったらもう僕は大学院生。のびのびと、でもただひたすら臨床と研究をやる、ただそれだけ。
自分のPCで論文が落とし放題になるので、論文読んで、学会に出て、勉強しまくろう。

こんな僕に講演の予定も舞い込んで来た。
意識、NCC、ネットワーク、神経現象学あたりについて話そうと思う。

実験プロトコルも、一つ目は概ね出来そうだ。
細かいところを詰める必要があるが。
意識の問題は、当面のところでは迂回して、まずは実験のトレーニングを地道に踏むべしとは思っていたが、初回の研究でもやっぱり意識に関連したテーマを選んでしまった。

実は、退職時のどさくさに紛れて、明日から、僕はチベットのラサとチョモランマベースキャンプを訪れる予定であった。チベットのラサで始まり、短期間でチベット全体に波及した暴動のために、中止せざるを得なかった。
旅に出られないのも残念だが、今回のチベットの騒乱はもっと懸念される事態だ。

これを機に、チベットで起きた火種が、地球上にパーコレートしていき、もっと大きな波となって中国政府に跳ね帰ってくればいいという空想。

で、僕は行き先を買えて、タイとラオスに行くことにしたんだけど、これまた航空券の手配ミスでおじゃんになってしまった。
結局、バリ島のウブドでゆっくりしながら、たまっていた論文でも読んでくることにした。

バリ島には、僕の先輩が研究をしているはずなのだが、これをみている人で誰か住所を知っている人がいれば、教えて下さい。

最近読んだ論文
oh M, Rolls ET, Deco G.
A dynamical systems hypothesis of schizophrenia.
PLoS Comput Biol. 2007 Nov;3(11):

これは、統合失調症について、精神病理、薬理、シミュレーションなどのトップダウンアナリシスという観点から考えている精神科医であれは、必ず読んでおいた方がよい。

今日の音楽:Nick Drake/Pink Moon(LP)
Elliot Smithと同じように、Nick Drakeのうたを聴いていると、僕の気分はどんどんと落ち込んでいって、気づいたら夜中の2時くらいになっていて、いつの間にか色々と頑張ろうなんていう気持ちが出てくる。

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2008年3月 7日 (金)

beyond NCC

Edelmanの意識の理論の重要な概念に、"degeneration"(縮重)というものがあった。縮重の定義は、「異なる組み合わせのユニットが、同一のアウトプットを産出する」、もしくは「同一のアウトプットを産出するユニットの組み合わせが2つ以上存在する」ということだ。これを、意識の観点から言い換えてみると、「異なる組み合わせのニューロンの発火が、同一の意識状態を産出する」ということになる。縮重の程度が大きければ大きい程、そのシステムは冗長であり、意識の成立に参与するニューロン群の数も増加するとことになる。

意識の神経基盤もしくはNCCを考える上で、縮重や冗長性という概念にEdelmanはどうしてこれほどまでにこだわるのだろうか?これまで、僕は今イチよく理解できなていなかったのだけれど、とある論文を読んで、この疑問が氷解した。

Maier A, Logothetis NK, Leopold DA.
Context-dependent perceptual modulation of single neurons in primate visual cortex.
Proc Natl Acad Sci U S A. 2007 Mar 27;104(13):5620-5

これが、その論文。金井氏のブログで「変化するNCC」として紹介されており、この論文の存在を知った。

視覚皮質のニューロンは、与えられた刺激の特性によって発火頻度を変えることが知られている。しかし、visual NCCを特定するためには、入力刺激の物理的特性によって発火頻度を変える(sensory modulation)ニューロン群を特定だけでは不十分である。むしろ、主観的知覚のパタンに応じた発火頻度の変化(perceptual modulation)を示すニューロン群を特定しなければならない。binocular rivalryやbistable figureは、刺激の物理的特性を変えることなく、複数の主観的知覚パタンを産出するため、NCCの研究に貢献してきたパラダイムである。

