The application of graph theory to complex networks in the brain
このところ、病院での仕事が猛烈に忙しい。夏季休暇体制だから仕方がないけど、何だか、旅行気分も一気に吹っ飛んでしまった。
最近読んだ論文。
最近、神経科学にグラフ理論を応用するというスタイルのペーパーがビシバシと出ている。これは、brain imagingによって得られたデータの解析にグラフ理論を応用するという実験を精力的にやっているC.J.Stamのグループによるレビュー。増田直紀氏の著作を1冊でも読んでいれば、それ程苦労せずに理解できると思う。
この総説を読むと、現時点で神経科学においてグラフ理論がどのように応用されているのかが、非常によく分かる。また、いくつかの避けられない問題点も。
Stamのグループがとっている手法は、brain imagingのデータから仮想的なグラフを構築し、これを解析するという方法だ。
具体的には、まずresting-stateあるいはcognitive task下でEEGやMEGを測定し、次に各チャンネル間のsynchronization likelihood(SL)(Stam,2002)を算出する。任意のSL値を閾値(p)として設定し、SL値がpよりも大きいノード間ではリンクが存在し、SL値がpよりも小さいノード間ではリンクが存在しないと考える。そうすることによって、EEGまたはMEGのチャンネル数に近いノードをもったunweightedなグラフが構成される。その上で、degree distribution、synchronizabilityや、C(cluster coefficient)やL(characteric path length)などの"small-world properties"を解析するのである。
現時点では、少なくともbrain imagingから再構成されたグラフは、randam networkよりもsmall-world networkに近いようである。また、Barabasiのscale-free networkについては、脳に関しては肯定的な報告(Eguiluz VM, 2005)よりも、否定的な報告の方が多いようだ。
グラフとして示される脳のconnectivityは、resting-stateとcognitive taskでは余り変化せず、state-independentな傾向が示唆されている。しかし、教育歴(Micheloyannis,2006)や、遺伝的要因(Posthuma, 2002)によって変化しやすい傾向も示唆されていて、その意味では、グラフとして示される脳のconnectivityがあるい程度までは解剖学的なconnectivityも反映していると考えられるだろう。
また、以前このブログでも紹介したかもしれないが、Bassett DSらによるMEGのデータにグラフ理論を応用した研究では、大脳皮質のネットワークの各種パラメータ−が、大域のsynchronizationが起き始める閾値の近傍に位置していることが示されている(Bassett DS, 2006)。言い換えれば、大脳皮質のネットワークは、一種のphase transitin(相転移)またはパーコレーションのような非線形的な振る舞いを起こしやすいパラメーターをもっているということになる。
なお、f-MRIにグラフ理論を応用したArchardの昨年のペーパー(Archard S, 2006)では、皮質内に密な内部結合をもった巨大なクラスターが存在することが示されており、EdelmanとTononiの"dynamic core仮説"との関連から面白い。実際、僕はグラフ理論のことを初めて知ったとき、Dynamic core仮説は、EdelmanのNeural Darwinismから連続的な仮説ではなく、これにGiulio TononiとOlaf Spornsがグラフ理論を重ねることによって拡張されたものだと思ったのだが、今ではそれは確信に近いものになっている。
グラフ理論の脳科学への応用の臨床上の利点として、ネットワークに与えられるダメージが、ネットワークの挙動にどのような影響を与えるかを、定量的に調べることができるという点だ。Alzheimer病におけるニューロン数の減少や微小な脳梗塞はネットワークに対する"random damage"と考えられ、脳腫瘍や巨大な脳梗塞は"targeted damage"とみなすことができる。例えば、scale-free networkは、random damageには強いが、ハブを狙ったtargeted damageには弱いことが知られている。
このように、グラフ理論の神経科学への応用は色々と利点があるのだが、Stamらに代表されるグラフ理論の神経科学への用いられ方には、当然問題点もある。
最大の問題点は、MEGやEEG、f-MRIから「再構成」されたネットワークが、一体何を反映しているのかということだ。というのも、これらの仮想的なネットワークが大脳皮質の解剖学的なネットワークを反映しているというダイレクトなエビデンスは存在しないからだ。また、ネットワークの構造特性と種々の認知機能との関連も、明らかではない。
また、brain imagingのデータから仮想的なグラフを再構成する際には、いくつかのパラメーターを恣意的に設定する必要がある。Stamの例で言えば、Synchronization likelihoodやmean degreeなどのパラメーターの特定の値を閾値として設定し、これをもとに仮想的なグラフを再構成している。解析の段階で、恣意的な過程が避けられないという点で問題なのだが、この問題を解決するための工夫もなされているらしい。
また、実際の脳はweighted graph(重み付けされたグラフ)であり、directed graph(リンクに方向をもたせたグラフ)でもあると考えられるが、現時点でのほとんどの研究ではunweighted(重み付けのない0か1かというbinaryな強度のリンクからなるグラフ)かつunidirected graph(リンクに方向性の無いグラフ)として解析されている。このような単純化されたグラフで実際の脳を近似できるかどうかは疑わしい。
ただし、これらの問題点はあるにはせよ、グラフ理論はbrain imgaingのデータ解析にとって、今後魅力的な手段となるのは間違いないと思う。
ちなみに、精神科医として興味深いのは、ギリシャのMicheloyannisらによる研究だ。彼らは、Schizophreniaの被験者からEEGを測定し、上で述べたStamの手法によってネットワークを再構成してみると、健常郡よりも"small-worldらしさ”が損なわれていることを示している。今のところ、Schizophreniaに関してグラフ理論を応用した研究は、MicheeloyannisとBreakspearの2本くらいしか無いと思うが、特にこの論文については機会があれば詳しく取り上げてみたい。他に、Alzheimer病やepilepsyなどでも同様の研究がなされている。
グラフ理論による意識の仮説に関しては、以前もこのブログで紹介した、Tononiの"information integration theory"があげられる。この"information integration(Φ)"は、TononiとSpornらが提唱していた"complexity”という指標に近いものだ。Tononiの意識の理論は、情報科学におけるエントロピーを用いて、ネットワーク内の特定のクラスターにおける情報統合のcapacityを解析するという考え方だが、グラフ理論と言ってもここでは差し支えはないと思う。ただし、small-world networkやscale-free networkなどのネットワーク構造については余り触れられていない。
うーん、ここまで書いて力つきた。ここではとても書ききれないが、Buzsaki本でも詳しく取り上げられていたように、とにかくじわじわと面白くなってきているので、これから関連する論文を読みこんでみようと思う。
最近の音楽:Various artists"Pop Ambient 2001"(CD)
2004年から毎年購入している大好きなコンピレーションの2001年版をやっと見つけた。
最近読み始めた本:司馬遼太郎「空海の風景」
年末年始には実家に帰る予定だが、善通寺か室戸窟を訪ねてみたい。
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