2008年3月 7日 (金)

beyond NCC

Edelmanの意識の理論の重要な概念に、"degeneration"(縮重)というものがあった。縮重の定義は、「異なる組み合わせのユニットが、同一のアウトプットを産出する」、もしくは「同一のアウトプットを産出するユニットの組み合わせが2つ以上存在する」ということだ。これを、意識の観点から言い換えてみると、「異なる組み合わせのニューロンの発火が、同一の意識状態を産出する」ということになる。縮重の程度が大きければ大きい程、そのシステムは冗長であり、意識の成立に参与するニューロン群の数も増加するとことになる。

意識の神経基盤もしくはNCCを考える上で、縮重や冗長性という概念にEdelmanはどうしてこれほどまでにこだわるのだろうか?これまで、僕は今イチよく理解できなていなかったのだけれど、とある論文を読んで、この疑問が氷解した。

Maier A, Logothetis NK, Leopold DA.
Context-dependent perceptual modulation of single neurons in primate visual cortex.
Proc Natl Acad Sci U S A. 2007 Mar 27;104(13):5620-5

これが、その論文。金井氏のブログで「変化するNCC」として紹介されており、この論文の存在を知った。

視覚皮質のニューロンは、与えられた刺激の特性によって発火頻度を変えることが知られている。しかし、visual NCCを特定するためには、入力刺激の物理的特性によって発火頻度を変える(sensory modulation)ニューロン群を特定だけでは不十分である。むしろ、主観的知覚のパタンに応じた発火頻度の変化(perceptual modulation)を示すニューロン群を特定しなければならない。binocular rivalryやbistable figureは、刺激の物理的特性を変えることなく、複数の主観的知覚パタンを産出するため、NCCの研究に貢献してきたパラダイムである。

上記のsensory modulationとperceptual modulationを示すニューロンの割合は、視覚皮質の中でも、そのprocessing stageによって異なることが知られている。primary visual cortexでは、sensory modulationを示すニューロンが多数存在するのだけれど、perceptual modulationを示すニューロンは少ない。一方で、MTなどに代表される高次の処理を担う領域ともなると、perceptual modulationを示すニューロンの割合が増加する。さらに、これらのニューロンの割合は、刺激の種類、提示方法によらず一定の値を示すことも報告されている。このような知見は、脳内に、静的、固定されたNCCが存在するのではないかという予想を生み出すことになった。実際に、Kochは、そのNCCの探求において、主観的視知覚を担う特定のニューロン群が脳内に存在するのではないかと推測している。しかしながら、sensory modulationを示すニューロンと、perceptual modulationを示すニューロンとの本質的な違いは明らかにされておらず、両者に決定的な違いが存在せず、重複している可能性もある。

この実験では、binocular rivalry flash suppression(BRFS)で異なるペアのmoving dotsもしくはmoving gratingを提示したところ、directionのペアによってMT野のニューロンが示すperceptual modulationのパタンが劇的に変化するという結果が示されている。つまり、MT野では、主観的知覚の様々なパタンに応じて、perceptual modulationを示すニューロンの組み合わせが変化していることを示している。これは、常に特定のニューロン群が主観的知覚の成立に参与しているわけではないということを示している。

さらに、驚くべき結果が続く。この実験では、2匹のサルのMT野で計126個のsingle unitsからニューロンの発火を記録している。1種類の刺激セットに対して、約40%のニューロンがperceptual modulationを示す。この割合は、従来の知見と大差はないものだ。しかし、これを4種類の刺激セットまで拡大してみると、約93%のニューロンがperceptual modulationを示すことが明らかにされている。これは、MT野のstimulus-responsiveなニューロンのほとんど全てといってもいい数字であり、刺激セットの数を増やせば、perceptual modulationを示すニューロン群の割合はさらに増加すると予想される。つまり、主観的知覚に参与する権利は、特定のニューロン群に独占されているのではなく、MT野の大多数のニューロンに与えられている可能性がある。

この実験から導かれる結論は、脳内にはKochの言うようなNCCは存在しないかもしれないということだ。少なくともMT野で考える限り、ほとんど全てのstimulus-responsiveなニューロンが主観的知覚の成立に参与していて、意識の成立にとって脳は僕らが考えていたよりも冗長なシステムだと言えるかもしれない。また、主観的知覚パタンの変化によって、これに参与するニューロン群もダイナミックに変化する。これは、NCCが脳内の特定の構造から成るのではなく、時々刻々と変化するニューロン群によって担われるプロセスだということだろう。

この結論を情報のコーディングの観点から考えると、主観的知覚のパタンは、特定のニューロン群によるrate codingで表現されているのではなく、population codingによって表現されているということだ。このような脳内の情報表現の戦略自体は、近年の神経科学が予想し、実際に示してきたことである。実のところ、Kochも、当初の静的なNCCを特定するという戦略からシフトして、neural cell assemblyに近い"neuronal coalitions"という表現を使用するようになっている。

うーん、こうなってくると、意識の科学にとってNCCという問題提起は本当に必要なのだろうかと考えさせられる。僕らがNCCについて考えれば考える程、その存在位置があやふやなものになってしまうからだ。

蛇足だが、意識の神経基盤を考える上で、ニューロンの組み合わせだけを特定すれば十分とは到底考えられない。むしろ、ニューロン同士がどのようなパタンでリンクし、どのようなconnectivityをもったクラスターを構成しているのか、というネットワーク的な視点から考えていくことがますます重要になるのと思う。

最近観たDVD「甲殻機動隊 2nd GIG」(押井守監督)
無自覚なノードやIndividualistたちがハブの存在下で知らず知らずのうちにシンクロしていく様は、あたかもネットワークに生じるパーコレーションを映し出しているようだ。シンクロの強度が閾値を超えたときに、何が起きるのかは全く予想もつかないけれど、僕たちがネットワークの未来に抱く直感は、おそらく正しい。

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2008年1月 9日 (水)

Brain dynamics underlying the nonlinear threshold for access to consciousness.

ちょっと前に読んだ論文。久しぶりに意識関連の論文をピックアップ。最初に読んだときはよく分からなかったが、最近になってもう一回読んでみると理解できたので、取り上げてみた。

Del Cul A, Baillet S, Dehaene S.
Brain dynamics underlying the nonlinear threshold for access to consciousness.
PLoS Biol. 2007 Oct;5(10)

これは、backward maskingを使って、conscious perceptionが生じる決定的なtime periodを調べたERP study。behavioralなデータとして、objective、subjectiveの両方のデータを採用している。

以前、同じくDehaeneのグループのClaire Sergentの"Timing of the brain events underlying access to consciousness during the attentional blink."(Nature Neuroscience, 2005)を紹介した。あれも、attentional blinkを用いることによってconscious perceptionと相関するEEG activityの詳細なtemporal structureを調べた実験だった。結果としては、consciousとnon-conscious間では刺激提示後の約270ms後にelectrical activityの"divergence"が生じるというもので、確か、T1-evokedのN2とT2-evokedのP3が競合して、blinkが生じるという解釈だったと思う。Sergentの実験は、僕的にはかなり衝撃的だった。ただし、問題がないわけではないらしい。

最近までvisual perception関連のERP論文を読みあさっていたのだけれど、意識に関して言えば、これまでに行われた意識関連のERP studyの多くは、objectiveなbehavioral dataをconscious、non-consciousに二分しており、これらと相関するERP componentを探し出すという戦略(ERP-correlates of consciousness)をとっている。しかし、刺激や課題が異なると、このERP-correlates of consciousnessも実験間で異なってくるため、必ずしも実験結果が一致しないという限界があった(おそらく、実験課題におけるattentionの関与の度合いの違いが大きいのだと思う)。例えば、P1やN1といったearly processingを反映するERP componentsがconscious perceptionと相関するという報告もあれば、P3、Central Positivity(CP)などのlate  processingを反映したERP componentsだけが相関するという報告もある。また、Visual Awareness Negativity(VAN)みたいに、結局どっちつかずのERP deflectionもある。

それと、Dehaeneが言うように、behavioralにみると、conscious perceptionの成立は基本的にnon-linear、bimodalまたはall-or-noneな現象であるため(反論もあるが)、先のSergentの実験で採用されたconscious、non-consciousという大雑把な二分法では、このようなnon-consciousからconsciousへのシャープなtransitionを捉えにくいという限界もある。

で、基本的にはこの実験でもSergentの実験と似たような結果が得られているのだけれど、重要な点が2つあって 、

一つ目は、backward maskingのtarget-mask stimulus onset asynchrony (SOA)を16-100msの区間でかなり細かくずらしていくことで、non-consciousからconsciou perceptionへの急激なtransitionを捉えるのに十分な実験条件を整えていること(Segentのattentional blinkを使った実験では、T1-T2 lagが258ms、688msの二点設定していない)。この実験では、SOAが33-66msの区間でのみ、objective,subjectiveなスケールがシグモイドカーブを描くことが示されている。ただし、maskingのonsetがtrial毎に変化するため、ERPをtarget stimuliのonsetに合わせて加算平均しようとするとS/N比が落ちてしまう。これを回避するために、ちょっと巧妙なsubtractionをやっている。

