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2006年7月21日 (金)

super-synergy

最近読んだ論文をメモ。アングロサクソン流とは言えない独特の英語表現で、1読してよく分からず、2周した。

Basar E.Memory as the "whole brain work": a large-scale model based on "oscillations in super-synergy".nt J Psychophysiol. 2005 Nov-Dec;58(2-3):199-226. Epub 2005 Sep 15. Review.

これは、脳の神経細胞の活動にみられるoscillationと記憶のダイナミクスに関するspeculativeなreview。wholisticな観点から、記憶を含む脳の機能特性を捉え直している。先日紹介したHakenの論文とも関連する内容。

結構ボリュームのある論文で、実験データも色々と紹介されているが、ここでは省略し、骨格のみを要約。

-multiple oscillations in the brain-
脳の電気的活動には、α(8-13Hz)、β(13-30Hz)、θ(3.5-7Hz)、δ(0.5-3.5Hz)、γ(30-70Hz)などの異なる周波数領域の振動現象"multiple oscillations in the brain"が存在する。これらの電気的活動パタンは、典型的には頭皮上から測定した脳波記録において確認することができる。さらに、oscillationは、脳だけでなく、心血管系のダイナミクス、免疫系、筋収縮などにもみられ、生物の様々な諸機能に関与しているとされる。1970年代からBasarの先駆的な実験によって、脳内の情報処理におけるこれらのmultiple oscillationsの機能的重要性が徐々に明らかにされてきた。例えば、聴覚刺激に対しては、海馬、網様体賦活系、一次聴覚野などの領域でα帯域のoscillationの増強がみられる。一方で、視覚刺激に対しては外側膝状核や一次視覚野などで大規模なθおよびα帯域のoscillationの増強がみられる。すなわち、脳は情報表現の戦略として、少なくとも部分的には異なる周波数帯域のoscillationを採用しているようである。

-selectively distributed oscillatory systems-
これらのoscillationは一見無秩序な神経活動を反映しているようにも見えるが、知覚刺激によってコヒーレントなoscillationが誘発される。これらは、evoked rhythmsと呼ばれ、神経細胞の集団の活動パタンがdisordered stateからordered stateへ遷移したことを反映する。知覚刺激によるoscillationパタンの遷移は、直前のspontaneous oscillationパタンの影響を受ける。上記のように複数の周波数領域および複数の領域におけるoscillationsは、互いに重なり合い(supeposition)、emsembleを構成している。Basarは、このような脳の神経細胞のネットワークは"selectively distributed oscillatory systems"(選択的分散振動波システム?)を構成していると主張する。このような観点から神経細胞のネットワークの特性を考えてみた場合、注意(attention)、知覚(perception)、学習(learning)および想起(remembering)などは、selectively distributed oscillatory systemsにおいて互いに分離することができない諸機能の連合(それぞれの頭文字をとって"APLR alliance")として捉えられる。Fuster(1997)は、かつて記憶は脳の皮質に広く分散した機能特性の反映と捉えたが、Basarによれば、記憶はAPLR allianceから切り離すことができないselectively distributed oscillatory systemsのネットワーク特性として捉えられることになる。同様の見解は、KelsoやVarelaらの論文にもみられ、近年のトレンドとなりつつある。つまり、記憶はそれぞれ独立した記憶"memories"として存在するのではなく、このようなネットワークの状態として"memory states"として存在すると考えた方がよい。同時に、Fusterの言によれば、記憶は関係論的に符号化(relational coding)されており、全ての記憶はassociativeなのである。言い換えれば、単一の記憶を脳の特定の領域に局在化することはできないということである。論文内のfigureで、Basarは、selectively distributed oscillatory systemsのシンプルなモデル化を試みている。

-complex matching process-
ちなみに、脳がtemporal codingという情報表現の戦略を採用しているとするならば、異なる領域帯域のoscillationが互いに統合されるためには、何らかの"matching process"あるいは"matching code"が必要となる。Singerの表現によれば、何らかの同期現象検出器"coindicence detector"が必要ということになる。Basarによれば、周波数によるfrequency codeをmatchingの最有力手段として挙げている。それぞれの脳領域における異なる周波数領域のoscillationsが異なる機能を担っている(temporal codingあるいはfrequency coding)ことが明らかにされつつあり、さらにWolf Singerらの先駆的な実験によって複数の領域のoscillationが時間的にコヒーレントな振る舞い(同期neural synchronization)を示し、神経活動が時間軸でダイナミックに統合されている可能性が明らかにされた。Singerらも、神経活動の同期によるtemporal codingをcoincidence detectorとして想定していた。

-hyerarchy of memories-
このようなダイナミカルシステムにおいて、記憶はどのようにcodeされているのだろうか?まず、Basarによれば、記憶も上述のAPLR allianceと切り離すことのできない(inseparable)ダイナミックなネットワーク特性として立ち現れる。仮にmultiple oscillationsが脳の普遍的なcoding戦略であれば、これらの諸機能の全てが何らかの形でoscillationの時空間的パタンとして表現されているということになる。このような前提のもと、Basarは記憶をダイナミクスの観点から、persistent memory、quasi-stable memory、dynamic memoryの3つに分類し直す。

(1)persistent memory永続記憶:一生を通じて固定された形式で保存される再現性の高い記憶。遺伝的に固定されている。反射refrex、複雑な反射complex reflex、系統発生的に保存された記憶phyletic memory、感覚受容feature detectorなどを含む。生体の恒常性の維持に寄与する。

