« 2005年11月 | トップページ | 2006年1月 »

2005年12月

2005年12月31日 (土)

Trade-off Hypothesis of Schizophrenia

Jhonatahan Kenneth Burns.An Evolutionary theory of Schizophrenia:Cortical connectivity,metarepresentation,and the social brain.Behavioral and Brain Science(2004)27,831-885

Jonatahan Kenneth Burnsは南アフリカの精神科医で、近年の認知科学、機能画像によって得られた膨大な知見をふまえてSchizophreniaの進化論的仮説について述べている。Schizophreniaのdisconnectivity hypothesisなどの認知モデルや動物行動学との整合性をとるように十分な気を使った内容である。内容自体は平易だったが、量が多くて大変だった。以下、要約。題して、"Trade-off hypothesis"。

Schizophreniaの進化論的説明はCrowらの大脳皮質のlateralizationによる仮説が有名である。彼は15〜10万年前のヒトがアフリカ大陸から拡散する前後の時期に環境・遺伝的な何らかのイベントによって大脳皮質の機能特化speciationが生じた結果、大脳のlateralizationと言語能力を手に入れ、このような進化上のイベントがSchizophreniaの成立に必要な神経回路および認知機能の素地を提供したのだと述べる。CrowはSchizphreniaの進化論的なoriginを大脳のlateralizationと言語機能の獲得にlinkさせて考えており、したがって、Crowの仮説においてはSchizophreniaはヒトに固有の認知領域を侵す疾患と捉えらることになる。また、Schizophreniaのように集団を含めた環境においてmaladaptiveと考えられる疾患が現在までコンスタントに有病率を保っている要因として、Crowらを含めた多くのevolutionary psychiatristsらがShizophrenia〜Schizotypicalという疾患スペクトラムに含まれる疾患特性が種の保存に関わる何らかの利点advantageを有しているのだと唱えている。しかし、検証し得る利点としてSchizophrenia〜Schizotypicalの"reproductive advantage"を調べた研究では、このような利点の存在を支持するエビデンスは一切得られていないのである。また、Crowらの仮説はSchizophreniaがworld wideに一定の有病率を維持している事実の説明にはなっても、地理的に断絶した地域でパラレルに認知機能の進化やSchizophreniaという疾患群が生じたプロセスの説明とはならないという批判もある。
それでは、進化におけるSchizophreniaの源evlutionary origin of Schizophreniaは一体どこにあるのか?上記の流れを受けて、著者は自説を展開する。

著者の立場の大枠は以下のように要約される。すなわち、Burnsは脳の神経回路の中でも特にDLPFC、OFC、ACC、superior medial temporal cotex、amygdala、parietal assciation cortex、occipital association cortexを含むfrontotemporalおよびfrontoparietal connectivityを"metarepresentation(representation of representationのこと。心的イベントの推論に関わる。)"の形成やTheory of Mindなどに関与する"Social Brain"の領域であるとし、多くの心理学および機能画像所見を挙げてSchizophreniaをこのSocial Brainの領域の神経回路のconnectivityが障害されたものと位置づける。その上で、Schizophreniaはsocial brainなどを含むヒトの認知機能の進化に伴って不可避的に生じた二段階の"trade-off"(「進化の代償」と訳せばいいのだろう)として捉えることができるのだと主張する。

最初のtrade-offは1600万年前〜200万年前にさかのぼる。この時期にヒトのsocial congnitionや集団生活に適した知的な判断を制御することを可能にした大脳皮質のinterconnectivityの複雑化と神経回路の特化が加速した。これらの変化は解剖学的な拘束条件(脳容量など)もあり、heterochronicなプロセスによって生じ、結果としてヒトの脳は延長された成熟過程(幼形成熟neoteny,hypermorphosis)を得ることができるようになったが、その分だけ遺伝子の複雑な相互作用の影響や遺伝子の傷害による影響に対する感受性が高くなった。この高められた感受性がsocial congnitonの進化に伴うtrade-offである。このプロセスはサルでも同様に生じたと考えられるが、ヒトに比べるとはるかに貧弱であり、おそらくこのような理由でヒト以外の霊長類にpsychosisが見いだされ得ないのであろうとBurnsは述べる。

