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2006年3月

2006年3月15日 (水)

stars of the lid

バタバタと日々が過ぎていく。目を通していない論文が山のように積み重なり、崩れた。
とりあえず、以下の本を購入。

原 宏 (編集), 栗城 真也 (編集)「脳磁気科学—SQUID計測と医学応用」(オーム社)

Bernard J. Baars "In the Theater of Consciousness: The Workspace of the Mind"(Oxford Univ.Press,2001)


今日の音楽:Stars of the Lid"The tired sound of stars of the lid"

Abstract、ambient、and atomospheric soundscape of Stars of the Lid, highly gifted sound programmers from Texas USA. We don't know such a electirically programmed sounds constructed with fluctuating rhythms,and unidentifiable patterns of the symphony and melody without any drumming.It appears unnoticeably and fades out before I know it.Their calm sounds remind us of recent ambient music and so-called electronica,such as Tim Hecker and Fennesz,but sounds of Stars of the Lid have more affective feeling and smooth guiding into sleep.

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2006年3月 7日 (火)

Francisco J. Varela"The Principles of Biological Autonomy" 2

以下、考えたこと。

僕は、オートポイエーシスという思想に出会ったときに、やはり脳との関連を考えずにいられなかった。
ニューロンに生じる活動電位は、自身と連結したニューロンとの相互作用を通して、脳の神経活動の状態を選択することに寄与する。絶え間ない再帰的な相互作用を通して、ニューロンの活動がニューロンの活動を産出していく。

脳を完全にオートポイエーシスシステムとして完全に記述できるかどうかは現時点では何とも言えないが、かなりの程度まではオートポイエーシス的なシステムとして記述できるのではないだろうか。

その場合、システムの「構成素」は神経細胞ではなく、やはりニューロンの活動電位であろう。脳の中で物理的に実現されるニューロンのネットワークがシステムの「構造」である。そして、脳の神経活動のパタンを規定する、ニューロンの関係性の諸原理が、システムの「有機構成」に相当する。


脳をオートポイエーシスシステムとして考えるならば、そこには当然ながら「意識の中心」などは存在し得ない。あるのは、ニューロンの絶え間ない活動における関係性の時空間的なダイナミクスだけである。


究極的には、オートポイエーシスシステムにノイズは存在しないだろう。それは、オートポイエーシスシステムにとっては、あらゆる出来事はシステムの状態を選択する変容でしかなく、逆にシステムの状態選択に寄与しない出来事は、システムにとって認識することは不可能であるからである。オートポイエーシスシステムにおいて、「無意味」な作動は存在しないと考えられる。つまり、構成素のあらゆる作動(ニューロンの活動)が、システムにとって「意味」をもつことが可能である。


そして、「入力も出力もない」オートポイエーシスとしての脳について言及しているのは、僕の知る限りGerald M.EdelmanとGiulio Tononiだけである。しかも、彼らはVarelaの思想とはパラレルに、同じ次元に到達していた可能性がある。


誤解を恐れず、少々乱暴に言えば、オートポイエーシスシステムとしての脳について考察する際に、僕たちが何よりも分析すべきはオートポイエーシスの秩序関係を決定する次元である。これは、システムの物理的境界(例:解剖学)や、構成素の物理的な実現(例:分子生物学)を規定するレベルの分析を基盤としてなされる。

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2006年3月 6日 (月)

Francisco J. Varela"The Principles of Biological Autonomy" 1

Francisco J. Varela"The Principles of Biological Autonomy"

Francisco J.Varela,and Hunberto Maturana「知恵の樹」

オートポイエーシスに立ち戻る。現時点での理解はこのようなもの。独自の理解というよりは、まだ借り物の要約に近いかもしれない。しかし、オートポイエーシスの考え方は、おそらく今後幾度となく立ち返るべき場所であって、仮に誤解だらけでも、一度は書きとめておく必要があるだろう。

生物学的な自律的システムとは、「システム自身の同一性を生み出すシステム」、「あるいはシステムが自己自身を背景から切り出すシステム」である。このような「自己言及的システム」を記述する言語を、僕たちは未だ手にしていない。このようなシステムを記述するためには、僕たちは内部も外部もない、システムそれ自身の視点からシステムを記述しなければならない。

オートポイエーシスは1970年代のチリにおいて、Francisco J. Varelaとその師Humberto Maturanaによって提唱された。その名称は、ギリシア語のAutos(自己)とPoiesis(産出)に由来する。

VarelaとMaturanaは、カエルやハトの神経系の研究からオートポイエーシスの構想を思いついたという。そして、それは直感的、論理的跳躍を経て、自律的なシステム一般にわたる本質的な特性へと至る。それは今なお、形成の途上にある構想である。

僕たちは自律的なシステムについて語るために、まず、可能な限り適切な用語を手にしなければならない。

システムは、互いに相互作用する「構成素」によって成立する。これら構成素の相互作用や変換のダイナミクスを規定する関係を、システムの「有機構成」という。システムの有機構成はシステムに固有であり、また常に不変である。このようなシステムが、具体的な空間に特定されたものを、システムの「構造」と呼び、そのような空間を「位相的領域」と呼ぶ。

では、オートポイエーシスシステムとはいかなるものか?

