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2007年10月21日 (日)

small-world and economical brain

局在的、いわゆる下位の認知機能については、ある程度までは従来の還元主義的方法論で解くことができるかもしれない。しかし、高次の心的機能になればなるほど、単純な解剖学的構造や生理学的現象との因果的距離が広がってゆく。それは、あたかも、心的現象が因果的に閉じた一つの現象領域を構成しているかのようである。だからこそ、精神病理学とか精神分析といった理論が臨床上決しておろそかにできないのだろう。しかし、脳と心的現象との関係を考えようとすると、従来の還元主義的手法では脳や心的現象の圧倒的な複雑さを前にして大きな限界が生じてしまう。そのため、新たにシミュレーションなどのトップダウン的な手法とともに中間レベルにおける解析手法をとる必要性が出てくる。精神医学の歴史は、度重なる還元主義的方法の隆盛とその後に続く大きな失望と反動作用の連続であった。極端に言ってしまえば、精神医学はまさしくこのような還元主義的方法論でのアプローチが困難、というか不可能である高次の心的機能を扱おうとする医学の一領域なので、グラフ理論やネットワーク解析のように脳の途方もない複雑さを抽象化してゆく手法は僕ら精神科医にとってはとても魅力的だ。

最近読んだ論文。前回に続いて今回もグラフ関連のペーパーをピックアップ。


Achard S, Bullmore E.
Efficiency and cost of economical brain functional networks.
PLoS Comput Biol. 2007 Feb 2;3(2)

要約すると、15人の若年健常被験者と11人の老年健常被験者において、resting-state下でf-MRIをスキャンニングし、90個のノードのconnectiviyをwavelet correlation analysisを用いて推定し(frequency intervalが0.06-0.11Hzの区間)、得られた数値をもとにして重み付けされた(weighted)グラフを再構築したところ、両群の被験者のグラフは"スモールワールドネットワーク"および"economical"な特徴を示した、という内容。驚いたことに、authorは2人ともケンブリッジの精神科医だという。Achardは、fMRIで得られたデータにグラフ理論を応用して、これまでにもいくつかの面白い研究を行っている。ケンブリッジは、Achardの他にも、Bassettとか、Bullmoreなどが色々とグラフ理論を脳科学に応用した研究を行っているようで、動向を追って行きたい。

なお、このスタディでは、スモールワールドネットワークの指標として、前回の記事で触れたcharacteric path length(L)とclustering coefficient(C)ではなくて、"cost"および、その関数とみなされる"global efficiency"と"local efficiency"という指標を採用している。efficiencyは、2001年にLarotaとMarchioriによって導入された指標だ。

"cost"の最も単純な定義は、「グラフがもつエッジの総数」だ。ネットワーク構築のために、脳が支払った代償と理解すればよいだろう。また、"global efficiecy(E global)"とは、「グラフ内の任意の2つのノード間の最短距離の調和平均の逆数」と定義される(ちなみに、どうして調和平均をとるのかは、よく分からない)。言うなれば、global efficiencyはネットワークの情報伝達(information transmission)の効率性の指標だ。これに準じて、各ノードからの情報伝達の効率性の指標として"nodal efficiency"を、「グラフ内のある特定のノードと他の全てのノードとの最短距離の調和平均の逆数」と定義することもできる。また、"local efficiency(E local)"は、「グラフ内部のサブグラフG(i)における任意の2つのノード間の最短距離の調和平均の逆数」という形で定義される。

WattsとStrogatzによれば、スモールワールドネットワークは、「ランダムネットワークよりも大きいCをもちながら、同時にregular networkよりも小さいLを示すグラフ」を指す。これと全く同じような事態をefficiencyで考えてみるとと、次のようになる。すなわち、同等の格子(costが同等だ、という意味)よりも大きなglobal efficiency(しかし、同等のランダムネットワークよりも小さい)をもち、同等のランダムネットワークよりも大きなlocal efficiency(しかし、同等の格子よりも小さい)をもつグラフをスモールワールド的であると判断する。このあたりの詳細は、文献を直接読むと詳しく書いてある。特に、小さなcostで、大きなglobalおよびlocal efficiencyを示す場合、そのグラフは"economical"なグラフであると評価される。

