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2006年7月

2006年7月27日 (木)

最近

8月中旬に無理矢理休みをとって、下北半島の恐山、秋田の鶴の湯に行ってくる予定。
イタコが集まる大祭とは時期がずれてしまうが、純粋に観光目的。

Rudrauf D, Lutz A, Cosmelli D, Lachaux JP, Le Van Quyen M. From autopoiesis to neurophenomenology: Francisco Varela's exploration of the biophysics of being. Biol Res. 2003;36(1):27-65.

Varelaとともに晩年まで共同研究を続けていたRudrauf、Lutz、Le Van Quyenらが、Varelaの死後にチリの生物学系の学術誌に投稿した論文。生物学の領域におけるVarelaの主観性や一人称性、意識などに関する理論の詳細と変遷を網羅した内容で、非常にボリュームのある論文。LENA時代のVarelaの共同研究者や教え子によって書かれているが、ほぼVarela自身の思想と言ってよいと思われる。オートポイエーシス、生物学的自律性の諸原理、現象学から神経現象学、身体化、エナクトメントなどについて非常に詳しく述べられている。Varelaの他の論文でみられない重要な点は、Edelmanの理論の中核とも言える「Dynamic Core仮説」の概念を、脳科学からより一般的なシステムの概念に拡張しようとしていた点である。「していた」、とういうのは、Varela版Dynamic Core仮説が形あるものとして世に出る前に、Varelaはこの世を去ってしまったからである。

ちなみに、最近Varela関連の書籍をいくつか購入したのだが、そこにSpensor Brownの算法に関する記述があった。僕はSpensor Brownの自己言及性の算法については全くのど素人で、今のところそれほど興味も無いのだけれども、Varelaは1970年代から1980年代にかけてSpensor Brownの算法による自己言及に関する論考をいくつか書いており、自身のオートポイエーシス論にも応用されている。オートポイエーシスにおけるSpensor Brownの算法は、ルーマンのオートポイエーシス理論に顕著に現れているらしいが、読んだことが無い。そのSpensor Brownの算法で、自己言及に必須の概念として"reentry再入力"が出てくる。同じく自己言及するシステムとして、Edelmanのdynamic coreでもre-entryという概念が出てくるのだけれども、何らかの関係があるのだろうか?ちょっと気になった。


Le Van Quyen M, Khalilov I, Ben-Ari Y.he dark side of high-frequency oscillations in the developing brain.Trends Neurosci. 2006 Jun 20

これも、Le Van Quyenによるoscillationの"dark-side(暗黒面)"に関するレヴュー。主に脳の発達段階におけるoscillationの空間的なマッピングの形成、周波数帯域の変化と、てんかんの生成との関係について述べられている。Lutzにせよ、Le Van Quyenにせよ、Varela亡き後も、同門の研究者はいい仕事をしていると思う。

今、読んでいる本

竹内外史「集合とは何か-はじめて学ぶ人のために」(講談社)
難波完爾「数学・基礎の基礎」(海鳴社)
→寝る前に少しずつ‥。

町田康「猫にかまけて」

今日の音楽:V.A."Pop Ambient"(CD)
ambientのグッドオムニバス。ドラムレスのパチパチ、ドヨーンという音景は、クソ暑い部屋の体感温度を1〜2℃くらい下げてくれる。

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2006年7月21日 (金)

super-synergy

最近読んだ論文をメモ。アングロサクソン流とは言えない独特の英語表現で、1読してよく分からず、2周した。

Basar E.Memory as the "whole brain work": a large-scale model based on "oscillations in super-synergy".nt J Psychophysiol. 2005 Nov-Dec;58(2-3):199-226. Epub 2005 Sep 15. Review.

