small-world and economical brain
局在的、いわゆる下位の認知機能については、ある程度までは従来の還元主義的方法論で解くことができるかもしれない。しかし、高次の心的機能になればなるほど、単純な解剖学的構造や生理学的現象との因果的距離が広がってゆく。それは、あたかも、心的現象が因果的に閉じた一つの現象領域を構成しているかのようである。だからこそ、精神病理学とか精神分析といった理論が臨床上決しておろそかにできないのだろう。しかし、脳と心的現象との関係を考えようとすると、従来の還元主義的手法では脳や心的現象の圧倒的な複雑さを前にして大きな限界が生じてしまう。そのため、新たにシミュレーションなどのトップダウン的な手法とともに中間レベルにおける解析手法をとる必要性が出てくる。精神医学の歴史は、度重なる還元主義的方法の隆盛とその後に続く大きな失望と反動作用の連続であった。極端に言ってしまえば、精神医学はまさしくこのような還元主義的方法論でのアプローチが困難、というか不可能である高次の心的機能を扱おうとする医学の一領域なので、グラフ理論やネットワーク解析のように脳の途方もない複雑さを抽象化してゆく手法は僕ら精神科医にとってはとても魅力的だ。
最近読んだ論文。前回に続いて今回もグラフ関連のペーパーをピックアップ。
要約すると、15人の若年健常被験者と11人の老年健常被験者において、resting-state下でf-MRIをスキャンニングし、90個のノードのconnectiviyをwavelet correlation analysisを用いて推定し(frequency intervalが0.06-0.11Hzの区間)、得られた数値をもとにして重み付けされた(weighted)グラフを再構築したところ、両群の被験者のグラフは"スモールワールドネットワーク"および"economical"な特徴を示した、という内容。驚いたことに、authorは2人ともケンブリッジの精神科医だという。Achardは、fMRIで得られたデータにグラフ理論を応用して、これまでにもいくつかの面白い研究を行っている。ケンブリッジは、Achardの他にも、Bassettとか、Bullmoreなどが色々とグラフ理論を脳科学に応用した研究を行っているようで、動向を追って行きたい。
なお、このスタディでは、スモールワールドネットワークの指標として、前回の記事で触れたcharacteric path length(L)とclustering coefficient(C)ではなくて、"cost"および、その関数とみなされる"global efficiency"と"local efficiency"という指標を採用している。efficiencyは、2001年にLarotaとMarchioriによって導入された指標だ。
"cost"の最も単純な定義は、「グラフがもつエッジの総数」だ。ネットワーク構築のために、脳が支払った代償と理解すればよいだろう。また、"global efficiecy(E global)"とは、「グラフ内の任意の2つのノード間の最短距離の調和平均の逆数」と定義される(ちなみに、どうして調和平均をとるのかは、よく分からない)。言うなれば、global efficiencyはネットワークの情報伝達(information transmission)の効率性の指標だ。これに準じて、各ノードからの情報伝達の効率性の指標として"nodal efficiency"を、「グラフ内のある特定のノードと他の全てのノードとの最短距離の調和平均の逆数」と定義することもできる。また、"local efficiency(E local)"は、「グラフ内部のサブグラフG(i)における任意の2つのノード間の最短距離の調和平均の逆数」という形で定義される。
WattsとStrogatzによれば、スモールワールドネットワークは、「ランダムネットワークよりも大きいCをもちながら、同時にregular networkよりも小さいLを示すグラフ」を指す。これと全く同じような事態をefficiencyで考えてみるとと、次のようになる。すなわち、同等の格子(costが同等だ、という意味)よりも大きなglobal efficiency(しかし、同等のランダムネットワークよりも小さい)をもち、同等のランダムネットワークよりも大きなlocal efficiency(しかし、同等の格子よりも小さい)をもつグラフをスモールワールド的であると判断する。このあたりの詳細は、文献を直接読むと詳しく書いてある。特に、小さなcostで、大きなglobalおよびlocal efficiencyを示す場合、そのグラフは"economical"なグラフであると評価される。
clustering coefficientとcharacteric path lengthを使ってスモールワールド性を評価する際の問題点は、グラフ内に孤立したノードが出現した場合にLが無限大になってしまうこと(もしくは、characteric path lengthは全てのノードが一つ以上のエッジをもつグラフにおいてのみ適応されうる)だった。このような問題点は、characteric path length とclustering coefficientの代わりに、efficiencyを使ってグラフを評価することによって解決される。このようなefficiencyがもつスモールワールドネットワークの指標としての有用性は、特にブレインイメージングにグラフ理論を応用する際に有利だ。というのも、ブレインイメージングのデータからグラフを再構築すると、閾値の設定値によって孤立したノードが出現しやすいからだ。さらに、characteric path lengthが重み付けされていないグラフにのみ適用することが可能だったのに対して、efficiencyは、重み付けされたグラフにも適用することが可能という利点がある。
この研究では、加齢により、あらゆるcostのグラフに対してもglobal およびlocal efficiencyが低下することが示されている。このような変化は、frontal、temporal、subcortical regionで顕著であったという。さらに、両群にD2アンタゴニストであるSulpiride(400mg)を服用させた場合には、low-costのグラフの場合にglobalおよびlocal efficiencyが低下することも示されている。
オーサーが精神科医だから、という事情もあるが、「D2アンタゴニストによるefficiencyの低下」という結果を示しているのは、明らかに統合失調症を視野に入れているのではないかと思われる。ただし、その意味については、もう少し考えてみたい。
また、association cortexがより多くのエッジをもつのに対して、paralimbic cortexなどの他の領域がもつエッジ数は比較的少なく、association cortexなどの特定の領域群が脳内の"ハブ"として機能している可能性も示されている。
このような結果をみると、おそらく脳は進化と発達の過程を通して、情報処理のために経済的かつ効率的な組織化の戦略をとってきたのだと想像できる。グラフ理論の文脈からエーデルマンのニューラルダーウィニズムを再考することも可能だという気がしてきた。発達にともなって、ネットワークのconnectivityがどのように変化していくかという研究は、僕の知るところまだ行われていないようだが、面白い結果が出るのではないかと思う。
今日の音楽:DJ Disse/When I'm bored I change colour(CD)
Music for Dreamsから。抑制のきいた、トライバルなダブ。
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