clustering coefficientとcharacteric path lengthを使ってスモールワールド性を評価する際の問題点は、グラフ内に孤立したノードが出現した場合にLが無限大になってしまうこと(もしくは、characteric path lengthは全てのノードが一つ以上のエッジをもつグラフにおいてのみ適応されうる)だった。このような問題点は、characteric path length とclustering coefficientの代わりに、efficiencyを使ってグラフを評価することによって解決される。このようなefficiencyがもつスモールワールドネットワークの指標としての有用性は、特にブレインイメージングにグラフ理論を応用する際に有利だ。というのも、ブレインイメージングのデータからグラフを再構築すると、閾値の設定値によって孤立したノードが出現しやすいからだ。さらに、characteric path lengthが重み付けされていないグラフにのみ適用することが可能だったのに対して、efficiencyは、重み付けされたグラフにも適用することが可能という利点がある。

この研究では、加齢により、あらゆるcostのグラフに対してもglobal およびlocal efficiencyが低下することが示されている。このような変化は、frontal、temporal、subcortical regionで顕著であったという。さらに、両群にD2アンタゴニストであるSulpiride(400mg)を服用させた場合には、low-costのグラフの場合にglobalおよびlocal efficiencyが低下することも示されている。

オーサーが精神科医だから、という事情もあるが、「D2アンタゴニストによるefficiencyの低下」という結果を示しているのは、明らかに統合失調症を視野に入れているのではないかと思われる。ただし、その意味については、もう少し考えてみたい。

また、association cortexがより多くのエッジをもつのに対して、paralimbic cortexなどの他の領域がもつエッジ数は比較的少なく、association cortexなどの特定の領域群が脳内の"ハブ"として機能している可能性も示されている。

このような結果をみると、おそらく脳は進化と発達の過程を通して、情報処理のために経済的かつ効率的な組織化の戦略をとってきたのだと想像できる。グラフ理論の文脈からエーデルマンのニューラルダーウィニズムを再考することも可能だという気がしてきた。発達にともなって、ネットワークのconnectivityがどのように変化していくかという研究は、僕の知るところまだ行われていないようだが、面白い結果が出るのではないかと思う。

今日の音楽:DJ Disse/When I'm bored I change colour(CD)
Music for Dreamsから。抑制のきいた、トライバルなダブ。

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コメント

>この研究では、加齢により、あらゆるcostのグラフに対してもglobal およびlocal efficiencyが低下することが示されている。
結晶性知能などという言い方がありましたが、加齢によって機能が衰えていくというネガティブな面だけではなく、むしろ無駄なネットワークの数を減らしていく事で物事の本質にアクセスできるようなポジティブな面もあるような気がします。つまりネットワークの量的な面だけではなく、質的な面はどうなのか、実は加齢によって量的には低下しても、質的にはむしろ洗練されているのでは?という疑問です。今後の研究課題でしょうかね。

投稿 ykenko1 | 2007年10月23日 (火) 00時15分

ykenko1さんのコメントになるほど、と思いました。うーん、そういう老いかたって素敵ですよね。
確かにこの研究では、ネットワークのマクロなconnectivityをざらっと調べただけで、知能や他の認知に対しては一切触れていません。そういった研究をみたことはありませんが、今後に期待したいところです(もしくは、やってみたい)。

投稿 わるねこ | 2007年10月23日 (火) 17時00分

先生の勉強しっぷりには頭が下がります。
忙しい中、知的好奇心を失わずにいられるバイタリティーを見習わなくてはと思いました。
グラフ解析やネットワーク理論は全く無知ですが、Savant Syndromeを考えたときには、rote memoryのコストは意味記憶を形成することよりかなり非効率的な方法であり、きわめてコストの高い手段のような気がしていました。本質を知ることが結晶化した記憶なら、その対局にあるのがrote memoryで、神経基盤も明確に異なっているのではないでしょうか。勝手な推論ですが。。。
僕ももう少ししたら暇になるので先生に追いつけるよう頑張って勉強することにします。。。

投稿 civa | 2007年10月23日 (火) 19時41分

CIVA先生、多分・・先輩ですよね?
暇をみつけて、ちょくちょく論文だけは読むようにしてます。
グラフ理論がそのモデルを考える際に土台としているように脳のネットワークがfunctional segregation/integrationを両立させるような構造をもっているのであれば、サヴァン的能力とはまさにfunctional segregationの極端な突出だと言えそうです。その代わり、社会的認知やassociativeなプロセスが必要な意味記憶は、成立しづらくなると。社会的認知という観点からみれば、確かに極めて非効率だと思います。そういえば、最近のunderconnectivity仮説も、ネットワーク的視点からlocal connectivity↑/global connectivity↓という方向に向かっていますね。ネットワークのconnectivityからある程度までは解けそうな気がしています。