二つ目のtrade-offは15万年前〜10万年前に各個体に起きた遺伝子の変異が上記のsocial brainの神経回路における異常なconnectivityをもたらした結果として生じた代償である。このような遺伝子の変異は多様性に富んだもので、mildなphenotypic chandeを受けた個体では創造性やiconoclastic thinking(因襲打破)につながり、何らかの生存および種の保存上のadvantageを有した可能性がある。しかし、上記のように少なくともSchizphrenia〜Schizotypicalスペクトラムにおけるphenotypeがreproductive advantageをもたらしたというエビデンスは全く得られていない。Schizophreniaが自然淘汰を耐え抜き現在まで存続している要因としてCrowらを含む多くのevolutionary psychiatristsのようにSchizophreniaの関与遺伝子群自体が何らかの生存上の利点(heterozygous advantage)を有すると考えるのではなく、著者は別の可能性を指摘する。たとえSchizophreniaの成立に関与する遺伝子群がreproductive advantageを有さずとも、皮質の複雑なconnectivityの形成に関与する遺伝子と近接的な距離にあって、しかもこれらの調節遺伝子が霊長類の進化において何らかの利点をもつadaptive geneであった場合、Schizophreniaの成立に関与する遺伝子群がmaladaptiveであっても次世代に存続する可能性が高くなる。Burnsはこれを”pleiotropic model”と呼ぶ。

BurnsはSchizophreniaがこのようなヒトの認知機能と大脳の系統発生および個体発生上の進化に必然的に伴うtrade-offによって疾患生成の素地を提供され、維持されているのだと主張する。

ちなみに、Jerriosnらが1970年代に進化の過程における脳容量の拡大がヒトの認知機能の獲得をもたらしたと唱えたが、Hallowayらはこれに異を唱え、認知能力の進化において脳容量も重要だが脳に内在的なシステムの再組織化reorganizationの方がより重要なのだと唱えた。このようなHallowayらの考えを支持するデータとして、ヒトの脳では灰白質よりも白質の方が相対的に拡大しているというHofmanの観察や、11種の霊長類の脳の構造をMRIで計測比較したところ、ヒトの側頭葉は予想されたよりも大きい容量を示しこのような相対成長からの乖離は白質において顕著であるというRillingらの報告、同じくRillingによるヒトの脳では相対的にintrahemispheric connectivityは増えているが、interhemisphric connectivityは減っているという観察を挙げている。すなわち、ヒトの認知機能、特にBurnsの言うSocial Brainの獲得にとって大事なのは脳の容量というマクロな再組織化ではなく、脳内のPFCを含むintrahemisphericな神経回路網の再組織化であり、Schizophreniaはこのような進化上の脳の再組織化に伴うtrade-offとして生じたものなのだという。(つづく)

今日はここで力尽きる。続きは次回にまとめよう。

ちなみに、今日は大晦日なんだ。知らなかったとは言わないが、あっという間だったなあ。2005年最後の日は山梨の温泉に入り、富士山を眺めて、勉強して過ごした。帰り道の凍結道路でスリップして山に激突し車が壊れたが、大惨事にならなくてよかった。冬の富士山は何度見てもかっこよかった。

今日の音楽:Mental Remedy"Just Let Go"Jephte Guillaumeの"The Prayer"で使われている美しくて追憶を加速させるピアノのフレーズだけを抽出したトラック。フレーズにのっかって色んなことが思い浮かぶ。今年は悪い年じゃなかったと思う。

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年12月24日 (土)

近況

近頃は忘年会続きで勉強不足。僕は最若手なので幹事から芸までやらなければならないので、論文を読むよりよっぽど疲れるのである。
その疲れた頭は趣味に逃げる。テオ・アンゲロプロスのDVD全集を購入し、クリスマスと年末年始に備えた。

その疲れた頭で読んでいるのは、

清水博「生命と場所」(NTT出版)
うーむ、やっぱり避けて通れないわけだ。まだ冒頭をかじっただけなのだが、期待感がつのるばかり。Varelaの思想に触れた後は安っぽい表現だけど考え方が変わった。そういう変化がこの本でも起こりそうな予感がする。

