« 2005年10月 | トップページ | 2005年12月 »

2005年11月

2005年11月24日 (木)

Review of "Fishmans Long Season Revue(11/22)"

久しぶりに懐かしい音を聴いた。
僕たちの脳に刻印された記憶は、このリフレインが終われば佐藤伸二の声が響き渡るのだと予測する。
その予測は実現せず、どの曲でも僕たちは見知らぬシンガーの見知らぬ声に戸惑ってしまう。
しかし聞き慣れた曲にのっかった聴き慣れぬ声が、僕たちの記憶と連想を加速させる。
久しぶりに昔のいろんなことを思い出した夜だった。

その後、同期会に参加。近況について話し合う。
皆、それぞれの病院で頑張っているようだ。

今日は、Thomas Metzingerの"Being No One”に再び取りかかる。
概念的な説明が多く、なかなかはかどらない。
精神病理学はdeconstructする必要があり、その筆頭はJaspersの自我障害だと思う。
精神病理学自体に自らを解体するdeconstructionの萌芽が見いだされないので、僕は辺縁から歩を進めなければならない。
同時に内海健先生の「分裂病の消滅」を読み始め、VarelaとMaturanaの「知恵の樹」を再読する。

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2005年11月21日 (月)

J.P.Changeux,A.R.Damasio,W.Singer"Neurobiology of Human Values"

11月12日に購入した書。毎日2〜3章ずつ読み進めた。
以下、内容を忘れないために簡単な要約をメモ書き。

1.Jean-Pierre Changeux"Creation,Art,and the Brain"
引用が多く、ほとんど理解できず。恐らく創造行為と脳との関係について、進化論的な視点もふまえて包括的に述べたもの。芸術家と科学者の行為を対照させ、世界と脳との関係についても述べているが、詳細は分からない。

2.Camilo J. Cela-Conde"Did Evolution Fix Moral Values?"
ヒトの倫理的能力Moral abilityや美的感覚aesthetic abilityは、共感sympathyなどの脊椎動物がもつ認知能力に基づくものであり、言い換えればbrain actvityのfunctional statesの一つである。つまり、これらは生物学的基盤をもつもので、言わば進化の産物でもある。しかし、系統発生の末端にある一部の種(ヒト、チンパンジー)だけが有する能力である。現時点で著者に言えるのはここまで。

3.Frans B.M. de Waal"Homo homini lupus?Morality,the Social Instincts,and our Fellow Primates"
未読

4.Hanna Damasio"Disorders of Social Conduct Following Damage to Prefrontal Cortices"
著者はMorala abilityを社会的に正常な行為を行う能力と定義する。VMPFC(Ventromedial prefrontal cortices)にdamageを受けた患者は通常の知能検査で異常を検知し得ない正常な知能をもつが、社会行為の逸脱を認める。そのような患者はIowa Gambling Taskなどのdecision makingに関する心理検査で明らかな異常を示し、また情動の異常な平板化abnormal flattening of emotionを認める。Moral abilityの形成のためには、VMPFCなどのprefrontal cortexを含む神経回路と、適切な情動反応によって修飾された学習が必要となる。

5.Antonio Damasio"The Neurobiological Grounding of Human Values"
Somatic Marker仮説を用いて、Hanna Damasioと同様にSocial EmotionなどからHuman Valueが形成されるプロセスについて述べた論考。 speculative。

6.Joshua Greene"Emotion and Cognition in Moral Judgement"
f-MRIを用いてMoral Judgmentが必要な課題を負荷した際の脳活動を調べたという話。

7.Richard J. Davidson"Neural Substrates of Affective Style"
"Affective Style"とういう概念を用いて、主観的なwell-beingと脳の諸領域との関係について述べる。特に前頭葉の神経活動のasymmetryが主体のaffective style(positive affectとnegative affect)に関連するという嘘のような話。左>右の方が、 well-beingが高いという。本当か?

8.Daniel Kahneman,Cass R. Sunstein"Cognitive Psychology of Moral Intuitions"
未読

9.Giaccomo Rizzolatti,Laila Craighero"Mirror Neuron:a Neurobiological Approach to Empathy"
Mirror Neuronの話。Mirror Neuronはある特定の行為を行った場合と他者による同じ行為を認識したときにのみ活動するニューロンで、サルのventral premotor cortex(area F5)で偶然発見された。single neuron recordingに基づいたヒトのmirror neuronの証拠はまだ無いが、EEGやMEGによって多くの間接的な証拠が得られている。ヒトにおけるmirror neuron systemはinferior parietal lobule(PF)、the lower part of the inferior frontal gyrus(ventral premotor cortex)、posterior part of the inferior frontal gyrus(IFG)などにおいて確認されており、古典的にはmotor systemに関連するものと考えられてきた。Mirror Neuronは単に他者の行為のimitationのみならず、他者の行為の理解understandingにも必要なシステムであると著者は考える。また、Mirror neuron systemは行為だけでなく情動の理解にも関与している可能性がある。例えばヒトのinsulaは自己だけでなく他者が嫌悪感を感じたときに活動する細胞群を含んでいる。著者はMIrror neuron systemにより他者の行為や情動を一人称的first person perspectiveに体験することが可能となり、social interactionの生物学的基盤に成り得るのだと控えめに主張している。