二つ目は、ERP-correlates of consciousnessを特定するために、単にobjectiveまたはsubjectiveなスケールや刺激条件とのANOVAを調べるだけではなく、conscious perceptionの本質的にnon-linearなふるまいを新たなクライテリアとして採用していること。 その「クライテリア」とは、

(1)刺激強度(ここでは概ねSOAのこと)を細かく変化させることによって、ERP componentのamplitudeがnon-linearなカーブを描くこと(ERP componentのamplitudeをSOAの関数としてみると、transition pointまたは閾値が存在する)。さらに、具体的に言うと、SOAがある特定の区間(この実験では、SOAが33-66ms)にあるときのamplitudeの変化が、その他の区間におけるamplitudeの変化のトータルよりも大きなERPのcomponentを探し出すことを、non-linearな変化としてひとまず定義している。

(2)刺激強度を閾値付近(この実験では、50ms)で固定した際に、seen、not-seen trial間で、amplitudeが有意に異なること(divergenceが生じる)

(3)脳内の広域を巻き込む活動であること(補足)

である。

つまり、subjective visiblity(conscious perception)が示すnon-linear、integrativeなプロフィールを、神経活動レベルにおけるconscious processingの"signature"として採用しているのだ。

実際、上記のERPのearly componentとlate componentのどちらが、conscious percetpionに対して真に相関しているのかという未解決の疑問は、単にbehavioral dataとの相関をみているだけでは解決する気配が一向にないのだけれど、このクライテリアを使うことで両者にもっと明確な違いが出てくるかもしれない、というわけだ。

ちなみに、Dehaeneらの意識のモデルは、主にaccess consciousnessを説明しようとする仮説で、簡単に言えば脳内の広域の活動が統合されて意識が成立するために必要な「場」を構成するというものだった。この仮説と上記のクライテリアから、次のような推測が立てられる。

まず、ERPのearly componentは、conscious perceptionと部分的な相関を示すが、それ自体は刺激強度に対してlinearにbuild-upしていくものであり(thresholdが無い)、またoccipito-temporalの比較的限局した領域に限定されるので、上記のクライテリアを満たさない。これに対して、late componentは、刺激強度を大きくしていくと、あるポイントから突然シグモイドカーブを描きながらnon-linearに変化し、また脳内の広い領域をfeed-forward、feed-back式に巻き込んで、上記のクライテリアを満たすだろう、と。

つまり、target刺激の知覚強度を変化させていくと、ある閾値を超えたときに、non-linearな変化を示し、脳内の広い領域にpropagateしていき、これがERPのlate componentに反映されるのであろうと。

実験結果の詳細は省くが、大体以下のような結果だ。

(1)従来の報告通り、SOAを少しずつ変化させていくと、objective data、subjective visiblityの双方ともに、類似したbimodal、non-linearな分布パタンを示すこと

(2)SOAが約50ms( 33-66ms)付近になると、visiblityにnon-linearなtransitionが生じる。

(3)N2のonsetは、targetのonsetと相関しているが、N2のoffsetはmasingのonsetの影響を受けて変化している。これは、N2にのみ確認されており、N2のtime period(212ms以後)でtargetおよびmask stimuliに対するprocessingの競合が起きている可能性を示唆している。

(4)P1bのようなearly componentもbehavioral dataと相関しているが、上記のクライテリアを満たすERP componentは、P3だけである。

(5)seen、not-seen間では、targetを提示して約270ms後からsudden divergenceが生じる

(6)このP3を含む、約270-400msのtime periodでは、EEG活動は、両半球のfrontal〜parietal〜occipito-temporalを含む広域に広がっている

(7)ちなみに、not-seenでも、mask-onlyの条件と比較して有意に大きい活動があり、non-consciousな刺激に対しても脳内ではsubliminalなprocessingが進行している


相関関係は因果関係と同一ではないし、この実験で採用されたクライテリアが厳密にどこまで妥当なのかは追試と検討が必要かもしれないけど、意識のnon linearな特性を考慮した「相関関係」を職人芸的なERP studyにもちこんだのは面白い。それに、これまでERPによる意識関係の実験の意義が今イチ良く理解できなかったのだけれど、このnon-linearなふるまいとattentionとの関係とか、まだやれることはあると思う。

色々と考えることはあるが、それを実験デザインのレベルに落とし込めない自分にちょっとイライラする。

今日の音楽:Kazuya Kotani/Made in love(CD, 2007)
これは、かなり質の良いアルバムだ。思いつくキーワードを挙げてみると、organic、ambient、chill out、太鼓、虫、海、ジャングル、trip、africa、middle-east、琉球などなど沢山出てきて情景豊か。フィールドレコーディングの音素材も散りばめられているけど、わざとらしくなくて、「旅」って感じがよく出ている。多分、この人世界中の土地を歩き回っているんだろうなあ。chari chariほどアーシーではなく、calm程スピリチュアルでもない。このCDの控えめでノスタルジックな雰囲気は、和製blissと言ったら失礼かもしれないが、同じくらい好きだ。竹村延和とか、Up, Bustle and Outとか、色んなところで色んな人と共演してきた人らしい。

一昨日の映画:「ボルベール 帰郷」/ペドロ・アルモドバル監督
ペネロペ・クルーズが何だか神がかってて・・すごい。

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2007年9月 1日 (土)

consciousness is an order parameter

このところの夜はすっかり涼しくて、うるさい蝉じゃあなく、耳に心地よい鈴虫の音色が聴こえるようにもなり、もうすっかり秋だなー、としみじみ。苦手な夏が終わったことをうれしく思う。

2週間後には、病院の同僚と槍ヶ岳を登ってくる予定。うーん、楽しみ。

最近読んだ論文をメモ。

Walter J. Freeman: Consciousness, Intentionality and Causality. Journal of consciousness studies 6: 143-172, 1999

causality、conscousness、intentionalityなどについてspeculativeに述べられた論文。ボリュームが多くて、内容はところどころ難解な部分もあり、読むのに苦労したが、consciousnessや心脳問題について考えるためには、一度は読んでおいた方がよい重要な論文だ。引用頻度もけっこう高い。数式が無いので、興味さえあれば、誰でも読める。
要約すると、↓のような感じ。

Freemanによれば、脳のような、無数の要素から成り、多数のfeedback loopで結ばれたnon-linearな振る舞いを示す複雑なシステムとそこで起きる現象は、従来のlinear causationでは説明することは不可能であるという。

従来の(あるいは現在でも)心理学、認知科学における実験では、stimulus(input)→response(output)あるいは、perceptiton→motor responseというlinearな説明がなされることが多い。稀に、このようなsimplisticな説明が功を奏すこともあるが、あらゆる心的活動の基盤となる脳の神経活動はnon-linearであり、基本的に一回性のnon-reproducibleであって、絶え間ない神経活動のプロセスは常にdiscontinuousなステップ(state transition)の連鎖である。このような複雑なふるまいを示す脳の神経活動とこれに伴う心的活動を、単純にlinear causationに落とし込むことは不可能であると考えられる。

single or multi-unit cell recording、EEGやMEGなどの手法で脳の活動を観察すると、一見ランダムにみえるmicro-levelのニューロンのふるまいから、コヒーレントなmacro-levelのパタンが生み出されるのを目にすることができる。よく言われるように、脳は、self-organizing、antonomousなシステムで、外界や身体からの入力を欠いた状況でも時々刻々とコヒーレントな活動パタンを生み出している。外界からの刺激は、システムに対するperturbationとして作用し、神経活動の軌跡にバイアスをかけるものと捉えられる。相互に連結された視床ー皮質系では、各要素の活動パタンがあいまって全体としてのパタンを構成する。一方で、全体としてのコヒーレントなパタンは各要素をenslaveして、そのふるまいにバイアスをかけるという部分ー全体関係がみられる。このような円環的な関係は、"circular causation"と呼ばれ、Freemanによれば、consciousnessは脳という複雑なシステムにとっての"order parameter"である。

Freemanの言う「Consciousnessはorder parameterである」という事態は、どういうことか?
僕の理解では、次のような感じ。

あるタイムスケールでの脳の活動パタンC'がCという意識の状態を伴うとする(Edelman風に)。
僕らの日常的な感覚では、C1→C2→C3→・・・という連続する意識状態が何らかのcausalityをもって連なっていると感じられる。しかし、その基盤となるC'1、C'2、C'3はtrasparentで、直接把握することはできない。

心的活動と脳の神経活動をlinearなcausationで説明する際には、C'→Cという方向のcausationは認めるが、その逆のcausation(C⇒C')は物理的に不可能であるとされる。CはC'の指標であり、実際にはC'1→C'2→C'3→・・・というシークエンスだけが存在し、僕らが体験するC1→C2→C3→・・・というシークエンスは実際には成り立たない。Edelmanは、こちらの立場をとっている(Edelmanはダイナミックコア仮説で複雑系の考え方を取り入れているが、少なくともbrain-consciousness間のcausalityについてだけみれば、linearな立場をとっているようにみえる。しかし、より正確に言えば、C-C'関係をentailmentという「論理的に必然な関係」として捉えており、"causation"という考え方自体をとっていないのだが)。