上記のsensory modulationとperceptual modulationを示すニューロンの割合は、視覚皮質の中でも、そのprocessing stageによって異なることが知られている。primary visual cortexでは、sensory modulationを示すニューロンが多数存在するのだけれど、perceptual modulationを示すニューロンは少ない。一方で、MTなどに代表される高次の処理を担う領域ともなると、perceptual modulationを示すニューロンの割合が増加する。さらに、これらのニューロンの割合は、刺激の種類、提示方法によらず一定の値を示すことも報告されている。このような知見は、脳内に、静的、固定されたNCCが存在するのではないかという予想を生み出すことになった。実際に、Kochは、そのNCCの探求において、主観的視知覚を担う特定のニューロン群が脳内に存在するのではないかと推測している。しかしながら、sensory modulationを示すニューロンと、perceptual modulationを示すニューロンとの本質的な違いは明らかにされておらず、両者に決定的な違いが存在せず、重複している可能性もある。

この実験では、binocular rivalry flash suppression(BRFS)で異なるペアのmoving dotsもしくはmoving gratingを提示したところ、directionのペアによってMT野のニューロンが示すperceptual modulationのパタンが劇的に変化するという結果が示されている。つまり、MT野では、主観的知覚の様々なパタンに応じて、perceptual modulationを示すニューロンの組み合わせが変化していることを示している。これは、常に特定のニューロン群が主観的知覚の成立に参与しているわけではないということを示している。

さらに、驚くべき結果が続く。この実験では、2匹のサルのMT野で計126個のsingle unitsからニューロンの発火を記録している。1種類の刺激セットに対して、約40%のニューロンがperceptual modulationを示す。この割合は、従来の知見と大差はないものだ。しかし、これを4種類の刺激セットまで拡大してみると、約93%のニューロンがperceptual modulationを示すことが明らかにされている。これは、MT野のstimulus-responsiveなニューロンのほとんど全てといってもいい数字であり、刺激セットの数を増やせば、perceptual modulationを示すニューロン群の割合はさらに増加すると予想される。つまり、主観的知覚に参与する権利は、特定のニューロン群に独占されているのではなく、MT野の大多数のニューロンに与えられている可能性がある。

この実験から導かれる結論は、脳内にはKochの言うようなNCCは存在しないかもしれないということだ。少なくともMT野で考える限り、ほとんど全てのstimulus-responsiveなニューロンが主観的知覚の成立に参与していて、意識の成立にとって脳は僕らが考えていたよりも冗長なシステムだと言えるかもしれない。また、主観的知覚パタンの変化によって、これに参与するニューロン群もダイナミックに変化する。これは、NCCが脳内の特定の構造から成るのではなく、時々刻々と変化するニューロン群によって担われるプロセスだということだろう。

この結論を情報のコーディングの観点から考えると、主観的知覚のパタンは、特定のニューロン群によるrate codingで表現されているのではなく、population codingによって表現されているということだ。このような脳内の情報表現の戦略自体は、近年の神経科学が予想し、実際に示してきたことである。実のところ、Kochも、当初の静的なNCCを特定するという戦略からシフトして、neural cell assemblyに近い"neuronal coalitions"という表現を使用するようになっている。

うーん、こうなってくると、意識の科学にとってNCCという問題提起は本当に必要なのだろうかと考えさせられる。僕らがNCCについて考えれば考える程、その存在位置があやふやなものになってしまうからだ。

蛇足だが、意識の神経基盤を考える上で、ニューロンの組み合わせだけを特定すれば十分とは到底考えられない。むしろ、ニューロン同士がどのようなパタンでリンクし、どのようなconnectivityをもったクラスターを構成しているのか、というネットワーク的な視点から考えていくことがますます重要になるのと思う。

最近観たDVD「甲殻機動隊 2nd GIG」(押井守監督)
無自覚なノードやIndividualistたちがハブの存在下で知らず知らずのうちにシンクロしていく様は、あたかもネットワークに生じるパーコレーションを映し出しているようだ。シンクロの強度が閾値を超えたときに、何が起きるのかは全く予想もつかないけれど、僕たちがネットワークの未来に抱く直感は、おそらく正しい。

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2008年2月19日 (火)

先々週の日曜日に、友人とともに中央アルプスの駒ヶ岳を訪れた。
去年も同じ友人と訪れたのだが、今年は一工夫して、携帯コンロとコーヒー、ソーセージなどをもちこんだ。人生で五本の指に入る美味しいコーヒーであった。

