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2005年11月21日 (月)

J.P.Changeux,A.R.Damasio,W.Singer"Neurobiology of Human Values"

11月12日に購入した書。毎日2〜3章ずつ読み進めた。
以下、内容を忘れないために簡単な要約をメモ書き。

1.Jean-Pierre Changeux"Creation,Art,and the Brain"
引用が多く、ほとんど理解できず。恐らく創造行為と脳との関係について、進化論的な視点もふまえて包括的に述べたもの。芸術家と科学者の行為を対照させ、世界と脳との関係についても述べているが、詳細は分からない。

2.Camilo J. Cela-Conde"Did Evolution Fix Moral Values?"
ヒトの倫理的能力Moral abilityや美的感覚aesthetic abilityは、共感sympathyなどの脊椎動物がもつ認知能力に基づくものであり、言い換えればbrain actvityのfunctional statesの一つである。つまり、これらは生物学的基盤をもつもので、言わば進化の産物でもある。しかし、系統発生の末端にある一部の種(ヒト、チンパンジー)だけが有する能力である。現時点で著者に言えるのはここまで。

3.Frans B.M. de Waal"Homo homini lupus?Morality,the Social Instincts,and our Fellow Primates"
未読

4.Hanna Damasio"Disorders of Social Conduct Following Damage to Prefrontal Cortices"
著者はMorala abilityを社会的に正常な行為を行う能力と定義する。VMPFC(Ventromedial prefrontal cortices)にdamageを受けた患者は通常の知能検査で異常を検知し得ない正常な知能をもつが、社会行為の逸脱を認める。そのような患者はIowa Gambling Taskなどのdecision makingに関する心理検査で明らかな異常を示し、また情動の異常な平板化abnormal flattening of emotionを認める。Moral abilityの形成のためには、VMPFCなどのprefrontal cortexを含む神経回路と、適切な情動反応によって修飾された学習が必要となる。

5.Antonio Damasio"The Neurobiological Grounding of Human Values"
Somatic Marker仮説を用いて、Hanna Damasioと同様にSocial EmotionなどからHuman Valueが形成されるプロセスについて述べた論考。 speculative。

6.Joshua Greene"Emotion and Cognition in Moral Judgement"
f-MRIを用いてMoral Judgmentが必要な課題を負荷した際の脳活動を調べたという話。

7.Richard J. Davidson"Neural Substrates of Affective Style"
"Affective Style"とういう概念を用いて、主観的なwell-beingと脳の諸領域との関係について述べる。特に前頭葉の神経活動のasymmetryが主体のaffective style(positive affectとnegative affect)に関連するという嘘のような話。左>右の方が、 well-beingが高いという。本当か?

8.Daniel Kahneman,Cass R. Sunstein"Cognitive Psychology of Moral Intuitions"
未読

9.Giaccomo Rizzolatti,Laila Craighero"Mirror Neuron:a Neurobiological Approach to Empathy"
Mirror Neuronの話。Mirror Neuronはある特定の行為を行った場合と他者による同じ行為を認識したときにのみ活動するニューロンで、サルのventral premotor cortex(area F5)で偶然発見された。single neuron recordingに基づいたヒトのmirror neuronの証拠はまだ無いが、EEGやMEGによって多くの間接的な証拠が得られている。ヒトにおけるmirror neuron systemはinferior parietal lobule(PF)、the lower part of the inferior frontal gyrus(ventral premotor cortex)、posterior part of the inferior frontal gyrus(IFG)などにおいて確認されており、古典的にはmotor systemに関連するものと考えられてきた。Mirror Neuronは単に他者の行為のimitationのみならず、他者の行為の理解understandingにも必要なシステムであると著者は考える。また、Mirror neuron systemは行為だけでなく情動の理解にも関与している可能性がある。例えばヒトのinsulaは自己だけでなく他者が嫌悪感を感じたときに活動する細胞群を含んでいる。著者はMIrror neuron systemにより他者の行為や情動を一人称的first person perspectiveに体験することが可能となり、social interactionの生物学的基盤に成り得るのだと控えめに主張している。

10.Wolf Singer"How Does the brain know When it is Right?"
神経システムがどのようなプロセスで意識的なjudgementや decisionを行うのか?という疑問に対する論考。Wolf Singerは上記の認知プロセスにおいて、neuron firingの局在性やrateだけではなく、coherencyが決定的に重要だと主張する。すなわち高度にcoherentなsynchronization of oscillatory activityが脳内の空間的に分散された諸領域を機能的に結びつける役割を果たし、そのようなプロセス自体が主観的な意識体験や高次の認知的活動に重要であるとする。

面白かったのは 2と9。主催したのがJ.P.Changeuxだけに、脳科学の側から哲学的な話題を取り扱おうという数としてはまだまだ少ない試み。予測したようにとてもspeculativeな内容なので実験データは少なく、ほとんどが考察によって占められている。人選のセンスが冴え渡っている。

J.P.Changeux,A.R.Damasio,W.Singer"Neurobiology of Human Values"(Springer)

