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2008年3月

2008年3月29日 (土)

バリ島

本日、バリ島から帰国。

クタやレギャンは汚いし、どうってことの無い猥雑なリゾート地だったのだけれど、ウブドはやっぱり特別な場所だった。

僕が熱帯を訪れるのは今回の旅が初めてだ。どこをみても草花や奇妙な果実をつけた木々が辺り構わずに空間を占拠していて、これまでに訪れた地域と比較すると、この島に何か異様な場のエネルギーようなものを感じずにはいられない。

人もそうだ。長年にわたってバリ人が乱立させてきた寺院の意匠と色彩は、乱暴な熱帯の森に負けていない。彼らはバリヒンドゥーという独特の宗教文化をもち、どこかで毎日のように祭りを行っている。蜜のように濃くて重い何かが、島に充満している。

確かに、20世紀以降彼らが観光というものを意識するようになり、今日のバリ島を作り上げてきたのだといわれても、僕らにとってこの島はやっぱり異様だった。

雨期のバリ島では、昼過ぎから夕暮れまで必ず強い雨が降る。したがって、もっぱら昼間にいそいそと観光することになる。雨上がりの夕暮れには、木々が混沌と生い茂るジャングルと、重たい空に陰る夕陽を眺めながら、僕らはひたすら茫として過ごす。気が向けば、本や論文を読んだり、歩いたり、泳いだり、昼寝したり。熱帯特有の密度の濃い空気を感じながら、時間の流れもゆっくりと段々重くなる。

こういう場所でこういう時間の過ごし方を体験してしまうと、強い刻印を残してしまって、もはや後に引けなくなるなあなんて感じながら、気が付いたら辺りは暗くなっていて、蛍が舞っていたりする。
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バリ島では、バトゥール山(1700mくらい)への早朝登山に挑戦した。4時くらいから登り始め、3時間くらいで登頂。山頂の火口からは、小規模ながら今でも噴煙が上っている。
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この島では、毎日のようにお祭りが行われている。数が多いからといって、彼らは毎回真面目な気持ちで参加しているようだ。これは、島で最も神聖なブザキ寺院のオダラン祭。
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ウブド近くの棚田。ウブドから島の北部にかけてこのような棚田の風景が続く。棚田がリゾートだなんて、ちょっと普通じゃあないんじゃないか?


滞在中と行き帰りの飛行機で読んだ本、論文。

廣松渉「身心問題」(青土社、1989年)

これは、持って行って正解。心脳問題ならぬ、身が先に来る「身心問題」。およそ20年前の本だが、今日の諸科学が意識の問題に取り組もうとする際に直面するおよそ全てのテーマが扱われており、しかも著者の洞察がいちいち全て的を得ていることに驚いてしまう。意識の神経相関、物理現象と心的現象の因果的関係、開放系システム、他者認識と自己意識の同時性、社会的認知などなど。難解な哲学用語も出てくるものの、対談形式になっているので、飽きずに最後まで読むことができる。
Varelaは、心的現象と物理的現象(特に脳内のニューロンの発火活動)を異なる二つの現象領域だとした上で、両者には非対称な双方向的な因果作用があると指摘し、そこに立ちはだかる説明的、方法論的断絶に対する救済策として神経現象学というアプローチを提唱した。一方、廣松氏は、身心問題という因果関係について正面から問うような議論はそれ自体不毛なもと位置づけている。このような立場に立った上で、脳、身体および環境における物理的現象という「可能態」から心的現象という「現実態」が対自的に「転化」するプロセスを、脳や身体というオープンシステムにおける一種の「状態関数」として位置づけている。現象学的視点に近いVarelaと異なり、因果的にみればあくまで起因作用をもつのは物理現象であるとされる。ここだけみれば、Edelmanの「伴立entailment」や「phenomenal transform」という概念に近い立場と言えるかもしれない。しかし、上述のように、氏は、心的現象を、身体や脳における可能態から現実態への転化という「対自的現成化」と位置づけており、この意味では心的現象そのものの存在論的な根拠がなはだ怪しいものに弱められている。むしろ、僕たちが、日常頂いている素朴な心理学を土台にして、このような「怪し気な因果関係」を前理論的に跳躍し、自己の身体や他者との相互的な関わりを通して「私という心的現象」と「心的現象をそなえた他者像」なるものをいわば構成的に作り上げ、心的現象という物理世界においては仮想的な現実態を最終的に自己や他者へと体験的に「帰属」させていくプロセスを置き去りにしてしまっていることが、身心問題のという不毛な議論の源泉になっているのだと指摘する。僕らが、このような著者の立場をどうとるかは別として、これから脳あるいは身体と意識との関係について考えようとする人は、是非読んでおくべき本だと思う。時間があれば、もう一回読み直してみたい。

