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2007年1月

2007年1月24日 (水)

最近読んだ本など

引き続いてネットワーク科学関連の著作、論文をちらほらと読んでいる。
世の中の勘の良い人は、もうとっくに読んでいるのだろう。
何が新しいのかと言われると答えに窮するが、複雑なネットワーク(たとえば、脳)の構造とふるまいを、同じレベルで、しかも直感的に表現できるということはすごい、と思う。

まず、A. Barabasiの「新ネットワーク思考」は、文句無しに面白い本だった。
Small-world networkの提唱者の一人、Duncan Wattsの本も読んだが、これは余りピンと来なかった。
現在は、Wattsの師匠であるストロガッツの「SYNC」という同期現象を扱った単行本を読んでいるところ。ちょっと冗長な文章だけど、脳に限らず自然界を遍く貫く「同期」という現象についてあらゆる角度から書かれている本だ。
前にも書いたが、最近は神経科学の分野でもsmall-world network、scale-free networkに関する論文をちらほらと見かける。現時点では、脳はscale-freeではなく、small-worldに近いことを示唆するデータが集まっているようだ。functional localizationと、synchronizabilityという一見相反するような特性をそなえたニューラルネットワークは、当然ながら完全にランダムでも秩序的でもない何らかの構造特性をそなえているはずだ。それが、small-worldのようなものである可能性はあると思う。その点では、やはりlong-range interneuronとの関連が気になる。

神経科学とネットワーク科学を結ぶ研究となれば、O.Spornsが先駆者で、現在も第一人者だろう。彼は、TononiやEdelmanとの共著も多い。
うーん、やっぱり、つながってきた。
ちなみに、日本では、増田直紀というかなり若い研究者による「複雑ネットワークの科学」という本がお勧め。
この人にもかなり期待。

僕はもうちょっと読み進んでから、レビューの予定。

最近読んだ論文。

Chie Nakatani, Junji Ito, Andrey R. Nikoaev, Pulin Gong, and Cees van Leeuwen
Phase synchronization analysis of EEG during attentional blink.
Journal of Cognitive Neuroscience 17:12,1969-17979,2005

(復習)RVSPの連続刺激において、2つのtarget刺激間の時間間隔を短くしていくと、約200-600msの区間では、、しばしば2番目のtargetが意識的に知覚される確率が低下し、意識から抜け落ちてしまうことがある。600msより長ければ、2番目の刺激もほとんどが意識的に知覚される。このような心理現象をattentional blinkという。しかし、これまでの研究で、意識的な知覚に失敗した2番目の刺激に対してもEEG上はearly-stage(300ms前後)のprocessingが出現することが分かっており、意識的なアクセスが可能か否かを決定づけるのはもう少し後に続くprocessingではないかと予想される。これらはDehaeneの論文で紹介した通りだ。
later-stageのinduced synchronizationがdiffuseに拡散する中で、二つのtargetによるprocessingが競合し、"winner take all"式に勝者のみが意識的なアクセスを可能とする、というモデルであった。

この実験は、attentinal blink課題において、EEGを使ってphase synchronizationを調べた実験。タイミングが異なるtaskに対応して、40Hz帯域のtransientなsynchronizationが出現しており、これはanticipationを反映した脳の内部状態のダイナミクスなのだという。

この論文を読んで初めて知ったのは、連続刺激において、刺激間の間隔が余りに短いと、二つのtargetの両方とも知覚されるという現象。これは、"Lag 1 sparing"と呼ばれている。したがって、2番目の刺激が意識的に知覚される確率は、200-600msでいったん低下して谷を作り、その前にも小さな山を作るような分布を示すことになる。
この"Lag 1 sparing"も、Dehaeneのモデルから、ある程度まで説明はつく。つまり、1番目と2番目のtargetが余りに近いと、互いに競合するような二つのwide-spreadなsynchronizationが生じず、まとまった刺激として処理されるかもしれない、ということだ。

最近読んだ本:ダン・シモンズ「イリアム」(早川書房)
前シリーズの「ハイペリオン」もかなりのハイテンションだったけど、ギリシア神話を題材にしたこのSFも、読んでいるうちに止まらなくなり、挙句の果てには他の仕事や勉強が全く手につかなくなってしまったため、しまいには寝る時間を削ってまでしてできるだけ早く読み切ってしまおうとした本。翻訳もすごく良い。

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2007年1月10日 (水)

高野山、UTCP

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先週末は、久しぶりの高野山に。
信州の真田家ゆかりの蓮華定院の宿坊で1泊。質素な造りで、派手ではないけど、その辺りがいわゆる日本的なイメージを惹起するのか、外国人の宿泊客がほとんどだ。
その日の宿坊の名簿にはDavid Byrneという名もあったから、驚いた。
折しも悪天候で、高野山は夜から雪に見舞われた。宿坊はほとんど暖房もきかず、外界との仕切りはガラスと障子一枚だけなので、結局僕は風邪をひき、中耳炎になってしまった次第。
しかし、雪の舞う中、奥の院まで続く参道を歩いていたときの僕の精神状態は何とも言えない感じだったと思う。

