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2006年12月18日 (月)

脳は空より広いか

4794215452一年ももうそろそろ終わり。
2人の精神科医の先生と僕とで邦訳に関わったGerald M.Edelman"Wider than the sky"の翻訳書「脳は空より広いか」が草思社から今月出版された。訳者はカナダ在住の冬樹純子さん。現在の位置づけとしては、EdelmanのNeural Darwinism、Dynamic core仮説の両方について書かれた日本語で唯一の入門書ということになるか。ボリュームは決して多くないのだけれども、密度は濃いので読み進めるうちにいくつかつまづき易いポイントがあるかと思う。むしろ、意識的に立ち止まって欲しい箇所がある。ダイナミックコアの活動パタン(C')と意識(C)の因果関係に関する下り、特に「伴立関係」意識に関する下りがそうだ。意識の科学について考えていく出発点として、「伴立関係」のような設定をしているのはおそらくEdelmanだけだろう、というのが僕らの考え。原著もそうだが、神経科学の知識が無くても読めるので、全く違う領域から意識について考えている人にも読んでもらいたい。むしろ、一般書だからこそ、他領域への接続性は高い。
また、本書でEdelmanの意識の理論に興味をもった人は、Giulio Tononiとの共著" The Universe of Consciousness"(原著)に進むのもよいだろう。

「脳は空より広いか」(草思社,2006)


そういえば、最近読んだネットワーク関連の本で、small-world networkに関するものがあった。"small-world"はもともとはグラフ理論などの数理系や社会学系の研究をしていたWattsとStrogatzによって提唱されたネットワークの構造に関する概念。アメリカという億単位の人口を有する巨大なネットワークでも、あらゆる人がそれぞれの知り合い(最低でもファーストネームで呼び合うくらいの仲)をたった平均6人経由するだけでつながっているというミルグラムの実験、「6次の隔たり」というキャッチフレーズが有名だ。その後はインターネットや経済学、生化学などで応用されてきたという経緯があるようだけど、最近は神経科学系の文献でもちらほらと見かけるようになった。
small worldとは、大雑把に言えば、クラスター性(いわば内輪繋がりの濃密さ)が高いにも関わらず、ネットワークの頂点(要素)間の最短距離が予想以上に小さいネットワーク。small worldの一例とも言えるインターネット(厳密に言えばsmall worldではないようだが)で言えば、ほとんどのウェブサイトは少数のリンクを張っているに過ぎないのに、あるウェブサイトから任意のウェブサイトへたどり着くためのステップはたった17回で済むということ。あるいは、これを書いている僕と偶然この記事を読んでいる人は、だいたい6人の知り合いを経てつながっているということ。僕らは家族、友人や同僚というクラスター性の高い局在的な内輪の世界に済んでいるのに、あらゆる人が結局たった数人の知り合いでつながっているというのは、僕らの直感に反しているようにも思えるけど、意外に「狭い世界」というのは日常的にしばしば遭遇する事実だ。
このような現実世界の高いクラスター性と短い関係的距離の両方を同時に実現するsmall worldのネットワーク構造の特徴として、「弱い靭帯」と比喩されるショートカットがある。上記の例で言えば、僕らは内輪的なクラスターを超えた関係性を少数ながらもっているということだ。脳で言えば、areaを超えたlong-rangeのinterneuronみたいなものだ。
もし1000億個のニューロンからなる脳がsmall worldみたいな構造をとっていたとしたら、関係論的には意外にも「脳は狭い」ということになる。無数の機能的モダリティに分かれ、高いクラスター性をもつ脳では、たとえほとんどのニューロンが隣接するニューロンとしかシナプス結合していなくても、ごく少数のlong-rangeなinteractionが存在すれば、ロバストで全一的なふるまいが実現する可能性が出てくる。そういえば、Buzsakiもレビューでそんなことを書いていた。
small-world networkについては、いずれレビューする予定。

今日の音楽:Small World"I Believe"
連想。デンマーク発のコンピレーション"Luftkastellet 4"に収録されたR&Bのトラック。スモールワールドネットワークとは全く関係ないのだけれども。

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コメント

 脳は空より広い!か。 Wider than the sky!・・・・・・ 本当によかったですね。
 本書の出版に共に参加させてもらえた幸運をかみしめつつ、この場をかりてコメントさせてください。

 自らに言うつもりでお勧めします。
 「堂々めぐり?!」に嫌気がさしている方々、エミリ・ディキンスンの詩を入口に、エーデルマンと出会ってみてはいかがですか?
 装丁は、おもてがパープル、紫、あるいは青。帯の朱色との相性がぴったりです。