Slagter HA, Lutz A, Greischar LL, Francis AD, Nieuwenhuis S, Davis JM, Davidson RJ.
Mental training affects distribution of limited brain resources.
PLoS Biol. 2007 Jun;5(6)

meditationのERP study。meditation(ヴィパッサナー瞑想など)の訓練によって、attentional blink/RSVP課題におけるT2の識別率が上昇するというbehavioralな結果と、これがT1に対するP3の振幅の低下と相関するというelectro-physiologicalな結果から、meditationの実践がattentive resourceの効率的なdistributionに影響を与えるのではないか、という内容。実験の解釈は微妙な気もするが、meditationによって、僕たちの知覚システムに何らかの痕跡を与えるということは言えると思う。

Sergent C, Dehaene S.
Is consciousness a gradual phenomenon? Evidence for an all-or-none bifurcation during the attentional blink.
Psychol Sci. 2004 Nov;15(11):720-8.

意識あるいは主観的知覚と無意識あるいは非主観的知覚とは、連続する(gradualな)現象なのか、あるいは非連続(all or none的)な現象なのかという問いは、未だ未解決だ。これは、attentional blink/RSVPとmaskingを用いた精細な心理物理実験であり、少なくともattentional blink/RSVPにおけるT2の主観的知覚が、all or none的なふるまいを示すことを報告している。

Dehaene S, Changeux JP, Naccache L, Sackur J, Sergent C.
Conscious, preconscious, and subliminal processing: a testable taxonomy.
Trends Cogn Sci. 2006 May;10(5):204-11. Epub 2006 Apr 17.

このレビューも、上のDehaeneらの実験と密接に関わる内容。Baarsのglobal workspace仮説をニューラルモデルに上手く落としこんでいる。前に一度読んでいたが、再び読む必要が生じたので、今回の旅に持参した。

Wang XJ.
Synaptic reverberation underlying mnemonic persistent activity.
Trends Neurosci. 2001 Aug;24(8):455-63.

In recent dynamical systems model, various attractor states of cortical neural activities are thought to contribute to specific working memory (mnemonic) states. Such attractor states depend on the synaptic reverberation in the cortical recurrent circuit which is largely mediated by activities of NMDA receptors. In this model, NMDA:AMPA ratio is a critical factor for the optimal working memory performance. This review summarizes recent studies and show new model of attractor dynamics of brain acitivity. An intriguing possibility is that working memory disturbance in schizophrenic patients may results from an abnormally low NMDA:AMPA ratio, which would give rise to dynamical instability of the mnemonic cortical circuit.

Fries P.
A mechanism for cognitive dynamics: neuronal communication through neuronal coherence.
Trends Cogn Sci. 2005 Oct;9(10):474-80.

neural synchronizationが脳内のbindingを可能とするという従来のbinding-by-synchronization仮説を一歩進めて、二つのneural asssemblyのoscillationの位相差が、両者の間におけるinput、outputの時間枠(communication window)を規定するのだという仮説。binding-by-synchronization仮説がrepresentational codeとして提唱されているのに対して、Pascal Friesは、およそあらゆるcognitionのダイナミクスにこのようなoscillationの位相差を介したcommunicationの原理が働いているのではないかと予測している。

今日の音楽:Clare and reasons/ The movie(CD、2007)

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2008年3月22日 (土)