そういえば、明日はFishmansのLong Season Revueだ。当直明けの切羽詰まった状態で佐藤伸治を幻視するかもしれない。

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コメント

<感想>この半年間、「ヒト(の脳)にとって真善美とは何か?」というテーマを心に抱いていた私。なるほど、やはりこのテーマは私ひとりが抱いていたのではなかったのだ。これは知の世界の現時点における最先端課題らしい。やはりとうとう、ヒトの知性の中で、文系の知と理系の知が交じり合って融合する、そういう時を人類は迎えたようだ。それが確かなことに思えてきた。テイヤール・ド・シャルダンが生きていたら、なんと言っただろう。。。

投稿 R.T | 2005年11月22日 (火) 07時13分

<R.Tの感想2>
知の、なかなか融合できな2分野は「文系」と「理系」であるが、これと関連して、「主観的・内的体験(真善美・聖なるものの体験を含む)についての知」と「脳と行動についての科学的知」という2文野の断絶もある。こうした分野間の断絶をつなぐものが「進化心理学・動物行動学」と「元型論(ユング)」の間の対応関係、相同性であるというのがアンソニー・スティーブンズの考えであるらしい。彼の「自己実現の心理学」(訳本のタイトル)はお勧めできます。

投稿 R.T | 2005年11月22日 (火) 07時58分

R.T先生の言う「主観的・内的体験(真善美・聖なるものの体験を含む)についての知」と「脳と行動についての科学的知」という2文野の断絶とは、まさにC.P.Snowや茂木健一郎先生が言う「二つの文化の対立」のことですね。あるいは意識の哲学者が警句を込めて使うExplanetory Gapという言葉もその断絶を表しているのかもしれません。脳と主観的体験との関係で言えば、ニューロンの活動と物質的プロセスからいかにして生き生きとした知覚体験(幻覚を含む)や真善美が生じるのかという問いに転換できます。僕は精神病理学と脳科学の間に横たわる断絶の深さに気づいたときに、危機感をもってこのテーマの重要性を知りました。
ユング、アンソニースティーブンともに未読ですが、哲学におけるオートポイエーシスの登場のようにあらゆる知の領域でこの断絶を埋める試みが始められているのですね。しかし精神医学の分野では一部の少数を除いてこのようなテーマを追い続けている人は知りません。僕自身は精神医学における最重要課題だと感じています。精神医学を実践の知とすることで、あまりに大事な問題が取り残されているのかもしれません。しかし、僕たち精神科医が患者さんの中で何が起きているのかを考えていくと、既存の記述ではExplanetory Gapを超えることはできません。
R.T先生のように同じテーマを抱いている人がいることを知って勇気づけられます。

投稿 わるねこ | 2005年11月22日 (火) 18時32分

「ヒトの倫理的能力Moral abilityや美的感覚aesthetic abilityは、共感sympathyなどの脊椎動物がもつ認知能力に基づくものであり、言い換えればbrain actvityのfunctional statesの一つである。つまり、これらは生物学的基盤をもつもので、言わば進化の産物でもある。」
そうそう、もう既にご存知かも知れませんが、「進化心理学」はこれからの精神医学や精神病理学には必須ですよね。これは最近2,30年間に急に進歩した分野。いち早くこれに着目したのは、さすが、神庭先生(2001年、臨床精神医学)だった。でも、誰もこれについて語り合っていないですね。

投稿 R.T | 2005年11月25日 (金) 18時32分

精神医学の分野でも一部の鋭い精神科医がやはり同じことを考え始めているんですね。神庭先生は母校の先輩らしいです。早速手に取って読んでみます。今の僕にはまだ学ぶべきことが多すぎて、先鋭的な先生方に追いつくどころか、手当たり次第に読み漁ることしかできません。あと2年は臨床に追われて研究に手をつけることはできないと思いますが、今のうちにやれることはやっておこうと思っています。

投稿 わるねこ | 2005年11月26日 (土) 01時19分

神庭先生は母校の先輩らしいです。
ああー、やっぱり。貴君(おそらく私の子供と大差ない世代でしょうから、こう呼ばせていただきます)はそうでしたか。貴君はどこの誰だろう、と想像して、真っ先に、神庭先生の母校の後輩の一人じゃないか、と想像してました。
貴君は平成何年のご卒業ですか?

投稿 R.T | 2005年11月26日 (土) 06時57分

僕は平成15年に卒業しました。医師としては3年目です。もしやと思っておりましたが、Edelmanの新著を翻訳する精神医学教室となると、R.T先生とも間接的なつながりがありそうですね。このblogは自分の学んだことを整理する目的意外に、どこかで同じ志向をもった先生と交流できればと独りで書き続けていました。
先生がVarelaやEdelmanに言及していたときに「この方向でいいんだ」と強く確信したことを覚えています。今後もいろいろと教えて頂ければと思います。

投稿 わるねこ | 2005年11月26日 (土) 13時41分

平成15年度と16年度はS町のK病院で研修されたのですか?