しかし、circular causationの考え方では、C⇒C'という方向のcausationをも容認する。しかし、注意すべきは、これはCがorder parameterとしてC'のフローにバイアスをかけるという形をとったcausationであって、C'→CとC⇒C'は必ずしも対称ではないということだ。Circular causationでは、CとC'の関係は、C'1→C1⇒C'2→C2⇒C'3→C3⇒・・・というシークエンスで捉えられる。

VarelaとThompsonも、"Radical embodiment"で、同じような立場をとっていたと思う。

この、circular cusation自体は、とりたてて新しい概念ではない。記述のスタイルは違えど、Merleau-Pontyも50年前に"Action-perception cycle”として同じような結論に達している。しかし、一方で科学のコミュニティにlinear causalityを捨て去ることに強い抵抗があるのも事実で、特に医学の分野ではこのような傾向が強い。

この論文の後半には、精神医学に対する言及もある。近年の精神医学では、統合失調症のドーパミン仮説、ストレス脆弱性モデル、気分障害のモノアミン欠乏説など、様々な精神疾患の生物学的モデルが提唱されてきたが、ほとんど全てlinear causationを元にしていると言ってよい。Freemanは、このような状況に対して、「もうちょっと複雑に考えみては」と言う。

ちなみに、よく、bio-psycho-socialというつまらない表現を目にするが(僕はこの言葉が嫌いだ)、これだって、基本的には各レベルのイベントの総和が精神疾患の発症に寄与するというlinearなモデルであって、各レベルの相互作用は無視されていることが多い。
もちろん、個々の発症因子を特定していく作業は絶対に必要だ。しかし、これらの因子どうしの相互作用や異常を抱えた脳ー身体ー環境の相互作用を考えることも、精神疾患の発症とその後のプロセスについて考えるためには大事だろう。

今日の音楽:Peter Bjorn and Jhon"Yong Folks"(mp3)
コーヒーのCMで流れていたのを一度聴いて以来、耳から離れなくなってしまった曲。調べてみたら、北欧のバンドの曲だった。聴き方によっては、ネオアコ、ギターポップ的だと言えないこともない。今は、そういう表現はしないだろうけど。個人的には、ドンピシャ。後ろ向きで、力が抜けていて、全く地に足がついていない。12inchはあるのだろうか。10年前に聴いていたら、興奮しただろうなあ。

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2007年5月 5日 (土)

ゼルコバ

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「セルコバ」 最近知った、立川のベーカリー。
郊外の農家というような風情の店で、都心では到底不可能な雰囲気が漂っている。しかも、徹底している。オーガニックなどという陳腐な言葉ではない、強い意志を感じた。
とれたての無農薬野菜と一緒に手作りのパンが販売されている。作るパンは収穫した野菜によって決める、パンは無くなり次第販売終了とうように、とてもマイペースなベーカリー。広い庭には何匹かの愛くるしい猫がいて、猫好きとしてもちょくちょくと通うことになりそう。

最近、臨床面では個人的に反省することが多いが、同僚や病棟スタッフに助けられつつ、何とかやれている。

最近読んだ論文。
Lamme VA.Towards a true neural stance on consciousness.Trends Cogn Sci. 2006 Nov;10(11):494-501. Epub 2006 Sep 25.

意識の神経科学関連のレビュー。NCCを特定するための複数のアプローチとそこから得られたエビデンスについてよくまとめらていると思う。特に、意識関連の研究で選択されることの多い高次機能障害(blindsight、visual agnosia、split brain、neglect、extinction)、心理現象(backward masking、dichoptic masking、binocular rivalry、change blindness、inattentional blindness、attentional blink)の特徴、これらによって得られた現時点での結果、およびNCCに関連した帰結を列挙した表があって、これが視覚的に非常に分かりやすい。
Lammeは、EdelmanやDehaeneと同じような立場のようだ。例えば意識的な視覚体験が成立するためには、視覚刺激入力によって引き起こされる神経活動のfeedforward processingだけでは不十分で、widespreadな神経活動の相互作用が生じる必要があると述べている。具体的には、NCCの候補として、globalなreccurent processingを挙げている。これは、EdelmanとTononiの言うreentrant processingとほぼ同じと考えて良さそうだ。

Gallese V, Keysers C, Rizzolatti G.A unifying view of the basis of social cognition.Trends Cogn Sci. 2004 Sep;8(9):396-403.

こっちは、social cognitionに関するレビュー。ミラーニューロンに関連したsocial cognition、simulation theoryに関して最もよくまとまったレビューで、引用される機会も多い。social cognitionにおける、他者の行為の理解と推測、共感的認知にミラーニューロンシステムが関与していることを支持する間接的エビデンスが蓄積している。
例えば、とても臭い匂いをかいだ場合に体験する嫌悪感と、他者が同じ行為を行うことにより嫌悪感を示す表情を表出するのを観察した場合とで、共通の皮質領域が活動する。特に嫌悪感に特徴的なのが、島皮質前部である。島皮質前部への刺激は不特定の動作を引き起こすだけでなく、内臓感覚の異常をも引き起こすことが知られており、運動と身体の内部状態に関連した神経活動が収束するviscero-motor centerなのではないかと推測している。ただし、TOMやその他のsocial cognitionに関しては、simulation theoryだけで説明できるものではないと述べている。

Ford JM, Roach BJ, Faustman WO, Mathalon DH.Synch before you speak: auditory hallucinations in schizophrenia. Am J Psychiatry. 2007 Mar;164(3):458-66
schizophreniaにおけるauditory hallucinationとneural synchronization関連。これは、まだアブストのみ。

今日の映画1:「ククーシュカ  ラップランドの妖精」
今日の映画2:デヴィット・フランケル監督「プラダを着た悪魔」

最近読み終えた本:ダンジモンズ「オリュンポス」
前作の「イリアム」はとにかく衝撃的で、これがきっかけでちょっと前からギリシャ神話をゆっくり読んでいる。続編である本作も、複雑で重厚なSF。前作に比べて世間の評価は今イチらしいけど、僕は十分楽しんで読めた。むしろ、前作よりも短時間で一気に読み終えた。前作よりも展開が急で、終盤にさしかかって重要な疑問が解決されるのか心配になりハラハラしていたら、ついに解決されずじまい。確かに、シモンズがよくやる遊びに終始している感はあるが、厳密なSFとして読まなければ十分に面白い。

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2007年3月 6日 (火)

パーコレーションと意識

最近気になるのは、やはりネットワーク関連。
特に相転移とか、パーコレーションなどは非常に気になる現象だ。
数式はよく分からなかったが、small-world networkとneural synchronizationに関する増田直紀の論文も読んでみた。

最近の文献を読んでいる限り、意識に相関する神経活動としては、γ帯域のsynchronous oscillationよりも、低周波数帯域のα、β帯域あたりの方が可能性が高いのかもしれないと思う。
Singerの最初の報告がγ帯域だったから、その他の周波数帯域はあまり良い扱いを受けていない。

今年になって、FinlandのPalva(夫婦か?)がα frequency oscillationに関するreviewを書いていたが、これはなかなか面白い内容だった。どちらかというと軽視されがちな低周波数帯域のoscillationでも、色々と興味深いデータが集まっているようだ。特に、意識とか注意との関連でのデータが面白い。

意識が成立するためには、少なくとも脳内のlarge-scaleなintegrationが必要だと思うが、比較的localなγ帯域のneural synchronyはそのようなlarge-scale integrationには余り向いていない。むしろ、よりlocalな意識のcontentsをコードしているのかもしれない。これに対して、より広域にsynchronizeするα〜β帯域のoscillationのは、large-scale integrationに貢献しやすいと考えられる。

さらに、これらマルチチャンネルのoscillationが周波数をまたいで相互にphase-lockし同期しているとというエビデンスもあり、最終的にはoscillationのバンドを分けて考える必要は無くなってくる。つまり、αバンドの上に、βバンドやγバンドのoscillationがのっかっることが可能だ。こうなると、脳内で並列的に走っている無数のoscillationやらシングルスパイクやらが、常にマルチスケールに統合されていて、局所と全体が相互に影響を及ぼし合うようなreccurentでholisticなクラスターを構成しているという可能性が出てくる。
おそらくは、Edelmanの言うDynamic CoreやもっとシンプルなBaarsのGlocal work placeもそういうものだろうと思う。少なくとも、PFC、frotal、parietal regionを巻き込むような大規模なクラスターだ。

ただし、large-scale integrationと言っても、実際に同期現象が皮質をどのように伝播していくかは、シミュレーションを除いて実験的にはほとんど明らかにされていない。脳のsmall-world性やsynchronizabilityから想像すると、同期の伝播はネットワーク上のパーコレーションに近いプロセスなのかもしれない。全てのニューロンが同期するわけではないし、互いに競合するoscillationの中でwinner-take-all式に一つが生き残って伝播すると考えると、それは部分的パーコレーションのようなものだろう。ただ、ある種のパーコレーションが成立したとき、ニューラルネットワークレベルでは一種の部分的な相転移みたいな現象が生じているのかもしれない。このような相転移は、おそらく数十〜100ms持続するmetastableな状態で、見方を変えれば準アトラクターのようなものなのかもしれない。
ニューラルレベルで一種の相転移が起きているとき、心的現象レベルでも何かが起きているのかもしれない。