山が好きだ。
僕は、登るのよりも、近くから眺めるのが好きだ。
以下、自問自答。

「最も美しい山は?」 「ナムチャバルワ」。ヒマラヤの最東端に位置する標高7782m(世界第15位)の山だ。つい最近まで世界最高峰の未踏峰であり続けたが、1992年に日中合同登山隊が初登頂に成功した。「超槍ヶ岳状態」。というか、もはや槍ヶ岳など遥かに後方に置き去りにしてしまうくらい、完璧に均整のとれた山だ。この山の写真はどれだけ眺めていても飽きない。

「最も神々しい山は?」 「カイラス」。6656m(未踏峰)。西チベットにある霊峰。昔からヒンドゥー教や仏教の聖地として崇められ、また近年はバックパッカーの憧れであり続けている。たどり着くのが大変な分だけ、感動も大きいのだという。僕もいつかこの山をコルラ(一周)してみたいと思っている。

「最も美しい山脈は?」 「カラコルム山脈」。K2(8611m)やナンガパルパット(8125m)など、非情だけれども美しい山をいくつも擁する。一昨年、僕はカラコルムハイウェイを旅して、パキスタンのイスラマバードから中国のカシュガルまで抜けた。その途中に眺めていた山々の光景は、悲しいかなもはや現実とは思えなくなってしまった。カラコルム山脈の奥地には、フンザという、山を眺めながらひたすら沈没するのに適した谷があることでバックパッカーに有名だ。

「いつか行ってみたい山は?」 「ナンダ•デヴィ」。北インドのチベット国境寄りに位置する標高7816mの山だ。日印合同登山隊が1976年に初登頂に成功したのだけれど、現在登山は禁止されている。ナンダデヴィとは、「女神の住む山」という意味で、ヒンドゥー教のシヴァ神の妻であるパールバティのおわす山と信じられている。山の美しさもさることながら、麓には花の谷という、およそ僕らの想像を絶する美しい谷がある。

「最もなじみのある山は?」 「眉山(290m)と剣山(1955m)」。いずれも徳島の山で、小さい頃から眺めたり、登っていた山だ。四国山地の山は小ぶりではあるけど、険しい山が多い。ちょっと分け入るとたちまち急峻な山に囲まれてしまい、緊張感が高まる。昔から山岳修行の地として有名で、文化的にも色々と興味深いものが多い。

遊びばかりじゃいけないので、実験関連の勉強も。

このブログでもたびたび書いてきたように、consciousnessの成立過程の一端を解きほぐせるような実験をしたいと思っているのだが、そう簡単にはうまいアイデアは思い浮かばない。

binocular rivalryにせよ、attentional blinkにせよ、change blindnessにせよ、backward maskingにせよ、最近話題のcontinuous flash suppressionにせよ、実験を行うには共通の条件下でconscious/unconsciousという二つのoutputを生み出す何らかのパラダイムが必要なのだが、これを自分で考案するのは時間と実力と運次第というところがある。

もう一つ、consciousnessとattentionのようにベクトルを二つもってきて、その相互作用や、神経活動に対するmodulationを調べるという戦略もこの10年くらいの主流だ。しかし、色々と調べているが、今の僕に思いつきそうな実験は、ほとんど既に手をつけられているように思えてしまう。

その中で、比較的未開拓な領域はどこかと考えてみると、consciousnessとemotionの関係だと思う。
ひとまず、その路線で考えてみたい。

Trippe RH, Hewig J, Heydel C, Hecht H, Miltner WH.
Attentional Blink to emotional and threatening pictures in spider phobics: electrophysiology and behavior.
Brain Res. 2007 May 7;1148:149-60. Epub 2007 Feb 24.

実験デザインの参考になる。

Anderson AK, Phelps EA.
Lesions of the human amygdala impair enhanced perception of emotionally salient events.
Nature. 2001 May 17;411(6835):305-9.

consciousnessとemotionの研究の嚆矢となった実験。RVSPでaversive stimuliを提示した場合、amygdala損傷患者と健常被験者とで、percetptual enhancementの程度が異なるが、word meaningの理解は変わらないという結果。

Tsuchiya N, Adolphs R.
Emotion and consciousness.
Trends Cogn Sci. 2007 Apr;11(4):158-67. Epub 2007 Feb 26.