オートポイエーシスシステムは、「構成素が構成素を産出する」という自己言及的なプロセスが、一つのネットワークとして組織化されているシステムである。それぞれの構成素は、絶え間ない相互作用と変換を通じて、構成素を産出するネットワークを不断に再産出し続けることによって、ネットワークを実現し、システムを成立させている。このようなネットワークを構成する構成素は、システムに固有の関係、つまり有機構成をもつ。有機構成は、構成素の特性自体を指定するものではなく、むしろ構成素どうしの関係のみを指定する(拘束条件として)。各構成素は、このようなプロセスが実現される「位相的領域」を、ただ作動することによって指定する。たとえば、僕たちの生きる世界で、オートポイエーシスシステムはただ作動することのみによって三次元空間に物理的な構造として実現する。

Varelaによると、オートポイエーシスの特徴の中で最も重要なものは、

1.「自律性」:オートポイエーシスシステムは、たとえシステムのプロセスがどのように変容しようとも、あらゆる変容を自己自身の維持に寄与させる。

2.「個体性」:オートポイエーシスシステムは、自身の有機構成を絶えず産出することによって、自らの有機構成を不変項として能動的に維持する。この不変項はシステムの同一性として、観察者との相互作用を可能としながらも、観察者とは独立して維持される。

3.「単位性」あるいは「境界の自己決定性」:オートポイエーシスシステムは、固有の有機構成によって作動するという、ただそれだけの理由で単位体である。言い換えると、オートポイエーシスシステムは「作動することによって自身の境界を決定する」。この特性の実現によって、システムに固有の現象学的領域が出現する。

4.「入力も出力もない」:オートポイエーシスシステムが、自己のプロセスとは独立した出来事によって、撹乱されることがある。このような撹乱は、オートポイエーシスシステムに一連の内的変化を引き起こすが、そのような内的変化は常に変化を補償する方向にはたらき、結果的にシステムの有機構成を維持することだけに寄与する。つまり、オートポイエーシスシステム自身は内的な変化と外的な変化を区別することができない。このような区別が可能となるのは、第三者的な観察の視点においてのみである。

オートポイエーシスシステムについて説明するとき、僕らが立つべき3つの記述のレベルがある。

1.構成関係のレベル:システムの物理的境界を決定するレベル

2.特定化関係のレベル:システムの構成素が物理的にどのように実現されるを決定するレベル

3.秩序関係のレベル:システムの有機構成のダイナミクスを決定するレベル

このようなオートポイエーシスの特性から、以下のような重要な帰結が得られる。

「作動的閉鎖性」
Varelaは上記の特性から、オートポイエーシスシステムのみならず、自律的なシステム全般に共通する「有機構成的閉鎖系」あるいは「作動的閉鎖系」という考え方を提唱した。これを簡単に述べるならば、自律的なシステムは、内部と外部の区別もなく、入力と出力の区別もなく、ネットワークを構成する各々の構成素がただ自己を産出するというプロセスを繰り返すことによって位相空間に実現し、現象学的に閉じた領域を指定する」というようなことになるだろう。

「構造的カップリング」
オートポイエーシスシステムは、観察者から見た場合の外的な撹乱と内的な変容を区別することができない。これらの撹乱と変容は、いずれもシステムの有機構成にのっとった補償を引き起こし、システムのある状態を選択する。このシステムの状態自体が変容となて、次なる変容を生み出し、以後の補償のためのシステムの状態選択を引き起こしていく。つまり、オートポイエーシスは二つの撹乱源泉を特定することができないままに、作動し続ける。
異なる固有の有機構成をもつオートポイエーシスシステムが互いに撹乱を与え合うとき、これらのシステムは互いにシステムの状態を選択するプロセスが続く。このような構造選択を生み出す相互作用のプロセスを構造的カップリングという。
たとえば、あるオートポイエーシスシステムと環境との間で、相互に影響を与えながら、互いの状態を選択するプロセスが維持されるとき、システムと環境との間に構造的カップリングがみられるという。

このような観点において、「進化」とは、複雑な構造的カップリングを形成するオートポイエーシスシステムの、変容と補償による「状態選択の歴史」に他ならない。このような状態選択には、進歩も最適化もなく、ただ適応とオートポイエーシスの維持だけがおこなわれる構造的なドリフトである。Varelaは、これを「構造的ドリフト」と呼んだ。

以上が、Francisco J. Varelaの著書「生物学的自律性の諸原理」や「知恵の樹」、「オートポイエーシス」で述べられる、オートポイエーシスの構想の軸となる部分。Maturanaの考えていたオートポイエーシスは、Varelaの考えていたものとかなりのずれがあったようだが、詳しくは知らない。

河本英夫氏が述べるように、晩年のVarelaは、オートポイエーシスという概念についてほとんど触れることはなかった。しかし、最後までオートポイエーシスを生物の自律的なシステムとして捉えており、社会的なシステムにまで援用することはなかった。Varelaは、そこで得られた様々な諸概念を分解して、神経生理学、神経現象学、仏教思想という3つの領域で展開していくことになるのだが、惜しくも2001年に他界してしまう。

つづく

今日の音楽:Global Communication "S.T"
Chill Outの極北。

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