(2)quasi-stable memory準安定記憶:形式がある程度は遺伝的に固定されているが、発達、学習などによって新たに獲得される記憶。知覚記憶perceptual memory、エピソード記憶や意味記憶などのlonger acting memory(long term memoryと言わないのはBasarの表現)、運動記憶motor memoryを含む。

(3)dynamic memory動的記憶:APLR allianceがmatching processによって活性、相互作用した結果、短時間保持されるプロセス。working memory作業記憶が典型的である。

これらの記憶は、連続的continuumで、互いに重なり合いsuperimposed、さらに移行し合うinter-trantition。これらの記憶は、既存の回路の選択プロセスによって保存される。階層的なネットワークの活動は、上記のmatching processを経て、統合されるという。この辺りの説明では、EdelmanとTononiのreentrant circuits再入力性回路や、TNGS(Theory of neuronal group selection)の概念に触れている。

最後は駆け足。勢いでざっと書いた乱暴な要約だったが、Basarの言っていることは非常にシンプルで、「脳の諸機能をネットワークのダイナミクスから包括的に捉えよう」、ということだと思う。このようなBasarの仮説の実験データや数学的な詳細は、数日前に購入した"Memory and Brain Dynamics"(CRC Press,1998)に詳しく述べられている。

ちなみに、先週末は福岡の認知運動療法の学会に急遽参加。若くて活気のある学会だった。若いセラピストの方が、ミラーニューロンやオートポイエーシスなどの用語をまじえて会話しているのには、僕は正直驚いた。セラピスト、哲学者、精神科医、脳科学者の異種対抗戦に興奮。学会前に読んでいた宮本先生の「リハビリテーションルネッサンス」を帰りの飛行機の中で読了。冷静な表現だが、重要な箇所で非常にインパクトのある表現が飛び込んでくる。読み進めるうちに引き込まれ、これから起こることを予感させる内容だった。河本英夫先生に精神医学哲学研究会に誘って頂いた。屋台で長浜ラーメンを食べ、東京に戻る慌ただしい一日だった。

今日の音楽:The Siddeleys"Sunshine Thegger"(12inch)
ネオアコースティックと呼ばれる、渋谷周辺に限定された局所的な熱病にうなされていた頃(楽しかった)、僕が最も気に入っていた曲。鹿児島の友達に譲ってもらった大切な12inch。

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コメント

ネットサーフィンしていたらたどりつきました。
東京の片隅の山の麓で働く6年目精神科医です。
いろいろ勉強頑張ってるみたいですね。
それではまた。

投稿 N | 2006年7月23日 (日) 19時12分

N先生、
コメントありがとうございます。
精神病院がある東京の山といえば、TKO山を思い浮かべました。そうであれば、僕が勤めている病院からそれほど遠くないかもしれないですね。

投稿 わるねこ | 2006年7月23日 (日) 21時43分

わるねこさま

このblogを読んでいると、
まるで脳の進化を見ているような気分になりますね。
頭が下がります。

認知運動療法学会は良い感じだったんですね。
私は新米の心理職です。
たびと音楽と、たぶんヒトが好きです。
またお邪魔させて下さい。

投稿 あるこ | 2006年7月24日 (月) 20時56分

内容を紹介していただき ありがとうございます。
この論文のタイトルがすごいですよね。
Memory as the "whole brain work": a large-scale model based on "oscillations in super-synergy
脳科学の最前線の最重要キーワードを選び出して、それらの相互の意味関係を表現しているではありませんか。

投稿 R.T | 2006年7月25日 (火) 06時31分

R.T先生、
ややもすると、欲張り過ぎと言ってもいいタイトルかもしれませんね。興味深い論文を紹介して頂き、ありがとうございました。早速Basarの"Memory and Brain Dynamics"(CRC Press,1998)を買って、1章だけ読み進めました。ちなみに、Basarの論文を読んで色々と気になり、昨日大学の図書館に行って文献を調べていたら、Nikolai AxmacherとJuergen Fellというドイツ人による"Memory fotmation by neuronal synchronization"(Brain Res Rev,2006)という論文をみつけました。Basarの引用は無いようですが、Basarと立場を同じくするようです。また、Damasioも、1990年にSeminars in the Neuroscienceで記憶に関するダイナミカルシステムズアプローチともとれるような論文を載せていましたね。この辺もそのうちレヴューしたいと思います。

あるこさん、
どうしたしまして。今、イスラマバードin、カシュガルoutで航空券を探していますが、日程に合うものが見つかるかどうか微妙です。タシュクルガンで長期工事が始まり、時間通行止めが開始されるという中国当局の発表もありました。何とかして、フンザに行ってみたいものです。

投稿 わるねこ | 2006年7月25日 (火) 20時52分

おひさしぶり

『振動』つながりということで一言

DEN先生が、うつ病の回復過程におけるドーパミンの動きも振動していくという仮説で研究してるよ

僕は、グアテマラとブータンで悩んでる 10月くらいかなあ

投稿 P | 2006年7月26日 (水) 00時34分

P先輩(ですね?)
KSM教授も統合失調症の回復過程を「減衰振動説」と読んで図式化していましたが、あれは症候レベルでのoscillationですね。oscillationはあらゆるレベルにあまねくみられる現象のようですが、神経伝達物質レベルでのoscillationが精神疾患の回復過程にみられる「良くなったり悪くなったり」というoscillationにつながってきたら面白いですね。

僕の休暇は9月の予定です。グアテマラとかホンジュラスには行ったことがないのですが、ティカルなどのジャングルの中の遺跡を思い浮かべます。やはり、中南米は旅していて楽しいですね。半鎖国状態のブータンはツアー客だけ入国可能なので、新婚旅行にとっておきます。

投稿 わるねこ | 2006年7月26日 (水) 02時10分

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