Tilo T.J.Kircher, Dirk T.Leube.Self-consciousness,self-agency,and schizophrenia.Consciousness and Cognition12(2003),656-669
今日読んだ論文のメモ。内容的には、"The self in Neuroscience and psychiatry"(2003,Cambridge)に掲載されたものとほとんど同じ内容である。
Tilo T.J.Kircher, Dirk T.Leube.Self-consciousness,self-agency,and schizophrenia.Consciousness and Cognition12(2003),656-669
Kircher(キルヒャーと読むのだろうか?)はSchizophreniaの「自我障害のneural correlates」というようなタイトルでよく投稿しているチュービンゲン大学の精神科医である。
一人称的な主観的体験としてのself、あるいはself-awarenessを経験科学で扱うためには、まずは概念的な枠組みを必要とする。Kircherは現象学や分析哲学、精神病理学におけるselfの概念について概説した後、self-awarenessが概ね以下の要素から成るのだと述べる。
1.self-agency:the sense of the authorship of one's own action
2.self-coherence:the sense of being a physical whole with boundaries
3.self-affectivity: experiencing affect correlated with other experiences of self
4.self-history(autobiographical memory): the sense of enduring over time
次に、selfを経験科学で扱うために、self-awarenessを有するものは少なくとも以下の条件を満たす必要があるというflameworkを設定する。
1.autobiographical memory
2.recognition of the own face
3.perspective taking(theory of mindに関連した概念)
4.self-agency
このような主観的体験の極たるself-awarenessを経験科学の枠組みでtestすることの一例として、上記のself-agencyを取り上げる。現在Frith,BlakemoreらによってSchizophreniaとの関連が盛んに提唱されているinternal model theory of motor control(あらゆるactionの遂行過程でself-monitoring systemが働いており、あるactionの開始とparallelにefference copyによってactionのgoalが内的に表象され、これが実際の運動の結果と一致したときにのみそのactionが私のものであることが認知されるというモデル)について触れる。また、FranceのJeannerodらは小脳はefference copyではなくtimingに関与しており、表象された行為の結果と実際の結果がworking memoryにおいてダイレクトに照合されるのだとしている。Kircherはf-MRIを用いたいくつかの興味深い実験結果を挙げつつ、このようなself-monitoring systemの破綻がSchizophreniaの主観的体験の異常の(少なくとも)いくつか(被影響体験などの自我障害、思考障害、離人症、幻聴)の経験科学的な説明を可能としていると述べる。
ただし、Kircherはself-agencyの障害はあくまで複雑なself-systemにおける一つのsub-systemの障害で、Schizophreniaの自我障害の一部分を説明可能にするだけであり、Schizophreniaの症状は多数のsub-systemの協調や統合が障害されることによって引き起こされるものだと、控えめに語る。
感想:Frithらのモデルはよく聴くけど、しっかりと調べたことがないので一度勉強してみようと思う。レファレンスをみた限りではヒトでPETやf-MRIを用いた実験が多そうだけど、動物にtaskを課して直接神経活動を記録したり、神経回路を特定した実験はあるのだろうか?あれば、その神経回路の活動の時間的なパターンはどのようになっているのだろうか?
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コメント
なるほど! 「自己self 」という現象を神経科学の対象とするにあたっては、こういう風にして問題設定をしていくのですね。 こうしてメモを公開していだだくと、とても勉強になります。感謝いたします。
やっぱり、①「自己という現象」を、まずは主観的体験に関する現象学の用語で記述し、②それをシステム科学や情報科学の言葉に翻訳し、ついで、③そのように記述された現象を神経系の現象から仮説検証的に読み取とっていく。・・・たとえば、そういう作業なのですよね、これからの神経科学のほんとうの最先端の仕事は。
ところで、貴君が「経験科学」と書かれたのは原語では何だったのでしょう? experience という英語がそこで用いられていたでしょうか?
投稿 R.T | 2005年12月 8日 (木) 20時51分
こちらも、なるほど!です。先生のように、具体例から論理構造を読み解けるほどまでには理解していませんでした。
ちなみに、原著でempirical sciencesとあったところを、経験科学と訳しました。実証的諸科学のことなのだと思います。脳科学の知見が現象学や精神病理学に修正を迫るのと同じように、その逆もあり得るのだと思います。それは一回性で終わるものなのではなく、幾度も互いの知見を照合させるような相互抑制のプロセスなのでしょう。しかし、現象学や精神病理学を脳科学の言語に翻訳可能とするためには、そこで曖昧に用いられている用語の精細な分析と検証に耐えうる戦略的なframeworkが必要とされるということでしょうか。
投稿 わるねこ | 2005年12月 9日 (金) 00時08分
< 現象学や精神病理学を脳科学の言語に翻訳可能とするためには、そこで曖昧に用いられている用語の精細な分析と検証に耐えうる戦略的なframeworkが必要とされるということでしょうか。>
まさしく、おっしゃるとおりだと思います。
また、Varelaのいうとおり、現象学と脳科学は相互にconstrain しあうことで深まっていくものではありますが、
更にいえば、「精神現象の情報論的モデルを構成するにあたっては、脳科学側に根拠をおくことはおそらく原理的に不可能で、『主観的体験』に関する現象学の側に根拠を置くしかない」のだということが重要。これは安永浩先生の所論に通じることかと思います。
「意識」や「自己」を語る「科学者」の言説が浅薄に感じられるとすれば、それはこの点に無頓着で、「主観的体験に関する現象学を出発点に据えること」をしていないからだろう、、と感じています。
投稿 | 2005年12月 9日 (金) 11時05分
R.T先生、先程メールを送信させて頂きました。
N病院でお会いする日を楽しみにしております。
また、何かと物騒な世の中なので先生のアドレスが書かれた上記コメントは念のため、僕の方で削除しておきますね。
投稿 わるねこ | 2005年12月10日 (土) 16時58分