boards of canada/the campfire headphase
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Jhon R.Searle"Mind: A Brief Introduction (Fundamentals of Philosophy)"を購入した。到着次第、早速とりかかるつもり。
土曜日は伊豆のMetamorphoseに参戦する予定。台風一過で、暑くてどす黒い夜になりそうだ。K.F.aka calmとchari chariが楽しみ。
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米国の現Neuroscience Institute所長で、1972年にノーベル賞をとったGerald M.Edelmanによる意識の科学の一般向け概説書。今年出版された"Wider than sky"も読んだが、こちらの方がEdelmanの主張をよく把握できる。Edelamanの仮説のベースとなるのはRe-entrant Loops、Theory of Neural Group Selection(TNGS)、Dynamic Core Hypothesis、という3つのKeywordである。
まずEdelmanはWilliam Jamesにならって意識を脳内のニューロンの発火による動的なプロセスとみなしている。そして、この意識の発生には視床と皮質を結ぶThalamo-cortical loopsと皮質と皮質を結ぶCortico-Cortical loopsなどを代表とした再帰性回路Re-entrant loopsが必要であり、このRe-entrant loopsによって生じる同期などのダイナミックで連続的なニューロンの時空間的発火パターンが意識体験をもたらすとしている。その際に意識の発生に関与する機能単位として Dynamic Coreという解剖学的、機能的に近接したニューロン群を想定している。これらのニューロン群はRe-entrant loopsによって一つの動的な機能単位Dyanamic Coreを形成し、さらにこれらの Dynamic Core群がRe-entrant loopsによってある時空間的なパターンで相互作用する。Re-entrant loopsによって発火パターンの膨大なレパートリーが可能となり、このレパートリーの中のある一つの状態が、現象学的にひとつのまとまりのある心的なScene(Primary Consciousness)に相当すると述べる。Edelmanはある部位での活動がシステム全体に影響を及ぼすような、相互に結合したバネの塊を比喩に挙げている。このような意識体験が生じるには、このDynamic Coreの活動パターンは高度に統合Integrateされているのと同時に、高度な複雑性Complexiyを有していなければならない。高度に統合されているだけではてんかんとなり、逆に高度に複雑なだけでは意識障害となり、どちらも意識を生み出さない。ちなみに、このDynamic CoreはDevelopmental SelectionとExperiential SelectionによってRe-entrant Mappingを受けて形成されるとしている。つまり、神経系において自然淘汰を受けながらも残存し、再構成されたニューロンだけがDynamic Coreを形成し意識の発生に関与するとしている(TNGS)点で、Neural Darwinism、Neural Selectionismなどとも呼ばれている。
このようなEdelmanの仮説は直感的に非常に捉えやすいもので、脳科学の十分な知識をもたない僕にも分かりやすかった。Edelmanの仮説に惹かれるもう一つの理由は、分裂病の臨床においても示唆するところが大きいということである。そういえば、埼玉大学教授の豊嶋先生は分裂病をDynamic Core不全症候群とまで命名していた。実際に、Edelmanは相棒のTononiとともに、2000年のBrain Research Reviewsに"Schizophrenia and the mechanism of conscious integration"と題したReviewを掲載している。この流れでは、最近の分裂病におけるガンマ帯域同期性振幅波の異常など、分裂病の同期障害仮説ともつながっていく点が興味深い。Edelmanは解離性障害や転換性障害(昔で言うヒステリー)についてもDynamic Coreの離断症状として説明可能としているが、こちらは分裂病に比べて証拠に乏しく、臨床的にもピンとこないところがある。
ちなみに、F.Varelaが指摘するように、Edelmanは意識の科学者としては機能主義的な立場をとっており、哲学に対する神経質な距離の取り方は余計な論争を避けるという意味では巧妙であるが、もっとやり合ってもいいのではないかという気もする。現象学を、今は亡き内観主義と一緒くたにして「とるに足らない」とこき下ろしているのは精神科医としては少し悲しい。あと、観測者の問題や、Explanetory Gapなどは手つかずだ。Dennetだったら、「Dynamic Core仮説のようなプロセスの存在が科学的に完全に立証されたとして、果たしてそのような客観的に観察される脳の活動プロセスが主観的な意識体験と最終的にどのように対応すると言えるのか?」などと反論するかもしれない。やっぱり、Explanetory Gapが顔を出す。まあ、それでもEdelmanが偉いのは、どこまで可能かは別として、今後の意識研究の具体的な枠組みをきっちりと示をうとしていることである。そういえば、同じくノーベル受賞者の意識研究者であるFransic Crickらは、Neural Darwinismを批判する際に「それはNeural Edelmanismじゃないのか」と冷やかしていたな。
ちなみに、最近は進化論も複雑系とか自己組織化の文脈で語られることが多いが、Dymamic Coreという神経システムをオートポイエティックなシステムとして発展させることはできないだろうか?そうすれば、花村誠一先生のオートポイエーシスを援用した分裂病論よりも、もっと分かりやすいものができそうだが。花村先生の話は難しくてほとんど理解できなかったな。
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思い返すと、僕は精神科医になる前から分裂病的なるものに囲まれていたと思う。Aphex Twinの "Selected Ambient Works"とか、Boards of Canadaとか、ねこぢるとか、Nicolas De Staelの絵とか。この2〜3年勉強した精神病理学は面白かった。特に分裂病者における体験の記述は精緻を尽くしており、下手な文学は軽く超えていたと思う。しかし、精神病理学は学問としては今や死に瀕している。臨床的には確かに有用なJaspersやShneiderまでの記述から先に進むことはなく、長年の相棒だった哲学からも離れ、脳科学からは完全に取り残されている。脳科学における同期障害仮説とか、かなり本質的なことを言ってるんじゃないか?意識の哲学におけるクオリアなど、まさに分裂病のことを言っているんじゃないか?しかし、僕らは分裂病の患者さんを前にして、そして彼らを理解しようとして、既存のいかなる理論をもってしても超えるべくもない溝があることをどこかで感じている。この意味で、意識のHard Problemはそのまま現在の精神医学における諸問題と結びついてしまう。精神科医として治療的ニヒリズムに陥ることなく、この溝をどうやって乗り越えるのか。
などと考えていると、結局精神病理学を主軸とする古い精神医学から一度外に出なければならないということになった。
とりあえず、今は臨床にいそしむ身なので勉強するには文献や書物を読み漁るしかない。と言っても分裂病の患者さんと接している時間が一番勉強になるのだが。
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