このように、シングルニューロンレベルからネットワークレベルまで一気に駆け上がってくると、ニューロンの振る舞いは、単スパイクやバーストから、同期、synfire chain、grouping、パーコレーションなどのように、より複雑になるという階層的な構造を示す。
実験的結果から、シングルニューロンレベルでの振る舞いが要素的なコーディングメソッドとして用いられているのは間違い無い。しかし、僕はネットワークレベルの同期、あるいはそれ以上のスケールの振る舞いも、何らかの心的現象をコードしていると思う。しかし、コードされた心的現象にも階層的構造があり、意識や主観的体験はその最上位層にあるのかもしれない。

こうやってspeculationを重ねれば、確かに色々とつながってくるのだけど、これじゃあちょっと危ないところもあるので、やはりエンピリカルなデータもしっかりと押さえていかなければならないと思う。

あと、最近知ったのだが、かのBuzsakiが昨年本を書いていた。
G.Buzsaki"Rhythms of the brain"(Oxford Univ. Press, 2006)
これは絶対に読まなきゃ。

今日の音楽:Rei Harakami feat 原田郁子/Colour of the dark暗やみの色
昨年、Rei Harakamiの音楽と大島さんのプラネタリウムMegastarを連動させた企画が科学未来館であり、これはそのとき会場で販売されていたCD。クラムボンの原田郁子もナレーションで参加。僕は、その会場に行く機会は無かったものの、このCDだけをもっている。そして、既に廃盤。これが、とても素晴らしい内容の音響電子音楽で、優しい音が楽しげにたわむれるような音景。Rei Harakamiはもともと視覚的な音楽をやっているだけに、じっと目をつむってこのCDを聴きながら、そのとき目の前に流れていたであろう光景を想像すると背筋がゾクゾクとしてくる。あー、きっとすごいイベントだったんだろーなー。
最近色々と良いCDやレコードを見つけたが、まだ届いていないので、また後日。

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2007年1月24日 (水)

最近読んだ本など

引き続いてネットワーク科学関連の著作、論文をちらほらと読んでいる。
世の中の勘の良い人は、もうとっくに読んでいるのだろう。
何が新しいのかと言われると答えに窮するが、複雑なネットワーク(たとえば、脳)の構造とふるまいを、同じレベルで、しかも直感的に表現できるということはすごい、と思う。

まず、A. Barabasiの「新ネットワーク思考」は、文句無しに面白い本だった。
Small-world networkの提唱者の一人、Duncan Wattsの本も読んだが、これは余りピンと来なかった。
現在は、Wattsの師匠であるストロガッツの「SYNC」という同期現象を扱った単行本を読んでいるところ。ちょっと冗長な文章だけど、脳に限らず自然界を遍く貫く「同期」という現象についてあらゆる角度から書かれている本だ。
前にも書いたが、最近は神経科学の分野でもsmall-world network、scale-free networkに関する論文をちらほらと見かける。現時点では、脳はscale-freeではなく、small-worldに近いことを示唆するデータが集まっているようだ。functional localizationと、synchronizabilityという一見相反するような特性をそなえたニューラルネットワークは、当然ながら完全にランダムでも秩序的でもない何らかの構造特性をそなえているはずだ。それが、small-worldのようなものである可能性はあると思う。その点では、やはりlong-range interneuronとの関連が気になる。

神経科学とネットワーク科学を結ぶ研究となれば、O.Spornsが先駆者で、現在も第一人者だろう。彼は、TononiやEdelmanとの共著も多い。
うーん、やっぱり、つながってきた。
ちなみに、日本では、増田直紀というかなり若い研究者による「複雑ネットワークの科学」という本がお勧め。
この人にもかなり期待。

僕はもうちょっと読み進んでから、レビューの予定。

最近読んだ論文。

Chie Nakatani, Junji Ito, Andrey R. Nikoaev, Pulin Gong, and Cees van Leeuwen
Phase synchronization analysis of EEG during attentional blink.
Journal of Cognitive Neuroscience 17:12,1969-17979,2005

(復習)RVSPの連続刺激において、2つのtarget刺激間の時間間隔を短くしていくと、約200-600msの区間では、、しばしば2番目のtargetが意識的に知覚される確率が低下し、意識から抜け落ちてしまうことがある。600msより長ければ、2番目の刺激もほとんどが意識的に知覚される。このような心理現象をattentional blinkという。しかし、これまでの研究で、意識的な知覚に失敗した2番目の刺激に対してもEEG上はearly-stage(300ms前後)のprocessingが出現することが分かっており、意識的なアクセスが可能か否かを決定づけるのはもう少し後に続くprocessingではないかと予想される。これらはDehaeneの論文で紹介した通りだ。
later-stageのinduced synchronizationがdiffuseに拡散する中で、二つのtargetによるprocessingが競合し、"winner take all"式に勝者のみが意識的なアクセスを可能とする、というモデルであった。

この実験は、attentinal blink課題において、EEGを使ってphase synchronizationを調べた実験。タイミングが異なるtaskに対応して、40Hz帯域のtransientなsynchronizationが出現しており、これはanticipationを反映した脳の内部状態のダイナミクスなのだという。

この論文を読んで初めて知ったのは、連続刺激において、刺激間の間隔が余りに短いと、二つのtargetの両方とも知覚されるという現象。これは、"Lag 1 sparing"と呼ばれている。したがって、2番目の刺激が意識的に知覚される確率は、200-600msでいったん低下して谷を作り、その前にも小さな山を作るような分布を示すことになる。
この"Lag 1 sparing"も、Dehaeneのモデルから、ある程度まで説明はつく。つまり、1番目と2番目のtargetが余りに近いと、互いに競合するような二つのwide-spreadなsynchronizationが生じず、まとまった刺激として処理されるかもしれない、ということだ。

最近読んだ本:ダン・シモンズ「イリアム」(早川書房)
前シリーズの「ハイペリオン」もかなりのハイテンションだったけど、ギリシア神話を題材にしたこのSFも、読んでいるうちに止まらなくなり、挙句の果てには他の仕事や勉強が全く手につかなくなってしまったため、しまいには寝る時間を削ってまでしてできるだけ早く読み切ってしまおうとした本。翻訳もすごく良い。

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2006年11月 7日 (火)

timing of conscious access

ここのところ、ゆっくりと論文を読む暇が無かった。読みたいものは色々あるのだけれども。病棟が忙しい、と言っても、単に時間を作ろうとしていなかっただけかもしれない。そんな中、ロード・ダンセイニの「ヤン川の舟唄」をちびちびと読んだ。ボルヘスが編纂した「バベルの図書館」から出版された奇譚集。

最近読んだ論文を忘れないようにメモ。
Sergent C, Baillet S, Dehaene S.Timing of the brain events underlying access to consciousness during the attentional blink.Nat Neurosci. 2005 Oct;8(10):1391-400

ずっと放っておいた論文。短い時間間隔で連続する知覚刺激(T1、T2)を与えたとき、間隔がある一定以下の短さになったり、T1taskの難易度が増すと、T1は知覚されるが、T2は知覚されなくなる。この現象をattentional blinkと呼ぶ。binocular rivalryやinattentinal blindnessやchange blindnessなどと同じく、consciousness関連の研究で用いられることが多い比較的質の良い心理現象である。Dehaeneらは、これまでにattentional blinkを用いていくつかの実験を行っており、"competitional access model"あるいは"dynamical phase transition model"というconscious accessに関するネットワークモデルを提唱してきた。この論文は、attentional blinkを用いたERP study。conscious accessと、EEG patternの精細なtemporal sequenceとの間の相関関係を調べたconsciousness studyである。

この実験で用いられたのは、4桁の数字刺激。大体の結果としては、T2のearly processing stage(P1、N1など)では、T2が"seen"でも"unseen"でも、振幅や分布に大きな相違はみられなかった。つまり、意識的に知覚されなかったT2刺激に対しても、ERP成分の反応がみられた。これは、従来の知見通り。"seen T2"と"unseen T2"によって引き起こされたERPの間の急速な分岐がみられたのは約270ms以後で、"seen T2 ”では"unseen T2"よりも大きなleft-lateralized posterior negativity(N2、276ms)が惹起され、さらに"unseen T2"よりも大きなanterior negativity(N3,300ms)がこれに続いた。また、P3a(436ms)およびP3b(576ms)は、T2が知覚されたときにのみ引き起こされた。

さらに被験者にT2刺激に対するvisibilityを段階的に報告するようなタスクを与えたところ、P1やN1などのearly processing stageとconscious visibilityとの相関がみられなかった。しかし、N2とは線形的な相関がみられ、270ms以後のN3、P3a、P3bでは非線形的な強い相関がみられた。

