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2006年2月

2006年2月26日 (日)

Information Integration Theory of Consciousness

ずっと探していたHiltonの「失われた地平線」を手に入れる。早速読んでみようと思うが、暇がない。Shangri-Laとは、Pakistanの北東部にあるカラコルム山脈の麓にあるフンザの谷のこと。

以前紹介した論文。再読しているG.M.Edelmanの"Wider than sky"の理解にも役立った。
以下、忘れないためにメモ。

Giulio Tononi.Consciousness,information integration,and the brain.Progress in Brain Research,Vol.150,2005

まず、Tononiの2つのテーゼから。

1.意識は膨大な情報を有する
我々は意識をもつことによって、膨大な情報にアクセスしている。ここでいう「情報」は、文字の配列や、ビット数と同義ではない。意識は、その瞬間の特定の状態だけでなく、他にも無数の状態をとり得る。つまり、意識は可能な無数のレパートリーの中から特定の意識状態が選択されているという意味において、膨大な情報量を有するである。ここで言う「情報」とは、システムがとりうる状態の時間的、空間的パタンのことである。Shannonの古典的な情報の定義、つまり「不確定性の減少」という情報の定義から考えても、意識が膨大な量の情報を有していると言える。

2.意識はシステムが情報を統合する能力に相当する。
しかし、意識は単に情報量が膨大なだけではない、とTononiは言う。我々は意識を体験するとき、それは必ず統合された一つの単体"whole"として体験される。逆に、体験された意識を、個別の要素に分解することはできない。それが可能であれば、 僕らは複数の意識の中心を有することだって可能になる。しかし、そんなことはあり得ないのだ。つまり、意識を意識たらしめるものは「情報の統合information integration」という特性なのだ。
たとえば、デジタルカメラのフォトダイオードは数百万に及ぶ要素(画素)がそれぞれある特定の状態(色)をとりうるという点で非常に大きな情報量をもつと言えるが、それらの要素は互いに影響を与えることがない。意識を生み出す脳のシステムはこのようなフォトダイーオードと同義のシステムではない。それは、それぞれの要素が互いにダイナミックに相互作用するようなシステムで、膨大な情報量を生み出しながらも、それらを統合することが可能なシステムである。

3.Information Integratin Theory of Consciousness(IITC)
では、システムのもつ情報の統合information integrationをという特性を、どうすれば客観的に評価することができるのか?
まず、システムの有する情報量は、従来の情報理論で

H=-Σ p(s)log p(s)

と表現される。Hはエントロピー、sはシステムの状態、pはある特定の状態をとりうる確率である。

ここで、システムが複数の部分集合から構成されると仮定して、いくつかの要素から成る部分集合(subset)Sを考える。
次に、このような部分集合Sを任意のやり方で2つの部分(part) A,Bに分割する。ここで、Aからのあらゆる入力に対してBがとりうるあらゆる反応を評価するために、effective information:EIを以下のように定義する。Aのとりうるエントロピーの最大値をA Hmaxとすると、

EI(A→B)=MI(A Hmax ; B)

ここで、MIは相互情報量(mutual information)を表す。つまり、

MI(A;B)=H(A)+H(B)-H(AB)

である(ここは、「脳の情報表現」参照)。

EI(A→B)はAがBに与え得るすべての因果的な効果で、EI(B→A)はその逆である。EI(A→B)とEI(B→A)はシンメトリックではないが、両方向の因果的な効果を加算することができ、

EI(A⇄B)=EI(A→B)+EI(B→A)

となる。つまり、EI(A⇄B)はAからBへおよびBからAへの可能な因果的効果のレパートリーである。

ここで、EI(A⇄B)=0 ならば、A,Bから成る部分集合Sは、情報統合量がゼロであることを示す。このようなシステムは上記のデジタルカメラのセンサ−に用いられるフォトダイオードが例として挙げられる。

一般的に、ある部分集合Sの情報統合容量information integration capacityを測定するためには、EI(A⇄B)が最小となるようなSの分割(MIB:minimam information bipartition)を求める必要がある。これを、MIB:A⇄Bとすると、Sの情報統合量は

Φ(S)=EI(MIB:A⇄B)

と表される。(ちなみに、single entityを表す"O(circle)" と、Informationを表す"I"を組あせ、情報統合容量としてΦという記号を採用している。)