Jonathan Kenneth Burns. An evolutionary theory of schizophrenia:Cortical connectivity,metarepresentation,and the social brain. Behavioral and Brain Science(2004) 27,831-885
Schizophreniaのevolutionary theory。論文だけど一冊の文庫本くらいの内容はある。Schizophreniaの起原や有病率の謎は精神科医なら誰でも持論をもっているはずだけど、ちゃんと勉強してから僕も持論を唱えようと思う。

今日の音楽:Qualia"奏-Kanaderu" from CD"Hotel Sunset"
Qualiaという名のグループ。僕はこの一曲しか知らないけど、波の音とアコースティックギターとピアノでつづられたアンビエントだがビビッドな音景は波が手に触れんばかりの触感をもたらす。

| | コメント (1) | トラックバック (1)

2005年12月19日 (月)

多賀源太郎「脳と身体の動的デザインー運動・知覚の非線形力学と発達」(金子書房)

今日も当直。
近頃はmental conflictばかりがぐるぐると頭の中を駆け巡る。

平和な夜に、多賀源太郎「脳と身体の動的デザインー運動・知覚の非線形力学と発達」を読む。だいぶ前に購入しながら、ずっとほったらかしにしていたのだけれども、前回紹介したVarelaの論文を読んだ後、僕は自然とこの本を手に取った。

以下、抜粋(改変)。2/3を読み進めた今のところ、ここに本書の要旨が述べられている。

「本書は、歩行を創発的な現象ととらえ、歩行を作り出す脳神経系、身体、環境を、自己組織的に時空間パターンを生成する非線形力学としてデザインするという作業を通して、システムの動作原理に迫ろうとするものである。グローバルエントレインメント(著者の造語)というシステムの作動機構によって脳神経系、身体、環境が強く相互作用し、その結果として運動が生成されることを示している。脳が運動を作るのでもなく、環境が運動を引き起こすのでもなく、それら全体の非線形力学によって運動が自己組織的に生成されるのである。これは、環境と脳とが強結合した状態といえる。」

これは、まさしくVarelaとMaturanaがAutopoiesisの枠組みで述べた「構造的カップリング」ではないか!と、驚く。やっぱり、たどり着くところは同じなんだ。論考と実証の具体性は、むしろもっと先を走っているかもしれない。そして、このようなシステムの相互的な関係のダイナミクスから現象を読み解くというアプローチは多賀源太郎の師である清水博によって方向づけられたものだという。うーむ、やっぱり避けて通れないんだ。

そして今日も、いくつかの本が届いた。
"Progress in Brain Science.vol 150.The Boundaries of Consciousness:Neurobiology and Neuropathology" edited by Steven Laureys.Elsevier 2005
あと、ユング心理学の本と、清水宏の本。これらは時間をかけて読もう。

今日の音楽:Red Buddha"Siddhartha in Space"
Psychedelic-Chill Out-Trance-Tribalの流れ。西洋から観た東洋的な音楽はこてこてのゴシック調にまみれているのだけれども、彼らの無邪気でExoticな郷愁が僕ら東洋人に外からの視点を与えてくれる。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2005年12月18日 (日)

Evan Thompson, Francisco Varela.Radical embodiment:neural dynamics and consciousness.Trends in Cognitive Science vol5 No.10 Oct 2001

Varelaがこの世を去ったのは2001年5月だから、これは死後に発表された記事になる。

最近embodiment、あるいはenactiveな認知科学という用語を論文の中でもみかけるようになった。これは、embodiment、あるいはenactiveにアプローチに関する宣誓文ともいえる内容が解説されている。Varelaの"Embodiment Mind"では仏教思想の用語から僕には理解しづらいところもあったが、これはEmbodiment Mindの内容を自然科学と哲学の言語で書いたものでれ、理解の助けになった。以下、覚書。

意識の科学的探求のfirst stepは"neural correlates of consciousness(NCC)"を特定することというのが現在の趨勢だが、NCCを特定するというアプローチでは内的な神経活動のイベント→意識的な体験という因果的にone-wayな説明となってしまう。彼らはこのようなNCCのアプローチはmisleadingであり、因果的にtwo-wayな説明(神経活動のイベント⇔意識的な体験)を可能とするembodimentの立場をとるべきだと提唱する。彼らは以下のような態度をとる。