チベット、大学院

昨日、今日は、僕の勤めている病院での仕事納めだった。
皆には色々と助けられて、何とか3年間やってこれたんだ、と思う。

4月に入ったらもう僕は大学院生。のびのびと、でもただひたすら臨床と研究をやる、ただそれだけ。
自分のPCで論文が落とし放題になるので、論文読んで、学会に出て、勉強しまくろう。

こんな僕に講演の予定も舞い込んで来た。
意識、NCC、ネットワーク、神経現象学あたりについて話そうと思う。

実験プロトコルも、一つ目は概ね出来そうだ。
細かいところを詰める必要があるが。
意識の問題は、当面のところでは迂回して、まずは実験のトレーニングを地道に踏むべしとは思っていたが、初回の研究でもやっぱり意識に関連したテーマを選んでしまった。

実は、退職時のどさくさに紛れて、明日から、僕はチベットのラサとチョモランマベースキャンプを訪れる予定であった。チベットのラサで始まり、短期間でチベット全体に波及した暴動のために、中止せざるを得なかった。
旅に出られないのも残念だが、今回のチベットの騒乱はもっと懸念される事態だ。

これを機に、チベットで起きた火種が、地球上にパーコレートしていき、もっと大きな波となって中国政府に跳ね帰ってくればいいという空想。

で、僕は行き先を買えて、タイとラオスに行くことにしたんだけど、これまた航空券の手配ミスでおじゃんになってしまった。
結局、バリ島のウブドでゆっくりしながら、たまっていた論文でも読んでくることにした。

バリ島には、僕の先輩が研究をしているはずなのだが、これをみている人で誰か住所を知っている人がいれば、教えて下さい。

最近読んだ論文
oh M, Rolls ET, Deco G.
A dynamical systems hypothesis of schizophrenia.
PLoS Comput Biol. 2007 Nov;3(11):

これは、統合失調症について、精神病理、薬理、シミュレーションなどのトップダウンアナリシスという観点から考えている精神科医であれは、必ず読んでおいた方がよい。

今日の音楽:Nick Drake/Pink Moon(LP)
Elliot Smithと同じように、Nick Drakeのうたを聴いていると、僕の気分はどんどんと落ち込んでいって、気づいたら夜中の2時くらいになっていて、いつの間にか色々と頑張ろうなんていう気持ちが出てくる。

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2008年3月 7日 (金)

beyond NCC

Edelmanの意識の理論の重要な概念に、"degeneration"(縮重)というものがあった。縮重の定義は、「異なる組み合わせのユニットが、同一のアウトプットを産出する」、もしくは「同一のアウトプットを産出するユニットの組み合わせが2つ以上存在する」ということだ。これを、意識の観点から言い換えてみると、「異なる組み合わせのニューロンの発火が、同一の意識状態を産出する」ということになる。縮重の程度が大きければ大きい程、そのシステムは冗長であり、意識の成立に参与するニューロン群の数も増加するとことになる。

意識の神経基盤もしくはNCCを考える上で、縮重や冗長性という概念にEdelmanはどうしてこれほどまでにこだわるのだろうか?これまで、僕は今イチよく理解できなていなかったのだけれど、とある論文を読んで、この疑問が氷解した。

Maier A, Logothetis NK, Leopold DA.
Context-dependent perceptual modulation of single neurons in primate visual cortex.
Proc Natl Acad Sci U S A. 2007 Mar 27;104(13):5620-5

これが、その論文。金井氏のブログで「変化するNCC」として紹介されており、この論文の存在を知った。

視覚皮質のニューロンは、与えられた刺激の特性によって発火頻度を変えることが知られている。しかし、visual NCCを特定するためには、入力刺激の物理的特性によって発火頻度を変える(sensory modulation)ニューロン群を特定だけでは不十分である。むしろ、主観的知覚のパタンに応じた発火頻度の変化(perceptual modulation)を示すニューロン群を特定しなければならない。binocular rivalryやbistable figureは、刺激の物理的特性を変えることなく、複数の主観的知覚パタンを産出するため、NCCの研究に貢献してきたパラダイムである。

