social cognition
4月になった。僕が住んでいる官舎の目の前には大きな桜の木が数本植えられているので、部屋にいながら花見が出来てうれしい。
でも今日の雨で、大方散ってしまうだろう。
最近は、Buzsakiの本に並行して、social cognition関連の論文をちょこっとインテンシブに読みあさっているところ。
とりあえず、Ralph Adolphs、Frith CD、Decety、Brunet-Gouet、Burns、Arbibなどの総説を読んだ。
実験結果も一定しなかったり、解釈も様々だったりと、頭の中を整理するのが大変で、論文を読むたびに混乱していく気がする。うーん、ぱっとしない・・。中でもAdolphsのレビューは参考になった。
これからは、RizzolattiらのMirror neuron systemについて色々と調べる予定。
social cognition、あるいはsocial brainに関するレビューや研究論文を読んでいると、いくつかの前提と問題が浮かび上がってくる。整理のために、メモ。
定義、前提、仮説
1.social cognitionは、「他者の心的状態と行動出力を推測、理解することに関連した認知能力」と、ゆるやかに定義される。
2.social cogitionには、基盤となる脳の神経活動パタンが存在する。social brainとは、social cognitionに関与する脳領域であると定義される。
3.social cognitionは、自然選択の産物であり、霊長類、特にヒトに強く開花した認知能力である。
4.autistic spectrum disorderなど、social cognitionに明らかな障害を来す精神神経疾患が存在する。また、神経心理学におけるlesion studyでは、それぞれの損傷領域に対応したsocial cognitionの障害がみられる。schizophreniaでも、social cognition領域の障害がみられるが、それだけで全ての症候を説明することはできない。
問題
1.モダリティの問題:social cognitionは、単一のモダリティを構成するのか?そもそも、 social cognitionには、顔認知、emotional processing、perspective taking、familiality、empathy、learningなど、様々な認知処理過程が含まれており、もっと広くとれば、morality、言語能力、biological motionの認知やaction understandingなども含まれてくる。これらの全てが同一の次元の認知ドメインに属しているかというと、それははなはだ疑わしい。また、例えばTOMに代表されるように、social cognitionに関連した実験で用いられる課題も多岐に渡り、また賦活される領域も様々である。
2.stimuli自体のカテゴリー化に関する問題:1が脳内の処理過程に関する内的問題なら、こっちは外的問題に属する。環境から脳に与えられる無数の入力の中で、どのような条件を満たしたものがsocial stimuliと言えるのか?そもそも、脳に対する様々な入力の中から、social stimuliを取り出すことは妥当なのか?
3.underlying neural activityに関する問題:これも、1、2と重なるだろう。脳内に、social cognitionのprocessingに特化した領域は存在するのか?それとも、そのような固定した領域は存在せず、皮質および皮質下の脳構造がそれぞれ担うprocessingのcoordinationによって成立するものなのか。最近では、顔認知などをとってみても、コア領域のfusiform gyrusだけでなく、distributed processingという側面も強調されているようである。また、MEGやEEGなどで、social cognitionのprocessingのtemporal patternについても調べられているが、まだ初歩についたばかりである。
4.実験結果の解釈の問題:social cognitionに関連した実験では、主にf-MRIやPETなどの脳機能画像が用いられる。emotional processingにおけるamygdala、TOMにおけるmedial prefrontal cortex、顔認知におけるfusiform gyrus、motivational processingにおけるorbitofrontal cortexなど、self-representationにおけるright parietal regionなど、複数のコア領域が存在するというエビデンスは徐々に蓄積している。しかし、複数の実験が同様の課題を用いながらも、しばしば異なる脳領域が賦活されたり、矛盾する結果が得られている。また、lesion studyとactivation studyの結果に厳密な整合性がみられない点をどのように解釈するか?
5.methodの問題:1,2、4とも関連する問題。現在のところ、social cognitionを評価していると思われる様々な課題で賦活された領域郡をsocial brainであると仮定しているが、そもそもsocial cognitionのみを評価する課題を作ることは可能だろうか?
6.social cognitionは、その定義、性質上、self-otherのsegregationを前提とする。したがって、必然的に「自己self」に関連する問題もつきまとう。これまた、仮説的前提や、実験結果の解釈上の議論が絶えない問題の一つ。この問題に関しては、Mirror neuron systemが重要なトピックの一つだが、間接的なエビデンスが多く、今後の研究の進展が必要か。
現時点では、social cognitionに特化した脳領域を取り出すという戦略はmisleadingである可能性が高いと思う。確かに、高度な社会生活を送るヒトの適応戦略上、social stimuliはヒトにとって最重要かつ見落としてはならないものと考えられ、これらsocial stimuliのprocessingに強く関与するネットワークが存在する可能性は高いだろう。しかし、おそらくsocial cognitionは、系統発生の過程で良く保存された複数の脳領域の共調的な活動の上に成立するオーダーの高いmulti-modalな認知能力とみなした方がよいだろう。そういう意味では、f-MRIによるfunctional connectivityや、EEGやMEGによるsynchronization,coherenceなどを評価した実験があってもよいのだが、まだまだ少ないようだ。そもそも、social stimuliであれ、non-social stimuliであれ、環境から脳にはこれらが混在した形で入力され、形式的に両者を分つものは自明ではない。与えられたstimuliがsocialかnon-socialかどうかを規定するのは、学習や経験によって蓄積された知覚パタンのカテゴリーやこれらによって重み付けされたsaliencyだろう。た、実験結果が一定しない機能画像研究の実験結果は、むしろsocialとnon-social stimuliのprocessingが同一のネットワークを使用している可能性の方を示唆していると思われる。
今日の音楽:Yo La Tengo"I can hear the heart beat as one"(CD)
最近の映画:「フリークス」(DVD)
昨年のこの時期には、お台場で毎年やってる渚音楽祭に参加したのだけど、今年は病棟が忙しいし、連れもいないので、まあ無理だろうなあ。
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