1.複雑系のシステムにおける創発emergenceという現象の一般的な特性から、神経活動と意識的体験のtwo-wayあるいはreciprocalな説明が可能となる。
2.意識の成立にとって不可欠なプロセスは単なるbrain-boundな現象ではなく、脳ー身体ー環境(世界)という区分を横断cut acrossする。

僕たちの意識あるいは主観的体験が脳の神経活動のダイナミクスを基盤としていることは疑いようのないことだ。このような意識あるいは主観的体験が成立するためには脳内で並列分散された神経の活動を統合するプロセスが必要となるが、その最有力候補が神経活動の同期性などの時空間的な神経活動の時空間的なダイナミクスである。しかし、神経活動の同期性でさえ因果的説明を可能する証拠は得られておらず、未だ相関的correlativeな証拠に留まっている。

上記の神経活動のダイナミクスは、自己組織化の代表的な例である非線形振動子の範疇から考え得るものであるり、創発emergenceがkey conceptとなる。

自己組織化における創発の定義としては、

1.創発はネットワークを構成する要素の相互的な作用の非線形的なダイナミクスから生起するプロセスである。非線形性はpositive feedbackおよびnegative feedbackによる結果である。
2.創発はglobal-to-local(downward)という方向の決定論的な作用をシステムのダイナミクスに与える。
3.創発はネットワークの構成要素の内的な性質だけでは決定されない。つまり、関係的単一体relational holismを構成する。
(1,2はdefinitive、3はpossiblyである。)

上記から創発には因果関係の二つのdirectionが導かれる。

1.局所ー全体的な決定性local-to-global determinationsあるいは上向性因果関係upward causation
2.全体ー局所的な決定性global-to-local determinationあるいは下方性因果関係downward causation

1は通常のシステムにみられる関係であるが、創発的なシステムは2のdownward causationを備えることが必要である。これはupward causationとsymmetricalではない。upward causationがシステムのダイナミックな相互作用を通して成立するのに対して、donward causationはシステムのパラメータや結合条件の変化によって生じる。創発的なシステムでは、interdependentlyにシステムと結合した各要素の並列的なふるまいの集合における"collectible variables"あるいは"order parameters"(正確な意味は不明)が個々の要素のふるまいを制限あるいは規定するようになる。こうなると個々の要素はもはや個別に存在したときと同じようなふるまいをすることができなくなる(システムにconstrainされる)。また、一方で個々の要素のふるまいがこのorder parameterを生成、維持している。創発的なシステムでは、このような局所ー全体という異なるレベルにおける円環的な因果関係circular causalityがみえてくる。Varelaは脳、身体、環境という異なるレベルのシステムのカップリングから自己組織的に生じる意識が創発的なものであるならば、downward causationもこれらの異なるレベルに普遍的にみられるものだという。自由意志の問題も、この「downward causationが存在するか否か」という問いに置き換えられるのかもしれない。また、Chalmersの提唱する付随現象説epiphenomenalismでは、このような問いに答えられないともいう。

意識が創発的な現象だとすれば、僕たちの意識的な認知的行為が局所の神経活動のパターンに因果的な影響を与えなければならない。彼らは間接的な証拠として以下のような例を挙げる。

1.Varelaらが行った実験により、てんかん波の一見ランダムにみえる神経活動の中には決定的な時間的パターンがあり、これがある種の認知課題の負荷によってmodulateされることが確認されている。また、古典的にはPenfieldらがてんかん患者に計算課題を負荷した際にてんかん発作の発展が阻止されたと報告している。
2.あいまい図形やmultistableな認識(立方体の格子やおばあさんとアヒルの絵など)において、被験者が異なる認知的解釈を行ったときに、neuronal biasがshiftすることが確認されている。

このようなdownward causationはlarge-scaleな脳のダイナミクスのorder parameter(また出てきた。何となくイメージできるけど、正確にはどういう意味だろう?)の変化を通して成立し、意識にcrucialなプロセスは脳ー身体ー世界という区分をcut acrossするのだと語る。つまり、脳、身体、環境は互いにembedded(これもニュアンスは分かるけど、どう訳すのか?)されたシステムであり、これらの相互的な作用がupward causatonを通してglobalなorganisim-environmentalなプロセスを成立させ、これが逆にdonward causationを通してそれぞれの構成要素に影響を与えるのである。脳だけにboundされたNCCでは、この辺のことを記述できないのである。

