consciousness is an order parameter
このところの夜はすっかり涼しくて、うるさい蝉じゃあなく、耳に心地よい鈴虫の音色が聴こえるようにもなり、もうすっかり秋だなー、としみじみ。苦手な夏が終わったことをうれしく思う。
2週間後には、病院の同僚と槍ヶ岳を登ってくる予定。うーん、楽しみ。
最近読んだ論文をメモ。
Walter J. Freeman: Consciousness, Intentionality and Causality. Journal of consciousness studies 6: 143-172, 1999
causality、conscousness、intentionalityなどについてspeculativeに述べられた論文。ボリュームが多くて、内容はところどころ難解な部分もあり、読むのに苦労したが、consciousnessや心脳問題について考えるためには、一度は読んでおいた方がよい重要な論文だ。引用頻度もけっこう高い。数式が無いので、興味さえあれば、誰でも読める。
要約すると、↓のような感じ。
Freemanによれば、脳のような、無数の要素から成り、多数のfeedback loopで結ばれたnon-linearな振る舞いを示す複雑なシステムとそこで起きる現象は、従来のlinear causationでは説明することは不可能であるという。
従来の(あるいは現在でも)心理学、認知科学における実験では、stimulus(input)→response(output)あるいは、perceptiton→motor responseというlinearな説明がなされることが多い。稀に、このようなsimplisticな説明が功を奏すこともあるが、あらゆる心的活動の基盤となる脳の神経活動はnon-linearであり、基本的に一回性のnon-reproducibleであって、絶え間ない神経活動のプロセスは常にdiscontinuousなステップ(state transition)の連鎖である。このような複雑なふるまいを示す脳の神経活動とこれに伴う心的活動を、単純にlinear causationに落とし込むことは不可能であると考えられる。
single or multi-unit cell recording、EEGやMEGなどの手法で脳の活動を観察すると、一見ランダムにみえるmicro-levelのニューロンのふるまいから、コヒーレントなmacro-levelのパタンが生み出されるのを目にすることができる。よく言われるように、脳は、self-organizing、antonomousなシステムで、外界や身体からの入力を欠いた状況でも時々刻々とコヒーレントな活動パタンを生み出している。外界からの刺激は、システムに対するperturbationとして作用し、神経活動の軌跡にバイアスをかけるものと捉えられる。相互に連結された視床ー皮質系では、各要素の活動パタンがあいまって全体としてのパタンを構成する。一方で、全体としてのコヒーレントなパタンは各要素をenslaveして、そのふるまいにバイアスをかけるという部分ー全体関係がみられる。このような円環的な関係は、"circular causation"と呼ばれ、Freemanによれば、consciousnessは脳という複雑なシステムにとっての"order parameter"である。
Freemanの言う「Consciousnessはorder parameterである」という事態は、どういうことか?
僕の理解では、次のような感じ。
あるタイムスケールでの脳の活動パタンC'がCという意識の状態を伴うとする(Edelman風に)。
僕らの日常的な感覚では、C1→C2→C3→・・・という連続する意識状態が何らかのcausalityをもって連なっていると感じられる。しかし、その基盤となるC'1、C'2、C'3はtrasparentで、直接把握することはできない。
心的活動と脳の神経活動をlinearなcausationで説明する際には、C'→Cという方向のcausationは認めるが、その逆のcausation(C⇒C')は物理的に不可能であるとされる。CはC'の指標であり、実際にはC'1→C'2→C'3→・・・というシークエンスだけが存在し、僕らが体験するC1→C2→C3→・・・というシークエンスは実際には成り立たない。Edelmanは、こちらの立場をとっている(Edelmanはダイナミックコア仮説で複雑系の考え方を取り入れているが、少なくともbrain-consciousness間のcausalityについてだけみれば、linearな立場をとっているようにみえる。しかし、より正確に言えば、C-C'関係をentailmentという「論理的に必然な関係」として捉えており、"causation"という考え方自体をとっていないのだが)。
