Schizophrenia go through from brain to society
脳は自律的に自らを刺激する刺激を産出し続ける自己組織化self-organizedされたシステムで、自らがそれ自身を統制self-controlするシステムである。しかも内在的な刺激や環境からの刺激によって刻一刻と変化し続け、少しだけ構成要素を失っただけではその歩みを止めない高度に柔軟flexibleで可塑的plasticなシステム。結果として、作動し続けることのみによって存在可能なオートポイエティックautopoieticなシステム。現象としての自我は、このシステムが作動することによってのみ円環を描くように成立し、その作動を止めたときに消滅する。このシステムはニューロンによって構成される。そこに(おそらく)専制君主であるhomunclusは存在しない。互いに接続したニューロンが相互に何らかの協調性を保って、あとは自律的に活動し続けるだけである。個々のニューロンだけをみれば、あるタイミングで信号を受け取ったらホイッと活動するのみで、極めて場当たり的で近視眼的である。しかし、システム全体としてみれば驚くほど整合がとれた作動を示す。明日のことなんて分からず場当たり的に日々を送り、誰かがいなくなったって気にもせず生きる僕たちと、それでも何とか動き続けている僕たちの社会にどこか似ている。しかし、システムの構成要素であるニューロン同士の局所的な関係性からみれば、そこに何らかの(単純な)規則ruleがあるはずだ。それらは遺伝子レベル、生理学的なレベル、神経学的なレベルによって様々に記述され、徐々に接続が成されてはいるものの、僕たちはまだその全貌をつかんでいるとは言いがたい。そして、局所的なニューロンの挙動に関する(単純な)ruleを手にしたところで、どのように全体として奇妙に統制がとれた活動が生み出されるのかという謎を解くには、また別のruleを手にする必要が生じるだろう。この階層的な連鎖は果てしなく続く。そして、おそらくそのような階層的な構造をもつruleのどこか一点が突破されただけで、僕たちがSchizophreniaと呼ぶ病態が始まるのだろう。それはもはや平和的な協調とは言いがたい事態である。そして、どこかが破綻し不完全なruleに従うことになったとしても、やはり何らかのruleに従い続けるSchizophrenicな脳は、自律的に解体への歩調を進めるのだろう。システムの統合の結果としてのみ成立する自我は消えはしないが不全をきたし始める。このような事態は、僕たち自身は精一杯生きているのに、全体としてみれば考えもしない方向に進んでしまう僕たちの生きる社会に似てなくもない。余りに単純な比喩かもしれないけど、脳と社会という異なるレベルに記述されるシステムの中にフラクタルに見いだされるSchizophrenicな事態に、比喩以上のものを感じずにはいられない。
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