これは、脳の神経細胞の活動にみられるoscillationと記憶のダイナミクスに関するspeculativeなreview。wholisticな観点から、記憶を含む脳の機能特性を捉え直している。先日紹介したHakenの論文とも関連する内容。

結構ボリュームのある論文で、実験データも色々と紹介されているが、ここでは省略し、骨格のみを要約。

-multiple oscillations in the brain-
脳の電気的活動には、α(8-13Hz)、β(13-30Hz)、θ(3.5-7Hz)、δ(0.5-3.5Hz)、γ(30-70Hz)などの異なる周波数領域の振動現象"multiple oscillations in the brain"が存在する。これらの電気的活動パタンは、典型的には頭皮上から測定した脳波記録において確認することができる。さらに、oscillationは、脳だけでなく、心血管系のダイナミクス、免疫系、筋収縮などにもみられ、生物の様々な諸機能に関与しているとされる。1970年代からBasarの先駆的な実験によって、脳内の情報処理におけるこれらのmultiple oscillationsの機能的重要性が徐々に明らかにされてきた。例えば、聴覚刺激に対しては、海馬、網様体賦活系、一次聴覚野などの領域でα帯域のoscillationの増強がみられる。一方で、視覚刺激に対しては外側膝状核や一次視覚野などで大規模なθおよびα帯域のoscillationの増強がみられる。すなわち、脳は情報表現の戦略として、少なくとも部分的には異なる周波数帯域のoscillationを採用しているようである。

-selectively distributed oscillatory systems-
これらのoscillationは一見無秩序な神経活動を反映しているようにも見えるが、知覚刺激によってコヒーレントなoscillationが誘発される。これらは、evoked rhythmsと呼ばれ、神経細胞の集団の活動パタンがdisordered stateからordered stateへ遷移したことを反映する。知覚刺激によるoscillationパタンの遷移は、直前のspontaneous oscillationパタンの影響を受ける。上記のように複数の周波数領域および複数の領域におけるoscillationsは、互いに重なり合い(supeposition)、emsembleを構成している。Basarは、このような脳の神経細胞のネットワークは"selectively distributed oscillatory systems"(選択的分散振動波システム?)を構成していると主張する。このような観点から神経細胞のネットワークの特性を考えてみた場合、注意(attention)、知覚(perception)、学習(learning)および想起(remembering)などは、selectively distributed oscillatory systemsにおいて互いに分離することができない諸機能の連合(それぞれの頭文字をとって"APLR alliance")として捉えられる。Fuster(1997)は、かつて記憶は脳の皮質に広く分散した機能特性の反映と捉えたが、Basarによれば、記憶はAPLR allianceから切り離すことができないselectively distributed oscillatory systemsのネットワーク特性として捉えられることになる。同様の見解は、KelsoやVarelaらの論文にもみられ、近年のトレンドとなりつつある。つまり、記憶はそれぞれ独立した記憶"memories"として存在するのではなく、このようなネットワークの状態として"memory states"として存在すると考えた方がよい。同時に、Fusterの言によれば、記憶は関係論的に符号化(relational coding)されており、全ての記憶はassociativeなのである。言い換えれば、単一の記憶を脳の特定の領域に局在化することはできないということである。論文内のfigureで、Basarは、selectively distributed oscillatory systemsのシンプルなモデル化を試みている。

-complex matching process-
ちなみに、脳がtemporal codingという情報表現の戦略を採用しているとするならば、異なる領域帯域のoscillationが互いに統合されるためには、何らかの"matching process"あるいは"matching code"が必要となる。Singerの表現によれば、何らかの同期現象検出器"coindicence detector"が必要ということになる。Basarによれば、周波数によるfrequency codeをmatchingの最有力手段として挙げている。それぞれの脳領域における異なる周波数領域のoscillationsが異なる機能を担っている(temporal codingあるいはfrequency coding)ことが明らかにされつつあり、さらにWolf Singerらの先駆的な実験によって複数の領域のoscillationが時間的にコヒーレントな振る舞い(同期neural synchronization)を示し、神経活動が時間軸でダイナミックに統合されている可能性が明らかにされた。Singerらも、神経活動の同期によるtemporal codingをcoincidence detectorとして想定していた。

-hyerarchy of memories-
このようなダイナミカルシステムにおいて、記憶はどのようにcodeされているのだろうか?まず、Basarによれば、記憶も上述のAPLR allianceと切り離すことのできない(inseparable)ダイナミックなネットワーク特性として立ち現れる。仮にmultiple oscillationsが脳の普遍的なcoding戦略であれば、これらの諸機能の全てが何らかの形でoscillationの時空間的パタンとして表現されているということになる。このような前提のもと、Basarは記憶をダイナミクスの観点から、persistent memory、quasi-stable memory、dynamic memoryの3つに分類し直す。