システムの中の、あらゆる部分集合SについてΦを計算すれば、どのSが情報を統合することができ、またどの程度の情報を統合することができるのか、評価することができる。

ある部分集合が、自身より大きなΦ値をもち、規模も大きい部分集合S largeに含まれる場合、このような部分集合をS smallとして全て棄却する。最終的に、残った部分集合だけを"Complex"と呼ぶ。
つまり、Complexは「Φ>0、かつ自身がそれよりも大きな部分集合に含まれないような部分集合」である。
中でもシステム内で最大のΦをとるComplexを、Main Complexと呼ぶ。
Complexは、自身が含まれない要素から入力を受けたり、出力をもつとき、それぞれport-in、port-outをもつという。

システムの部分集合Sが、レパートリーの中のある特定の状態をとったとき、SはΦに相当する量の情報を統合したことになる。

Φは空間的、時間的スケールによっても影響を受ける。意識に成立に関連する時間的、空間的スケールは、Φ値を最大にするスケールである。そして、そのようなΦ値を最大にするスケールは、それぞれ皮質カラムおよび数百ミリセカンドである。

まとめると、システムはそのcomplexを同定する作業によって情報の統合能力を解析することができる。それぞれのcomplexは固有のΦ値をもち、これがcomplexの情報統合容量に相当する。
Tononiは、意識が情報の統合であるという意味において、意識の「主体」をあえて挙げるならば、システムを構成するmain complexであるとする。情報はcomplexの内部においてのみ統合されるという意味で、情報の統合としての意識は主観的で、私的で、また一人称的であるとする。complexを構成する要素のみが意識の成立に直接関与し、complexに含まれない要素は意識に直接関与することがない。

以上が、TononiのInformation Integration Theory of Consciousness:IITCの概要。

上記のIITCを応用して、脳の主要なサブセット(サブシステム)である視床皮質系、小脳系、上行賦活系、皮質入力系(網膜など)、皮質出力系、大脳基底核系について、それぞれΦ値を求めることによって、これらのサブセットがどの程度意識に関与しているかを評価することができる。
僕たちは、これらのサブシステムの構造特性について、かなりの詳細を手に入れている。re-entrant loopsによて結ばれた視床皮質系、局所的なloopをもつ大脳基底核系、多くのパッチがパラレルに活動する小脳系など。これら、サブシステムの構造特性をモデル化することによって、大まかなΦ値を産出することが可能である。
Tononiは、これらを詳細に解析しているが、ここには書ききれない。

ちなみに、これまでの数多くの意識の仮説では、「情報」という用語の定義を曖昧にしたまま展開したものが多かったのだが、Tononiは「情報」を「神経活動の時空間的パタン」とはっきり定義して、議論を進めている。

(つづく)

最近の音楽:Phalao Thanders"Love is everywhere"(LP)
spiritualな音楽は色々とあるけれでも、ファラオはその極北。

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2006年2月18日 (土)

HBM 2006 Italy

現在、Gerald M.Edelman"Wider than sky -the phenomenal gift of consciousness-"を再読中。これは、僕が心脳問題について考え始めた頃、最初に手にした原著本だった。
こうやって再読すると、非常に重要な考えが、短いセンテンスに、それ以外に無いという表現で記されている。あのときは十分に理解できず、雑に読んでしまったので、そこに込められた重要性に気づかないポイントが沢山あったことに、今になって気づいた。

ボスに頼んで、6月のHuman Brain MappingのAnnual Conference 2006に同行することに。
ざっとプログラムをみていると、"consciousnessという単語をたくさん目にする。Tononiのlectureもあり、楽しみだ。

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2006年2月16日 (木)

今日は

今日は午前中に仕事を終えて、N病院を訪れた。
見知らぬ地を訪れる際の不安は、精神病院のあの独特の雰囲気の中でいつの間にかその姿を消す。
しばし東山魁夷記念館を散歩。医局で談話した後、「玄庵」という蕎麦屋にて杯をかわした。

さすが、経験を積んだ精神科医の先生方だけあってドキッとするような鋭い指摘も入りながらも、僕の拙い話に快く耳を傾けていただいた。曰く、およそ語りうることは語られ語り得ないことの前にも沈黙せずに語ろうとした会だった。

R.T先生、OBYS先生、KYM先生、TDK先生、HYSD先生、今日はありがとうございました。

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2006年2月13日 (月)

当直。

今日は当直。

読んだ論文。

Giulio Tononi.Consciousness,information integration,and the brain.Progress in Brain Research,vol.150,2005

