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2005年9月

2005年9月23日 (金)

Back home from Yemen

無事Yemenから帰国した。予想に違わぬ、旅をしていて楽しい国だった。
唯一の懸念であった食事も中東の平均レベルを軽く超えており、満足。
旅の大半を過ごしたSana'aの旧市街は千年前の街並を残していると言われ、この街こそ現代に残るExoticismの極地なのではないかと思う。街をブラブラしていると、軽いauraを覚えた。夜明けのアザーンのやかましさも中東随一だと思うが、これも慣れてくるとむしろ心地よくなってくるから不思議。
現地では数人の日本人ツーリストと出会い、Shaharaへのツアーをシェアすることができた。銃をかついた護衛とともにランクルの荷台に乗せられ、足腰が立たなくなるほどの悪路が数時間続いた。断崖の上にある街に辿り着いたときは何だか感動的でさえあった。

お土産にジャンビーア(イエメン人がさしている刀)とハドラマウト産の蜂蜜などを購入。心配していた税関での刀剣法もスルーし、一安心。

明日は外来。でもYemenの次はどこに行こうかと今から考えている自分もいて、社会復帰にはしばらくかかりそうだ。

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2005年9月22日 (木)

From Sanaa

Now I am in Sanaa,  the capital city of Yemen.Famous classical sytle architectures in Sanaa old city are quite strange, never seen in any other city in the world.People in Sanaa wear the same cloths as 1000 years ago, so I feel as if I am in the ancient arabic city.People are kind and funny,so I had a good time in Sanaa.

This is the last day of my trip.Ive been to Shahara,Amran,Hajja,Hababa,Thula,Shibam and Kawkaban,and more...I met several Japanese tourists in the first day of the trip and shared the tour to those cities.Most cities are worth to visit,especially Shahara is incredible place,often called city over the sky.It reminds me of the legendary ruin of Machu-Pichu in Peru,however people still live in shahara!

Tomorrow,I will go back to Japan.Just after I get home,I will update photos of Yemen.

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2005年9月16日 (金)

行ってきます。

外来も無事に乗り切り、これからイエメンに行ってきます。

今日の音楽:Bob Harolyd"Spaces in between"
ExtoticなChill outものを得意とするSix DegreesのBob Harolydで旅に入り込む。

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2005年9月15日 (木)

アラビアンナイト(メア)

明日から夏休み。今年はイエメンに一人旅。
僕のビザ番号は540○なので、単純計算で一年間に7000人くらい訪れるのだろう。現地には平均20人くらいの日本人旅行者がいるはずだ。

「世界最古の街」あるいは「千のミナレットのある街」サナアを起点に、色々と回るつもり。「砂漠の摩天楼」と呼ばれるセイユーンのシバームにも行きたいが、日本人パッカーに人気の北方部族の住む「人工衛星の見える村」シャハラも捨てがたい。澁澤は中東を訪れた際にアラビアンナイトを気取っていたけど、シルクロードを超えてようやく辿り着くアラブの国々は僕たち日本人にとってのエクゾティシズムの象徴なんだろう。

やっと旅の気分になってきた。
パッキングしようと。

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2005年9月14日 (水)

旅本

最近は勉強不足なので、サブタイトルに「趣味」を加えておく。
明後日のイエメン行きを前に、思いつく旅行記をリストアップした。 Jhon Searleはイエメンまで連れて行くことにした。夜明けのアザーンのもとで読めばはかどるかも。