しかし、circular causationの考え方では、C⇒C'という方向のcausationをも容認する。しかし、注意すべきは、これはCがorder parameterとしてC'のフローにバイアスをかけるという形をとったcausationであって、C'→CとC⇒C'は必ずしも対称ではないということだ。Circular causationでは、CとC'の関係は、C'1→C1⇒C'2→C2⇒C'3→C3⇒・・・というシークエンスで捉えられる。
VarelaとThompsonも、"Radical embodiment"で、同じような立場をとっていたと思う。
この、circular cusation自体は、とりたてて新しい概念ではない。記述のスタイルは違えど、Merleau-Pontyも50年前に"Action-perception cycle”として同じような結論に達している。しかし、一方で科学のコミュニティにlinear causalityを捨て去ることに強い抵抗があるのも事実で、特に医学の分野ではこのような傾向が強い。
この論文の後半には、精神医学に対する言及もある。近年の精神医学では、統合失調症のドーパミン仮説、ストレス脆弱性モデル、気分障害のモノアミン欠乏説など、様々な精神疾患の生物学的モデルが提唱されてきたが、ほとんど全てlinear causationを元にしていると言ってよい。Freemanは、このような状況に対して、「もうちょっと複雑に考えみては」と言う。
ちなみに、よく、bio-psycho-socialというつまらない表現を目にするが(僕はこの言葉が嫌いだ)、これだって、基本的には各レベルのイベントの総和が精神疾患の発症に寄与するというlinearなモデルであって、各レベルの相互作用は無視されていることが多い。
もちろん、個々の発症因子を特定していく作業は絶対に必要だ。しかし、これらの因子どうしの相互作用や異常を抱えた脳ー身体ー環境の相互作用を考えることも、精神疾患の発症とその後のプロセスについて考えるためには大事だろう。
今日の音楽:Peter Bjorn and Jhon"Yong Folks"(mp3)
コーヒーのCMで流れていたのを一度聴いて以来、耳から離れなくなってしまった曲。調べてみたら、北欧のバンドの曲だった。聴き方によっては、ネオアコ、ギターポップ的だと言えないこともない。今は、そういう表現はしないだろうけど。個人的には、ドンピシャ。後ろ向きで、力が抜けていて、全く地に足がついていない。12inchはあるのだろうか。10年前に聴いていたら、興奮しただろうなあ。
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コメント
わるねこさん、こんにちは。Freemanの言っていることは本当にその通りだと思います。既存のアプローチがlinearな観念に捕われ過ぎている、と。circular causationという事ですが、内容としては神経現象と精神現象の円環的因果ということなのでしょうが、精神が精神を自己産生するオートポイエーシスのような円環もあるのではないでしょうか?(その神経基盤については全く明らかではありませんが。)瞬間瞬間の意識のループが次の意識のループを産出する。我々が完全にlinearな概念から抜け出すためには時間に対するlinearな捉え方から解放されないといけないのかもしれません。(改めてそう考えるとrhythmというのはnon-linearな時間の捉え方と言えますかね。)
投稿 ykenko1 | 2007年9月 2日 (日) 20時25分
>circular causationという事ですが、内容としては神経現象と精神現象の円環的因果ということなのでしょうが、精神が精神を自己産生するオートポイエーシスのような円環もあるのではないでしょうか?
EdelmanもFreemanのどちらも、精神→精神→・・という因果については認めていないようですが、少なくとも僕らの主観的体験や日常的な体験のレベルではこういう形式をとっているように思われます。ただし、あらゆる瞬間の精神の状態が何らかの神経活動を基盤にしていると考える以上、因果の網に神経活動を介在させなきゃいけないのかなと思います。そうなると、精神と脳との因果的連関は、精神→神経活動→精神→神経活動→・・という形式をとらざるを得ないと思います。ただ、主観的体験という極めて特殊な現象レベルでは、ykenko1さんの言うような円環的因果は確かに起きているのでしょう。結局のところ、どのような視点をとるか、というのも大事そうです。今のところはこういう理解なのですが、いずれ変わるかもしれません(笑)
ちなみに、Varelaは、主観的体験とニューロンの発火という二つの現象を、「現象領域が異なる」と表現していました。
投稿 わるねこ | 2007年9月 2日 (日) 23時56分
はじめまして。私はオートポイエーシス論の研究者ですが、オートポイエーシス論では、意識をネットワークから成るシステムとして捉えます。したがって、必然的にcircular causationになるわけです。その際に、脳の働きは、直接に意識にかかわるのではなく、環境として意識に攪乱を与えるだけのものになります。脳の働きはむしろ、生命体が受けている攪乱を反映するのであり、意識の働きはそれによって決定されません。