ちなみに、このようなembodimentはいくつかのレベルにおける「システムの作動の円環cycle of operation」によって記述される。これらは、

1.cycles of organismic regulation
2.cycles of sensorimotor coupling
3.cycles of intersubjective interaction

とあるが、今夜はここで力つきる。

今日の音楽:London Electricity"Power Ballads"
巷でDrum'n Bass再興の動きがあるらしいけど、僕もそれに影響されて購入。学生時代に聴いた懐かしいトラックも入っていたけど、今聴いてこそ新鮮。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2005年12月14日 (水)

Karl J.Friston.The disconnection hypothesis.Schizophrenia Research 30(1998) 115-125

先日も触れたSchziphreniaのsense of agencyの障害におけるForward Modelで有名なChris Frithのいる、イギリスのWellcome Department of Cognitive Neurologyに在籍するKarl J.FristonのDysconnection hypothesisを紹介。Reviewで、 思弁的な内容。Schizophreniaの病態理論の流れの中では、Thalamic fileter hypothesisとDynamic core hypothesisの中間に位置するものだと思う。日本語訳を怠ったため非常に読みにくくなった。

Dysconnection Syndromeというと、僕は神経心理学の領域でWernickeやGeschwindらによって展開された高次脳機能障害に関する説明用語としての"disconnection"を考えていたのだけれども、これは大きな誤解である。
Geschwindらの考えたdisconnectionとは、各機能系を連絡する神経回路の解剖学的な離断に基づいた症状成立機序を指す。その代表例として挙げられるのが脳梁の離断である。Geschwindのdisconnectionを満たすためには、ほぼ次のような条件を満たす必要がある。
1.症状発現の基礎に二つのほぼ正常な機能系を分離しうること
2.これらの系は相互に独立したinputとoutputを有すること
3.これらの系は互いに並列的な関係にあること
4.これらの機能系を連絡する神経回路の「解剖学的」な離断によって症状が出現する

Fristonと Geschwindらが用いる"dysconnection"は、上記の1〜3は概ね共通するが、4に大きな違いがある。Fristonの言うconnectionとは神経回路の構造という解剖学的なものではなく、有効な神経活動の伝達のパターンという機能的な意味(connectivity)で用いられており、Schizophreniaの病理は解剖学的anatomicalなdysconnectionではなく機能的functionalなdysconnectionであるとする。つまりSchizophreniaの症状は脳内に分散する各モジュールの障害によって発現するというよりは、これらを統合するプロセスの異常であるとする。これは神経回路自体の構造的な異常を否定するものではないし、有効な神経活動の伝達が正常なシナプス、細胞構造や骨格によって担われるのであるから、このレベルにおいて構造的な異常が存在する可能性は大きい。しかし、シナプスは絶えず神経活動を伝達する流動的な状態にあり、そのようなtime-dependentなconnectivityの異常こそがSchizophreniaを理解するのにcriticalなレベルなのだという。Fristonはtime-dependentなconnectivityの代表的な異常として、シナプス可塑性synaptic plasticityを挙げ、Schizophreniaの病理はdisconnectionでもあると同時に"dysplasticity(造語:dys+plasticity)"でもあるとする。さらにシナプス可塑性の異常はshort or long term potentiation(depression)自体にあるのではなく、これらのplasticityのcontrolやmodulationにあるとする。

このシナプス可塑性のmodulationは
1.Epigenetic modulation:遺伝子発現や細胞遊走や脳の形態表現のspatiotemporalなダイナミクスによるもの
2.Activity-dependent modulation:これには、(a)遺伝的に方向付けられたconnectivityのパターンが神経システムに内在的な神経活動と相互作用することによって生じるも変化、(b)経験やuse-dependentな シナプスの伝達効率の変化、の二つがある。