このところ、information coding(情報の符号化)の問題などに関する論文をいくつか読んだけれども、何点か指摘があったように、「情報」という概念自体について深く考える作業はしてこなかった。
この論文では、「情報」と「意識」という概念をしっかりと定義した上で、数理的なモデル(IITC:information integration theory of consciousness)を提示している。R.T先生や吉田民人先生が挙げた情報の定義とも関連してくる内容だった。
EdelmanのDynamic core hypothesisをより具体的に、あるいは応用可能な形式に発展させた内容。
数学的な詳細は勉強不足だし、今日は時間が無いので、詳細は後日まとめよう。

Edelmanとの共著による著作や論文でよく目にしてきたGiulio TononiはイタリアのPisa大学を卒業した後、精神科医となりPhDを取得、アメリカに渡り、Wisconsin大学の精神医学教室でCenter for sleep and Consciousnessを主催している人らしい。
EdelmanがDynamic core hypothesisでSchizophreniaやDisociative disorderに触れているのも、Tononiの影響によるところが大きいのかもしれない。

今日届いた本:佐佐木信綱 注釈「万葉集I、II」、「新古今和歌集」
31文字のミニマルな表現で、情愛、幽玄、恋慕、悲哀、驚くほどの情感を描いている。その内容をありありと感じ取るためには31文字の言葉の連なりだけではなく、歴史的、社会的、個人的な文脈が必要なのだろうが、現代に生きる僕にも響く歌がある。文脈が歴史を通じて保存されているのか、僕が現代的な文脈で解釈しているだけのか?

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2006年2月12日 (日)

neuroscience and psychotherapy

Thomas Fuchs.Neurobiology and psychotherapy:an emarging dialogue.Current Opinion in Psychiatry 2004,17:479-485
神経科学と精神療法の関係に関する考察。脳機能画像、シナプスの可塑性、explicit learningとimplicit learningなどの認知科学的なモデルや神経科学における様々な所見が精神療法の技法の洗練化に貢献しており、精神療法はもはや神経科学を無視できなくなりつつあること。また、精神療法(例えばCBTなど)の過程でPETやf-MRIで計測されうる物理的な脳の変化が確認されつつあることなどから、著者は神経科学と精神療法の対話が進み"neuro psychotherapy"あるいは"neuro psychoanalysis"という新しい領域が発展するのではないかと期待を表明している。third person pespectiveな神経科学が精神療法を拘束し、逆にfirst or second person perspectiveな精神療法が神経科学に有用なデータを供給するという相互拘束的な図式はVarelaのNeurophenomenologyを彷彿とさせるが、著者は「精神療法が最後に寄るべき学は心理学であり続けるべきだ」という宣言で締めくくっており、Varelaほど野心的ではない。

ちなみに、Neuro psychoanalysisという学会が2000年に設立されており、学会員は25カ国、400人におよぶという。代表の一人は情動の神経科学で有名なあのPankseppで、学会誌の編集委員にはDamsioやLibet、E.Kandell、Ramachandran、Wolf.Singerなどの神経科学者たちが名を連ねている。
Neuro Psychoanalysis

2年ほど前にフロイトの抑圧を認知心理学的なモデルと機能画像を用いた実験で確認しようとしたScience論文も読んだが、フロイトの再評価の潮流が高まりつつあるのかもしれない。
Anderson MC, Ochsner KN, Kuhl B, Cooper J, Robertson E, Gabrieli SW, Glover GH, Gabrieli JD.Neural systems underlying the suppression of unwanted memories.
Science. 2004 Jan 9;303(5655):232-5.

そういえば、今年はフロイト生誕150周年。今後、色々と面白い動きがあるかもしれない。動向を追ってみようと思う。

ちなみに、僕がこのブログを書き始めたのも精神病理学と脳科学の間にあるギャップに漠然とした危機感を覚えたからなのだが、neuro-psychopathologyなんていう言葉は一度も聞いたことがない。おそらく、精神病理の人よりも心理の人の方が危機感が強いのだろうし、時代に合わせて学を洗練させていこうとする雰囲気が共有されているのだろう。学問的に孤立していた期間が長かったことも一因かもしれない。もちろん、名を変えただけで新しい学問ができるわけがないし、精神病理学は精神病理学でいつも他領域の学問的な進展に敏感に反応してきたのではないか?少なくとも20年くらい前までは。