オートポイエーシス論のブログを書いていますので、興味がおありでしたら開いてみてください。
投稿 山人 | 2007年9月30日 (日) 23時42分
山人さん
はじめまして、わるねこです。山人さん(ここでは、敢えてさんづけで呼ばせて頂きますね)の著作も存じております。コメントありがとうございます。
山人さんの言うように、オートポイエーティックな自律性をそなえた神経システムにとって、外界からの刺激や身体からの入力性信号は、全て撹乱として作用するのだと思います。ただ、脳が意識にとっての環境として働くというよりは、脳ー身体ー環境というシステムが相互的にカップリングするプロセスが、意識という一人称的な現象を伴立するのではないかと考えています。その意味では、僕自身はVarelaに非常に近い考えをもっていています。神経の発火という物理現象と意識という心的現象は、それぞれが異なる現象領域を構成しているため、両者を一意的に結びつけることはできないのではないかと。このあたりは、僕自身も山人さんに近い考えかもしれません。脳内の神経の発火活動と意識という心的あるいは一人称的現象の相互的な起因作用について考えるためには、単に神経の発火だけでは意識の創発を説明することはできず、発火という物理現象からもう一段階上のオーダーの全体的でコヒーレントなパタンの成立を考える必要があると考えています。このあたりで、Varelaの目指していた数理的な定式化やグラフ理論といった抽象的思考が生きてくるように思います。
投稿 わるねこ | 2007年10月 8日 (月) 23時58分
はじめまして、oniと申します。
EdelmanとFreemanから検索して来させて頂きました。
まだ学部生で、専攻は教育心理学になるのですが(文系です…)神経科学等を基盤とするnon-linearな精神活動に興味があります。
まだまだ勉強不足でモノをいえるような立場にはないのですが、個人的には意識そのものには物理的にも心理的にも実効性はないんじゃないかと思っています。ただ、意識というものを成立させている神経活動上のコヒーレントなパターンがorder parameterとして見かけ上機能するというのはわかります。
この領域に関してさらに勉強したいのですが、Edelmanのような立場や、Freemanのようなダイナミクスを前面に出した考え方で心脳問題を捉えている方は他にいらっしゃるんでしょうか?
もしよろしかったら、学問領域を問わず関連性が高いものをご教授いただけたらうれしいです。
投稿 oni | 2008年1月23日 (水) 02時30分
oniさん、初めまして。
僕は学部生の頃は、意識の問題についてほとんど考えることはなかったので、ちょっとうらやましいです。
以下、ご存知のものもあるかと思いますが、あしからず。
神経科学の領域で、意識の問題に正面から取り組んでいて、特に意識およびその基盤となる神経活動の非線形性を重視しているものというと、Gerald Edelmanのダイナミックコア仮説ほかには、同じくアメリカのGiulio Tononiのinformation integration theory、フランスのStanislas Dehaeneあたりの一連の研究が筆頭に挙げられます。Dehaeneは、意識の特性の一つとして、はっきりと「非線形性」というのを挙げてまして、特に最近の研究には目を見張るものがあります。ただし、著書は多くないので、論文で読んだほうが早いと思います。また、意識そのものを扱っているわけではありませんが、oscillationやsynchronizationなど、非線形的な神経活動のパタンについて詳しく知りたいのであれば、Buzsakiの"Rhythm of the brain”は必読の書です。この本の内容はとにかくすごくて、今後数年の道しるべになるのではないでしょうか。また、最近ではネットワークとしての脳の構造とふるまいを重視する立場から、グラフ理論を応用した研究も増えてきていますが、特にOlaf Spornsなどの論文やAlbert L.Barabasiの著書は面白いと思います。哲学畑では、神経科学に接続可能なものとして、Barnard BaarsのGlobal Workspace仮説,Francisco Varelaらのシステム論などが、個人的にはお勧めです。あと、物理畑では、"synergetics"を提唱しているHerman Hakenや、Scott Kelsoなどは、必ず抑えておいた方がよいと思います。それぞれ著書が数冊ありますが、数式が多くて読むのはなかなか大変です。
投稿 わるねこ | 2008年1月23日 (水) 13時09分
早速のご返答ありがとうございます。
やはりBaarsやVarelaは入って来るんですね。
いかんせん読むのに時間がかかってしまうので、どこまで出来るかわかりませんがTononiから読み始めてみます。
ちょっと調べてみたらRhythm of the Brainすごいみたいですね…頑張ります(笑)
非常に参考になりました。ありがとうございました。
投稿 oni | 2008年1月24日 (木) 16時29分