« 2006年9月 | トップページ | 2006年11月 »

2006年10月

2006年10月25日 (水)

Tight correlation between hemodynamic responses and gamma-band oscillations

僕の勤めている精神科で、精神科における身体合併症マニュアルを作成している。
今までに無いマニュアルなので、面白い企画だと思う。
何人かでぼちぼちと書き始めており、出来上がったら出版される予定。

先日は神経心理の研究会に久しぶりに出席したついでに、図書館で論文を釣ってきた。
neural synchronyと、Schizophreniaに関する論文が意外に沢山みつかる。
このところ忙しくて論文を読む時間が余り無かったのだが、一段落ついたので、また色々と調べてみよう。
研究会では年明けに発表の順番が回ってくるらしいので、近々まとめてみたい。

以下、独り言メモ。いくつかの論文をパラパラと手にとって読んでみると、neural synchronyとSchizophreniaとの関連については、やはりAustrariaのEvian Gordonのグループの報告が最も多い。次いでHarvardのKevin M Spencerのグループ。あとは、Singerらのグループも散見される。neural synchronyにはevoked(tightly locked to stimulus)とinduced(loosely locked to stimulus)とがあり、それぞれ異なるプロセスを反映していると考えられる。やや乱暴に言えば、short-range synchronyは主にfeature bindingなどに、long-range synchronyは主にintegration of several segregated brain areasに異なる周波数帯域で関与しているのではないかと思われる。また注意、特に焦点注意(attentional blinkを使った報告が多い)との関連についても考えなければいけないようだ。Tallon-Baudryらは、注意によるneural synchronyのtop-down modulationを報告している。神経心理学的には前頭葉、頭頂葉内側などが注意に関わっていることはおそらく間違いないのだが、このような脳のmodularityとネットワークのダイナミクスとしてのneural synchronyをどうつなげていくか。


最近読んだ論文をメモ

Niessing J, Ebisch B, Schmidt KE, Niessing M, Singer W, Galuske RA.
Hemodynamic signals correlate tightly with synchronized gamma oscillations.
Science. 2005 Aug 5;309(5736):948-51.

SingerのグループによるScience論文。

f-MRIで用いられているBOLD imagingは脳機能評価の強力なメソッドだけど、ここで評価された脳血流の変化(hemodynamic response)がいかなる神経活動のダイナミクスを反映しているかについてはっきりとした結論は出ていない。
この論文は、一次視覚野に微小電極を埋め込まれた猫に対して2段階の強度の視覚刺激を与え、さらにoptical imgingで同時に撮影し、(1)spike rate、(2)刺激強度、(3)LFP oscillationとの相関関係を調べたという実験を報告している。

結果としては、まず従来通り脳血流の変化が刺激強度およびspike rateと相関することが再確認されている。しかし、さらに強い相関がγ-bandのLFP oscillationのpowerとの間で確認された。このLFP oscillationのpowerと脳血流変化との相関は、δ→θ→α→β→γと周波数帯域が上がるにつれて強くなった。また、刺激強度を固定すると、脳血流変化にはtrial by trialのfluctuationがみられるが、このfluctuationとspike rateは相関せず、LFP oscillationにのみ相関していることも確認された。

ちなみに、皮質の抑制性インターニューロンは高度に同期した発火パタンを示し、これによってpyramidal cellがperiodicに抑制され、γ-band synchronized oscillationが生じると考えられている。これは、抑制性インターニューロンが局所のenergy consumptionを決定する主要な因子であることを意味する。したがって本論文の考察では、γ-band synchronized oscillationに関連した脳血流変化の主要な因子は、皮質の抑制性インターニューロンであるされている。また、抑制性介在ニューロン自体は皮質のニューロンの20%程度を占めるに過ぎないという事実は、BOLD signalとunit recordingの解離をある程度まで説明するとされている。
脳機能の評価方法は様々で時間的、空間的解像度に一長一短がある。その中で、このような様々な脳機能評価方法の"cross modal"な関係を調べた実験はかなり重要だと思う。

今日の音楽:Elliot Smith"XO"
Edith Frostに並んで、depressionの音楽の個人的な最高峰。このあたりは大学時代によく聴いていた。
今は無き渋谷のZESTでは、缶ジュース以下の値段で売られていたが、だからこそあの店は潰れたのだろう。

| | コメント (3) | トラックバック (1)

2006年10月14日 (土)

Gerald Edelman"Second Nature"

今日は当直。

Alva NoeとJ Kevin O'Reganによる知覚論の論文を読んでいる。ちょっと前にArational agentさんや、pooneilさんのところで紹介されていて手に取ってみたものなのだが、かなり衝撃的。このあたりは、いずれ・・。

