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2006年4月

2006年4月29日 (土)

neural coding

先週は渚音楽祭に夜間だけ参戦した。日本人ってこんな人種だったのかと驚くとともに、うれしかった。

今日は当直中。いつの間にか、もう明るくなってきた。最近読んだ論文。
半分眠りながら書いているので、あとで読み返すと訳がわからないかもしれない。

Helekar SA.On the possibility of universal neural coding of subjective experience.Conscious Cogn. 1999 Dec;8(4):447-54.

これは僕たちが師事する先生の書いた論考に紹介されていた論文。読み応えのある論文だった。以下メモ。

「主観的体験が神経活動のパタンにおいてどのようにcodingされているか?」というneural coding問題に関するかなりspeculativeな内容。

主観的体験はニューロンの発火パタンと「相関」していることは間違いないと考えられる。この相関関係(Neural Subjective linkage)にはarbitrary mappingとnon-arbitrary mappingの2種の相関関係に集約される。

arbitrary maping:主観的体験は神経活動のパタンとcoincidentalな関係にあり、ある神経活動のパタンがどのような主観的体験と相関するのかを確定することができない。arbitrary mappingではgenetic codeが顕著な例として挙げられ、trinucleotide codonと特定のアミノ酸との関係は必然的なものではなく、進化や発生の過程でarbitrarilyに決定されたもので、directな拘束条件が介在しない。。実際にtransfer MRAをいじくってやれば、この相関関係を改変することも可能である。もしもNeural-Subjective linkageがarbitrary mappingであれば、主観的体験と神経活動のパタンとの相関関係は現在の横断的な研究では解析が困難となる。仮に解析が可能ではあっても様々な介在するファクターとの相互作用を同定する必要がある。

non-arbitrary mapping:主観的体験は神経活動のパタンと何らかの拘束条件によってfixされている。このような関係では、いくつかのニューロンの活動パタンのサブセットは、特定の主観的体験のサブセットと対応していると考えられる。たとえばDNAの遺伝情報とタンパク質はnon-arbitraryな関係かもしれない。現代の神経性学、Neuroimagingによって得られたデータはnon-arbitrary mappingを支持していると考えられる。このようなnon-arbitraryな相関関係によれば、極論すれば1対nのfixされたNeural-Subjective linkageが存在することとなり、これを一つ一つ調べていけば、神経活動パタンにおける主観的体験のencodingを解析することができる。さらに、これがあらゆる個体に共有する原理であるならば、Neural-Subjective linkageにおける一種の"Universal coding"を特定することができるかもしれない、と。

Helekarは、Neural-Subjective linkageはnon-arbitrary mappingであると語る。

彼によれば、神経活動の時空間的な活動パタン(Motif)が時間的に配列されるパタン(Sequences)が主観的体験をcodingしていると唱える。発火率だけでなく、発火の同期性がこのようなSequencesの組織化を可能としているという。また、反復されるMotifの数によって体験の強度が変化する。おそらく、これはDNAの遺伝情報と発現形態から思いついたアイデアであろう。Helekarによればcodingの詳細はまだ明らかでないが、いずれはuniversal codingを特定できるのではないかと語る。
情報は図と地という構造をとる。Helekarのnon-arbitrary mappingは主観的体験に相関する一見ノイズの海のような神経活動パタンから図(sequence)と地(noise)を分離しようとする一つのモデルともいえる。詳細はとばし読みだったが、情報論的な数学的モデル(単純なもの)のようなものも呈示していた。

僕は、non-arbitrary mapping説、というかcoding説自体に懐疑的で、結局はNCCと同一の思考様式ではないかと考えている。この説明は因果関係のone-wayの説明しか生みださない。主観的体験が神経活動のパタンに影響を及ぼすことをも説明するようなreciprocalな因果作用の理論あるいはその作動原理を手にしたいのである。それに、Helekarは否定的だがNeural Subjective linkageにはnon-arbitraryだけでなく、arbitraryなmapping関係も貢献している可能性だってあるだろう。
ただし、実際に一見ランダムにみえる神経活動パタンから、γ帯域の同期性発火や反復されるシークエンスのように高度に秩序化された発火構造が存在することが明らかになりつつあるのも事実だ。こういった発火パタンが情報の「担体」となるのではなく、発火パタン自体が情報なのだろう。synfire chainなどのように一定の時空間パタンをもつsequenceともつながる話かとも考え、示唆に富む論文であった。