日本人による旅行記
○川口慧海「西海旅行記」←去年が100周年だった。こういう精神的空間的ゲリラを敢行する人はいつの時代にもいるんだろう。
○植村直己「青春を山にかけて」←元気が出る。
○沢木耕太郎「深夜特急」←大沢たかお主演のビデオも雰囲気は出てたな。
○五木寛之「青年は荒野を目指す」←60年代の深夜特急
○小田実「世界何でも見てやろう」←自慢だらけ。
○澁澤龍彦「旅のモザイク」
○澁澤龍彦「滞欧日誌」←サド公爵の城を訪れたときに、突然「私」から「俺」に変わる箇所がある。このときだけは冷静でいられなかったんだろう。
○巌谷國士「アジアの不思議な町」←シュルレアリスムの紀行文。これ以上のアジアの幻想的描写を僕は知らない。
○巌谷國士「ヨーロッパの不思議な町」
○小沢征爾「僕の音楽武者修行」←こういう偉い人の青春旅行記は面白いものが多い
○藤原新也「印度放浪」←インド。これは重たい。
○小林紀晴「Asian Japanese」←これは逆に軽すぎて、どうも・・。
○金子光晴「マレー蘭印紀行」←一昔前のバックパッカーの旅の必需品だったらしい。今もアジアの古本屋に行くと、ボロボロになった本書をよく見かける。
○堀田善衛「インドで考えたこと」←インド旅行記は面白いものが多い
○永井荷風「ふらんす物語」←買ったけど読んでない。
○つげ義春「貧困旅行記」←日本の紀行文をもっと読まなきゃ。
○清野栄一「Rave Travellerー踊る旅人」←世界中を踊り尽くす人たち。 ○雑誌「旅行人」←購読している。蔵前仁一の「ゴーゴーアジア」とかも。


漫画
○ねこぢる「ぢるぢる旅行記」←大好きなインド旅行記。心象の具象化、と言えばいいのか。
○荒木飛呂彦「ジョジョ第三部」←スタンド紀行。承太郎とジョセフの歩いた道を辿ろうという者が出てきてもいいのだが、まだ知らない。少年ジャンプでエキゾティシズムだ!と思ったら、スタンドが「チュミミーン」とか言うから、上がった熱が下がる。
○堀田あきお&かよ「インドまで行ってきた」←分かりやすい。
○大友克洋、矢作俊彦「気分はもう戦争」←戦争を追跡して。


海外の旅文学
○イタロ・カルビーノ「マルコポーロの見えない都市」←夜の幻想都市。
○レヴィ・ストロース「悲しき熱帯」←「私は旅なんて嫌いだ」だと。
○アントニオ・タブッキ「インド夜想曲」←南インドで自己像を追い求める幻想旅行。映画も好き。
○H.P.Lovecraft「未知なるカダスを夢に求めて」←僕は3回たどった。猫の国ウルタールが好きだ。
○エドガー・アラン・ポー「ナンタケット島出身のアーサーゴードンピムの冒険」←「テケリ、リ!」が怖い。
○Samuel Taylor Coleridge「老水夫行」←幻想旅行。
○Jamel Hilton「失われた地平線」←誰か日本語訳をもってないですか?
○ジャック・ケルアック「路上」←高校生のときは、まだよく分からなかったなあ。何でこんなことをするんだろうか、って。
○ダンテ「イタリア紀行」←偉い人がみんな読んでたから。
○スィフト「ガリバー旅行記」←罵倒する者が罵倒される人類冒涜の書(「世界の幻想文学」よ)
○ブローティガン「アメリカの鱒釣り」←メタ幻視行。
○ダンセイニ「ヤン川の舟唄」←バベルの図書から。幻想の船旅。
○カフカ「城」←旅の悪夢。こんな旅は嫌だ。

面白い旅の本があれば、教えてください。

今日の音楽:Kaya Project"Walking Through" これもArab〜Africa〜Asiaの3A chill out。

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2005年9月13日 (火)

Neural Synchrony and Schizophrenia

Schizophreniaと神経活動の同期性に関するこれから読む論文をピックアップ。

Kwang-Hyuk Lee et al.Synchronous Gamma activity:a reviw and contribution to an integrative neuroscience model of schizophrenia.Brain Research Reviews 41(2003)57-78

Activation of Heschl's gyrus during auditory hallucinations.Neuron. 1999 Mar;22(3):414-5.

Neural synchrony indexes disordered perception and cognition in schizophrenia.Proc Natl Acad Sci U S A. 2004 Dec 21;101(51):17567-8.