今日の音楽:Tim Hecker"Mirages"(CD)
abstractかつambientな音景を構築する弛み無いNoiseの流れ。90年代後半からの音を特徴づける一つの傾向は、80年代では完全に排除されていたnoiseをむしろ意図的に組込んでいる点だと思っている。無秩序で無意味に聴こえるノイズから、情動に訴える音景を構成するという発想は音楽シーンにおいては革命的な転回。ヴァイナルレコードの時代、僕らはnoiseとともにあった。80年代のデジタル媒体の勃興とともにnoiseは悪しきものとして、一度は駆逐される。しかし、あたかも認知におけるnoiseの担う役割の発見と同調したかのように、10年ほど前からデジタルに構成されたnoiseが再びその姿を音楽の中に現し始めた。一聴したところ、僕らがそこに音楽を見いだすのは難しいのだけれど、何度か聴き込むにつれて音景が自発的に浮き上がってくる。僕らの脳は、自然に、困難なくノイズから音楽をデテクトする。

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2006年2月 2日 (木)

W.Singer、つづき。

一昨日紹介したSingerのReviewを読んで、考えたこと。

僕たちが日々の生活の中で得る体験の情報は、脳の中でどのようにコードされているのか?「おばあさん細胞」のように、single cellの発火によって要素的な情報がコードされるというエビデンスは無数にあり、その可能性はもはや否定できないだろう。しかし、このようなsingle cell codingだけでは情報量およびシナプスを介した処理速度に理論的な限界がある。assembly codingという考え方では、情報の一側面はニューロンの機能的な集団(cell assemlies)の相互同時的な発火現象によってコードされるとする。すなわち、情報のキャリアーとしてのcell assemblyを想定しているのだ。現時点で、ミリセカンドレンジで刻々とダイナミックに変化するassemblyの存在を証明し、これが情報処理に関わっているという直接的な証拠はまだ少ないが(もしかしたら無いかもしれない)、シュミレーションや機能画像による間接的な証拠は集積しつつある。

cell assemblyは皮質内に分散したニューロンが「機能的」な相互関係を形成したものと言える。相互関係を形成した複数のニューロンの発火は同時的な現象coincidenceと考えられる。場当たり的に発火する個々のニューロンにとってみれば、他のニューロンと相互同時的な関係性を獲得するためには、このような「関係性relatedness」のタグtagとなる物理的なプロセスが必要であると考えられる。Singerらは同期発火という物理的現象を関係性のタグとみなしている。すなわち、同期発火がassemblyによって担われる情報処理の「痕跡signature」であると提唱しているのだ。注意しなければならないのは、同期発火というパターン自体が情報のキャリアーであると言っているのではないという点である。現時点で同期発火というパターン自体が何らかの情報を担っているかどうかについては、はっきりとした結論は出ていないと思われる。たとえば、古いデータであるが1998年NatureでのShadlenらは、同期発火現象がfeature bindingという情報の一側面を担っているという考えに否定的な実験結果を報告している。また、Aertesenは情報のキャリアーはあくまで個々の発火であって、同期現象などのtemporalなパターンは、タグとしての役割しか担っていないという趣旨の発現をしている。

僕自身は、同期発火現象というパターンが情報のキャリアーであるかどうかという問題に対して、まだ結論を出せない。僕の勉強不足かもしれないが、コーディングの問題については、ほとんど何も分かっていないのではないか。何よりも、まず「情報」という概念自体から考えていかなければならないと思う。

しかしながら、もし、(一般に言われているように)assemblyが同時的、同一的な現象(coincidence)の情報の側面に関わっているのであれば、これに対応するassembli内の個々のニューロンの同期発火も「coincidence」として相互同時的な現象であると考えられる。すなわち、神経細胞あるいは皮質のネットワークはこのようなcoincidenceをdetectする能力(coincidence detector)を有すると考えられる。複数の神経細胞が同期発火するメカニズムが個々の細胞の中にあるのか、あるいはネットワーク特性として立ち現れるものなのかははっきりしないが(その両方だろう)、そのメカニズムこそがcoincidence detectorに相当すると考えてよいだろう。