最近買った本
Lonley Planet"Pakistan & Karakolm Highway"僕はいつかクンジュラブ峠をいつか超えて、Hunzaに沈没してみたい。

今日の音楽:Ben Watt"North Marine Drive"(LP)
80年代後半にBen WattがTracy ThornともにEverything But The Girlを組む前のソロ作品。10代で聴いておいて良かったと思うレコード。僕(たち)は渋谷宇田川町のネオアコのシーンを崩壊させて、そういう僕自身だってレコード棚から引き出すこともなくなってきたのだけど、このアナログレコードは今でもときどき聴いている。あの頃の流れで好きだったのは、Durutti Column、My Bloody Valentie、Jim Jimineeだった。

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2006年4月19日 (水)

Kristof Koch"The Quest for Consciousness"(Roberts and Company,2004)

先週はYemenで出会った旅行者と都内で密会。みんな、色んな国に行っていて、うらやましい。僕も今年の夏こそはカラコルムハイウェイを縦断しようと思う。早速Lonley Planet"Karakolm Highway"を購入。

最近読んだ本(飛ばし読み)

Christof Koch"The Quest for Consciousness"(Roberts and Company,2004)

NCCについて考える際に、Metzingerの"The Neural Correlates of Consciousness"と同じくらい重要。F.Crickの"Astonishing Hypothesis"に比較してspeculativeな記述は徹底的に抑制され、冒頭では「脳の神経活動は主観的体験の出現にとって必要かつ十分である」とかなりラディカルな見解を述べている。また、彼らが90年頃に初めて提唱した40Hz帯域の同期性活動については「あれは、誤った仮説だった」とあらためて否定し、Edelman(名指しで)のようなWholisticなアプローチではなく、visual NCCを特定することが意識の科学的説明の最短経路であるとしている。

彼らのNCCの定義は、Chalmersの定義と似ている。

NCC:特定の意識的な知覚が成立するために十分な神経活動の結合事象(jointly sufficient)の最小単位の組み合わせ

さらに、神経システムを表象システムと捉えた上で、(visual)NCCであるための必要条件として、以下の5つを挙げている。

(1)視覚刺激の知覚属性(stimulus attributes)はNCCにおいて明示的explicitlyに表象されている
(2)NCCが活動を停止あるいは損傷されると、刺激属性は知覚されない
(3)onset、amplitude、durationなどの関連する神経活動のパタンは刺激属性のawarenessとtrial by trial basisに相関している
(4)NCCに関連する刺激属性は、感覚入力を中断させるが知覚は妨げない瞬目や眼球運動に対して不変である。
(5)NCC を構成するニューロンは計画や遂行機能を担う領域に投射している。

Koch(とCrick)はbiocular rivalryを用いたLogothesisらの実験を引用して、上記の条件を満たすvisual NCCはV1には存在せず、ventral visual coretex(extrastriate付近)にあるのではないか、と結論づけている。

タイトルの通り、20章におよぶ本書は「NCCはどこにあるのか?」という、まさしくNCCを探求するための旅という内容。

また、NCCに対する批判的見解としては、以下の論文を読んだ。

Evan Thompson,Alva Noe:Are there Neural Correlates of Consciousness?:Journal of Consciousness Studies,11:3-28,2004

Ilya Farber .How a neural correlate can function as an explanation of consciousness

Thompson E, Varela FJ.Radical embodiment: neural dynamics and consciousness. Trends Cogn Sci. 2001 Oct 1;5(10):418-425.(以前、紹介)

ただし、この辺の議論は錯綜していて、あまり深入りしたくない。

今日の音楽:Bliss"They made history"(CD)
Ambient〜Chill Outで最も勢いのあるDenmarkのMusic for Dreamsからの新譜。抑制された足取りでヨーロッパ、アフリカ、アジアを密かに巡る、夜の音楽。少しだけ参加した渚音楽祭で購入した。