Evian Gordon et al.Symptom Profile and "gamma" processing in schizophrenia.Cognitive Neuropsychiatry.2001,6(1),7-19


Spencer KM, Nestor PG, Niznikiewicz MA, Salisbury DF, Shenton ME, McCarley RW.Abnormal neural synchrony in schizophrenia.J Neurosci. 2003 Aug 13;23(19):7407-11.

Hong LE, Summerfelt A, McMahon RP, Thaker GK, Buchanan RW.Gamma/beta oscillation and sensory gating deficit in schizophrenia.Neuroreport. 2004 Jan 19;15(1):155-9.

以下、雑文。仕事中に考えていたこと。
僕の知識が正しければ、「精神病は脳の病である」と言ったのはグリージンガーである。この有名なテーゼは後に続く精神医学における脳神話をもたらしたのだが、当時は進行麻痺を除いて脳のあらゆる部位をのぞいても精神病の確たる証拠は見つからなかったという。その後了解心理学を基盤とする精神病理学や精神分析学の勃興と浸透とが起こり、続く混乱と分派の時期を通して、先のテーゼはむしろ拒否反応をもって受け止められるようになる。今や精神医学という狭い世界の中でも、文化の対立が生じているのだ。
僕は最近H.B.Barlowの余りに有名な論文"Single unit and sensation"を読んだ。これを読んで僕は、精神科医であれば避けては通れない「Schizophreniaとは一体何ぞ?」という問いに正面から取り組む上で、僕たちが最初に立つべき土台は了解心理学でも遺伝子でも社会でも脳の解剖学的異常でもなく、ニューロンの時空間的な活動パターンであると曲解した。これは一つの宣言であって、結論でも前提でもない。僕たちに必要なのは、異なる文化をつなぐ言語なのだ。Bio-Psycho-Socialという僕たち精神科医がよく用いる区分は確かに分かりやすくて便利だが、このあまりに単純な階層構造をもって先の問いに答えようとすることは、何も言おうとしないことと同じである。だから、僕はこの言葉が嫌いだ。


今日の音楽:Cantoma"Cantoma"(CD,Music for Dreams)Phil MisonによるChill-Ambient作品をリリースするユニット。SpainやItalyに代表されるヨーロピアンによる民族音楽風味のChill Outは、僕たちアジアンが聴くと恥ずかしいくらいのオリエンタリズム全開で、これじゃ結局バロックでしょ、という印象。Cantomaは抑制の効いた、何とも言えない余韻と心象を残す点で気に入っている。同じくMusic for Dreamsから作品をリリースしているChill-Ambient ユニットのBlissよりも好きかもしれない。

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2005年9月 9日 (金)

メーヤウ

今日はバイトを終えて大学に行ったついでに、メーヤウの大辛大盛りを8つ買って帰る。これに満足して、本来の目的であったうつ病の脳内基盤の話は聴かずに帰ってしまった。帰りの電車でジロジロ見られながら、これでしばらくは安心して生活できる、などと依存症患者のように考えていた。

明日はまた当直だ。イエメン旅行の予習でもしよう。
カートは口内炎ができるまでかみ続けないとキマらないらしい。キマると、イエメン人が可愛く見えるらしい。

今日の音楽:VIncent Gemignani:Moderen Pop Percussions(LP)
FranceのPercussionist。この70年代の実験的な作品には奇跡とも言えるトラックが収録されている。しかし、フランス人のバイヤーに高い金払って売ってもらったこのレコードも今はもう再発されてしまった。"Liberalia"を聴いたときの高揚感はそんなに安っぽいものでは無い。

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2005年9月 8日 (木)

over a night duty

当直明け。

最近読んだ論文。
Leslie Iversen.Cannabis and Brain.Brain(2003),126,1252-1270

Pooneilさんのところで拾った論文。興味本位で手に取ってみる。以下要約。
cannabinoid(THC)が作用するレセプターとしてcannnabinoid receptor(CB1,CB2)があるが、何と脳内にはendogeneousなCB1 ligandがあるらしい。CB1を発現するニューロンの中で重要なものは、海馬、扁桃体、大脳皮質に分布するGABA作動性ニューロンで、endogeneous cannabinoidは主に小脳や海馬において再分極によってもたらされる抑制性あるいは興奮性活動の抑圧に関与しているとのこと。しかし、exogeneous cannabinoidを摂取した場合と違って微量のendogeneous cannabinoidはあっという間に消費されてしまうらしい。なので、量的に桁違いであるcannabinoidの外的な摂取による神経活動への影響はまだまだ明らかにされていない。