上記のsensory modulationとperceptual modulationを示すニューロンの割合は、視覚皮質の中でも、そのprocessing stageによって異なることが知られている。primary visual cortexでは、sensory modulationを示すニューロンが多数存在するのだけれど、perceptual modulationを示すニューロンは少ない。一方で、MTなどに代表される高次の処理を担う領域ともなると、perceptual modulationを示すニューロンの割合が増加する。さらに、これらのニューロンの割合は、刺激の種類、提示方法によらず一定の値を示すことも報告されている。このような知見は、脳内に、静的、固定されたNCCが存在するのではないかという予想を生み出すことになった。実際に、Kochは、そのNCCの探求において、主観的視知覚を担う特定のニューロン群が脳内に存在するのではないかと推測している。しかしながら、sensory modulationを示すニューロンと、perceptual modulationを示すニューロンとの本質的な違いは明らかにされておらず、両者に決定的な違いが存在せず、重複している可能性もある。

この実験では、binocular rivalry flash suppression(BRFS)で異なるペアのmoving dotsもしくはmoving gratingを提示したところ、directionのペアによってMT野のニューロンが示すperceptual modulationのパタンが劇的に変化するという結果が示されている。つまり、MT野では、主観的知覚の様々なパタンに応じて、perceptual modulationを示すニューロンの組み合わせが変化していることを示している。これは、常に特定のニューロン群が主観的知覚の成立に参与しているわけではないということを示している。

さらに、驚くべき結果が続く。この実験では、2匹のサルのMT野で計126個のsingle unitsからニューロンの発火を記録している。1種類の刺激セットに対して、約40%のニューロンがperceptual modulationを示す。この割合は、従来の知見と大差はないものだ。しかし、これを4種類の刺激セットまで拡大してみると、約93%のニューロンがperceptual modulationを示すことが明らかにされている。これは、MT野のstimulus-responsiveなニューロンのほとんど全てといってもいい数字であり、刺激セットの数を増やせば、perceptual modulationを示すニューロン群の割合はさらに増加すると予想される。つまり、主観的知覚に参与する権利は、特定のニューロン群に独占されているのではなく、MT野の大多数のニューロンに与えられている可能性がある。

この実験から導かれる結論は、脳内にはKochの言うようなNCCは存在しないかもしれないということだ。少なくともMT野で考える限り、ほとんど全てのstimulus-responsiveなニューロンが主観的知覚の成立に参与していて、意識の成立にとって脳は僕らが考えていたよりも冗長なシステムだと言えるかもしれない。また、主観的知覚パタンの変化によって、これに参与するニューロン群もダイナミックに変化する。これは、NCCが脳内の特定の構造から成るのではなく、時々刻々と変化するニューロン群によって担われるプロセスだということだろう。

この結論を情報のコーディングの観点から考えると、主観的知覚のパタンは、特定のニューロン群によるrate codingで表現されているのではなく、population codingによって表現されているということだ。このような脳内の情報表現の戦略自体は、近年の神経科学が予想し、実際に示してきたことである。実のところ、Kochも、当初の静的なNCCを特定するという戦略からシフトして、neural cell assemblyに近い"neuronal coalitions"という表現を使用するようになっている。

うーん、こうなってくると、意識の科学にとってNCCという問題提起は本当に必要なのだろうかと考えさせられる。僕らがNCCについて考えれば考える程、その存在位置があやふやなものになってしまうからだ。

蛇足だが、意識の神経基盤を考える上で、ニューロンの組み合わせだけを特定すれば十分とは到底考えられない。むしろ、ニューロン同士がどのようなパタンでリンクし、どのようなconnectivityをもったクラスターを構成しているのか、というネットワーク的な視点から考えていくことがますます重要になるのと思う。

最近観たDVD「甲殻機動隊 2nd GIG」(押井守監督)
無自覚なノードやIndividualistたちがハブの存在下で知らず知らずのうちにシンクロしていく様は、あたかもネットワークに生じるパーコレーションを映し出しているようだ。シンクロの強度が閾値を超えたときに、何が起きるのかは全く予想もつかないけれど、僕たちがネットワークの未来に抱く直感は、おそらく正しい。

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