(1)persistent memory永続記憶:一生を通じて固定された形式で保存される再現性の高い記憶。遺伝的に固定されている。反射refrex、複雑な反射complex reflex、系統発生的に保存された記憶phyletic memory、感覚受容feature detectorなどを含む。生体の恒常性の維持に寄与する。

(2)quasi-stable memory準安定記憶:形式がある程度は遺伝的に固定されているが、発達、学習などによって新たに獲得される記憶。知覚記憶perceptual memory、エピソード記憶や意味記憶などのlonger acting memory(long term memoryと言わないのはBasarの表現)、運動記憶motor memoryを含む。

(3)dynamic memory動的記憶:APLR allianceがmatching processによって活性、相互作用した結果、短時間保持されるプロセス。working memory作業記憶が典型的である。

これらの記憶は、連続的continuumで、互いに重なり合いsuperimposed、さらに移行し合うinter-trantition。これらの記憶は、既存の回路の選択プロセスによって保存される。階層的なネットワークの活動は、上記のmatching processを経て、統合されるという。この辺りの説明では、EdelmanとTononiのreentrant circuits再入力性回路や、TNGS(Theory of neuronal group selection)の概念に触れている。

最後は駆け足。勢いでざっと書いた乱暴な要約だったが、Basarの言っていることは非常にシンプルで、「脳の諸機能をネットワークのダイナミクスから包括的に捉えよう」、ということだと思う。このようなBasarの仮説の実験データや数学的な詳細は、数日前に購入した"Memory and Brain Dynamics"(CRC Press,1998)に詳しく述べられている。

ちなみに、先週末は福岡の認知運動療法の学会に急遽参加。若くて活気のある学会だった。若いセラピストの方が、ミラーニューロンやオートポイエーシスなどの用語をまじえて会話しているのには、僕は正直驚いた。セラピスト、哲学者、精神科医、脳科学者の異種対抗戦に興奮。学会前に読んでいた宮本先生の「リハビリテーションルネッサンス」を帰りの飛行機の中で読了。冷静な表現だが、重要な箇所で非常にインパクトのある表現が飛び込んでくる。読み進めるうちに引き込まれ、これから起こることを予感させる内容だった。河本英夫先生に精神医学哲学研究会に誘って頂いた。屋台で長浜ラーメンを食べ、東京に戻る慌ただしい一日だった。

今日の音楽:The Siddeleys"Sunshine Thegger"(12inch)
ネオアコースティックと呼ばれる、渋谷周辺に限定された局所的な熱病にうなされていた頃(楽しかった)、僕が最も気に入っていた曲。鹿児島の友達に譲ってもらった大切な12inch。

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2006年7月15日 (土)

いろいろ

夏休みはウイグル自治区〜パキスタンのノーザンエリアへと抜けるカラコルムハイウェイにほぼ決定。航空券さえとれたら、あっちでは何とかなるはず。結局、夏休みは4回連続でイスラム教地域に。

今週末は認知運動療法の学術集会に参加するため、福岡へ。そういえば、九州は初上陸。宮本省三先生、河本英夫先生、茂木健一郎先生、加藤敏先生などのそうそうたる面々の講演があるというから楽しみ。
認知運動療法のアプローチを、Schizophreniaなどの精神疾患へ応用させることは可能だろうか?僕はそうあって欲しい思うし、究極的には可能なのではないかとも思う。認知運動療法の話を聴けば聴くほど、そのように思う。身体的な関わりだけでなく、言語的な関わりさえもしばしば困難であるというところがSchizophreniaにおける最大の障壁となると思うが、少しずつ考えていきたい。


今週少しずつ読んだ論文をメモ

Pelaez JR.Towards a neural network based therapy for hallucinatory disorders.Neural Netw. 2000 Oct-Nov;13(8-9):1047-61.

幻覚(幻肢、統合失調症の幻覚、薬物による幻覚など)のニューラルネットワークモデルと、治療への応用について述べられたspeculativeな論文。内容はというと・・・省略。abstractだけで十分だと思う。


Seth AK, Izhikevich E, Reeke GN, Edelman GM.Theories and measures of consciousness: An extended framework.Proc Natl Acad Sci U S A. 2006 Jul 11;103(28):10799-804. Epub 2006 Jul 3.