ちなみに、cannnabinoidの摂取により軽度認知障害(短期記憶の障害、軽い精神運動興奮、食欲増進、疼痛閾値の上昇)が一時的に起こりうるが、慢性的に摂取した場合でさえ永続的な認知障害が生じるエビデンスは無い。さらに一般的な常習者の使用量における神経毒性もエビデンスは得られていない。また、Panic DisorderやSchizophrenia、Depressionなどの精神障害の併発との因果関係にもエビデンスは得られていない。日常的常習者にみられるという"Amotivation syndrome"と呼ばれるような、前頭葉機能の欠落症状のような病態にもエビデンスは無い。(エビデンスは無いというこの表現に誤解の無きように。RCTなどによる信頼できるエビデンスは無いものの、症例報告レベルのエビデンスはわんさかとある)。
これじゃあ、cannabinoidを賞賛しているようになってしまうので、精神科医としてちゃんと悪いことも書くのが義務であろう。一つ、cannabinoidの使用によりAcute psychosisを生じる人がいる。さらに、cannabinoidの摂取によって既存の精神障害の症状は確実に悪化しうる。また、一般的な認識とは異なり、日常的な使用により耐性や依存を生じうるのは間違いない。

驚いたことに、cannabinoidが一部の神経疾患や腫瘍性疾患に応用され得るかもしれない、あるいは応用が真面目に検討されていた時期があったという。

ちなみに、面白いなと思ったのは一時は真面目にSchizophreniaがendgeneous cnnanbinoid systemの異常によって生じると主張した人(Emrich HM et al.Towards a cannabinoid hypothesis of schizophrenic cognitive impairment dute to dysregulation of endogeneous cannabinoid system.Pharmacol BIochem Behav 1997;56:803-807)がいたということ。ちなみに僕自身は、そんなことはあり得そうにもないと思う。まだ、MDMAによるSchizophrenia likeな病態への影響の方が真実味がある。

今日の音楽:Calm"Light Years(12inch)"
Calmのテーマ曲とも言えるこの曲は、僕の当直中にエンドレスリピートしている。

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2005年9月 7日 (水)

日本心理学会

一度も話したことの無い、同じ研究室の先生に厚かましくも日本心理学会(9.10〜9.12)のプログラムを頂く。病院の業務が忙しくなければ、行ってみようと思う。以下に僕が興味のある講演、発表を挙げると

特別講演「心の統一科学をめざして」
分離脳で有名なGazzanigaによる特別招待講演"Forty Years of Split-Brain Research and Going Strong"
Jontthan W. Schoolerによる特別招待講演"Coming to Know Ourselves:Consciousness,Metaconsciousness,and the Process of Deciphrering Experience"
印東太郎による特別招待講演"The Global Space of Visural Space"
小講演「自我漏洩感の異常心理学研究」
小講演「虚記憶の生成過程における潜在的連想と顕在的連想の働きの違いについえて」
シンポジウム「うつをめぐる心理学と精神医学の架け橋」
シンポジウム「ソーシャルブレインのメカニズムを探る」
他にも分裂病の症候学的な研究もあるらしい。

うーん・・・よく分からないがすごい内容。心理学会って毎年こんなことをやっているのか?内紛だらけの精神医学学会にここまでできるだろうか?否。僕は正直うらやましい。プログラムに書いてあるように「学問として扱えるものと、扱えない物を厳格に峻別して」、さらに「脳科学、生物学、工学、社会科学との融合を目指した」心理学と、そのような問題意識も低く、ついに固有の言語を生み出すことのできなかった精神医学とでは、学問としての志が違うのだろうか。精神医学が臨床の学だと言い切ってしまえばそれまでなのだが・・・。