これらを踏まえると、270ms以後のlate processing stageがconscious access(awarenessと言った方がいいかもしれない)と相関していると考えられた。

では、短い間隔で与えた連続刺激がblinkを生じるのはどうしてなのだろうか?
当然ながら、blinkの有無を左右する決定的なパラメータは、T1 taskの有無である。T1とT2によって引き起こされたERPの時間的関係を解析すると、T2によって引き起こされた early-ERP成分(P1、N1)は、T1によって引き起こされたP3aやP3bと重畳しているものの、その波形や振幅はblinkの有無には影響されない。したがって、これら(T1のP3とT2のP1、N1)は互いに競合しないprocessing stageと考えられた。
しかし、T2によって引き起こされたERPについては、T1によって引き起こされたP3bと重畳する270〜300msの区間(N2以降)において、"seen"と"unseen"との間で分岐がみられ、この区間でT1とT2によって引き起こされたERPの競合が起き始めると推測された。また、T2が知覚された場合(blinkが生じなかった場合)、直前のT1によって引き起こされたP3bは、より早くピークに達し、減衰も早められた。逆にblinkを生じたtrialでは、T1に続くP3bは比較的長くなる傾向がみられた。しかし、いずれの場合でもT1-evoked late processingは、何らかの形で持続がみられた。したがって、T1のタスクの持続、難易度やtask switching processなどによりT1-evoked P3bのstochasticなfluctuationが生じ、これがT1processingとT2 processingとの競合に影響を与え、blinkの有無を決定しているものと予想された。

以上のような結果から、conscious processingとnonconscious processingは分散したネットワークの中である程度までは並行して進んでいると考えられる。刺激に対する反応は急速にネットワーク内を伝播すると考えられるが、ネットワークのprocessing capacityには一定の限界があり、ある条件下では複数の刺激による反応が一定のprocessing level以上で競合してしまうと考えられる。たとえば、attentional blinkでは、T2刺激後270msの時点でT1-evoked P3bとT2-evoked N2との間に競合(N2-P3 competetion)が生じてしまうのである。"wiinner take all"式に、この競合の勝者となった刺激だけが意識的に知覚されるに至るわけで、結果的にblinkが起きたり起きなかったりするのである。

ちなみに、いくつかのMEG studyでは、N2に近い区間(270ms〜)で、β帯域の同期現象が広汎に生じることなどが確認されており、この実験で観察されたtemporal sequenceと比較すると面白い。
Dehaeneは、これまで比較的シンプルなシミュレーションを通してこのような競合が生じる可能性を示してきたが、今回はEEGを使ってさらに一歩進んだ感がある。時間解像度の高さはEEGやMEGの長所だが、consciousness関連でここまで精細にtemporal sequenceを解析した実験はなかなか無いように思われる。最近では、event related synchronizationなどもよく調べられているが、このようにconsciousnessとの相関をダイレクト調べた実験ができたら面白い。

今日の音楽:My Bloody Valentine"Loveless"
昔は狂ったように聴いた。

最近買ったDVD:ヴォイチェフ・ヤスニー監督"猫に裁かれる人たち"
60年代のチェコ映画。観るのが楽しみ。

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2006年9月 3日 (日)

最近

3週続けて、週末の当直。今日は2週目。
いつの間にか、秋の空気になっている。
ゼーハルトの「アウステルリッツ」を読む。
中村元の「龍樹」は難しかった。

しばらく論文からは遠ざかっていたが、ぼちぼちと再開。最近読んだ論文をメモ。

John ER. The neurophysics of consciousness.Brain Res Brain Res Rev. 2002 Jun;39(1):1-28.

Consciousness studyに関する良いレビュー。データや仮説の中に、同期性活動とか、"perceptual frame"とか、"microstate"とか、Edelmanの"Dynamic Core"とか、Tononiの"complexity"とか、"negative entropy"だとか、"coincidence detector"など、ちょこちょこと重要なキーワードがちりばめられていて、全体の流れが参考になった。情報論に関する下りはややspeculativeか。quantum theoryまで入れていて、そこまで網羅しなくても、、、とも思う。

ちなみに、こういう論文で「情報information」という単語が出てくると、たいていの場合は定義が置き去りになっているのだが、筆者は、脳の基準状態というべき"ground state"(筆者はとりあえずは閉眼時の脳活動をあてている)からの逸脱度deviationを、神経活動パタンの情報ととらえているようだ。筆者はこれを"negative entropy"と関連させて、意識の量的側面を説明しようとしている。つまり、ground stateにある脳に何らかの入力が与えられると、特定の領域で同期性振動が生じる(excited stateと呼んでいる)のだが、これは複数の領域を関係性をもたらすという一定の秩序傾向をもっているため、関与する神経細胞群の総エントロピーは減少する。このexcited stateとgroud stateのエントロピーの変化差分がlocal negative entropyであり、global negative entropyは、神経システムの各領域のnegative entropyの総和である。
このあたりのnegative entropyについては、もう少し勉強の必要あり。

今日の音楽:Jesica Bailiff"Untitled"(CD)と"Even in silence"(CD)
最近買ったKrankyのコンピレーションで発見した。その手の音楽が好きな人の間では、女神のような存在か。ノイジーで、ゆらいでいて、輪郭がつかめなくて、夢見心地で、寂しくて、声が良くて・・・。これからの季節にちょうどいい、音感。

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2006年8月17日 (木)

Neural Darwinism

明日は、田沢湖の鶴の湯に行ってくる。

Gerald EdelmanのTNGSまたはNeural Darwinismについて、ざっくりとまとめてみた。細かい点は大分はしょっているけど、大体こんな内容だと思う。

○選択システムとしての脳
 脳は、身体で最も複雑な構造をそなえた臓器である。基本的な構造は遺伝情報によって決定されているが、脳は可変性を有しており、経験と学習を通じた変化が蓄積するため、個体ごとの差異は膨大となる。このような複雑性や可変性は単なるノイズと捉えるべきではなく、むしろ私たちの多様な脳の機能とも深く関係しているものと考えられる。このような脳の複雑性が進化の過程で獲得されたことは、もはや疑いようのないことである。DNAの存在が知られていなかった時代、このような可能性を最初に指摘したのがダーウィンであった。ダーウィンが発展させた思想は、彼の個体群思考という概念に強く刻みこまれている。すなわち、多様な異種性をもつ個体群が集団内で生き残りをかけて競争し合う過程で、選択が生じることによって、環境の中で有効に機能する生体の諸構造、ひいては生体組織の全体が出現するという概念である。そして、このような選択のプロセスを自然選択natural selectionと呼んだのであった。選択主義は、多様性diversity、増幅amplification、選択selection、縮重degeneracyという4つの原理によって特徴づけられる。
 Edelmanは、ダーウィンの個体群思考あるいは選択の原理が、種のレベルだけではなく、個体レベルの様々な生物学的現象においても認められる普遍的なプロセスであると仮定した。つまり脳を選択システムとして捉え、自然選択主義的な観点から脳の構造と機能に関する包括的な理論を構成した。理にかなった理論とは、脳の主要なメカニズムを支配している諸原理を記述できる理論のことである。そのような理論ないしモデルの一つに、初期の認知主義では脳がコンピューターあるいはチューリングマシンのようなものであるとみなす考え方が存在した。そうした教示主義的なモデルがプログラムとアルゴリズムに従うのとは対照的に、個体群思考に基づく脳のモデルは、多様な要素ないし状態からなる膨大なレパートリーの特定の要素ないし状態の選択のプロセスに従っている。それは必ずしも中央演算装置のような特権的なメカニズムを必要とせず、システムを構成する互いに結ばれた要素どうしの関連性や協調性の中から、おのずと立ち現れる自己組織化のプロセスである。このようなモデルを、Edelmanは、神経群選択仮説Theory of Neuronal Group Selection:TNGS、または
神経ダーウィニズムNeural Darwinism(以下TNGS)と呼んだ。TNGSは、1978年にV.B.Mountcastleの編纂した"Mindful Brain"に収録された論文、"Group selection and phasic re-entrant signalling:a theory of higher brain function."において初めて提唱された。

○TNGSの3つの原理
 TNGSにおける選択の単位は、神経細胞群neuronal groupである。数百から数千の互いに結合した神経細胞群のシナプスの結合強度の可変性を通して、神経細胞群ダイナミクスな変化がもたらされる。このような選択のプロセスは、以下の3つの原理からなる。

1. 発生選択の原理developmental selection
 遺伝的に条件づけられた神経解剖構造が確立される初期段階において、ニューロン群のシナプス結合パタンに膨大な多様性が蓄えられる。これは発達の初期過程にみられる神経細胞の移動、細胞死、軸索枝の延長、他の神経細胞との接続、刈り込みなどの一連の後成的なプロセスによる。その結果、脳内に無数の異種性をもつ回路ないしニューロン群のレパートリーが創造される。さらに、これらのニューロン同士のシナプス結合は、胎児の段階からみられる脳の自発的な電気的活動や体性信号によって増強されたり、減弱されるなどして、脳の機能的構造の第一段階のレパートリーが構成される。