EdelmanやTononiは意識という心的現象の「定量化」にこだわっている。EdelmanやTononiによれば、意識は系統発生的にgradualな現象であり、ヒトとミミズの意識の違いをできるだけシンプルに表現しようとしているのかもしれない。特にTononiはある程度の複雑さと統合性をそなえたシステムは、どのようなものであれ、一定の「意識」がそなわる可能性があるとことも言っている。一歩間違えると汎心論ともとられるようなラディカルな見解だけど、EdelmanやTononiとしては、一定の複雑さと統合性をそなえたある種のシステムの作動に必然的に浮かび上がる(entail=伴立する)現象ということなのだろう。
この論文は、意識の基盤となる複数のサブシステムの相互作用における複雑性を定量化するための3つの数学的なモデル、Neual Complexity、Information Integration、Causal Densityについて紹介し、それぞれのモデルの長所、短所について述べた論文。
Neural Complexityは、複数のサブシステムが一定の独立性を保ちつつ、同時に統合されることにより、システム全体がコヒーレントな活動パタンを生み出す程度を定量化するモデルで、解剖学的な構造の解析を必要とするが、脳のような複雑なシステムに応用することは困難。
Information Integrationは、以前にも少し詳しく紹介したが、システムが統合することのできる情報量(ここでは、Shannon的な情報)を定量化するモデルで、脳の神経回路の解剖学的な構造から計測することができる。
Causal Densityは、ネットワークを構成する要素の活動パタンのdifferentiationとintegrationを生み出す因果的な相互作用の程度を定量化するモデルで、解剖学的な構造に依らない。
Sethは、それぞれのモデルについて、supplementで簡単な数式を交えて紹介しており、勉強になった。結論としては、現在のところ意識の諸特性を包括的に捉えるモデルは存在しないということ。

Lutz A, Lachaux JP, Martinerie J, Varela FJ.Guiding the study of brain dynamics by using first-person data: synchrony patterns correlate with ongoing conscious states during a simple visual task.Proc Natl Acad Sci U S A. 2002 Feb 5;99(3):1586-91. Epub 2002 Jan 22.

Varela亡き後のNeuro-phenomenologyの一例。眼球の輻輳によって3次元立体画像を示すautostereogramを示したときに生じる知覚パタンに関する被験者自身によるfirst-person dataを、その内容に基づいていくつかのphenomenal clusterに分類したとき、それぞれにphenomenal clusterに対応したEEGパタン(特にneural synchrony)が見いだされたという実験。現象学の綿密な鍛錬でなくとも、十分なtrainingを経た被験者のfirst-person dataから、基盤となる神経活動のパタンをある程度まで推測することが可能であることを示している。以前挙げたEEGのMicrostateに関する論文にも似たような報告があった。ちなみにNeurophenomenologyの文脈でSchizophreniaを対象とした実験は今のところ無い様子。

Lutz A, Greischar LL, Rawlings NB, Ricard M, Davidson RJ.Long-term meditators self-induce high-amplitude gamma synchrony during mental practice.Proc Natl Acad Sci U S A. 2004 Nov 16;101(46):16369-73. Epub 2004 Nov 8.

これも同じくフランスのLutzによる実験。以前紹介したかもしれない。長年瞑想を行ってきたチベットの仏教僧の脳波とcontrol郡の脳波を(ネパールで)計測したところ、修行僧ではhigh gamma amplitudeとlong-distance synchronyの増大が確認され、同様の差異が瞑想にいそしんでいないresting stateにおいても確認されたという内容。統計的な解析から、これらの変化が年齢によるものではなく、瞑想修行の年数と正の相関が存在することが確認された。Lutzらは、瞑想修行が脳の活動パタンに長期的な影響を与えることを示している。Methodsでは、loving-kindness and compassionなどと瞑想の詳細(?)についてもちゃんと真面目に書かれている。Lutzによれば、このような実験もneurophenomenologyの一環として行われたということ。


これからは、Erol BasarとLe Van Quyenの論文を集中的に読み込む予定。しばらく時間がかかりそうだ。

今日の音楽:Choying Drolma and Steve Tibbetts"Selwa"(CD)
高度3000m超のチベタンシャント。80年代にECMなどで活躍したギタリストSteve Tibbettsによってブータンかネパールあたりで発掘された女性歌唱家Choyingが、彼のミニマルなギターソロに合わせてシャントする。西洋のフィルターを通してはいるが、単に西洋人のエキゾ趣味に終わらない静謐とした空気感がある。

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2006年7月 3日 (月)

synergetics of the brain

夏休み、カラコルムハイウェイかアンデスか迷うところ。本当はパタゴニアに行きたいんだけど、とても日数が足りない。いずれにしても今の気分は高地なんだけど、香料と熱気と雑音でムッとしたアジアの空気も久しく吸ってないしなあ。

最近読んだもの。

Haken H. Synergetics of brain function.Int J Psychophysiol. 2006 May;60(2):110-24. 2006 Mar 9.