などとひがみつつ、僕は久しぶりの三田でラーメン次郎を食べて帰るのだろう。

今日の音楽:Fishmans"宇宙 日本 世田谷"
台風が来ると、いつも"Weather Report"を聴いてしまう。野音のライブでは本当に雨が止んで、ただあのときの音の風景だけが記憶に残っている。

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2005年9月 6日 (火)

いつも

同時進行で3冊くらい読む。今は例のJohn Searl"Mind"、マンディアルグ「ボマルツオの怪物」(澁澤龍彦訳)、石合純夫「高次脳機能障害学」(医歯薬出版)。そして、いつもそのうち1冊は途中で放棄される。

Amazonで本を物色していたら、Benjamin Libet"Mind Time"が邦訳されていた。この本の自由意志に関する議論は面白かったが、原著でどこまで理解できたか不安が残る。買い直そうかどうか悩むが、延期。

今日は大学で論文を沢山漁ってきた。臨床上の興味から調べたいと思っていたSenile PsychosisとEpisodic Catatoniaの論文はあまり見つからなかった。他はReviewばかり。Andreasenとか、Frithとか、大御所の論文をしっかり読もうと思う。本当はオリジナルペーパーを読まなきゃいけないんだろうけど、今の僕にはそんな時間は無い。

今日の音楽:Lama Gyurme&Phillippe Rykiel"Offering Chant"
チベット僧の行とアンビエント。お香を炊いてメディテーション。エキゾティシズム。東南アジアのアマンリゾートでかかっているみたいだが、僕は泊まったことがないので分からない。同じ流れでSix DegreesのChoying Drolma&Steve Tibbettsも良い。

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2005年9月 4日 (日)

困難なく、

John SearleはChapter 2まで読んだ。ベランダに椅子を出して読んでいたら、下を歩いていた職員と目が合った。無視して読み続ける。今のところ苦労は無いが平易な英語と簡潔な内容によるところが大きい。信原幸宏先生のようにやはり平易な記述で道を造り核心へ踏み込む人は、やっぱり哲学者として一流なんだろう。

最近Metzingerの"Being No One"も買った。詳しく読んでいないが、「自己Selfというものは、それとしては無い」などと言われると、Jaspersの自我障害は一体どうなるのだろうかと不安になる。僕の尊敬する先輩医師は、Jaspersの自我障害から精神病理学は進んでいないと言う。知識の足りない僕にそのように言う自信はまだ無いが、確かにその通りなのだろう。Jaspersが精神医学から離れる前に残した碑文は僕たち精神科医の脳にあまりにも深く刻み込まれているのかもしれない。
僕自身は意識と同じく自己もある種のdynamicなprocessの結果成立するものだと考えている。enacitiveというか、行為し続けることで自己は成立するものだと。我々が行為を止めたときには、もはや自己は無い。Searlの用いた例で言うと、"I love you"という文と、"It rains today"という文がある。二つの文の主語"I"と"It"を考えてみると良い。"I"としての自己は存在論的前提における誤りで、実はただ行為するだけの"It"しか無いのだと。結局そのような自己は本人にとってしか一人称的にアクセスできないものだ。このとき観測の問題が生じる。そうなると僕たち精神科医は一体何をやっていると言えるか?僕たちにできるのは、ただ記述を精緻化させ続けることだけなのか?Schizophreniaの核心は自我障害だということは間違いないと思うが、それ自体が何を指しているのか、あるいは僕たちが何を見ているのかという問題を置き去りにするのは危険だ。

今日は先輩医師の自宅に招待される。久しぶりに食べられた。家族っていいなあ、と思った。

月曜日は大学へ行って、論文を漁る予定。色々あって食欲は激減したが、活字欲はある。Moleskinのノートに気になる論文は全部メモしている。

今日の音楽:A reminiscent drive/Mercy Street(LP)
フレンチアブストラクト。

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2005年9月 1日 (木)

脳の情報表現(朝倉書店)

Edelamanの論文を読んでいたら、エントロピーの話とか、謎の数式が出てきた。大学1年時以来、ずっと数学を避けてきた自分には意味不明の言語であった。F.Varelaの論文にも数式があったが、あのときは数式にまつわる葛藤を抑圧して、見なかったことにしたはずだ。で、脳の活動の数理モデルを知りたくて適当にこの本を手にとってみた。天気予報の比喩は分かりやすかったけど、数式になるとどうも駄目みたい。Synfire chainというのは初めて知った。面白い。
自分の数学の水準は高校卒業レベルだろう。簡単でなくてもいいが、最適な入門書はないものか?