風邪も治りきらないまま、昨日、今日とarational agentさんのお誘いで、楽しみにしていたThomas Metzinger博士の講演@UTCPを聴いてきた。
first person perspective、phenomenal self、intentionality、consciousnessといったテーマに関する内容で、僕が早々に挫折したままの大冊"Being No One"の概要に沿って進んでいるようだ。
正直、通訳無しの英語で、かなりへばった。さらに、哲学の基本の知識を欠く僕にとっては、representation、intentionality、phenomenalあたりの用語の初歩的な説明から始めて欲しかったのだが、容赦なく次々と新しい概念が提示され、僕の頭は全くついていけてなかった(と思う)。でも、これくらいは、自分でやらなきゃ、駄目か。
それでも,UTCPの若い研究員の方はかなり積極的に質問していて、脱帽。講演の内容に対する僕の理解度の問題もあるのだが、この質疑応答を聴いていて哲学をやっている人の問題意識の在処がちょっと垣間みれたのは嬉しかった。

通常の体験が帯びる「主観性」といっても、僕も精神科医の端くれなので、特にSchizophreniaの自我障害と呼ばれる一連の体験成立の障害に関心がある。その中には、体験から主観性がそぎ落ちてしまったようなもの(離人、被影響体験)や、逆に過剰になってしまうもの(誇大妄想、被害妄想)もある。時間的な順序もあるが、通常はこれらがある程度混ざった状態で出てくることも多い。エンピリカル、クリニカルな話題に突っ込んでいく時間の無い今回の講演では、精神症状についてはほんの少々触れただけではあったが、Metzingerのようにまず概念装置とモデルの土台を徹底的にこしらえた上で、個々の臨床的な症候を解析していくアプローチは、現在の方法論的に閉塞気味の精神病理学ではみられないものだと思う。近年、運動の内部モデルなどが一部の自我障害の説明に使われていたが、勘違いでなければ、Metzingerの言うPhenomenal self modelは、これをもっと広く体験全体に拡張したものとも言え、知覚、運動などの要素的な認知的活動のみにとどまらない統合失調症の症候を捉える際に参考になる。しかし、そのためには、モデルのもうちょっと具体的なところを理解していないといけないんだろうな。あらためて、"Being No One"の該当箇所を読み返してみよう。
Metzingerのモデルは元々エンピリカルなデータを下敷きにして考えだされたものだと予想されるので、当然ながら脳の構造や神経活動の時空間的パタンとの関連も気になる。脳損傷例の研究からselfのrepresentationが右のparietalのBOLDにcorrelateするという論文を読んだことがあるが、多分そういうことだけではなくて、Schizophreniaをみた場合、神経活動の伝播の時空間的なパタンや、ニューロン群の機能的なグルーピングも関与していると思う。
今日はちょっと頭が回らないので、もう少し調べて考えてみよう。

今日の音楽Various artists"Pop Ambient 2007"(CD)
今年も出たアンビエント、アブストラクトのコンピレーション。ドラムもメロディーラインも欠いたトラックに残るのは、始まりも終わりもみえない浮遊音の連続性だけで、やはり怪しげな気分に陥る。ここまでいくと、もはや心地よさは余りない。でも、決して疲れない。アンビエントは、ゆっくりと鳴り始めるチルアウトやハウスのトラックのイントロ部分を延々と先延ばしにしたようなものだ。普通は十数秒たってから徐々にドラムやメロディーが入ってくるのに、このアンビエントのトラック群では始まるべきものが始まらない、永遠に先延ばしにされたような不穏な気分になる。

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2007年1月 3日 (水)

明日から

Dsc_0067数年ぶりの徳島の滞在もあっという間に終わって、明日からまた仕事。皆元気そうだったし、猫たちもすっかり家猫風情を身につけていて安心した。
久しぶりに木屋平村にも行き、かつての山岳武士の居城で、平家とともに落ち延びた安徳天皇の仮の内裏であったという伝説のある森遠城の跡地や、卑弥呼伝説のある悲願寺、子供の頃に良く泳いだ穴吹川などを訪れることができた。僕が子供の頃よりも、一段と廃墟が増えていたような気がした。

最近読んだ論文をメモ
Cho RY, Konecky RO, Carter CS.
Impairments in frontal cortical gamma synchrony and cognitive control in schizophrenia.
Proc Natl Acad Sci U S A. 2006 Dec 26;103(52):19878-83. Epub 2006 Dec 14.

シンプルなEEG study。健常群ではcognitionの負荷(cognitive control)に応じてPFCのγ synchronyのactivityが増加するが、Schizphrenia郡ではこのようなcognitive controlに応じた変化がみられない。このような差は、他の周波数帯域ではみられなかった。

Doesburg SM, Kitajo K, Ward L
Increased gamma-band synchrony precedes switching of conscious perceptual objects in binocular rivalry.
Neuroreport. 2005 Aug 1;16(11):1139-42.

binocular rivalryにおいて、被験者によってconscious perceptionのswitchingが報告される425および260ms前に、50ms程持続するtransientなγ-band synchronous oscillationがglobalに出現する。binocular rivalryではconscious perceptionが数百ms毎にswitchすることから、globalなγ-band synchronous oscillationのtransientなburstは、neural correlates of being consciousではなく、neural correlates of becomig awareではないか、という考察。

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2007年1月 1日 (月)

2007年

昨年は、前半はまずまずだったけど、後半は色んな意味でペースダウンしたなあ。
もうちょっと頑張らなきゃ、という感じを引きずりながら年を越したような。
でも、色々と楽しい仕事ができた。
今年は、勉強、研究のモチベーションをコンスタントに維持したい。

それでは、皆さん、今年もよろしくお願いします。

新年の音楽:Manual"Azure Vista"(CD)

今日の午後、久しぶりに実家の徳島に帰郷する予定。

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