関連するレビュー。土屋氏は、attentionとconsciousnessに関する実験を行ったり、レビューを書いたりしていて、とても参考になる。何より、日本人が海外でこういう研究をやっているのをみると、勇気づけられる。

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2008年2月 8日 (金)

引っ越し

先週の土曜日に、荻窪への引っ越しを済ませた。
大雪の前日だったので、翌日だったらと思うとぞっとする。

次こそはまっとうな家に住んで、まっとうな内装にして、まっとうな暮らしをしようと心に決めていたのだけれど、僕が選んだのは忍者屋敷のような変てこな家で、結局のところ僕の性分は変わらないらしい。

最近は、attentional blinkが起きる条件下(RSVPを使ったやつ)で、T2をhigh emotional valenceのpicutureにした場合のERP modulationや、T2のperceptual thresholdの変化などに関する論文をチラホラと読んでいた。結局、僕が探していたものは見つからず。ここら辺、実験につなげられそうな気がするのだが。

もしかしたら、3月に休みがとれるかもしれず、成都経由でチベット自治区のラサとチョモランマベースキャンプに行くかもしれない。雲南、ミャンマー、インドネシアのボルブドゥールなどとも迷っているのだが。 
ああ、本当は時間さえあれば、カイラスをコルラしに行きたいのだ。

41gtfsttt1l_aa240_今日の音楽:Herrmann & Kleine "Our music"(CD) ちょっと古いけど、これまた秀逸なアンビエント〜エレクトロニカ。Ulrich Schnaussみたいなキラキラとした恍惚感をもつトラックあり。

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2008年1月27日 (日)

41mnpgefnkl最近買った本。

Giacomo Rizzolatti (著), Corrado Sinigaglia (著), Frances Anderson (翻訳)
Mirrors in the Brain - How Our Minds Share Actions and Emotions
Oxford University Press, USA; 1版 (2007/10/26)

まだ読んでいないので詳細は不明だが、mirror neuronに関する初めての一般科学書だろう。Parma大のRizzolattiによる2006年の著作を、英語に翻訳したもの。

目次は以下の通り。
1. The motor system
2. The acting brain
3. The space around as
4. Action understanding
5. Mirror neurons in humans
6. Imitation and language
7. Sharing emotion

この目次を見る限り、1990年代にRizzolattiが行っていた運動系の研究から始まりmirror neuronの発見に至るまでの経緯、mirror neuronの刺激反応特性から導かれたRizollattiによるaction understanding仮説、IacoboniらのImitation仮説、Galleseらのsimulation仮説などについて説明されているんじゃないかと思う。

今日の音楽:US3/Cantaloop (mp3,iTunes store)

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2008年1月23日 (水)

唯識

4月から院生になり、ラボや勤務地の都合上、立川在住ではちょっと距離的に辛いので、家探し。
大学にも近い荻窪に、「忍者屋敷」のような家があって、直感的にそこに決めた。
2部屋を合わせた通常の居住空間よりもロフトの方が1.5倍広いという、お得で風変わりな物件だった。
ちなみに荻窪には1年半くらい住んでたことがあって、おいしいカレー屋と蕎麦屋がそれぞれ少なくとも2件あること、「ひな菊」と「邪宗門」という僕が好きな喫茶店があることなどから、好きな街の一つだ。

最近、唯識関連の本をちょこちょこと読んでいる。

唯識というのは、4世紀頃のインドで現れた瑜伽行唯識学派によって唱えられた認識論的傾向を持つ思想体系のことだ(Wikipedia)。かのナーランダ(いつか行きたい)の古代の仏教大学では、主にこの唯識を研究していたのだそうな。宗派で言えば法相宗ということになって、日本では東大寺などが総本山となっている。

で、何で唯識かというと、それがそのまま「意識」を扱おうとしているから。その射程範囲は知覚、意識から無意識にまで及んでいる。そして、無意識の下に、個を超えた背景的な心的空間である阿頼耶識(あらやしき)を想定したのが、この唯識だ。読む前は、禅やヨガなどの体験を通じて一人称的な視点に基づいた内観的なアプローチかとたかをくくっていたら、実のところ、個々の体験だけを重視しているわけではなくて、おそらくは当時の東洋世界の最新かつ複雑な論理構成を下敷きに、個々の体験と理論の間を何度も行ったり来たりしているのだ。良い意味で予想を裏切られた。しかも、難解。ほとんど分からない。