今日の音楽:DJ disse/Egyptiaan Disco(12")
出た作品は全て買っているMusic for Dreamasの12inch。exoticな生音チルが好きだったので、これもその流れで。

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trip alone to Yemen

9月に少し遅れた夏休みをとって、Yemenをぶらついてくる。サナアを起点に、シバームとか一人でぶらぶらしてくる予定。とりあえず航空券だけとってみた。数年前の旅行人の特集では、アジア圏の人気都市ランキングでサナアがバンコクやカトマンズ、バラナシ、はてはフンザや大理などの並みいる沈没地を抑えて1位になっていた。と言っても、このときは読者票を蹴散らす編集長の強権が発動したらしい。
このところ、トルコ、モロッコ、イランとイスラム圏が続いていたので、気が早いかもしれないがイエメンに行った後は南米をぶらつきたい。
デリーで出会った友人がアフガンに潜入した。無事を祈るしかないのだが、この前の日本人教師が行方不明になった事件からも分かるように、日本にいて得られる情報と、現地で得られる情報とはかなり解離しているようだ。

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Andreas K.Engel,Pascal Fries and Wolf Singer:Dynamic Predictions:Oscillations and Synchrony in Top-Down Processing.Nature Neuroscience 2001

Searlの本を読む合間に流し読みした、ニューロンの同期発火説で有名なWolf SingerらのReview。自分はいつも、同時進行で2〜3冊読む癖がある。なんと言うか、その方が連想が広がるから。
Singerら曰く、認知や意識は受動的passiveなものでもなく、むしろ構成的constructiveな過程processだという。さらに、認知は刺激によって一義的に決定されるstimulus drivenものではなく、脳の自発的な運動による予測prediction(内部モデルみたいなもの?)が常に働いており、これによって認知はいわゆるtop-down型の修飾を受けるものであると。その際にはγ帯域同期性収縮波などの時空間的なニューロンの活動パターンが重要であると。SIngerらは必ずしも神経システムにおける階層性hyerarchyを持ち出さなくとも、個々のassemliesの自発的で協調した活動がこのようなプロセスを成立させるとした点はautopoieticで興味深かった。これまでは単なるノイズと捉えられていた一見無秩序な神経の活動も、決して無意味ではないのかもしれない。彼らはEdelmanらと共に自らをDynamicistと呼んでいる。最近、統合失調症の同期障害仮説が注目されているけど、SInger自身が統合失調症に言及した論文はまだ見たことがない。これからいろいろと探して読んでみよう思う。

この論文を読むと、統合失調症の様々な症状を連想してしまう。以前からFrithらが繰り返し言うように幻聴やさせられ体験が一種の内部モデルであるefference copyの障害だという主張がある一方、妄想もこのようなtop-down型の修飾の異常によって生じるのではないかと想像してしまう。精神病理学に翻訳すれば、中井久夫の徴候空間優位説などもこれ以上はないくらいの優れた比喩になるんじゃないかと思う。自然界における「徴候」の読みでは、認知能力のより大きな比重が危険の察知におかれることになるわけだから、統合失調症発症初期における被害妄想の優位もこの辺と関係があるのかもしれない、などと予想される。自分の知識と文章力ではこの辺が限界だ。

今日の音楽:Harold Budd and Brian Eno/The Pearl
ピアノアンビエントの名盤。ちなみにBrian Enoが分裂病治療のための音楽作品を残しているという話をすこぶる社の店長さんから聴いたが、作品名を聞いてなかった。

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