こうしてみると、single cellによる情報表現とassemblyによる情報表現は並列的に存在し得るプロセスと考えられる。視覚認知で言えばsingle cellの発火がmotion、colorなどの要素的な情報をコードしており、cell assemblyなどのニューロンの機能単位が形態、同一性、同時性などの情報側面をコードしていると考えられる。さらに、複数のcell assembliesが相互関係的にbindすることによってさらに高次の機能単位を形成する可能性もあるだろう。ここに物理的なプロセスに裏打ちされた「情報の階層構造」がみえてくる。
assemblyはなかば自己組織的(僕はこの用語を無批判に使っているが)に形成される関係的な機能単位だが、より高次の階層に属する機能単位ほど、このような特性は強まるだろう。そこでは、単純な因果関係は見いだされず、双方向的な因果が成り立つだろう。

今日の音楽:Surfers"South Beach" from CD"Indigenous legend"
一時期、毎日のように聴き続けたトラック。何とも言えない幸福感に満ちあふれる。
昔、メキシコのTulumという遺跡のあるビーチに行った。月夜のカリブ海で、アルゼンチン人のDJが世界中から流れ着いた旅人を前にして幸福感にあふれるプレイを披露していたのだが、その非現実な情景を思い出す。

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2006年2月 1日 (水)

Wolf.Singer.Consciousness and the binding problem.Annasl New York Academy of Science

今晩は当直。雨のせいか、ネコの夜鳴きは聴こえない。

Wolf.Singer.Consciousness and the binding problem.Ann N Y Acad Sci. 2001 Apr;929:123-46.

Wolf Singerによる意識とbinding problemに関する総説。彼のこれまでの実験データを基にしているにはせよ、とてもspeculativeな内容。binding problemは、単なるニューロンの機能的な結合に関する問題ではなく、ニューロンによる情報のコーディングに関する問題なのだと思う。

結構、量の多いreviewだったので、細部は省略してメモ。

意識のある側面はawarenessとして現象学的に体験される。このawarenessも一次の感覚処理を担うプロセスと同様の機構によって遂行されていると考えられる。この意味で、explanetory gapは「脳はどのようにして認知的な機能を遂行するのか?」という問いに帰納的に置き換えることができるだろう。この問いに対する解答が、仮に感覚情報処理プロセスにおいて得られたならば、発見されたストラテジーはより多様で高次な認知プロセスにも当てはめることができるだろう、というのが問題設定とその前提。

以下、SIngerの論旨。

1.Phenomenal awareness emerged from iterations of cognitive operation.
phenomenal awarenessは一定の共通特性を有するcognitive operationの反復処理(イテレーション)によって創発される現象である

2.Such iteration is achieved in the cortical network.
これらの処理は皮質のネットワークにおいて行われる。下位のエリアが感覚入力を受ける際と同様のメカニズムが、下位から高次のエリアへの出力の際にも作動することにより、cognitive operationイテレーションが行われる。

3.Dynamic and self-organizing assciation of neuron into functional cell asssemblies.
cognitive operationが協同的で相互関係的な柔軟性を有するためには、個々のニューロンが独自にcontent-specificに反応するだけでは不十分で、分散したニューロンのdynamicかつself-organizingに連合し、機能的にコヒーレントなassembliesを形成する必要がある(binding)

4.Neural synchronization as a signature of the dyamic and self-organizing processes.
複数のニューロンをcell assembliesへと機能的にグループ化し、さらに機能的な関連性(relatedness)を有するために必要なbinding mechanismは、ニューロンの発火がミリセカンドレンジの精度で一定時間、同期することが必要であると考えられる。したがって、このような一定時間の同期現象は、空間的に分散されたニューロンが機能的にコヒーレントなassembliesを形成するのに必要なdynamicかつself-organizeingなプロセスの痕跡signature(指標と訳した方がよいかもしれない)とみなすことができる

5.Requirement of the activated brain states and modulation by attentional mechanisms.
このようにダイナミックに連合し、同期したassembliesが形成されるためには"desynchronized"EEG patternによって特徴づけられるようなアクティブなbrain stateが必要であり、これらはattentionによってモデュレートされる

これは、2001年のreviewだから、少し古い内容かもしれないが、決定的に重要な問題について述べられており、色々と考えさせられる内容。
考察は明日書こう。

ちなみに、今日Ablesの"Corticonics"が医局に届いていた。これは出版が1980年代で、かなり古いのだけど、今でもよく引用されているので、前から気になっていた。数式だらけで嫌な予感がするが、この本は避けて通ることができない本だ。

Singer W. Consciousness and the binding problem. Ann N Y Acad Sci. 2001 Apr;929:123-46.

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