当直中にGerald Edelmanの"Second Nature"を読了。

本作は、前作"Wider than the sky"の姉妹作とも言うべき内容で、Neural DarwinisimやDynamic core仮説などに関する詳細については余り触れられていない。Edelmanの意識の理論の詳しい解説を期待すると、肩すかしに合うかもしれない。むしろ、本作はこれらの仮説と諸学との関連について延べたものである。その意味では、Edelmanの論文や、"Wider than the sky"、"Universe of consciousness"などの著作を既に読み終えた人を対象としているのではないだろうか。したがって、非常にspeculativeな内容であり、いわゆる脳科学の本ではない。ざっと一読しただけなので勘違いもあるかもしれないが、簡単に(無理矢理)要約すると以下のような内容。

本著の内容を一言で言えば、"brain-based epistemology"の可能性、つまり「認識論を(脳)科学化する」試みについて述べたものということになる。実際に、「認識論の自然科学化」というアプローチを提唱した米国分析哲学・論理学の大家クワイン(Willard Van Orman Quine)が全編を通して引き合いに出されており、クワインの言う自然科学の中でも脳科学がその中心を占めるということである。
アプリオリに「実在」する世界に対して、"second nature"とは、さまざまな認知的行為を営む人間(や他の生物)によって認識された世界の諸相やその「知識」を指しているのだと思われる。この辺りは引用が多く、知識の構造、形式や言語との関係などについて述べられている。Edelmanによれば、人類の歴史の中で我々のもつ知識に対して最も大きな影響を与えたのは、間違いなくガリレオとダーウィンである。ガリレオは宇宙を自然科学の言語で記述できるという方法論的可能性を示し、ダーウィンは人間も進化というダイナミックなプロセスの中で自然の中に埋め込まれているということを初めて具体的に示した。しかし、そのどちらにおいても、意識は依然として手つかずのまま残されている。いわば、意識の科学的探求は、ガリレオの描いた弧、あるいはダーウィンのプログラムを完遂するために我々が進むべき道ということになる。それは、意識の基盤となる世界と脳との相互関係の中で絶え間なく持続する神経活動のプロセスが、我々の知識の基盤でもあるのならば、"brain-based epistemology"というアプローチについてまじめに考える必要があるのではないか、ということである。また、それのためにはinstructionalなプログラムによって作動するコンピュータとは全く異なる原理を考えなければならない。その中心として据えられるのがelectionやdegeneracy、reentryなどいったNeural Darwinismの基本原理である。さらに、意識を部分的にそなえた人工物を作成することが可能であれば、それもまたある程度の知識を有すると考えられる。実際に、Edelmanがdirectorを務めるNeuroscience Instituteで試作されたダーウィンという名づけられた機械は、指示的プログラムを必要とせずに、知識をもつ、あるいは獲得するかのような振る舞いを示すという。また、意識の成り立ちについて病理によって照らされる部分もあるという文脈で、いくつかの精神疾患についても触れられている。本作では"brain-based epistemology"の具体的な形式や方法論が厳密に示されている訳ではないが、排他的なものを意図している訳ではないようだ。ちなみに、本作でもEdelmanのフロイトの精神分析に対するシンパシーについて述べられている。

我々が世界との相互関係の中で得た知識、あるいは"second nature"は、人文学と実証的科学という(C.P Snowの言う)2つの文化の中に分断された形で蓄積されている。そもそも、全てを記述することのできる記述言語など存在しないし、現象を再現できる説明なども存在はしない。たとえば、歴史や進化は本質的に一回性の現象として立ち現れ、理論によって再現することなど不可能なのである。しかし、科学的手法によってそのような現象の原理を示すことは可能かもしれない。人間の知識に対して、合理的かつ、実証可能かつ、理解可能な理論的骨格を与えるとするならば、知識の構造や獲得過程における脳の果たす役割を無視することはできない。Edelmanは、Neural Darwinismこそ、このような2つの知識の形態の「離婚」を克服し、"second nature"の起源を探求するための最善の道であると締めくくっている。

おそらく全体を通して30〜40人くらいの引用があり、その半数以上は哲学や人文学からのものだ。クワインの引用が多いけど、本書は厳密な議論が展開されているわけではないので、読みやすいとは思う。

クワインの哲学や科学哲学については、戸田山和久著「知識の哲学」(産業図書)を参照。僕はこの辺りは全くの無知なので、しばらくしたら読んでみようと思う。

今日の音楽:Juzu A.K.A Moochy/Momento(from CD"Momentos")
このアルバムの冒頭を飾る短い1曲は、僕にとっては奇跡的なchill。「何か始まるぞ」という背筋がゾクゾクするような、得体の知れない気分に陥る曲。

| | コメント (7) | トラックバック (0)