投稿 わるねこ | 2007年10月23日 (火) 23時12分

追記)CIVA先生よりコストの言及がありましたが、脳のコストには、主に2種類あって、"wiring cost"と"energy cost"です。local connectivityの増大は、wiring costには良いのですが、long rang connectionの減少はenergy costを増大させてしまいますね。あくまでunderconnectivity仮説上での自閉症モデルは、結果的に「高くつく」パタンなのかもしれません。
何だか色々と面白いことができそうか気がしますね。先生が暇になったら、一緒に何かやりませんか。

投稿 わるねこ | 2007年10月24日 (水) 02時13分

僕の正体は先生の予想通りだと思います。
先日ロンドン大学のDr.Frithの講演を聞く機会がありました。彼女はsocial brainとexecutive functionの問題をlong connectivity↓、Savant skillと関連したweak central coherenceをlocal connectivity↑と結びつけ、両者は独立事象であり別のgenetic factorをもつ、という主張をしていました。(たぶん)connectivity的にも、行動レベルでのSavant skillとsocial brainも相互作用があるのでは?と質問してみたんですが、通訳を介したので意図が十分伝わらなかったのかそういうこともあるだろうといった軽い答えが返ってきました。
この辺の相互作用やどちらが先とか方向性とかといった問題は統合失調症を考えていくときにはかなり重要な点になるのではと勝手に思っています。
今後は少しずつ研究も考えたいと思ってます。ぜひ一緒に何かやれるといいですね。

投稿 civa | 2007年10月28日 (日) 20時59分

確か、Frithはどこかの学会に来てたんでしたっけ?僕も聴いてみたかったです。
ちなみに、個人的な予想では、ASDでは実はlong connectivityは→で、local connectivityだけが↑という可能性もあるかなと思います。言い換えれば、small-world networkみたいに両者の比率が一番の問題になるのかもしれません。このパタンでも結果的には、local processing↑かつintegrated processing↓となる可能性があるかと思われます。

投稿 わるねこ | 2007年10月28日 (日) 22時55分

議論とはずれてしまうのですが。
時間解像度の高いMEG, EEGにご興味をお持ちということですが、NIRSに関してはどのようにお考えでしょうか。時間解像度が高いという利点があるとはいいながら、血流を計測しているために、果たして、この高時間解像度が有効であるのか、という議論があると思います。Networkを考える際に、NIRSを道具として用いることは想定していらっしゃるのでしょうか。

投稿 | 2007年10月30日 (火) 10時47分

コメントありがとうございます。
僕自身は、NIRSについてはほとんど無知で余り論文も読んだことがないのですが、理論的にはNIRSのデータにもグラフ理論を適用してネットワーク解析ができるんじゃないかと思います。ただし、そのような研究例はまだみたことはありません。ご存知のようにEEGはミリセコンドのオーダーでの時間解像度を生かしてsynchronization likelihoodなどの指標使うことができ、f-MRIのBOLD信号では時間解像度は落ちますが、かわりに高い空間解像度を生かして精細なネットワークを描出することができるというように、どちらにも短所と長所がありますね。個人的には、MEGが最も有望なのではないかと思います。ここで、NIRSの利点をどこに見いだすかというのが重要なポイントとなると思うのですが、やはり比較的高い時間解像度と低侵襲性と簡便性ということになってくるのでしょう。そうなると、(精神科医的には)NIRSで精細なネットワーク解析を行うというよりは、神経疾患や精神疾患のクリニカルサンプルを使った臨床的な研究で威力を発揮するのではないかと思われます。
的外れだったらすみません・・。

投稿 わるねこ | 2007年10月30日 (火) 19時06分

ありがとうございます。私も同様のことを考えています。NIRSの利点は、ベッドサイドで測定が出来るということにあると思います。fMRI, MEGの場合には、患者さんの撮像中、十分にモニターすることは難しいですし、特にfMRIの場合、閉所・撮像音・頭部の固定による患者さんの負担が大きくなります。健常被験者でMEG, fMRIによる詳細なネットワーク解析を行い、患者さんでの変位の観察にNIRSを用いるというのが臨床にも貢献する方向ではないか、と思います。

投稿 | 2007年10月31日 (水) 08時47分

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