投稿 R.T | 2005年11月27日 (日) 06時59分

 お世辞でもなんでもなく、貴君は30年も年長の自分と同じ出発地点に並んでいる気がします。自分は30年かかって一人旅で探し続けて辿り着いた、この出発地点。なのに貴君はすでにここをスタート地点に選んで立っている。
 自分は歳とっているぶん、このレースは不利だね(^_^)。すぐに追い越されて、きっと自分こそ、貴君からいろいろ教わることになるでしょう。だし、そうでなくっちゃ、いけませんよね。
 ただ、「人生経験」というものは、どうしたって小生のほうが30年長いわけで、それなりの役割を自分は果せるときもたまにはあるかも。そういえば「30年かかってここまで辿り着いていた老人が、ここにいた」という存在意義はあったってことかな。
 そうそう、一人旅だと、自分の目指す方向が正しいのか、間違っているのか、それすらわからないんだよね。自分はそうでした。ふと、いま、「旅は道づれ、世は情け」という言葉が浮かんだです。

投稿 R.T | 2005年11月27日 (日) 07時54分

先生の推測通り、平成15年から今年の3月までS町のK病院で研修を受けていました。精神科に入局してしばらくは皆と同じように精神病理の本を読みあさっていたのですが、いくつかの気まぐれと偶然が重なって隣接する諸領域の本を読み始めるようになりました。その過程で脳科学や哲学、心理学などの分野で現在進行形で議論されているテーマを知り、精神医学もいずれはこれを避けて通る訳には行かないのだと気づきました。その後はずっと一人旅で、地図もないため迷って立ち止まったり、悩んだりと途方に暮れることもしばしばでした。精神科医なのに外部から精神医学を眺めているような感覚で、同じ精神科の先生に自分の考えを述べたり、議論しようなどとは考えてもいませんでした。しかしEdelmanやValeraらの考えに出会った直後にR.T先生が精神医学の中でこれに言及されている記事に出会い、僕たちよりも経験を積んでこられた先生方によっていくつかの道しるべが既に用意されていたのだということを知りました。目指すゴールがどこにあるのか分かりませんが、とにかく歩を進めよう決心したのを覚えています。
「まずは臨床から」と決めたので、今はまだ亀のような歩みかもしれませんが、いつか先生に自分の考えを述べられるようになれればと思っていますし、そうしなければならないとも思っています。

投稿 わるねこ | 2005年11月27日 (日) 15時26分

自分が関心を持つテーマを語り合える仲間を見出したのはC県I市のN病院(K大精神科のS先生の病院)の昼休みの勉強会で、でした。大きなお寺の境内の裏手にあるんです。ここに私は卒業以来、週1日、ずっとバイトに行っているのです。Edelmanの翻訳は実はそこに勤務する友人が成し終えたのでした。この勉強会に参加している4,5名のメンバーが私の対話相手になってくれているのです。私にはこういう人たちの支えが必要でした。いま一緒に読んでいる本はエリアーデの「聖と俗」です。いまどき、ほとんど見向きもされないこんな本を、深い共感をもって読む若い人が、ここにはいるんですよ。水曜日のN病院は不思議なところですよ。

投稿 R.T | 2005年11月28日 (月) 22時34分

僕はひたすら独りで勉強してきたので、このblogも同じ志向を持った人々との接点を得られればと思い立ち上げた次第です。その渇望はかなり強いものです。でも精神科病院での輪読会や勉強会にもずっと憧れを抱いていました。穏やかで知的な雰囲気で対話を重ねていくというプロセスに。独りで学んでいると批判が無いので、時として大きな脱線をしてしまうような気がします(後で思えば、その脱線が円を描くように現在とつながってくることもあるのですが)。
エリアーデは小説しか読んだことがありませんが、宗教心理にも興味をもっています。それにしてもエリアーデやEdelmanを輪読する精神科の病院とは、何て素敵な環境でしょうか!これは、いつか遊びに行ってみたいですね。

投稿 わるねこ | 2005年11月28日 (月) 23時34分

僕はひたすら独りで勉強してきたので、このblogも同じ志向を持った人々との接点を得られればと思い立ち上げた次第です。その渇望はかなり強いものです。でも精神科病院での輪読会や勉強会にもずっと憧れを抱いていました。穏やかで知的な雰囲気で対話を重ねていくというプロセスに。独りで学んでいると批判が無いので、時として大きな脱線をしてしまうような気がします(後で思えば、その脱線が円を描くように現在とつながってくることもあるのですが)。
エリアーデは小説しか読んだことがありませんが、宗教心理にも興味をもっています。それにしてもエリアーデやEdelmanを輪読する精神科の病院とは、何て素敵な環境でしょうか!これは、いつか遊びに行ってみたいですね。

投稿 わるねこ | 2005年11月28日 (月) 23時39分

いつか、みんなで一緒にお話できる機会を設けましょうね。
すぐ近くに東山魁夷先生の美術館がオープンしましたし。

投稿 R.T | 2005年11月29日 (火) 09時06分

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