2. 経験選択experiential selection
 発生選択の時期と一部重複しながら、個体の死に至るまで続く第二の選択プロセスとして、経験選択が挙げられる。神経解剖学的な主要構造が完成した後も、個体は様々な知覚あるいは運動行為に伴い、外部環境から多様な入力を受け取り続ける。ある特定の入力に対応して、脳内の特定の神経細胞群が選択的に発火し、これらの神経細胞群のシナプス結合の強度は結果的に増強・増幅され、一方で他の神経細胞群との間のシナプス結合の強度は減弱する。このようなプロセスを経て、神経解剖学的な主要構造が保たれたままでも、神経回路の機能的結合性が変化し続けることになる。後述のように、これらの経験を通じたシナプス選択のプロセスは、価値システムによる選択圧によって拘束されている。

3. 再入力性マッピングreentrant mapping
 発達の過程から経験を通じて、再入力(reentry)は、局所および複数の脳領域間における並列的かつ双方向的な神経回路を介した再帰的な信号伝達のプロセスであり、再帰的な神経回路におけるシナプス結合強度の増強プロセスによって生じる。再入力はフィードバックと異なり、単一の固定されたループ内におけるエラー信号の伝達がそれぞれ順番に伝播するというものではなく、またフィードバックのようにあらかじめ設定された付属の誤差関数などもない。再入力は並列する多数の双方向性経路で同時並行的に起こるものであり、その結果分散した神経細胞群の発火活動が同期し、幅広い領域にわたる時空間的な協調性が実現される。再入力性回路において知覚カテゴリー化や単純な学習機能が実現されること(Chen,Edelman et al,2003)や、分散した領域の活動が統合されることが、Edelmanらによる大規模なsimulation studyによって示されている。

 発達選択および経験選択が脳の複雑性に貢献するのに対して、ダーウィンの進化論や免疫学との直接的な関連をもたない再入力性マッピングは、TNGSにおける中核概念であるとされる。また、上記の選択システムでは、多様性、増幅、選択という基本的な特性に加えて、縮重と呼ばれる興味深い特性が見いだされる。縮重とは、「複数の異なった物理的プロセスが同一の出力を産出するという特性」と定義づけられる。出力の側からみれば、その基盤となるプロセスを求める際に、固有解がただ一つだけではないことを意味する。これは、コンピューターのように教示的で固定されたシステムにはみられない特性である。縮重の典型的な例として、複数のコドンが同一のアミノ酸をコードしているという事実が挙げられる。また、神経組織においては、脳内の異なる神経回路群の活動によって、同様の運動出力がもたらされることや、脳内のある領域が損傷されてもしばしば別の領域によって能力が補填される臨床的事実などが例として挙げられよう。また、同様の現象は免疫系における抗原—抗体反応にも見いだされる。つまり、縮重は、脳だけでなくあらゆる選択システムに偏在する特性であると言える。これらの縮重と再入力性マッピングにより、脳の作動原理を選択プロセスという観点から捉えることが可能となり、コンピューターのようなアルゴリズムによって統制された教示的な組織化を必要とせず、自身の選択プロセスによって機能的構造が決定されるという自己組織化が可能となるのである。

4.価値システム
 上記のTNGSの諸原理や縮重といった特性によって、脳の自己組織化のメカニズムが包括的に説明されうる。この選択のプロセスはランダムではなく、学習機能に代表されるように、脳は環境に適合して、適切な行為を生み出すという一定の方向性をそなえてもいる。このように、脳の選択プロセスを方向付けるもの、あるいは選択プロセスの拘束条件とは、いかなるメカニズムであろうか?Edelmanは、脳の選択プロセスが広汎性上行性賦活系によってもたらされる価値によって拘束されていると想定している。選択システムにおける価値は、ダーウィンの選択圧と相同的な概念である。選択圧は様々な出来事におけるpositiveあるいはnegativeなsalienceを反映し、選択の方向を決定づける。生体における価値は、主に広汎性上行賦活系によって媒介される快・不快や、痛み、感情などによって反映されているものと考えられる。広汎性上行性賦活系は皮質に拡散的に投射し、それぞれの神経伝達物質をすることによって広汎な神経細胞群に同時に影響を与えている。これによって広汎性上行性賦活系を構成する軸索の近傍にある神経細胞が、グルタミン酸の入力を受けて発火する確率に影響を与えている。広汎性上行性賦活系は学習や記憶に影響を与えるニューロンの反応に一定の傾向をもたらし、生存に必要な身体反応を制御しており、このような意味で広汎性上行性賦活系は価値システムと名付けられている。これらの価値システムは、哺乳類の場合、脳幹に位置し、大脳に広く投射するノルアドレナリン、セロトニン、ドパミン、コリン、ヒスタミン作動性神経核などによって構成されている。

TNGSは、ダイナミカルシステムや複雑系の理論を取り込みながら、後にfunctional cluster、dynamic coreという意識の理論に拡張されてゆく。

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2006年7月15日 (土)

いろいろ

夏休みはウイグル自治区〜パキスタンのノーザンエリアへと抜けるカラコルムハイウェイにほぼ決定。航空券さえとれたら、あっちでは何とかなるはず。結局、夏休みは4回連続でイスラム教地域に。

今週末は認知運動療法の学術集会に参加するため、福岡へ。そういえば、九州は初上陸。宮本省三先生、河本英夫先生、茂木健一郎先生、加藤敏先生などのそうそうたる面々の講演があるというから楽しみ。
認知運動療法のアプローチを、Schizophreniaなどの精神疾患へ応用させることは可能だろうか?僕はそうあって欲しい思うし、究極的には可能なのではないかとも思う。認知運動療法の話を聴けば聴くほど、そのように思う。身体的な関わりだけでなく、言語的な関わりさえもしばしば困難であるというところがSchizophreniaにおける最大の障壁となると思うが、少しずつ考えていきたい。


今週少しずつ読んだ論文をメモ

Pelaez JR.Towards a neural network based therapy for hallucinatory disorders.Neural Netw. 2000 Oct-Nov;13(8-9):1047-61.

幻覚(幻肢、統合失調症の幻覚、薬物による幻覚など)のニューラルネットワークモデルと、治療への応用について述べられたspeculativeな論文。内容はというと・・・省略。abstractだけで十分だと思う。


Seth AK, Izhikevich E, Reeke GN, Edelman GM.Theories and measures of consciousness: An extended framework.Proc Natl Acad Sci U S A. 2006 Jul 11;103(28):10799-804. Epub 2006 Jul 3.

EdelmanやTononiは意識という心的現象の「定量化」にこだわっている。EdelmanやTononiによれば、意識は系統発生的にgradualな現象であり、ヒトとミミズの意識の違いをできるだけシンプルに表現しようとしているのかもしれない。特にTononiはある程度の複雑さと統合性をそなえたシステムは、どのようなものであれ、一定の「意識」がそなわる可能性があるとことも言っている。一歩間違えると汎心論ともとられるようなラディカルな見解だけど、EdelmanやTononiとしては、一定の複雑さと統合性をそなえたある種のシステムの作動に必然的に浮かび上がる(entail=伴立する)現象ということなのだろう。
この論文は、意識の基盤となる複数のサブシステムの相互作用における複雑性を定量化するための3つの数学的なモデル、Neual Complexity、Information Integration、Causal Densityについて紹介し、それぞれのモデルの長所、短所について述べた論文。
Neural Complexityは、複数のサブシステムが一定の独立性を保ちつつ、同時に統合されることにより、システム全体がコヒーレントな活動パタンを生み出す程度を定量化するモデルで、解剖学的な構造の解析を必要とするが、脳のような複雑なシステムに応用することは困難。
Information Integrationは、以前にも少し詳しく紹介したが、システムが統合することのできる情報量(ここでは、Shannon的な情報)を定量化するモデルで、脳の神経回路の解剖学的な構造から計測することができる。
Causal Densityは、ネットワークを構成する要素の活動パタンのdifferentiationとintegrationを生み出す因果的な相互作用の程度を定量化するモデルで、解剖学的な構造に依らない。
Sethは、それぞれのモデルについて、supplementで簡単な数式を交えて紹介しており、勉強になった。結論としては、現在のところ意識の諸特性を包括的に捉えるモデルは存在しないということ。

Lutz A, Lachaux JP, Martinerie J, Varela FJ.Guiding the study of brain dynamics by using first-person data: synchrony patterns correlate with ongoing conscious states during a simple visual task.Proc Natl Acad Sci U S A. 2002 Feb 5;99(3):1586-91. Epub 2002 Jan 22.

Varela亡き後のNeuro-phenomenologyの一例。眼球の輻輳によって3次元立体画像を示すautostereogramを示したときに生じる知覚パタンに関する被験者自身によるfirst-person dataを、その内容に基づいていくつかのphenomenal clusterに分類したとき、それぞれにphenomenal clusterに対応したEEGパタン(特にneural synchrony)が見いだされたという実験。現象学の綿密な鍛錬でなくとも、十分なtrainingを経た被験者のfirst-person dataから、基盤となる神経活動のパタンをある程度まで推測することが可能であることを示している。以前挙げたEEGのMicrostateに関する論文にも似たような報告があった。ちなみにNeurophenomenologyの文脈でSchizophreniaを対象とした実験は今のところ無い様子。

Lutz A, Greischar LL, Rawlings NB, Ricard M, Davidson RJ.Long-term meditators self-induce high-amplitude gamma synchrony during mental practice.Proc Natl Acad Sci U S A. 2004 Nov 16;101(46):16369-73. Epub 2004 Nov 8.

