« Francisco J. Varela"The Principles of Biological Autonomy" 1 | トップページ | stars of the lid »

2006年3月 7日 (火)

Francisco J. Varela"The Principles of Biological Autonomy" 2

以下、考えたこと。

僕は、オートポイエーシスという思想に出会ったときに、やはり脳との関連を考えずにいられなかった。
ニューロンに生じる活動電位は、自身と連結したニューロンとの相互作用を通して、脳の神経活動の状態を選択することに寄与する。絶え間ない再帰的な相互作用を通して、ニューロンの活動がニューロンの活動を産出していく。

脳を完全にオートポイエーシスシステムとして完全に記述できるかどうかは現時点では何とも言えないが、かなりの程度まではオートポイエーシス的なシステムとして記述できるのではないだろうか。

その場合、システムの「構成素」は神経細胞ではなく、やはりニューロンの活動電位であろう。脳の中で物理的に実現されるニューロンのネットワークがシステムの「構造」である。そして、脳の神経活動のパタンを規定する、ニューロンの関係性の諸原理が、システムの「有機構成」に相当する。


脳をオートポイエーシスシステムとして考えるならば、そこには当然ながら「意識の中心」などは存在し得ない。あるのは、ニューロンの絶え間ない活動における関係性の時空間的なダイナミクスだけである。


究極的には、オートポイエーシスシステムにノイズは存在しないだろう。それは、オートポイエーシスシステムにとっては、あらゆる出来事はシステムの状態を選択する変容でしかなく、逆にシステムの状態選択に寄与しない出来事は、システムにとって認識することは不可能であるからである。オートポイエーシスシステムにおいて、「無意味」な作動は存在しないと考えられる。つまり、構成素のあらゆる作動(ニューロンの活動)が、システムにとって「意味」をもつことが可能である。


そして、「入力も出力もない」オートポイエーシスとしての脳について言及しているのは、僕の知る限りGerald M.EdelmanとGiulio Tononiだけである。しかも、彼らはVarelaの思想とはパラレルに、同じ次元に到達していた可能性がある。


誤解を恐れず、少々乱暴に言えば、オートポイエーシスシステムとしての脳について考察する際に、僕たちが何よりも分析すべきはオートポイエーシスの秩序関係を決定する次元である。これは、システムの物理的境界(例:解剖学)や、構成素の物理的な実現(例:分子生物学)を規定するレベルの分析を基盤としてなされる。

|

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/132728/8979445

この記事へのトラックバック一覧です: Francisco J. Varela"The Principles of Biological Autonomy" 2:

コメント

コメントを書く