10.Wolf Singer"How Does the brain know When it is Right?"
神経システムがどのようなプロセスで意識的なjudgementや decisionを行うのか?という疑問に対する論考。Wolf Singerは上記の認知プロセスにおいて、neuron firingの局在性やrateだけではなく、coherencyが決定的に重要だと主張する。すなわち高度にcoherentなsynchronization of oscillatory activityが脳内の空間的に分散された諸領域を機能的に結びつける役割を果たし、そのようなプロセス自体が主観的な意識体験や高次の認知的活動に重要であるとする。

面白かったのは 2と9。主催したのがJ.P.Changeuxだけに、脳科学の側から哲学的な話題を取り扱おうという数としてはまだまだ少ない試み。予測したようにとてもspeculativeな内容なので実験データは少なく、ほとんどが考察によって占められている。人選のセンスが冴え渡っている。

J.P.Changeux,A.R.Damasio,W.Singer"Neurobiology of Human Values"(Springer)

そういえば、明日はFishmansのLong Season Revueだ。当直明けの切羽詰まった状態で佐藤伸治を幻視するかもしれない。

Consciousness,Philosophy of Mind,Qualia | | コメント (14) | トラックバック (0)

2005年11月20日 (日)

My intentionality diffused without leaving any trace

いろいろとあって、僕の中で大事な一つのintentionalityが拡散してしまった。あのintentionalityは一体何だったのか?訂正不可能で現実と遥かに遊離していたという点ではまさにdelusiveであった。実現し得ない風景を観たという点ではhallucinativeであった。しかし、僕のsubjectivityとしてはそれだけが信じるべきtruthであった。しかし、僕は何もdiscourできない。逆説的な反動だけど、とりあえず前に進もうと思う。僕は怠け者だけど、mental conflictがあると無意味に前に進みたくなる。複雑なinterpretationを張り巡らせて、mental conflictを乗り越えるのである。

そこで、自分が尊敬する精神科医に、今僕がやりたいと考えていることを伝えてみた。
肯定的な内容の返事がすぐに届き、「直ちに開始せよ。」との内容だった。
今までは概念的な勉強だけに終始し、SchizophreniaとNeural Synchronyといっても具体的な研究のプランや方法論は何も知らないし、取りかかる術もなかった。
これからディスカッションを重ねていきたいと思う。

今日の音楽:Jerome Sydenham & Kerri Chandler"Deconstructed House"
i tunes music storeで初めてダウンロードしたトラック。現代の悲しき原生林、ペシミスティックなコンクリートジャングルに生きる僕らの鳴き声、つぶやき、雄叫びや笑いがこだまする、都会の中に熱帯を幻視した音景。前に引っ張るビートがあるから、歩きながら聴く。modernを脱構築すると、jungleになる。原生林が消えてなくなっていても、僕らの中に根付いているのは野生の思考。
あとは、UtadaのBe My Lastもダウンロードした。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2005年11月16日 (水)

今日もnight duty

寒いし、風が強いし、今夜は何となく荒れそうな予感。

今度、Yemenで出会った旅行者で集まることになった。
旅は終わってみると非現実的な体験だったなあと思い返すことが多いのだけど、異国の旅先での出会いも終わってみればまた非現実なもの。いとも簡単にボーダーを超え、僕たちが生活を送る社会にいると感知できないような接点を互いに見つけ出す。その接点自体が文脈を欠いたとてもプリミティブなもので、しかも合う合わないではなく、互いに信頼しなければ続かないような切羽詰まった関係。そして、出会いの時点で別れが見えているような一回性の関係。

今日の音楽:Fishmans"8月の現状"
Long Season Revueが近づいてきた。盛り上げるために。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年11月15日 (火)

今日は

今日は僕が所属する神経心理Neuropsychologyの研究会に出た。最近は脳の機能画像を駆使した面白い話が多いんだけど、必要とされる概念的、用語的なバックボーンは膨大な量で、なかなか難しい。学門的にはlesion studyが主体となり、方法論的にspatialな解析は繊細だけどtemporalな解析が欠けている。神経活動のdynamicなプロセスを学びたい僕にはついていけないところもある。でも、アプローチの違いと割り切って勉強するようにしている。