特に2が大事で、このようなmodulationに関わるのがドーパミンなどのascending neuromodulatory transmitter systemである。
適応的なconnectionの成立と維持におけるascending neuromodulatory transmitter systemの重要性は以下のように説明される。すなわちascending neuromodulatory transmitter systemが存在することで、このシステムの活動を引き起こすような外的なイベントがsynaptic connectionのパターンを強化consolidateすることができ、適応的なconnectionの選択に導く。この選択はイベントがadaptiveであるかvaluableであることが必要なのだが、何がadaptiveでありvaluableであるかを決定するのがascending modulatory systemである。また、このシステムへのinputは遺伝的に決定されており、その意味でevolutionary selection(何が適応的なresponseなのか)とneuronal selection(このようなresponseがある個体でどのように獲得されるのか)という二つのレベルが架橋される(ここら辺はよく分からなかった)。neuronal selectionとevolutionary selectionとから形成される適応的な行動は創発的な現象と捉えられる。さらにascending modulatorysystemへのinput自体も上記のmodulation-dependent selectionに
の影響を免れない。すなわち、このようなrecursiveなconsolidationを通して、あるsalient stimuliが適応的なresponseと結びついたときにのみ、valueを有することになるのである。
ここでFrisotnは神経活動のダイナミクスの時間的なシークエンスにおける、connectivityのrecursiveなconsolidationのchainingがまさにschizophreniaで障害されていることなのだと語り、EdelmanのTNGSにも触れている。

詳細は省くが(本当はこういうところが大事なのだけれど)、Fristonは分子生物学、生理学、神経薬理学、機能画像、コネクショニストモデルなどの計算論的神経科学のいくつかの所見を挙げ、帰納的にSchizphreniaをdisconnection syndromeに位置づけられ得るのだとする。またこの仮説を演繹することにより、Schizophreniaの認知障害と一致するような予測が得られると述べる。その上でdisconnection syndromeがSchizphreniaを考える際に相当なexplanetory powerを有するのだと語る(どれも決定的な証拠ではないのだけれども)。

今日の音楽:Boozoo Bajou"Night over Manaus"
ブラジルの奥地、アマゾン川の入り口にある街、Manausの風景を見事に音にしたトラック。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2005年12月10日 (土)

タイ

大切な友人の一人がタイに留学することになり、彼を送り出すための祭りに参加した。彼が他人もうらやむような職業を投げうってまでして東南アジアの一国に向かうというイメージはおそらく見当違いで、むしろ彼のそのような決意と行動こそ僕らがうらやむべきものなのだろう。できるやつだから、心配も無用だ。

僕も頑張らなきゃ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年12月 8日 (木)

Tilo T.J.Kircher, Dirk T.Leube.Self-consciousness,self-agency,and schizophrenia.Consciousness and Cognition12(2003),656-669

今日読んだ論文のメモ。内容的には、"The self in Neuroscience and psychiatry"(2003,Cambridge)に掲載されたものとほとんど同じ内容である。

Tilo T.J.Kircher, Dirk T.Leube.Self-consciousness,self-agency,and schizophrenia.Consciousness and Cognition12(2003),656-669

Kircher(キルヒャーと読むのだろうか?)はSchizophreniaの「自我障害のneural correlates」というようなタイトルでよく投稿しているチュービンゲン大学の精神科医である。
一人称的な主観的体験としてのself、あるいはself-awarenessを経験科学で扱うためには、まずは概念的な枠組みを必要とする。Kircherは現象学や分析哲学、精神病理学におけるselfの概念について概説した後、self-awarenessが概ね以下の要素から成るのだと述べる。

1.self-agency:the sense of the authorship of one's own action
2.self-coherence:the sense of being a physical whole with boundaries
3.self-affectivity: experiencing affect correlated with other experiences of self
4.self-history(autobiographical memory): the sense of enduring over time

次に、selfを経験科学で扱うために、self-awarenessを有するものは少なくとも以下の条件を満たす必要があるというflameworkを設定する。

1.autobiographical memory
2.recognition of the own face
3.perspective taking(theory of mindに関連した概念)
4.self-agency