2006年10月 8日 (日)

Gerald M.Edelman"Second Nature:Brain Science and Human Knowledge"(Yale Univ Press,2006)

030012039701_aa240_sclzzzzzzz_v56352674_
Edelmanの新著が思っていたよりも早く到着。今は一年で最も過ごしやすい季節なので、ベランダに椅子を出し、少しだけ読んでみた。
前作よりも読み易いという印象。分量は前作と同じくらいか。ざっと目次を眺めるに、前著"Wider than the sky"で述べられていたNeural Darwinimsに関する詳細な記述は無さそうで、むしろこれを哲学などの他領域と接続させるという、「拡張版」のような内容だと思われる。

今日の音楽Various artists/Luftkastellet 4(CD)
DenmarkのMusic for dreamsから出ているコンピで、ずっと買っている。最近の傾向なのか、Chill out色の強いdubが多く選ばれている。特に、DJ disseによるLou Reedの"Walk on the wild side”のdubバージョンが良い雰囲気。

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2006年10月 6日 (金)

10月

仕事を3日間休んで、無事に回復。極量の抗生剤点滴が効いたのか、長引かずに済んでよかった。とはいうものの、看護師さんにパキスタンや中国で怪しい病気をもらってきたのではないかと白い目でみられる。
療養中に、ちょこちょこと流し読みした論文を簡単にメモ。

Freedman DJ, Assad JA.Experience-dependent representation of visual categories in parietal cortex. Nature. 2006 Sep 7;443(7107):85-8. Epub 2006 Aug 27.

何となく"experiece dependent"というタイトルが気になって手に取った論文。サルを用いたmultiple-unit cell recordingの実験。知覚刺激のカテゴリーのコーディングは前頭葉との関連がよく知られているが、visuo-spatial attentionや、motor planning、decision-makingなどに関わると言われているLIP(lateral intraparietal area)は、学習によるmotion-directionのカテゴリーの変化をより"robustに"コードしていた。一方でMTは、motion-directionを正確にコードしていたが、カテゴリーや学習による変化はコードしていなかったという話。LIPが、behavioral relevanceやmeaningといったより抽象的な表象の成立に寄与しているのではないかと考察。

Churchland PS, Churchland PM. Neural worlds and real worlds.Nat Rev Neurosci. 2002 Nov;3(11):903-7

Churchland夫妻のspeculation。最近はこういう話が気になる。ナイーブな実在論や観念論は神経科学の発展によって打ち捨てられたものの、real objectとneural representaionとの関係は、単純なマッピングやNCCという図式だけではまだ不十分で、neural spaceとreal worldのsimilarity distance(類似性の距離関係)によって構成される高次元マッピング空間を考えましょうという話。つまり、external realityとinternal representationとの相同性は明示的には対応させきれない部分、ある意味で恣意的な関係があるのだけれども、それぞれのドメイン内のsimilarity distanceの関係は対応させることができるのではないか、ということらしい。最後まで"Neural words and real words"というタイトルかと思い込んで読んでいたが、その方がしっくりくるなと思った。

Breakspear M.Aust N Z J Psychiatry. 2006 Jan;40(1):20-35. Review.The nonlinear theory of schizophrenia.

確か、BreakspearはオーストラリアでEvian GordonらとSchizophreniaのEEG関連の面白い研究を色々とやっていた人だと思う。speculativeで、よく理解できない部分もあったが、Fristonなどが言っていることと大きく変わらないのだと思う。この辺りはもう少し勉強が必要。

今日の音楽:Elliot Smith/Either Or(LP)
最近新譜は買っていないので、あれこれと棚から引っ張りだして聴いている。Elliot Smithはdepressionの音楽。その昔、宇田川町の東急ハンズ前にあったレコード屋で、100円で売られていた。これも、学生だった頃よく聴いていたもの。この季節に。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年10月 5日 (木)

tonsillitis

久しぶりに熱発して、40度は超えない辺りで上がったり下がったり。ああ、しんどい。
左の扁桃線が腫れて、表面に「しろいもの」がびっちりと付着していた。ああ、恐ろしい。
久しぶりに病欠で仕事を休んだので、朝、夕は病院で抗生剤の点滴をしてもらい、昼間は「風の谷のナウシカ」の漫画版とニュートン ムック「量子論」をぱらぱらと読んで過ごした。
とても論文は読めないといいつつ、dehaeneの論文をひとつよんでるところ。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

« 2006年9月 | トップページ | 2006年11月 »