現代の科学と哲学のタームとは、その作法は大分異なるけど、表層的な意識の本質を「識別」あるいは「差異化」などと指摘していたり、ある種の実体的な現象(読みようによっては物理的な現象とも読み取れる)と心的現象との関係について述べていたり、因果的関係では関係論的存在論(縁起)やネットワーク性なども持ち出していて(これは、仏教思想全般にあてはまること)、EdelmanやVarelaが言っていたような仮説と接続可能な部分もあり(僕がこういう箇所にばかり反応しているのにもよるが)、かなり興奮した。西洋哲学での唯心論とは全く異なる点に要注意。というのも、当初は、表面的には唯心論と同じように、まず「識」はあるけど外界の事物は存在しないという仮の主張から出発するのだが、最後には「識」そのものまで「空」に帰してしまうからだ。残るのは、実在性も中枢も書いた、「帝網」のようなネットワークの関係論的存在だけだという。

現時点では、オルタナティブであって、脳科学と直接的に接続するのは難しいと思うが、Mind and Life instituteのように、哲学の分野ではこういうアプローチも真剣に検討され始めている。

それにしても、このMind and Life instituteのメンバーに日本人が含まれていないのは、一体どういうことだろう?単に、欧米のエキソティシズムとくくってしまうことは出来ないような気もする。

井筒俊彦「東洋哲学覚書 意識の形而上学—『大乗起信論』の哲学」 (中公文庫BIBLIO)
大乗起信論は、唯識そのものでは無いようだが、仏教が「意識」をどう扱おうとしてきたのかという点を、必要な部分は現代思想のコンテクストで読み直すことによって、比較的明瞭かつ詳細に解説していて、意識の東洋思想的なアプローチに関連した本の中では、今のところ最も感じ入るところが大きかったものの一つ。

岡野守也「唯識と論理療法—仏教と心理療法・その統合と実践」(佼成出版社、2004)

横山 紘一 「唯識とは何か—『法相二巻抄』を読む 」(春秋社)

最近、読んだ論文。

Fan J, Byrne J, Worden MS, Guise KG, McCandliss BD, Fossella J, Posner MI.
The relation of brain oscillations to attentional networks.
Neurosci. 2007 Jun 6;27(23):6197-206.

attentionとoscillation関連の研究も、一時のピークを過ぎたかなあ、というのが最近の感想だ。

これは、矢印を使った比較的シンプルな刺激をもとに、alerting、orienting、executive controlという3つの異なるattentional stateを評価するための課題を行わせ、EEGで得られたデータをもとにERPおよびpower-spectrum analysis、source analysisを行ったという研究。source analysisに一工夫をこらしている。

frequencyドメインの解析は、頭皮レベルではなく、dipoleレベルで行っているのが一つ目の特徴だ。筆者らの主張によれば、この方法をとった方が解剖学的構造と機能との相関が強まるとのこと。また、同じグループが行った過去のf-MRI studyで 得られたデータをもとにして、dipole modeling(BESAを使用)にf-MRI basedのconstraintをかけているのが、二つ目の特徴。f-MRI basedでdipole modelingを行っても逆問題は完全には解決されないが、experimenter biasは小さくなり、ERP studyにおけるsource analysisの欠点を小さくするのが目的。

結果としては、、異なるattentitonal networkでは、それぞれ異なる周波数帯域と分布をもったoscillationのmodulationのパタンがみられる。
alertingでは250-400msでθ、α、β帯域のパワーの減少、orientingでは200msまでにγ帯域のパワーの増加、executive controlでは幾分複雑なmodulationのパタンを示している。

51r0wilu3ul_aa240_今日の音楽:Manual & Syntaks/Golden Sun(CD)
どこか知らない国の浜辺の夕暮れ時、辺りが黄金色に染まって、自分もその中に飲み込まれてしまい、時間の流れがただひたすらスローになっていくという、chill outのゼロポイントのような音景。では、どこの浜辺か?イビザでも、パンガンでも、ゴアでも、沖縄でもない。案外、伊豆とか和歌山とかかもしれない。

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