ドリアン
先週末は、代々木公園で毎年恒例のタイフードフェスティバルが開催された。
最近は忙しいので、僕はほんの少しだけ立ち寄って、ドリアンを購入。
家に放っておいたら、猛烈な悪臭を吐き出し、蟻がわいた。
近頃は、時間があるときに、Buzsakiの本を少しずつ読み進めている。
ykenko1さんも書いていたように、これぞ僕らが求めていた本だという気がする。
色々と拡散的に勉強して、考えていると、ごく稀に断片的な知識から一気に全体的な理解へと移行する瞬間がある。
バラバラだった知識が互いにつながって、一つの知識へと収束するような感覚だ。
そうやって得られた理解は、実は当たり前のようなことだったりするのだが、一度こういったパーコレーションのようなことが起きると、個々の知識の理解や視点も前とは確実に違うものになる。そうなると、元の視点には容易には戻れなくなる。
直感的な洞察は、"aha experience"とも言われているけど、脳の中ではいったいどういうことが起こっているんだろうか?
こういう心理現象が起きるための諸条件はよく分からないけど、閾値のようなものがある気がする。
ちなみに、Schizophreniaの患者さんは、しばしば「突如として、全てが分かった」ような体験をするらしいのだが、収束点が違うだけで、本質的には同じような事態なのだろうか?
Schizophreniaの幻聴と、neural synchronizationに関する論文。精神医学関連のジャーナルにも、ちらほらとneural synchronization関連の研究が載るようになってきた。
自発的な動作の直前に脳内に発生するneural synchronizationは、forward modelにおけるefference copyの生成を反映した神経活動だというのが著者の立場。efference copyによって体性感覚野に"corollary discharges"が生じ、これが自発的動作にともなう感覚をキャンセルさせる働きを担っているという。
で、これは幻聴やさせられ体験などの病的体験を、forward modelの立場から説明しようとした実験。
発語の直前に発生するprespeech synchronyは、健常群に比してSchizophrenia群で減弱しており、これを自発的動作に関連したforward modelの異常と捉えているようだ。
うーん、この辺りはかなり疎いので、ちょっとよく分からない。
ただし、これまで、Schizophreniaでは知覚刺激によって惹起されるneural synchronizationについて調べたものがほとんどだったので、その意味では新しいと言えるかもしれない。
Hammock/Kenotic (CD)
先日も書いたHammockの前作。chill〜ambient〜electronicaで、感情に訴えかけるような陶酔的なメロディー。
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» タイ【パジェさん】が行く・・・?六本木ミッドタウン [美味−BIMI−]
タイ人の【パジェさん】。
我が家にホームスティで来ていたバンコクの大学の先生。
【パジェさん】自身は、どちらかとゆーと古い日本の風景や味が好きでしたが、
バンコクの大学生の興味のあるものを見るのもひとつの目的だったので、
いろんなこと経験していきました。
ここは「新しい街に行ってみたい」がテーマ。
一番新しい街とゆーことで、六本木ミッドタウンをお散歩してきました。
みゅうみゅうの六本木ミッドタウンの感想は、ん〜〜〜。
この手の雰囲... [続きを読む]
受信: 2007年5月21日 (月) 14時32分
コメント
わるねこ先生、
実は僕はこの1週間、ひどく調子を崩してしまい、いつものように同僚の助けを得て病欠させてもらっていました。こんな時間に起きだしてみたら、週明けには復帰できそうな感じまで快復しているので、リハビリのつもりで書かせてもらっています。
HammockのKenoticは、早速取り寄せて聴いていました。今週は聴けなかったんだけど、ノスタルジックな思いに漂いながら、僕は高校時代辺りから今までをボーっと振り返っていました。HammockのKenoticは、やさしい人が作ったような気がします。我らがBOCが「やさしくない」というわけではないですが、やはり別格の冴えを感じます。
Schizophreniaの患者さんの「突然の着想」を、先生は自らの"aha experience"(茂木氏の用語でしたか・・)に引き寄せて考察していますね。実はそれらが「本質的には同じ事態の表れの違いであるか否か」は、ここではひとまず置くとして、自らの体験との異同を真摯に検討する態度こそ、僕は臨床医としてとても大切なことだと思います。僕の場合は、evolutionary psychiatryのperspectiveから精神障害を再検討するAnthony Stevensらの見解の中でも、特にDepressionについて、あらためて自分に引き寄せて再検討をしていたところでした。彼らのrank theory,attachment theoryは、じっくり読んで「ああ、これだ!」と分かった気になってみると、「実は当たり前のようなことだったりする」んですね。
投稿 とりのなかま | 2007年5月20日 (日) 05時07分
とりのなかま先生
当直明けで、さっき起きたんですが、今日は風も出ていて、本当に良い天気ですね。
こういう日は、外に出ず、いっそ家の中にいてだらだらと音楽を聴いて過ごすのも良いですよね。
あの「分かった」、「ああ、そうか!」という感じはどこから来るんでしょう?
Edelmanの本を最初に読んだときは、「ふーむ、なるほど」くらいの感覚でしたが、2回目にじっくり読んだときに、「おお、そうだったんだ!」という瞬間がありました。RT先生のお宅で読み進めた際にも、何度かそういうことがありましたね。
ああいうのは、自分から意図して引き起こせる感覚ではありませんが、とても重要な気がします。体験の強さは、日常のそれから突出していますね。あと、宗教体験とか、音楽体験なども、ごくごく稀に、しかも予期せずに生じる体験ですよね。こういうときに頭の中で何が起きているのか、知りたいですね。
Anthony Stevensのevolutionary psychiatryはまだ読めていないのですが、いつかとりのなかま先生のお話をうかがえたらと思います。
でも、まずはゆっくりと体を休めてくださいね。
ちなみに、僕は病気で何日か家で過ごすときに、普段できないことを色々とします。読みたいけど読めなかった漫画を大量に読んだり、Newtonの宇宙論特集を読んだりなど・・。
先生もHammockを買ったんですね。ああいう緩めのテンポで、感情を豊かに表現するのは、なかなか難しいことだと思います。BOCは、もはや非現実的な世界で鳴っているような感じですが、Hammockはもっとプライベートで、色んな記憶を引っ張りだしてくれますね。
投稿 わるねこ | 2007年5月20日 (日) 15時32分
蟻って一回沸くと大変かもしれませんね。タイフードフェスティバル行きたかったな~
投稿 いすふぁは | 2007年5月20日 (日) 15時35分
いすふぁはんさん、
僕もドリアンを買うために立ち寄るくらいの時間しかありませんでしたよ。
それにしても、かなり混んでました〜。
近々、中東料理「ざくろ」に行きましょう!
投稿 わるねこ | 2007年5月20日 (日) 18時10分