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2006年4月 9日 (日)

Neural Correlates of Consciousness(NCC)

近頃調べているNCCについての関連論文

NCC:意識的な心的状態との間に相関性がみられ、かつ、その意識状態にとってminimalyにsufficientであるような神経システムのとその特性。

NCCの特定というアプローチは近年の意識の科学や認知科学において趨勢をきわめているが、この辺りの議論は哲学も入ってくるとかなり錯綜していて、その概念的バックグランドはかなりあやふやなようである。そもそも、意識が何たるを明確に定義づけることができないので、意識のNCCが何を意味するのかも明確ではない。定義をみて分かるように、因果性の問題は入ってこない(そのためにcorrelatesとうい用語が導入された)empiricalなデータと、first-person reportをどのように解釈するべきか。仮にNCCが特定されたとして、その結果いかなる事実や説明がもたらされるのか?Explanetory gapは埋まらないかもしれない。あるいは、意識の理論における中核的な作動原理の一部が明らかになるかもしれない。しかし、哲学者や思弁的な研究者は、概してNCCに批判的である。代表的なCrickとKochのNCCに対する見解はempiricalな証拠を積み上げるには確かに強力かもしれないが、その概念自体は素朴なように思えてきくる。Ned BlockはAccess NCCとPhenomenal NCCとに分けて考えているが、これが果たしてempiricalな議論に耐えうるか。

現在提唱されてきたNCCの候補(Chalmers のonline-paperから)

40-hertz oscillations in the cerebral cortex (Crick and Koch 1990)
Intralaminar nucleus in the thalamus (Bogen 1995)
Re-entrant loops in thalamocortical systems (Edelman 1989)
40-hertz rhythmic activity in thalamocortical systems (Llinas et al 1994)
Nucleus reticularis (Taylor and Alavi 1995)
Extended reticular-thalamic activation system (Newman and Baars 1993)
Anterior cingulate system (Cotterill 1994)
Neural assemblies bound by NMDA (Flohr 1995)
Temporally-extended neural activity (Libet 1994)
Backprojections to lower cortical areas (Cauller and Kulics 1991)
Neurons in extrastriate visual cortex projecting to prefrontal areas (Crick and Koch 1995)
Neural activity in area V5/MT (Tootell et al 1995)
Certain neurons in the superior temporal sulcus (Logothetis and Schall 1989)
Neuronal gestalts in an epicenter (Greenfield 1995)
Outputs of a comparator system in the hippocampus (Gray 1995)
Quantum coherence in microtubules (Hameroff 1994)
Global workspace (Baars 1988)
Activated semantic memories (Hardcastle 1995)
High-quality representations (Farah 1994)
Selector inputs to action systems (Shallice 1988)


Thomas Metzinger et al.Neural Correlates of Consciousness : Empirical and Conceptual Questions.Bradford Books Published 2000/10
David J. Chalmers.What is a Neural Correlate of Consciousness?(2000)
NNCをについて哲学者、科学者が詳細に述べた論考をMetzingerが編纂したもの。

David J. Chalmers.On the Search for the Neural Correlate of Consciousness.(1996)
オンラインで入手できるChalmersの論考。

Ilya Farber .How a neural correlate can function as
an explanation of consciousness

こちらもオンラインで入手できる。ChalmersはNCCというアプローチに懐疑的。

Alva Noë and Evan Thompson:ARE THERE NEURAL CORRELATES OF CONSCIOUSNESS?*(2004)
Noeもまた、NCCに対しては別の理由で懐疑的。


Juergen Fell:Identifying neural correlates of consciousness: The state space approach (2004)
NCCでCausalityは説明できないと論じるFellが、NCCを同定するためのアプローチを書いている。

Geraint Rees,Gabriel Kreiman and ChristofKoch :NEURAL CORRELATES OF CONSCIOUSNESS IN HUMANS(2002)
主にvisual perceptionにおけるNCC, Ned BlockのいうPhenomenal NCCか。

Thompson E, Varela FJ.Radical embodiment: neural dynamics and consciousness. Trends Cogn Sci. 2001 Oct 1;5(10):418-425.
以前紹介した論文。NCCではone-wayなcausal relationshipになってしまい、とても説明とは言えない。Valeraたちは、創発の特性を挙げ、reciprocalなcausalityの説明を試みる。

精神医学関連領域における、neral correlates of psychotic symptomsは後日調べ上げる予定。

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2006年4月 5日 (水)

Dehaene S, Sergent C, Changeux JP.A neuronal network model linking subjective reports and objective physiological data during conscious perception.