これも同じくフランスのLutzによる実験。以前紹介したかもしれない。長年瞑想を行ってきたチベットの仏教僧の脳波とcontrol郡の脳波を(ネパールで)計測したところ、修行僧ではhigh gamma amplitudeとlong-distance synchronyの増大が確認され、同様の差異が瞑想にいそしんでいないresting stateにおいても確認されたという内容。統計的な解析から、これらの変化が年齢によるものではなく、瞑想修行の年数と正の相関が存在することが確認された。Lutzらは、瞑想修行が脳の活動パタンに長期的な影響を与えることを示している。Methodsでは、loving-kindness and compassionなどと瞑想の詳細(?)についてもちゃんと真面目に書かれている。Lutzによれば、このような実験もneurophenomenologyの一環として行われたということ。


これからは、Erol BasarとLe Van Quyenの論文を集中的に読み込む予定。しばらく時間がかかりそうだ。

今日の音楽:Choying Drolma and Steve Tibbetts"Selwa"(CD)
高度3000m超のチベタンシャント。80年代にECMなどで活躍したギタリストSteve Tibbettsによってブータンかネパールあたりで発掘された女性歌唱家Choyingが、彼のミニマルなギターソロに合わせてシャントする。西洋のフィルターを通してはいるが、単に西洋人のエキゾ趣味に終わらない静謐とした空気感がある。

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2006年6月 4日 (日)

binding

8月の盆に鶴の湯(秋田・乳頭温泉郷)の予約がとれた。「本陣」は満室だった。350年前に建てられた本陣は、20年前の積雪で1棟が崩壊し、今では4部屋だけが残っている。ただでさえ予約が取りにくい宿だけに、本陣でなくとも仕方が無い。

最近読んだ論文。

Revonsuo A.Binding and the phenomenal unity of consciousness. Conscious Cogn. 1999 Jun;8(2):173-85.

binding problem(結びつけ問題)に関する少し古めのreview。しばしばbinding problemはneural synchronizationによって解決されたと言われるが、そもそも何が"problem"なのかがはっきりしないし、neural synchronizationがbindingのunderlying mechanismなのか、それともresultなのかについては確定した結論は得られていない。

そこで、僕らは問いを解きほぐして、整理する必要がある。

difinition of binding problemー定義

"The binding problem is, basically, the problem of how the unity of conscious perception is brought about by the distributed activities of the central nervous system"


three discripition levels of bindingー記述のレベル

(1)the phenomenal level(phenomenal unity)
(2)the level of neural mechanism(possibly neural synchronization)
(3)the level of cognitive mechanism(integration of multiple distributed modules)

(1)はphenomenonであり、(2)、(3)はmechanismである。(1)がtruly problematic phenomenonであり、(2),(3)はphenomenal levelのintegrationにrelateしている限りにおいて、consciousness studyにおいて重要である。すなわち、まず(1)levelでのunityが観察、記述されることが重要で、(2)、(3)などの下位のbinding mechanismは(1)levelでのunityと関連づけられて初めて重要性をもつ。
したがって、Revonsuoによれば、(1)から始め、(2)と(3)へ進むというexplanetory shiftsをとる必要があるとされる。

6 different types of phenomenal bindingー類型

(A)feature integration or property binding(classical binding problem)
(B)part binding(multiple parts of obejects integratede into a whole)
(C)sematic-conceptual binding(objects always open up a semantic knowledges about itself)
(D)location binding(we are always aware of objects' position in relateion to our own body and other objects)
(E)serial or event binding(identities of objects are always preserved through temporal intervals or events such as changing position and transformation)

こうなると、上記の他にも、emotional bindingとか、self-attributional bindingなども出てくるわけで、何でもbindingと言えばいいというものではないと思うが。一般的には、binding problemは(A)を指すことが多い。

次に、Revonsuoは、(2)、(3)のpossible mechanismとして、neural synchronizationに触れる。visual awarenessに関するいつくかの実験データを挙げながら、neural synchronizationはconstruction of visual awarenessに寄与するが、content of visual awarenessには寄与していないと主張する。これは、neural synchronizationがaccess to consciousnessのprerequisiteであるというSingerやEngelらの主張に沿ったものである。

今日の映画:"Riding The Giant"(2005)
昨年は"Sprout"が流行ったけど、あれはサーフムービーというより、リラックスしたロードムービーとして観ていた。それはそれで楽しい映画だったけど、こっちは間違いなく本物のサーフムービー。ファッションとか、青春とか余計な要素が少なくて、ストイック。大きい波を眺めていると、大変気持ちが良い。

今日の音楽:Vincent Gemignani"Liveralia"(from LP"Modern Pop Percussion")
あ〜、これは奇跡としか言いようがない。数年前、学生だった僕が当直数回分のドルをはたいてフランスのディーラーから苦労して手に入れたオリジナルのアナログも、最近の再発ラッシュでもはや気軽に聴ける時代なってしまった。カフェなんかでかかると悲しくなる。

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2006年4月 9日 (日)

Neural Correlates of Consciousness(NCC)

近頃調べているNCCについての関連論文

NCC:意識的な心的状態との間に相関性がみられ、かつ、その意識状態にとってminimalyにsufficientであるような神経システムのとその特性。

NCCの特定というアプローチは近年の意識の科学や認知科学において趨勢をきわめているが、この辺りの議論は哲学も入ってくるとかなり錯綜していて、その概念的バックグランドはかなりあやふやなようである。そもそも、意識が何たるを明確に定義づけることができないので、意識のNCCが何を意味するのかも明確ではない。定義をみて分かるように、因果性の問題は入ってこない(そのためにcorrelatesとうい用語が導入された)empiricalなデータと、first-person reportをどのように解釈するべきか。仮にNCCが特定されたとして、その結果いかなる事実や説明がもたらされるのか?Explanetory gapは埋まらないかもしれない。あるいは、意識の理論における中核的な作動原理の一部が明らかになるかもしれない。しかし、哲学者や思弁的な研究者は、概してNCCに批判的である。代表的なCrickとKochのNCCに対する見解はempiricalな証拠を積み上げるには確かに強力かもしれないが、その概念自体は素朴なように思えてきくる。Ned BlockはAccess NCCとPhenomenal NCCとに分けて考えているが、これが果たしてempiricalな議論に耐えうるか。

現在提唱されてきたNCCの候補(Chalmers のonline-paperから)

40-hertz oscillations in the cerebral cortex (Crick and Koch 1990)
Intralaminar nucleus in the thalamus (Bogen 1995)
Re-entrant loops in thalamocortical systems (Edelman 1989)
40-hertz rhythmic activity in thalamocortical systems (Llinas et al 1994)
Nucleus reticularis (Taylor and Alavi 1995)
Extended reticular-thalamic activation system (Newman and Baars 1993)
Anterior cingulate system (Cotterill 1994)
Neural assemblies bound by NMDA (Flohr 1995)
Temporally-extended neural activity (Libet 1994)
Backprojections to lower cortical areas (Cauller and Kulics 1991)
Neurons in extrastriate visual cortex projecting to prefrontal areas (Crick and Koch 1995)
Neural activity in area V5/MT (Tootell et al 1995)
Certain neurons in the superior temporal sulcus (Logothetis and Schall 1989)
Neuronal gestalts in an epicenter (Greenfield 1995)
Outputs of a comparator system in the hippocampus (Gray 1995)
Quantum coherence in microtubules (Hameroff 1994)
Global workspace (Baars 1988)
Activated semantic memories (Hardcastle 1995)
High-quality representations (Farah 1994)
Selector inputs to action systems (Shallice 1988)


Thomas Metzinger et al.Neural Correlates of Consciousness : Empirical and Conceptual Questions.Bradford Books Published 2000/10
David J. Chalmers.What is a Neural Correlate of Consciousness?(2000)
NNCをについて哲学者、科学者が詳細に述べた論考をMetzingerが編纂したもの。

David J. Chalmers.On the Search for the Neural Correlate of Consciousness.(1996)
オンラインで入手できるChalmersの論考。

Ilya Farber .How a neural correlate can function as
an explanation of consciousness

こちらもオンラインで入手できる。ChalmersはNCCというアプローチに懐疑的。

Alva Noë and Evan Thompson:ARE THERE NEURAL CORRELATES OF CONSCIOUSNESS?*(2004)
Noeもまた、NCCに対しては別の理由で懐疑的。


Juergen Fell:Identifying neural correlates of consciousness: The state space approach (2004)
NCCでCausalityは説明できないと論じるFellが、NCCを同定するためのアプローチを書いている。

Geraint Rees,Gabriel Kreiman and ChristofKoch :NEURAL CORRELATES OF CONSCIOUSNESS IN HUMANS(2002)
主にvisual perceptionにおけるNCC, Ned BlockのいうPhenomenal NCCか。

Thompson E, Varela FJ.Radical embodiment: neural dynamics and consciousness. Trends Cogn Sci. 2001 Oct 1;5(10):418-425.
以前紹介した論文。NCCではone-wayなcausal relationshipになってしまい、とても説明とは言えない。Valeraたちは、創発の特性を挙げ、reciprocalなcausalityの説明を試みる。

精神医学関連領域における、neral correlates of psychotic symptomsは後日調べ上げる予定。

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2006年4月 5日 (水)

Dehaene S, Sergent C, Changeux JP.A neuronal network model linking subjective reports and objective physiological data during conscious perception.