それにしても、この研究会は頭のキレる人が多くて、こういう人の脳を調べてみたいなどと、つい考えがそれてしまう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年11月12日 (土)

J.-P.Changeux, A.R.Damasio, W.Singer, Y.Christen(Eds)"Neurobiology of Human Values"

また新しい本が届いた。

J.-P.Changeux, A.R.Damasio, W.Singer, Y.Christen(Eds)"Neurobiology of Human Values"(Springer 2005)
Gamma synchronous activityなどの神経活動の同期性の研究で有名なMax Planck Institute for Brain ResearchのWolf Singerが著者として参加していたので、買ってみた。上記の著者の他に、Hanna Damasio(Antonio Damasioの妻)、Giacomo Rizzolatti(Mirror Neuronで有名)、Richard Davidson(Affective Neuroscientist)などもそれぞれの論考を寄せている。まだ少し読んだだけだが、恐らく本書の内容はこれまで脳科学が戦略的に扱うことを避けてきた価値や倫理、道徳、美意識、共感などについて、哲学者ではなく脳科学のフィールドで論考しようというもの。現時点で得られるデータから考えると、speculativeな内容であろう。ちちなみにJean Pierre Changeauxが書いた第1章は難解で、ほとんど理解できなかった。

意識の哲学者であるThomas Metzingerは「脳科学者は自信が自覚しているかいないかに関わらず多分に哲学者である」と書いている。哲学と科学の分業体制が始まったのは近代以降だが、近代以前の哲学者の多くは同時に科学者でもあった。僕は精神科医なので双方の動向を注視しなければならない一方で、そのどちらも専門外である。まあ言ってみれば単なる傍観者だけども、頭の切れる人たちがその探学問的探求の辺縁で柄にもないことを言っているのを聴くのも面白い。

今日の音楽:Gerald Frisina"The Latin Kick"
Latin寄りのclub jazzならNicola Conteも洒落ていて良いのだけれども、同じくイタリアのGerald Frisinaの方が凛とした男気があって僕は好き。

| | コメント (24) | トラックバック (0)

2005年11月 7日 (月)

これから読む本

これから読む勉強の本。
1.Thomas Metzinger 著"Being No One"(The MIT Press)
2.Varela &Shear編 "The View from Within"(Imprint Academic)
3.William W.Lytton著、廣瀬千秋訳 "From Computer to Brainー計算論的神経科学の基礎"(NTS)

1を最優先にできるだけ毎日読み、3を毎週少しずつ、2を思い返したときに。

今、僕が知りたいことは、本当に初歩的な線形代数学なのだけど、大学時代に数学の授業はほとんど出なかったために、どこから手をつけていいのかわからない。あるいは見たくないから見えていないのかもしれない。

今日の音楽:Acoustic Dub Messengers"帰ろうかな"(from LP"Signoff from Amadeus")
1998年頃。大学時代に狂ったように聴いていたこのトラックは、一聴すると単純な極東の宅録ボサなのに耳を傾けずにはいられない静謐とした趣きと音景があって、友達とやっていたイベントのラストでよくかけていた。尊敬すべき耳をもつ先輩が「これ何?」と尋ねてくれたのがうれしかったなあ、という記憶の断片。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2005年11月 6日 (日)

ジョセフ・ルドゥー「シナプスが人格をつくる」

今日も当直。平和な夜だ。

ジョセフ・ルドゥー「シナプスが人格をつくる"The Synaptic Self"」を読了。前作「エモーショナルブレイン」も有名な、扁桃体を中心とした情動の神経科学的研究の第一人者である著者による一般読者向けの概説書であるが、正直なところ退屈な書物であった。「あなたはあなたのシナプスの総体である」という著者の言葉が僕らに響かないのは、退屈で延々と続く還元主義的アプローチと著者(あるいは訳者)の詩的表現の凡庸さからくるのだろう。Selfを人格と訳してしまう訳者の軽率さ。そして、自己Selfといっても、意識、自己所属性、志向性、一人称性、記憶、言語など様々な側面を考えなければいけないのに、ワーキングメモリとシナプスについて語っただけで、「自己は解明されり」とも言わんばかりの浅薄さはどうかと思う。でも、勉強にはなった。