いつの間にか、精神科医4年目に突入。

ぽちぽちと読んだ論文をメモ。

知覚刺激によって引き起こされる神経活動に対する意識的なアクセスは、localかつbottom up processing levelの神経活動が、long-distance connectionによってhigher cortical levelでglobal brain stateに至ることによって可能となるというglobal workspace theoryの検証。その際に、皮質コラムモデルのシュミレーションと神経生理学(objective)と、被験者による報告(subjective)を相互に比較することによって、視覚刺激によって生じた神経活動のパタンと視覚体験のreportableな主観的側面との相関が得られたという報告。

細かいことは省略するが、ここでは、古典的なパラダイムであるattentional blink(二つ以上の知覚刺激が一定以下の短い時間感覚で呈示されると、最初の知覚処理によって後に続く知覚処理が妨害され、意識に上らなくなるという現象)とその変法を用いている。シュミレーションによって得られたobjectiveなデータは神経整理学的なデータ(gamma-band oscillations、P300 waveformなど)と一致し、さらに被験者によるsubjectiveな報告とよく相関していることが示されている。また、シュミレーションにより、刺激に対する意識的な認知とそれに相関する神経活動がstochasticかつall-or-nothingなパタンで生じること、その非線形的なダイナミクスはニューロンの自発的活動とbottom-upおよびtop-downのreverberation(反響)が不可欠であることなどが述べられている。

タイトルのように、subjectiveな報告と神経生理学によって得られたデータの相関を探るという意味では、VarelaのNeurophenomenologyに近く、具体性では一歩先んじているとも考えられる。現在のimagingの技術では、粗大な神経活動のパタンを測定することはできても、個々のニューロン群の活動パタンをmsのオーダーで測定することは難しい。確かに、このようなシュミレーションモデルを間に挟むことによってのみ、複雑な神経活動のダイナミクスをsubjectiveな報告とlinkさせることができるかもしれない。ただ、このような「相関」が一体何を意味しているのかを考えると、そんなに楽観的ではいられないような気もする。

Dehaene S, Sergent C, Changeux JP.A neuronal network model linking subjective reports and objective physiological data during conscious perception.Proc Natl Acad Sci U S A. 2003 Jul 8;100(14):8520-5. Epub 2003 Jun 26.

今日の音楽:Erast"Cyber Punk"(CD)
ギリシャ(グルジアだったか)出身の電子音楽家Nikakoi(ニカコイ)こと Nika Machaidzeによる、Erast名義での作品。絶対に狂わないプログラムされた電子音なのに、どこかずれていて、それが牧歌的で、叙情的であったりする。映画を作ったり、芸術家集団を作ったり、何でもできてしまう人。

Consciousness,Philosophy of Mind,Qualia | | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年4月 4日 (火)

Anil K.Seth ,Bernard J. Barrs:Neural Darwinism and consciousness.

久しぶりの更新。色んなことが同時に起こった1ヶ月だったけど、やっと頭が整理されてきた。

Anil K.Seth ,Bernard J. Barrs:Neural Darwinism and consciousness.Consciousness and Cognition vol.14:140-168,2005

Baarsらによる、EdelmanとTononiのNeural Darwinism→Dynamic core hypothesisの概説および検証。以下、前置き。

Neural DarwinismはGerald Edelmanが築き上げた神経システムの包括的な理論である。1978年にV.B.Mountcastleの編纂した"Mindful Brain"に収録された"Group selection and phasic re-entrant signalling:a theory of higher brain function."において初めて提唱された。

Neural Darwinismは、神経システムを選択システムとして捉えSelectionistの観点から描き出す理論。Neural Darwinismのルーツは、同じく選択システムとしての免疫システムにある。Selectionistの4つの教義(tenet)とは

