散文
Schizophreniaの中核的病理は存在するか?あるとしたら、それは何か?
この問いは、100年くらい前から精神医学が問い続けてきたもので、今日に至ってもなお、ほとんど答えらしい答えは得られていない。大げさに言えば、患者さんに対する治療的行為、僕たち精神科医がやっていること、精神医学の行く末を揺るがしかねない問題なだけに、「デルフォイの神託」などと仰々しく呼ばれることもある。むしろ、このような大胆な問いを立てること自体を潔しとせずに却下する精神科医も多い。そして、生物学的精神医学と心理主義的な精神医学への二分化が進み、ICD-10やDSM-IVなどの陳腐なお手軽マニュアルが隆盛となった今日にあたっては、もはやこのような問いを抱き続けるナイーブな精神科医は非常に少なくなったのではないだろうか。
schizophreniaの病的体験を記述し、さらに説明すべく、精神科医たちはさまざまな理論や概念を提唱してきた。当時の社会的潮流や時代を反映した哲学的な潮流の影響を間接的に受けながら、「自然な自明性の喪失」、「本質属性の突出」、「ファントム空間論」などなど、本当に様々な説明がなされている。そのどれも臨床的に示唆に富むものだと僕らは実感している。近年は、生理学的な知見に基づいて、ドパミン仮説のみならず、不均衡症候群仮説、視床フィルター仮説などが提唱されている。これらの理論もそれなりの説得力をもっているのだが、やはり昔の人は偉い、というか、Kraepelinの"loss of inner unity"(1919)や、Bleulerの"loosening of association"(1950)などの、理論や議論が現在のように細分化される以前の臨床的な経験に基づいた時代の仮説が、神経科学が隆盛を迎えている近年になって、さらに説得力を増しているように思えてならない。1990年代に相次いで提唱され、最近になってやっと認知されてきたFrisotonのdisconnection hypothesisや、AndreasenのCCTCC仮説(これは、個人的にはどうかと思う)は、KraepelinやBleulerらからの影響をはっきりと言明している。そして、それよりもずっと早い時期の、心理学におけるゲシュタルト理論や神経心理学における離断症候群という一連の概念は、今日の動向を予期させるものだったとも言えるかもしれない。ただ、当時は実証的なデータや、理論化が欠けていただけで、方向性としての違いは無いものと思われる。
話は飛ぶけど、この20年くらいの神経科学の実験的データは、脳内のニューロンの同期発火現象、非平衡相転移やパーコレーションなどの複雑系現象、ニューロンネットワークがもつ特徴的なconnectivityなど、ニューロン群の共同的な振る舞いを明らかにしてきた。脳の機能を、神経の発火パタンによって構成される情報現象としてみた場合に、脳は情報を局在的に処理する側面(information segregation)だけでなく、極めて効率的に統合するという側面(information integration)を持ち合わせているのだ。最近は、精神医学でも、特にschizophreniaの病因モデルにおいて、このような理論を適用したモデルが提唱されている。前々回に紹介したWang XJの論文や、Hoffmanの論文では、schizophreniaのworking memoryの障害をアトラクターダイナミクスという観点から考察しており、これからどのように発展していくか気になるところだ。
一概には言えないが、脳内の情報現象の上に述べたような共同的なふるまいは、神経科学において、まず機能的レベルから先に明らかとなり、解剖学的・構造的レベルでは、やや後回しにされてきたように思える。データの性質や、解析方法などの発展の差異も一因だろう。今でこそ、DTIなどの脳内のネットワーク構造を可視化する方法が確立しつつあるけど、解剖学で巨視的なネットワーク構造を明らかにするのは、以前ははなはだ困難であったと言わざるを得ない。Fristonのdisconnection hypothesisも一見構造レベルに立った理論のようだが、やはり基盤となるのはBOLD信号やEEGなどの機能的なデータであって、この意味では、機能レベルの理論というべきだろう。部分と全体、構造と機能とを異なる次元に分けるのは、むしろ一種のドグマみたいなもので、このようなドグマに拘束されつつ研究や理論化がなされてきたという事情がこのような経緯の背景にあるようにも思える。
いずれにせよ、統合と局在という一見矛盾するような特性を構造、機能という両レベルから説明したモデルは、近年までほとんどみられなかった。ここでまた、唐突に話を飛ばすのだけれど、アトラクターダイナミクスやグラフ理論などの数理的解析手法の神経科学や精神医学への応用は、単なる流行にとどまらず、脳の「機能」と「構造」を一元的な説明に向けた一筋の道になるんじゃないか、と僕は淡い期待をもっている。ただそれが言いたいだけなんだけど、どうだろうか?浅はかと言われるかもしれないが、精神病理学的な読みができるという側面もあると思う。
※断っておくが、理論や仮説はあくまで説明であって、病的体験そのものを直接的に可視化したり、複製するものではない。ただし、神経科学に対するそのような批判はもはや論外だろう。ただし、臨床に携わっている以上、何らかの説明言語や理論化は必要だと思う。それは、病理学でも、薬理学でも、心理学的理論でも、社会学的理論でも、神経科学でも本質的には変わらないはずだ。
Micheloyannis S, Pachou E, Stam CJ, Breakspear M, Bitsios P, Vourkas M, Erimaki S, Zervakis M.
Small-world networks and disturbed functional connectivity in schizophrenia.
Schizophr Res. 2006
schzophreniaで、small-world性が破綻している可能性を示した最初の報告。少ないチャンネルのEEGデータによって再構成された粗いネットワークだが、これが出たときはちょっと興奮した。schizophrenia群では、ネットワークのcharacteristic path length(L)が延びるだけでなく、clustering coefficient(C)も低下している。結果的に、small-world性は破綻する傾向を示している。
Liu Y, Liang M, Zhou Y, He Y, Hao Y, Song M, Yu C, Liu H, Liu Z, Jiang T.
Disrupted small-world networks in schizophrenia.
Brain. 2008 Apr;131(Pt 4):945-61. Epub 2008 Feb 25
精神医学の分野で、グラフ理論を応用した一番新しい実験の報告。ここでは、resting-state下でBOLD信号を記録し、各ROIにおけるlow-frequency bandのfluctuationどうしのpartial correlationをとって、thresholdを設定し、90個のノードからなるグラフを再構成している。ここでも、small-world性は破綻している。
Rubinov M, Knock SA, Stam CJ, Micheloyannis S, Harris AW, Williams LM, Breakspear M.
Small-world properties of nonlinear brain activity in schizophrenia.
Hum Brain Mapp. 2007 Dec 10
これは、まだ読んでいないのだけれど、Stamが絡んでいることから、EEGかMEGでsynchronization likelihoodをとって、再構成したグラフを解析した実験だと思われる。
Achard S, Bullmore E.
Efficiency and cost of economical brain functional networks.
PLoS Comput Biol. 2007 Feb 2;3(2)
抗精神病薬の投与前後でのネットワークの機能構造特性の変化を精細に調べた実験はまだ存在しないが、ここではD2antagonistであるsulpirideを投与した際のネットワークに生じた変化を精細なデータで報告している。
Sporns O, Honey CJ, Kötter R.
Identification and classification of hubs in brain networks.
PLoS ONE. 2007 Oct 17;2(10):e1049.
皮質および皮質下のネットワークのハブの特定を主眼においた解析。連合野がハブ的なconnectivityを示すのは当然の結果だけれど、面白い。
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