 「これから」に思いをはせるなら・・・特にお勧めします。たとえばSFを真面目に見直す・・・契機をもたらしてくれるかもしれません。

 意識consciousnessをCとし、そのCを「伴立する」神経基盤をC'と表記する。
 はじめは正直なところ、わざわざCとC'なんて言い換えても意味がないのではないか・・・と思いました。しかし、「因果関係」問題はとても難しく、「CとC'」の構図を使って(短く言えるのが肝!)、コンパクトに語り合いながら、とにかく先に進んだのでした。何故わざわざエーデルマンが、こんな紛らわしい表記をしたのか・・・。「とても大切なことを伝えたい」という真摯な思いを感じることができたのでした。

 この本の今後を気にしつつ、今回の関わりについて納得できたことの幸せをかみしめています。

投稿 とりのなかま | 2006年12月19日 (火) 02時14分

本当におつかれさまでした。なかなか大変な作業でしたね。
それだけに、一昨日はとても楽しい会になりました。
Edelmanは意識関連でちゃんと邦訳されずに残されていた最後の大御所、といったところでしょうか。デネットにせよ、チャーマーズにせよ、ダマジオにせよ、結構ボリュームが多くて大変ですが、これくらいの分量なら集中力を持続させて読み切ることができそうだ、と思えるはずです。
今後は、Anthony Stevens(まだちゃんと読んでないのですが)にも、いずれ取りかかりたいですね。ただし、僕にはしばらく充電が必要そうです・・。

投稿 わるねこ | 2006年12月19日 (火) 02時45分

わるねこさんもこの本の翻訳に関わったんですね!この前、本屋で見かけて「お!翻訳されてる!」と驚いたところでした。伴立関係というのは、entailment(entailed property)の翻訳だと思いますが、随伴現象という時の「随伴」と「伴立」とは込められた意味が違うのでしょうか?

投稿 ykenko1 | 2006年12月21日 (木) 00時22分

2人の精神科医の先生と一緒に、翻訳に関わらせてもらいました。勉強になりましたし、とても楽しい作業でした。
伴立、あるいはC-C'関係は、あの本で最も理解しにくいところでした。
なので、ykenko1さんのご質問は、最も的確なところを突いていると思います(笑)

エーデルマンの意識の理論は、ダイナミックコアC’が意識Cを伴立するという立場に立脚しています。
entailという語は、一般に「必然的に伴う」という意味をもちますが、さらに、論理学の概念でもあり、そこでは「伴立する」あるいは「内含する」と訳されます。「命題pが命題qを伴立する」とは、「命題pが成り立つならば命題qが成り立つ」と同義です。このとき、「pはqの理由(根拠)である」と言い、「qはpの帰結である」と言います。
次のような例をみてください。

「相互に平行な二直線に、別の直線を交わらせる」(事態A’)、

「そこにできる同位角は等しい」(事態A)。

このとき、A’が成り立つならば、常にAも成り立ちます。したがって、「相互に平行な二直線に一本の直線を交わらせる」こと(A’)は、「そこにできる同位角は等しい」こと(A)を伴立しています。

要するに、entailは論理的帰結の必然性を指しています。エーデルマンはこれ以上語りませんし、語る必要が無いとも言っています。
さらに、エーデルマンは、CとC’の関係性に、このような論理関係の意味だけではなく、因果関係の意味をも与えていますね。つまり、C’とCは同時に成立するだけではなく、C’が常にCに対して起因的であり続けるのであるという意味です。

これに対して随伴現象は、「CはC’に依存している」、「原因としてのC’に引き続いて、結果としてのCが起こる」という関係をさします。まあ、一見すると伴立関係と大差のないようにもみえますが、意識Cを随伴現象として捉えると、Cは神経活動の単なる「飾り」となって一切の機能的意味をもたないことになってしまします。少なくとも進化論的な視点で意識の存在価値を強調している以上、このような説は避けられなければいけないようです。

投稿 わるねこ | 2006年12月21日 (木) 19時47分

なるほど、なるほど。丁寧な説明で、そこに込められた世界がよく分かりました。いやー、なかなか深いですね。「真理はその深みにある」という言葉がありますが、自然科学の文脈で意識の問題を扱う時のその「深み」に対する感性によって研究の方向性が大きく変わってくると思います。エーデルマンという巨人が、その「深み」に対して真っ正面から取り組んだのが本書ですね。わるねこさん方が翻訳に苦労された世界を味わいつつ、日本語版の本書も読んでみたいと思います。

投稿 ykenko1 | 2006年12月21日 (木) 23時35分

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