Progress in Brain Research vol.150:The Boundaries of Consciousness:Neurobiogy and Neuropathology
最近は毎晩、官舎に住み着いたネコが夜鳴きしている。ベランダから眺めると、数匹のネコが集会している。うちのネコは去勢されたからこんな声は出さないけど、なんだか聴いてるこっちまでドキドキする。
少しずつ読んでいたProgress in Brain Research vol.150の意識研究特集のメモ。とりあえず、Chapter1-5まで。
Adam Zeman.What in the world is conscousness?(2005)Progress in Brain Research vol.150:1-10
Susan A.Greenfield and Toby F.T.Collins.(2005)A neuroscietific approach to consciousness.Progress in Brain Research vol.150:11-23
neural correlates of consciousness:NCCとしてのneuronal assembliesについて。刻々と変化するneuronal assembliesのfunctional stateは意識の現象的側面そのものではないものの、意識の指標indexとなり、これらはイメージングよって検証できる。有力なイメージング手法としてin-vivoではf-MRIやf-EIT(functional electrical impedance tomography)、in-vitroではvoltage-sensitive dyesや蛍光色素を用いたカルシウム電流のイメージングなどが挙げられる。著者はassemblyのsizeが大きければ大きいほど疼痛も強くなるという疼痛のパラダイムを提示し、上記のイメージングによって検証され得るとしている。前半は勉強になったけど、後半はちょっとつまらない。
Barnard J.Baars.(2005)Global workplace theory of consciousness:toward a cognitive neuroscience of human experience.Progress in Brain Research vol:.150:45-53
EdelmanもいるThe Neuroscience Instituteに在籍するBaarsの投稿。"Global workplace hypothesis"はDennetなどの本などでよく目にした記憶があるが、Baarsの著作はまだ読んだことがない。この投稿におけるGlobal workplace hypothesisの概要は、以下の通り。意識を有することによって何が可能となるか?我々は意識を有することによって脳内に並列分散的に進行し続けるfunctional processes(sensory consciousness、working mermory、inner speech、imageryなど)にアクセスすることができ、これによって初めてこれらのcognitive processのcoordinationとcontrolが可能となる。つまり、意識は脳のgatewayと言える。Baarsはlesion studyの例などを挙げて、この仮説を擁護している。さらに、意識下に進行するプロセスもコンテクストとして意識の輪郭の形成に寄与(shape consciousness)しているという。きわめてリーズナブルな議論で、おそらく著作を通して意識の仮説を展開している人の中では最もシンプルな内容だろう。
J.Kevin O'Regan ,Erik Myin and Alva Noë.(2005)Skill,corporality and alerting capacity in an account of sensory consciousness.Progress in Brain Research vol.150:55-68
Alva Noëはカリフォルニア大学バークレ校哲学科の人。この人はどうやら知覚論の分析哲学的な研究をしている人らしいのだが、細部まではよく理解できなかった。分からないなりに一応まとめてみると、以下の通り。Alva Noëにとって根本的に重要な問いは、ある知覚体験がいかにしてsensory feelを有するのか?ということ。当然Qualiaとか、explanetory gapの問題にも関わってくる。Alva Noëは知覚をより能動的なsensorymotor skillとして捉えており、身体的行為が知覚情報処理に与える影響を我々はimplicit knowledgeとして既に有しており、このimplicit knowledgeから知覚のmodalityの違いが生じるという話が前半。後半は知覚における2つの重要な要素であるcorpolarity(身体的な行為が知覚情報の処理に与える影響の度合い)とalerting capacity(知覚入力が個体の意識的なcognitive processを惹起する度合い)という相補的な概念を導入し、この2つの要素によって、あるinputが知覚体験として成立するかどうかが決まるという内容。
つづきは、また今度書こう。
Alva Noëの議論は難しかった。Metzingerの著書も挫折してしまったけど、こういう議論はしっかりおさえておかなければ、と思う。
哲学も共同作業の時代、とどこかで読んだけど、ここで挙げたAlva NoëやT.Metzineger、P.M.Churchlandの論考はまさしく共同作業によって生まれたものとして感じられる。議論の過程で複雑な概念装置が導入されるが、そこには必ず定義が書かれている。彼らのスタンスは研究者そのものだ。
今日の音楽:Fenesz"Venice"
勉強や仕事の邪魔にならないので、最近のお気に入り。ノイズと音響で奏でられる情景豊かなエレクトロニカ。ここではノイズがアコースティックな響きをもち始めており、様々な感情が風景とともに惹起される。
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