医局にいってみると、先日注文した本が届いていた。

レヴィ・ストロース「悲しき熱帯Ⅰ、Ⅱ」
まだ読んでないし、持ってもいなかったので。難解らしい。

永井路子「鎌倉の寺」
将来の家探しのために鎌倉には毎月通おうかと思っている。今後、鎌倉について集中的に勉強する予定。

安藤忠雄「連戦連敗」
元同僚に勧められて。最近、よく友人との話のネタに上がることが多かったので。

松岡正剛「遊学Ⅰ、Ⅱ」
最近同僚から借りたのだけど、「これは買う本だ」と感じ、即購入した。ユイスマンス、ダンセイニ、スピノザ、稲垣足穂、アインシュタインなどを同時進行で読むような拡散的に勉強していくparadigmaticな人には親近感を
抱かせるだろう。でも、新しいことや正しいことは何も言えないので論理展開に優れたsyntagmaticな人からは批判にさらされる本だろう。

今日の音楽:Galaxy 2 Galaxy"Amazon"

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2005年11月 2日 (水)

Prefrontal cortex

Prefrontal cortex(PFC)がいかにしてinput stimuliから目的とするoutput actionを産出することに関与しているのか?しかも空間的に分散して配置された領域がそれぞれ独自に担っている認知機能をどのように統合して、一つの目的志向型の行為を生み出すことができるのか?Top down型の認知機能の統制はどのように行われているのか?

暇なのでPrefrontal cortex(PFC)について勉強。

MillerとCohenらの主張は、まずcueとなる環境刺激がPFCにおける内的な表象(単純なstimuliやactionというよりは、より内在的なrule)を活性化させ、PFCが脳内の各領域にbiasとなるsignalを送り続けることにより特定の回路の活動が維持され(不適切な回路は抑制され)、結果として適切な目的が遂行される、とするものである。比喩的に言えば、脳内に複雑に混線して活動する無数の回路に適切なコントラストをつけるのがPFCの機能だという。

Miller EK, Cohen JD.n integrative theory of prefrontal cortex function.nnu Rev Neurosci. 2001;24:167-202.

Cognitive Science | | コメント (0) | トラックバック (0)

Schizophrenia go through from brain to society

脳は自律的に自らを刺激する刺激を産出し続ける自己組織化self-organizedされたシステムで、自らがそれ自身を統制self-controlするシステムである。しかも内在的な刺激や環境からの刺激によって刻一刻と変化し続け、少しだけ構成要素を失っただけではその歩みを止めない高度に柔軟flexibleで可塑的plasticなシステム。結果として、作動し続けることのみによって存在可能なオートポイエティックautopoieticなシステム。現象としての自我は、このシステムが作動することによってのみ円環を描くように成立し、その作動を止めたときに消滅する。このシステムはニューロンによって構成される。そこに(おそらく)専制君主であるhomunclusは存在しない。互いに接続したニューロンが相互に何らかの協調性を保って、あとは自律的に活動し続けるだけである。個々のニューロンだけをみれば、あるタイミングで信号を受け取ったらホイッと活動するのみで、極めて場当たり的で近視眼的である。しかし、システム全体としてみれば驚くほど整合がとれた作動を示す。明日のことなんて分からず場当たり的に日々を送り、誰かがいなくなったって気にもせず生きる僕たちと、それでも何とか動き続けている僕たちの社会にどこか似ている。しかし、システムの構成要素であるニューロン同士の局所的な関係性からみれば、そこに何らかの(単純な)規則ruleがあるはずだ。それらは遺伝子レベル、生理学的なレベル、神経学的なレベルによって様々に記述され、徐々に接続が成されてはいるものの、僕たちはまだその全貌をつかんでいるとは言いがたい。そして、局所的なニューロンの挙動に関する(単純な)ruleを手にしたところで、どのように全体として奇妙に統制がとれた活動が生み出されるのかという謎を解くには、また別のruleを手にする必要が生じるだろう。この階層的な連鎖は果てしなく続く。そして、おそらくそのような階層的な構造をもつruleのどこか一点が突破されただけで、僕たちがSchizophreniaと呼ぶ病態が始まるのだろう。それはもはや平和的な協調とは言いがたい事態である。そして、どこかが破綻し不完全なruleに従うことになったとしても、やはり何らかのruleに従い続けるSchizophrenicな脳は、自律的に解体への歩調を進めるのだろう。システムの統合の結果としてのみ成立する自我は消えはしないが不全をきたし始める。このような事態は、僕たち自身は精一杯生きているのに、全体としてみれば考えもしない方向に進んでしまう僕たちの生きる社会に似てなくもない。余りに単純な比喩かもしれないけど、脳と社会という異なるレベルに記述されるシステムの中にフラクタルに見いだされるSchizophrenicな事態に、比喩以上のものを感じずにはいられない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2005年10月 | トップページ | 2005年12月 »