ドイツ人のHakenは、1970年代からsynergetics(シナジェティクス)を提唱している人物。シナジェティクスとは、多数の構成要素から成るシステムにおいて、各要素の相互作用を通じて、全体としての秩序が生み出される自己組織化現象に関するシステム論。シナジェティクスという言葉は、最近では脳科学の分野でもあちらこちらで目にするけど、その理論の詳細について紹介した日本語の文献は意外に少ないと思う。河本英夫や多賀厳太郎の本で目にしたときから気にはなっていた。以下、統計物理学の人からすれば、常識のような内容だと思うが、数式の部分は僕にはよく分からなかったので、雰囲気をメモ。

シナジェティクスの骨格となるのは、control parameter(制御変数)とorder parameter(秩序変数)とよばれる変数郡と、slaving principle(スレイビング原理)と呼ばれる原理である。秩序変数は、数学的素養の無い僕にとっては感覚的に非常につかみづらい概念なのだが、要素の挙動やマクロなレベルでみられる相転移を決定する(秩序変数が要素を隷属slaveする)少数の変数であるということらしい。例えば複数の質点が互いにバネで結ばれた力学系のふるまいを考えてみた場合、それぞれの質点の質量などから系の振る舞いを推測する作業は、非常に複雑となる。しかし、この系が生み出す波の振幅が決まれば、各質点の振る舞いも決定する。つまり、この力学系では波の振幅が秩序変数となる。このように、synergeticsでは、各要素が相互作用する複雑なシステムの振る舞いが、比較的少数の秩序変数だけで表現できるという利点がある。秩序変数の数が各要素の数よりも少なければ、理論の情報圧縮にもつながる。

要素の振る舞いは秩序変数によって決定的な影響を受けるのだが、同時に秩序変数は要素の振る舞いによって維持される。つまり、スレイビング原理は秩序変数→要素という一方向的なcausalityを示す原理ではなく、秩序変数→要素→秩序変数という双方向的なあるいは円環的な因果関係circular causalityを表す原理である。また、秩序変数は複数存在することもあり、階層性をそなえたシステムにおいて、それぞれの現象レベルに秩序変数が見いだされる。さらに、これらは互いに競合関係にあり、ある秩序変数が別の秩序変数によって隷属させられるという秩序変数の階層性hierarchy of order parameterも存在する。

秩序変数は一定ではなく、常にゆらいでおり、システムに与えられた撹乱に対して、「ゆっくり」と元の状態に戻ろうとする。秩序変数にはいわゆるヒステレーシス(hysteresis:履歴)の特性があり、つまりシステムの歴史的な挙動に依存している。つまり、秩序変数は初期値だけでなくその後の振る舞い次第で、値が大きく変化する可能性がある。自己組織化システムでは、制御変数を少しずつ変化させていくと、不安定点instability point付近で秩序変数の揺らぎが決定的なものとなり、あるところで非平衡相転移nonequilibrium phase transitionと呼ばれるダイナミックな変化が生じることがある。例えば、自己組織化システムの中には、制御変数を変化させていくと、制御変数が一定のrangeにあるとき、振動現象oscillationを生じるものがある。レーザーなどが有名だが、Hakenは実際にレーザーの生成理論をsynergeticsの土台にした言われている。典型的には、synergeticsはこのようなシステムの振る舞いを数学的に理論化したものということになる。synergeticsは、生体の運動制御の機構に関する工学的な分野において応用がなされてきたらしい。

synergeticsの創始者であるHakenによれば、神経系もsynergetic sysytemということになる。覚醒時の脳は、常にinstability point近傍で作動し続けるシステムであり、外的な撹乱(知覚刺激)によって生じた新たな認知は、上記の非平衡相転移と捉えられる。さらに、このinstability point周辺では、少数の秩序変数によって、脳の挙動がダイナミックな影響を受ける。例えば、馬の走る速度が徐々に速くなるにつれて、ウォーク→トロット→ギャロップというように走行パタンが変化する瞬間がある。この例では、馬の走る速度と4本の足の位相差が、それぞれ制御変数と秩序変数に相当し、走行パタンの不連続な切り替えが非平衡相転移ということになる。