1.Diversity(多様性)
2.Amplification(増幅)
3.Selection(選択)
4.Degeneracy(縮重)

である。Neural Darwinismにおいて際立って強調されているのが4番目の"degeneracy"であり、「複数の異なった物理的プロセスが同一の出力を産出するという特性」である。出力の側からみれば、その基盤となるプロセスを求める際に、固有解が一つだけではないことを意味する。典型的な例として、複数のコドンが同一のアミノ酸をコードしている事実が挙げられる。degeneracyはあらゆる生物学的システムに偏在する特性なのだとEdelmanは主張する。神経システムのような複雑系におけるdegeneracyは、多次元空間における準安定的なアトラクターを構成するものと考えられる。

Edelmanは、選択システムとしての免疫系に見いだされたこれらの進化論的特性を、神経系にも適用させ、Neural Darwinismという一大理論を発展させてきた。

Neural Darwinismの3つの主要な教義は、

1.Developmental selection: divesity of neural circuit by cell death,cell division etc.
2.Experimental selection: change in synaptic strength favoring some pathways over others.
3.Reentrant mapping: connections enabling spatiotemporal coordination of neural activity.

である。 Neural Darwinismの特に重要な概念は3番目の"reentry"であり、「複数の脳領域間の並列的かつ双方向的な神経回路を介した再帰的な信号伝達のプロセス」と定義される。reentryによって、神経活動のspatiotemporalな協調が可能となる。これらの特性をそなえた複雑な神経システムの活動を通して、システムの状態に随伴する無数のシーンが生み出される。つまり、意識とはこれら無数のシーンのレパートリーの中で、特定の状態を反映したものである。そして、クオリアとはこのような無数のシーンから構成されるN次空間(Nはシーンの構成に関与するニューロン群の数)における高次の識別能を反映したものだとされる。たとえば、赤色というクオリアはV1のmodalityのみによって生じるのではなく、V1を含むthalamo-cortical systemの活動の可能なあらゆるレパートリーの中の一つの状態を反映したものであるという説明がなされる。

ちなみに、以前、僕はEdelmanがExplanetory gapに答えていないのではないかと書いたが、EdelmanによればExplanetory gapは科学的な説明によって主観的な体験が生み出されるという暗黙の誤解によって生み出された疑似問題なのだという。Edelmanはこのような誤解を徹底的に糾弾している。

その後、EdelmanはTononiらとともに、意識という主観的体験の科学的な説明を目指し、Neural Darwinismから、Dynamic core hypothesisへと理論を拡張させてきた。また、検証可能な理論としてFunctional Clusteringという情報論的な概念を導入している。Tononiは、これをさらに発展させてIntengration theory of consciousnessという数学的なモデルを提唱している。
これらの理論は、当然ながら他の理論と重複する部分もある。また多くの論文で言及されつつあるが、これまでところEdelman以外のグループがNeural DarwinismあるいはDynamic core hypothesisを正面から取り扱った論文を僕は読んだことはない。


長々とかなり表面的な前置きを置いたが、この論文は、哲学者Barnard.J.BaarsらがNeural Darwinismの妥当性と課題について述べたもの。16項目におよぶ意識の特性(たとえばIntentionality,Sensory bindingなど)を列挙し、そのそれぞれに対してNeural Darwinismと脳科学の知見を照らし合わせながら、理論の妥当性を検証している。上記のEdelmanの理論が平易な表現で概説されているので、非常にわかりやすい。
ちなみに、Baarsは総じて好意的な評価を下しているようだ。

最近買った本:Patricia S.Churchland著、村松太郎訳「ブレインワイズ」(創造出版)
Patricia S.Churchlandと「認知哲学」のPaul M.Churchlandは夫婦。読むのが楽しみな本。伝統的哲学→分析哲学→神経哲学という系譜だろうか。

今日の音楽:Pop Ambient2003〜2006
毎年クリスマスを迎える頃に出されるノイズ〜アンビエント〜アブストラクトのコンピレーション。毎年楽しみな、水墨画のような音の景色。

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