このような主観的体験の極たるself-awarenessを経験科学の枠組みでtestすることの一例として、上記のself-agencyを取り上げる。現在Frith,BlakemoreらによってSchizophreniaとの関連が盛んに提唱されているinternal model theory of motor control(あらゆるactionの遂行過程でself-monitoring systemが働いており、あるactionの開始とparallelにefference copyによってactionのgoalが内的に表象され、これが実際の運動の結果と一致したときにのみそのactionが私のものであることが認知されるというモデル)について触れる。また、FranceのJeannerodらは小脳はefference copyではなくtimingに関与しており、表象された行為の結果と実際の結果がworking memoryにおいてダイレクトに照合されるのだとしている。Kircherはf-MRIを用いたいくつかの興味深い実験結果を挙げつつ、このようなself-monitoring systemの破綻がSchizophreniaの主観的体験の異常の(少なくとも)いくつか(被影響体験などの自我障害、思考障害、離人症、幻聴)の経験科学的な説明を可能としていると述べる。

ただし、Kircherはself-agencyの障害はあくまで複雑なself-systemにおける一つのsub-systemの障害で、Schizophreniaの自我障害の一部分を説明可能にするだけであり、Schizophreniaの症状は多数のsub-systemの協調や統合が障害されることによって引き起こされるものだと、控えめに語る。

感想:Frithらのモデルはよく聴くけど、しっかりと調べたことがないので一度勉強してみようと思う。レファレンスをみた限りではヒトでPETやf-MRIを用いた実験が多そうだけど、動物にtaskを課して直接神経活動を記録したり、神経回路を特定した実験はあるのだろうか?あれば、その神経回路の活動の時間的なパターンはどのようになっているのだろうか?

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2005年12月 4日 (日)

近況

最近はめまぐるしい動きがあり、いくつかの非常に示唆に富む道標を与えられた。僕が勉強すべき領域も一挙に拡大した。というより、当然ながら僕はまだまだ何も知らなかったのだ。今のところ僕が同時進行で調べてみようと思うのは、

1.意識の研究、特に主観的体験と脳内メカニズムについて
2.神経活動の時空間的パターンの解析、特に同期現象について
3.Schizophreniaにおける主観的な体験の異常との照合、機能画像や病理学の成果も踏まえて
4.関連する諸領域の基礎知識(認知科学、生理学、情報理論、システム論など)
5.心理学、哲学、社会学における動向
6.所属する研究会(神経心理学)の勉強

こうやって挙げてみると、どれも大切なことだけども、一方で途方もないようなことに思えて足がすくんでしまうが、やらなきゃならない。

そこで、昨日は久しぶりに大学の図書館に行って、論文漁りをしてきた。せっせと印刷していると、鞄いっぱいになったので、その辺でやめておいた。進化心理学的な立場から提出された統合失調症の論文もいくつか見つかったし、神経活動の同期性が統合失調症の治療につながるような論文(WhittingtonとTraubによるNeuronal fast oscilaltionsをpsychotropic drugのtargetとするという論文)などもみつかった。Mirror Neuron Systemに関するReviewや、もちろんNeural Synchronyに関する論文もたくさん仕入れた。

深夜、僕がひそかに崇拝し感謝する西荻窪の古書店、すこぶる社(何人かの高名な精神科医も訪れるらしい)を訪ねるが、博覧強記の店長は不在。

また、いくつかの本も購入した。

清水博 「生命を捉え直すー生きている状態とは何か」(中公新書)

ベルタランフィ「一般システム理論ーその基礎・応用・発展」(みすず書房)

ニクラス・ルーマン「自己言及性について」(国文社)

Roger D.Traub et al"Fast Oscillations in Cortical Circuit(Computational Neuroscience)"(Bradford Book 1999)

Anthony Stevens"Evolutionary Psychiatry:A New Beginning"(Routledge 2000)

G.M.Edelman"Neural Darwinism:The Theory of Neuronal Group Selection"(Basic Books 1999)


ちなみにThomas Metzingerの"Being No One"は予想通り苦戦。無数の概念装置を創出し駆使する分析哲学の人が考えることになかなかついていけない。ところどころ直感的に理解できるフレーズが頭に残る。その他無数のフレーズは頭の中で拡散して、消えてしまう。一体、あと何ヶ月かかるのだろう?

| | コメント (6) | トラックバック (0)

« 2005年11月 | トップページ | 2006年1月 »