ヒトの運動系での応用例は、いち早くsynergeticsを神経システムに応用したKelsoの生体の運動制御に関する実験が有名である。両手の人差し指をメトロノームのリズムに合わせて逆位相で運動させ、メトロノームの周波数を徐々に挙げていくと、あるところで左右の人差し指の動きが同位相にそろうという相転移が生じることが知られているが、Kelsoらは、メトロノームの周波数が制御変数、左右の人差し指の位相差が秩序変数であることを様々な解析によって示した。つまり、少なくともある特定の条件では、人の運動・神経系の挙動が1〜数個の秩序変数のみによって決定され得るということが示されたのである。Kelsoの実験は、その後のbiological motionの統計的解析やモデル化に関するdynamical systems approachという流行をもたらした。

ここからは、とてもspeculativeな内容。Hakenは、ヒトの認知あるいは意識の状態をsynergeticsという観点で捉え、「知覚perceptionが秩序変数である」と提唱している。例えば、あいまい図形(ダルメシアンの絵とか、アルチンボルドの絵など)を提示したとき、異なる知覚パタンに相関して、局所的な神経活動の時空間的パタンが変化する。このとき知覚されたパタンが秩序変数である。上述のように、秩序変数はcircular causality によって結ばれているので、あるニューロン群neural assembliesの活動によって秩序変数が生成・維持され、これが同一あるいは別のニューロン群の挙動を決定し、さらにこれらのニューロン群の活動によって秩序変数が生成・維持される。synergeticsの観点では、あいまい図形や両眼視闘争でみられる知覚パタンの交替や意識と無意識は脳のmacroscopicなレベルにおける一種の非平衡相転移と捉えられる。制御変数に関しては、Hakenもはっきりしないが、注意attentionが制御変数の候補(attentional parameter)ではないかと提唱している。知覚、あるいは意識状態の遷移に関して、ここでもattractor landscapeの比喩が使われているが、従来のattractor netoworkでは、特定のattractorに収束した後に、また別のattractorに遷移していくプロセスを説明しにくい。特定のattractorに収束して、外部からの入力を欠いた状態でそのまま固定してしまうような脳は病的である。この辺りに関して、Hakenは疑似アトラクタ(quasi-attractor)という用語を使っており、意識状態が特定のquasi-attractorに収束すると、attentional parameterが変化し、元のquasi-attractorは消退vanishし、別のquasi-attractorへの準備状態が生まれるというような説明をしている。

以上のHakenによる秩序変数とシステムの挙動の関係は、Varelaが神経現象学neurophenomenologyで述べたfirst-person dataとthird-person dataの相互抑制的なtwo-way causalityの関係にも近いし、実際にVarelaのいくつかの文献(Thompsonと共著のもの、忘れた)でも触れていたような気がする。前者は統計物理学から、後者は現象学と生理学から発展した理論なので、出発点も記述の方法も全く異なるが、explanetory gapとか、causalityなどの問題に対して提示された解決策として共通する部分も多く、興味深い。Kelsoの実験が示したように、脳の高次の情報処理を少数の秩序変数で記述する可能性を指摘しているという意味で面白い内容だった。

概念はつかめても、細かいところはよく分からなかったので、勉強がてらにHakenの「情報と自己組織化」を購入した。

今日の音楽:Elliot Smith"Either or"(LP)
Depressionの音楽。「うつっぽい」とか「悲しげ」な音楽というわけではなくて、本物のDepressionという意味。70年代イギリスのNick Drakeなんかとも同じ匂いを感じる。決して、大げさな感情表現はしない。たたずまい自体が救いようのないイメージを与えてしまう。今知ったのだが、二人とも自ら命を断っている。惨めな気分に陥ったとき、夜中にこれを聴いていると、さらに深みにはまることになるのだが、僕にとっては最後には這い上がるしかなくなるという逆説的な反作用が生じる音楽。

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