いつの間にか、精神科医4年目に突入。

ぽちぽちと読んだ論文をメモ。

知覚刺激によって引き起こされる神経活動に対する意識的なアクセスは、localかつbottom up processing levelの神経活動が、long-distance connectionによってhigher cortical levelでglobal brain stateに至ることによって可能となるというglobal workspace theoryの検証。その際に、皮質コラムモデルのシュミレーションと神経生理学(objective)と、被験者による報告(subjective)を相互に比較することによって、視覚刺激によって生じた神経活動のパタンと視覚体験のreportableな主観的側面との相関が得られたという報告。

細かいことは省略するが、ここでは、古典的なパラダイムであるattentional blink(二つ以上の知覚刺激が一定以下の短い時間感覚で呈示されると、最初の知覚処理によって後に続く知覚処理が妨害され、意識に上らなくなるという現象)とその変法を用いている。シュミレーションによって得られたobjectiveなデータは神経整理学的なデータ(gamma-band oscillations、P300 waveformなど)と一致し、さらに被験者によるsubjectiveな報告とよく相関していることが示されている。また、シュミレーションにより、刺激に対する意識的な認知とそれに相関する神経活動がstochasticかつall-or-nothingなパタンで生じること、その非線形的なダイナミクスはニューロンの自発的活動とbottom-upおよびtop-downのreverberation(反響)が不可欠であることなどが述べられている。

タイトルのように、subjectiveな報告と神経生理学によって得られたデータの相関を探るという意味では、VarelaのNeurophenomenologyに近く、具体性では一歩先んじているとも考えられる。現在のimagingの技術では、粗大な神経活動のパタンを測定することはできても、個々のニューロン群の活動パタンをmsのオーダーで測定することは難しい。確かに、このようなシュミレーションモデルを間に挟むことによってのみ、複雑な神経活動のダイナミクスをsubjectiveな報告とlinkさせることができるかもしれない。ただ、このような「相関」が一体何を意味しているのかを考えると、そんなに楽観的ではいられないような気もする。

Dehaene S, Sergent C, Changeux JP.A neuronal network model linking subjective reports and objective physiological data during conscious perception.Proc Natl Acad Sci U S A. 2003 Jul 8;100(14):8520-5. Epub 2003 Jun 26.

今日の音楽:Erast"Cyber Punk"(CD)
ギリシャ(グルジアだったか)出身の電子音楽家Nikakoi(ニカコイ)こと Nika Machaidzeによる、Erast名義での作品。絶対に狂わないプログラムされた電子音なのに、どこかずれていて、それが牧歌的で、叙情的であったりする。映画を作ったり、芸術家集団を作ったり、何でもできてしまう人。

Consciousness,Philosophy of Mind,Qualia | | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年4月 4日 (火)

Anil K.Seth ,Bernard J. Barrs:Neural Darwinism and consciousness.

久しぶりの更新。色んなことが同時に起こった1ヶ月だったけど、やっと頭が整理されてきた。

Anil K.Seth ,Bernard J. Barrs:Neural Darwinism and consciousness.Consciousness and Cognition vol.14:140-168,2005

Baarsらによる、EdelmanとTononiのNeural Darwinism→Dynamic core hypothesisの概説および検証。以下、前置き。

Neural DarwinismはGerald Edelmanが築き上げた神経システムの包括的な理論である。1978年にV.B.Mountcastleの編纂した"Mindful Brain"に収録された"Group selection and phasic re-entrant signalling:a theory of higher brain function."において初めて提唱された。

Neural Darwinismは、神経システムを選択システムとして捉えSelectionistの観点から描き出す理論。Neural Darwinismのルーツは、同じく選択システムとしての免疫システムにある。Selectionistの4つの教義(tenet)とは

1.Diversity(多様性)
2.Amplification(増幅)
3.Selection(選択)
4.Degeneracy(縮重)

である。Neural Darwinismにおいて際立って強調されているのが4番目の"degeneracy"であり、「複数の異なった物理的プロセスが同一の出力を産出するという特性」である。出力の側からみれば、その基盤となるプロセスを求める際に、固有解が一つだけではないことを意味する。典型的な例として、複数のコドンが同一のアミノ酸をコードしている事実が挙げられる。degeneracyはあらゆる生物学的システムに偏在する特性なのだとEdelmanは主張する。神経システムのような複雑系におけるdegeneracyは、多次元空間における準安定的なアトラクターを構成するものと考えられる。

Edelmanは、選択システムとしての免疫系に見いだされたこれらの進化論的特性を、神経系にも適用させ、Neural Darwinismという一大理論を発展させてきた。

Neural Darwinismの3つの主要な教義は、

1.Developmental selection: divesity of neural circuit by cell death,cell division etc.
2.Experimental selection: change in synaptic strength favoring some pathways over others.
3.Reentrant mapping: connections enabling spatiotemporal coordination of neural activity.

である。 Neural Darwinismの特に重要な概念は3番目の"reentry"であり、「複数の脳領域間の並列的かつ双方向的な神経回路を介した再帰的な信号伝達のプロセス」と定義される。reentryによって、神経活動のspatiotemporalな協調が可能となる。これらの特性をそなえた複雑な神経システムの活動を通して、システムの状態に随伴する無数のシーンが生み出される。つまり、意識とはこれら無数のシーンのレパートリーの中で、特定の状態を反映したものである。そして、クオリアとはこのような無数のシーンから構成されるN次空間(Nはシーンの構成に関与するニューロン群の数)における高次の識別能を反映したものだとされる。たとえば、赤色というクオリアはV1のmodalityのみによって生じるのではなく、V1を含むthalamo-cortical systemの活動の可能なあらゆるレパートリーの中の一つの状態を反映したものであるという説明がなされる。

ちなみに、以前、僕はEdelmanがExplanetory gapに答えていないのではないかと書いたが、EdelmanによればExplanetory gapは科学的な説明によって主観的な体験が生み出されるという暗黙の誤解によって生み出された疑似問題なのだという。Edelmanはこのような誤解を徹底的に糾弾している。

その後、EdelmanはTononiらとともに、意識という主観的体験の科学的な説明を目指し、Neural Darwinismから、Dynamic core hypothesisへと理論を拡張させてきた。また、検証可能な理論としてFunctional Clusteringという情報論的な概念を導入している。Tononiは、これをさらに発展させてIntengration theory of consciousnessという数学的なモデルを提唱している。
これらの理論は、当然ながら他の理論と重複する部分もある。また多くの論文で言及されつつあるが、これまでところEdelman以外のグループがNeural DarwinismあるいはDynamic core hypothesisを正面から取り扱った論文を僕は読んだことはない。


長々とかなり表面的な前置きを置いたが、この論文は、哲学者Barnard.J.BaarsらがNeural Darwinismの妥当性と課題について述べたもの。16項目におよぶ意識の特性(たとえばIntentionality,Sensory bindingなど)を列挙し、そのそれぞれに対してNeural Darwinismと脳科学の知見を照らし合わせながら、理論の妥当性を検証している。上記のEdelmanの理論が平易な表現で概説されているので、非常にわかりやすい。
ちなみに、Baarsは総じて好意的な評価を下しているようだ。

最近買った本:Patricia S.Churchland著、村松太郎訳「ブレインワイズ」(創造出版)
Patricia S.Churchlandと「認知哲学」のPaul M.Churchlandは夫婦。読むのが楽しみな本。伝統的哲学→分析哲学→神経哲学という系譜だろうか。

今日の音楽:Pop Ambient2003〜2006
毎年クリスマスを迎える頃に出されるノイズ〜アンビエント〜アブストラクトのコンピレーション。毎年楽しみな、水墨画のような音の景色。

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2006年2月26日 (日)

Information Integration Theory of Consciousness

ずっと探していたHiltonの「失われた地平線」を手に入れる。早速読んでみようと思うが、暇がない。Shangri-Laとは、Pakistanの北東部にあるカラコルム山脈の麓にあるフンザの谷のこと。

以前紹介した論文。再読しているG.M.Edelmanの"Wider than sky"の理解にも役立った。
以下、忘れないためにメモ。

Giulio Tononi.Consciousness,information integration,and the brain.Progress in Brain Research,Vol.150,2005

まず、Tononiの2つのテーゼから。

1.意識は膨大な情報を有する
我々は意識をもつことによって、膨大な情報にアクセスしている。ここでいう「情報」は、文字の配列や、ビ